個別ケースにどう対処するか
スウェーデン・ストックホルムの街中には、至るところにレインボーフラッグが掲げられていた。
ストックホルムプライドは、毎年沿道を合わせて50万人ほどが参加する北欧最大のパレードだ。
先頭のフロートは、1950年に設立されたLGBTQ+関連団体「RFSL」だった。全国に支部があり、約7000人の会員がいる。「マーチを歩けない人のために行進する」というメッセージと、拳を掲げ歩いていたのが印象的だった。
プライド期間中に別会場に設置された「プライドハウス」では、連日、LGBTQ+に関するシンポジウムが開催されていた。
スウェーデンに亡命するLGBTQ+の現状、トランスジェンダーをめぐる法律状況、スウェーデン企業に何ができるかなど、多種多様なセミナーに参加することができた。
その中でも、「差別禁止法によってどう保護されるのか?」というテーマのセミナーでは、事例をもとに法律の効果が解説されていて、大きな学びになった。
スウェーデンでは、2008年に包括的な差別禁止法ができ、人種・民族、宗教、障害などに加えて、性的指向や性自認に関する差別やハラスメントが法的に禁止となっている。2011年には憲法レベルで性的指向に基づく差別の禁止が明記された。
差別禁止法があると、被害を受けた場合にどんな対処がされるのか。
例えば、ある妊娠したトランスジェンダー男性(法的な性別も男性に変更)が、WEBサイトから妊娠保険に加入しようとしたところ、マイナンバーに性別情報(男性)が紐づいている関係で申請ができなかった。電話で問い合わせたところ、男性には保険は適用されないという理由で断られてしまった。この当事者が訴えたところ、最終的に会社側は差別だったと謝罪し、結果的に保険に加入できたという。
他にも、レズビアン女性が病院で生殖補助医療を受けようとした際のケースが紹介された。
この女性は病院から約400万円の費用がかかると言われてしまう。しかし、異性愛者の場合はその10分の1ほどの費用で済むことから、差別だと訴えたところ、病院側は「男女のカップルの場合は、なんらかの病気によって自然に子どもが産めない。だから費用が低いのだ」と説明。しかし、裁判所はこれを間接差別だと認定し、病院側は女性に賠償金を支払った。
学校でのケースも紹介された。
ある学校で、生徒が「彼(han)」でも「彼女(hon)」でもないジェンダーニュートラルな人称代名詞「Hen」を使ってほしいと先生に伝えたが、教員はこれを拒否。学期中、本人の性自認が尊重されなかったことについて生徒側が訴えると、教員の行為はハラスメントと認定され、学校側は生徒に賠償金を支払うことになった。
差別禁止法は、「個人対個人」ではなく、あくまで企業や行政などの「組織対個人」のケースに対処する。そのため、前述の事例のように、学校の教員個人に賠償が命じられるのではなく、学校側にその責任が科される。
どのケースも最後は「(行為者側から)お金が支払われました」という結論だった。もちろん金銭によってすべてが解決するわけではないが、法的な根拠があることで行動の責任が問われ、一定の救済がされるという点が重要だと感じた。
反差別局
ドイツでは、デュッセルドルフ、ケルン、ベルリンの3都市を訪れた。ベルリンでプライドパレードにも参加したが、大通りを埋め尽くすほどの規模感に圧倒された。
ドイツも、スウェーデンと同様に2006年施行の「一般平等待遇法」によって、性的指向や性自認に関する差別が禁止されている。
この法律に基づき、政府には「連邦反差別局(Federal Anti-Discrimination Agency)」が設置されている。差別禁止法のない日本では、同様の政府機関として法務省に「人権擁護局」があるが、差別への対応ではなく、弱い者をかばい守るというニュアンスの名前からも、その姿勢の違いが見えてくる。
ドイツの行政機関を視察して印象的だったことは、法律を根拠に反差別のメッセージを発信し、NPOなどと連携し啓発や支援の取り組みを進めていく仕組みがあることだ。
ドイツは16の州で構成される連邦制だが、最も多くの住民がいるノルトライン=ヴェストファーレン州では、1996年から性的マイノリティに関する専門の部局が置かれている。
現在は、年間350万ユーロ(約3億5000万円)の予算から、LGBTQ+に対するカウンセリングや地元のLGBTQ+に関するネットワーク団体と連携したさまざまな助成や取り組みを行っている。
州内最大の都市で、ケルン大聖堂でも有名なケルン市では、市民のうち4割が移民のバックグラウンドがあり、1割が性的マイノリティだ。ケルンで毎年行われているプライドパレードはヨーロッパ最大と言われている。
市の取り組みとしては、例えば差別やハラスメントについて市民に通報を求めるポスターや、LGBTQ+の移民を支援する活動をしている市民団体と連携し、ケルン市内の約650箇所にポスターを掲示した。
近年は欧州でもトランス排除的な言説や動きが増えてきていると言われるが、ケルン市では、女性の安全のために夜間の女性のタクシー利用にクーポンを出すというキャンペーンを行った際、トランス女性も対象として含むなどトランスインクルーシブな取り組みが進められているという。
ユニークな取り組みとしては、例えば2年に1度「レズビアンの可視化」に貢献した人に対して、市民ホールで表彰式を行っている。背景には、LGBTQ+といっても、白人ゲイ男性がフォーカスされがちという課題があり、より周縁化された人々の可視化に力を入れている。
ベルリンでは、「ベルリン・モデル」というLGBTQ+難民に関する包括的な支援の取り組みがある。出身国で差別や暴力の被害を受けてきたLGBTQ+難民は、ドイツに逃れてきたあと、すぐに自身の性のあり方を公言できるわけではなく、支援側も当事者へのアプローチが難しい。
ベルリン州ではLGBTQ+難民を特に「脆弱なグループ」と認定し、LGBTQ+に関する専門的なカウンセリングサービスや、LGBTQ+専用の難民シェルター、ベルリン難民局にLGBTQ+専門の担当窓口も設置。行政やシェルター、相談センター、警備員などの職員に対する研修も行っている。
アクションプランにおいても、LGBTQ+難民のための住宅プロジェクトの推進、LGBTQ+移民へのインタビュープロジェクト、移民とLGBTQ+をテーマにした「スタートアップ基金」、クィアでBIPOC(黒人・先住民・有色人種)の団体設立の支援などが検討項目に挙げられていた。
法律があれば「解決」ではない
今年は、スウェーデンとドイツの両方で法的な性別変更に関する法律に大きな変化があった。
スウェーデンでは、1972年に世界で初めて法律上の性別変更が認められ、これまで生殖不能要件の撤廃といった法改正を重ねてきた。今年4月に成立した新法で、さらに手続きが緩和され、16歳以上から、医師や心理学者との短い相談や、国立保健福祉委員会の承認を受けることで性別変更が可能になるという。
ドイツでは1980年に「トランスセクシュアル法」ができ、法律上の性別変更が認められたが、現在の日本と同様に生殖不能や非婚などの厳しい要件が課されていた。
連邦憲法裁の判断が続き要件は緩和され、今年4月には「性別自己決定法」が成立。医師の診断も裁判所の手続きもなく、市役所での簡易的な申告のみで性別や氏名を変更することができるようになる。
ただ、変更には熟慮期間として3カ月が設けられ、一度変更すると1年間は再変更はできない。また、法律上の性別の取り扱いに関する例外として、クオータ制や医療、スポーツ、性別に特化した施設へのアクセスなどの運用は今までと変わらないとされている。
ドイツでは、就職活動のエントリーシートなども含めて、性別は「男性」「女性」に加えて「多様(diverse)」という第三の性別が法的に認められている。もともとはDSD(性文化疾患)の当事者に対する措置として作られたが、性別自己決定法によりノンバイナリーの当事者も選択できるようになると言われている。
スウェーデンとドイツをめぐり、法律の基盤があることで、いかに「仕組み」として差別や偏見の被害に対処できるか、政府の反差別のメッセージを発信し、NPOなどと連携しながらさまざまな取り組みが進められるかを実感した。
一方で、法律があっても差別や偏見がすぐになくなるわけではない点を指摘する必要がある。
ドイツの福祉施設を訪問した際、あるスタッフから、施設を利用する高齢のゲイ男性のカミングアウトが非常に低いことを聞いた。ナチスドイツによるホロコーストによって多くの同性愛者が強制収容所に送られ、1994年まで同性愛は刑法で犯罪と明記されてきた。ここ数十年でLGBTQ+をめぐる状況が大きく変わったからといって、その時代を生きてきた当事者一人ひとりの内面がすぐに変わるわけではない。
労働組合を訪れた際、職場でのカミングアウト割合はそこまで高いわけではないと聞いた。差別禁止法ができて、わかりやすい差別は減った一方で、より陰湿な形での差別や偏見は残っているそうだ。
ベルリンを訪れた際、東西ドイツの分断の影響の根深さも耳にした。東西が統一して約30年が経ったが、依然として東と西には経済格差があり、LGBTQ+をめぐる認識においても東西での差があるという。
トランスジェンダーの法的性別変更に関する法改正が進んだ一方で、ドイツやスウェーデンでも、トランスジェンダーやノンバイナリーに対するバッシングが増えているという話を何度も聞いた。
ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州の調査では、近年、特に「ジェンダーの多様性」に対するヘイトクライムが約2倍に増えている。
LGBTQ+支援団体を訪問した際、クィアの高齢者向けに護身術の講座を開催していることを伺った。担当者の「自分の身を守る術を身につけることも、コミュニティへのエンパワーメントの一つだ」という言葉が印象的だった。
近年のバックラッシュの背景には、国際的な「反ジェンダームーブメント」の広がりがある。アメリカだけでなく、ヨーロッパでもハンガリーやポーランドなどを中心に、中絶やトランスジェンダーの権利などへの強硬な反発がある。
ドイツやスウェーデンでも、AfD(ドイツのための選択)やSD(スウェーデン民主党)などの右派が台頭。移民やトランスジェンダーの権利などが焦点化されているが、こうしたバックラッシュにどう対応していくかは、ドイツやスウェーデンでも課題として挙げられていた。
視察を通じて、政府の反差別のメッセージに心強さを感じた一方で、掲げられる「人権」や「平等」という言葉に対して、近年のイスラエルとパレスチナをめぐる現状やそれに対する西側諸国のダブルスタンダードから疑問を抱かざるを得ない部分もある。
LGBTQ+をめぐる権利においても、法律が整っているという点のみをもって、社会全体を「進んでいる(優れている)」または「遅れている(劣っている)」という捉え方をすることには注意が必要だろう。
ただ、差別に対してどのような仕組みをもって対処していくかという点では、各国の法制度を比較し、参考にすることは意義がある。日本社会にどう活かせるかを考えていきたい。
ライター、一般社団法人fair代表理事