(社説)朝鮮人虐殺 史実の黙殺は許されぬ

社説

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 負の歴史からなぜ目を背けるのか。事実を直視し、教訓とする姿勢を示すべきだ。

 関東大震災時に虐殺された朝鮮人らを追悼する9月1日の式典に、東京都小池百合子知事は追悼文を送らない意向だ。8年連続となる。知事選で3選を果たしたばかりだが、この問題が争点となったとはいえず、過去の姿勢が信任されたわけではない。

 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といった流言を信じた市民や軍、警察により多くの朝鮮半島出身の人が殺されたのは当時の報告書や体験者の手記などから明らかだ。

 小池氏は都慰霊協会の大法要で「犠牲になったすべての方々に哀悼の意を表す」というが、虐殺は天災とは異なる。だからこそ石原慎太郎氏をはじめ歴代知事は、人の手で奪われた命を弔うこの式典に追悼文を送ってきたのではないか。小池氏の態度は、認めたくない過去を黙殺する虐殺否定論にも通じる。

 なぜ虐殺が起きたのか。1910年の日韓併合後、日本は独立を求める人を「不逞鮮人(ふていせんじん)」として弾圧した。朝鮮半島出身の労働者らが暴動を起こすのでは、といった警戒心があるなか、デマや流言は短時間で広がり、自警団が結成され、道ゆく人を尋問、朝鮮人と見るや危害を加えた。

 災害時、人は恐怖心や不安心理にかられてデマを信じやすく、潜在的な差別感情に火が付けば集団行動に走る。震災が示した苦い教訓だ。

 発災から100年の昨年は、証言記録や資料を掘り起こす動きが市民らに広がった。今年も研究者の講演などが各地である。高まった関心を、災禍を見つめ直す取り組みに着実につなげたい。

 一方で政府は虐殺について「政府内に事実関係を把握できる記録が見当たらない」とあいまいな態度だ。当時の「関東戒厳司令部詳報」や都の「東京百年史」など、虐殺を記した公の記録は存在する。一部の不確かさをあげつらい、虐殺自体をうやむやにすることは許されない。

 政府がやるべきなのは事実を認め、流言飛語による殺傷がなぜ起きたのかを調べ、朝鮮人を含む外国人犠牲者の実態を明らかにすることだ。

 16年に小池氏名で1度だけ虐殺犠牲者の式典に送られた追悼の辞には「不幸な出来事を二度と繰り返すことなく、誰もが安全な社会生活を営めるよう、世代を超えて語り継いでいかねばなりません」とある。当然の認識だ。

 史実に向き合い、過ちを繰り返さないと誓い続ける。その大切さは100年を過ぎても何もかわらない。

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    能條桃子
    (NOYOUTHNOJAPAN代表)
    2024年8月30日23時57分 投稿
    【視点】

    昨年10月、ガザでのイスラエルによる襲撃が始まった後の岡真理先生による緊急セミナーにて、岡先生が共有されていた言葉の一つが「忘却が次の虐殺を準備する」というものでした。9月1日を前に、虐殺自体をうやむやにすることなく、歴史として次世代に伝え

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