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基礎研究の未来像

INTERVIEW 13

大隅基礎科学創成財団
ノーベル生理学・医学賞受賞者
大隅良典 理事長

基礎研究の未来像

「人のやらない」研究を続けて2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏と日本電子 会長 栗原権右衛門とで「基礎科学の振興と企業の役割」をテーマにお二人にお話しいただいた。

◆上のボックス内の再生ボタンをクリックするとムービーが始まります。 (6分30秒) ◆

Part1. 人のやらないことに挑戦していく「独創と先進」の獲得について

大隅 「独創性って何だ」という議論をしたときに、そんなに難しいことではなくて、「人がやらないことをやろう」という精神だと思います。
「新しいことをやらないといけない」ではなく、「誰もやらないことをやりたい」という精神を取り戻すことがとっても大事で,「人がやらないことやっていいんですか」というのが、今の若者たちの疑問で、「えっ」て言われるのが今の大きな問題だと思います。

栗原 我々も今までは大きいマーケットを取るために重要なのは「差別化」と言っていましたが、「差別化」と言うとどうしてもイタチごっこになります。そこで私は、差別化とは違う「参入障壁の高い、どこにもない自社開発で、独占的な装置を作る」ということを言い出したのですが、社内でも同じ考えを共有していて、実際にそういう装置が出てきました。

大隅 研究者の喜びとは、「人が誰もやってない世界を見ること」で、企業の成果としても「今まで全くなかったものが世の中に出る」ということを大事にしないと。ずっと競争、競争ということだけに終始するべきではありません。

大隅氏 (1970年代ごろ) 東京大学 安楽泰宏教授の研究室にて

栗原 2~3年の目先の短い期間で成果が出るようなテーマや装置にいろんな会社が、特に今、中国などが強く、安い労働力で、押し込んでくると日本の会社は勝てません。それよりも、ニッチで他ではやれない、マーケットは小さいが100%独占的なマーケットを取る。先生の考え方と我々の進んでいる方向は似ていると思っています。

大隅 オートファジーの研究は、今は1万本くらい論文が出ていますが、私が始めた頃は全世界で20本ぐらいしか出ていませんでした。我々がやったことは全部新しいことだったので10年ぐらいは人のことを意識せず、楽しくサイエンスができたのは本当にありがたかったです。

Part2. 研究者と理科学・計測機器の開発との関係性

大隅 企業から見ると、新しいことを始めるにはスペックが重要と考えますが、それだけを追求すると研究者にとっては使いにくい装置になってしまうことがあります。装置を開発する際には、研究者が何を求めているのかを常に考え、それを開発者にフィードバックできるシステムを持つことが大切だと思います。使い勝手が良くなければならないという認識が広まっています。スペックは高いが実際には使えないという状況は日本の企業では少なからず見られます。

栗原 現在では、遠隔操作や自動化、良質なソフトウエアの開発も重視されています。ノーベル賞を受賞されるような先生方は、自身で研究所に籠って研究を進めるという時代もありました。今はそれ以上に多くの方々が使えるものを開発することが求められています。

大隅氏と栗原会長 日本電子の初めての商用電子顕微鏡DA-1の前で

大隅 我々が顕微鏡を使用する際に重要なのは、実際に見たいものが見えることです。研究者が直面している問題が何であるかを把握することで、その問題を迅速に解決することが可能となります。大学の研究者と最先端の企業が協力して、問題点を整理しながら開発を進めていくことが理想です。

栗原 私たちは15年前に東京大学と「東京大学・日本電子産学連携室」を開設しました。その成果として、「無磁場電顕」といって、磁気を帯びたものは電子顕微鏡撮では撮れないのですが、世界で初めて磁気を帯びても撮れることに成功しました。

Part3. 失敗や危機こそ次の変革の源にする姿勢を

大隅 日本の科学技術行政の問題点として、研究期間が短くなり、成果が出なければ次の資金が得られないという状況があります。研究者は短期的な目標設定と、説明しやすく、役立つ研究に限定され、新たな発見が難しくなっています。特に、ウイルス研究などの分野では、資金調達が困難で研究者が減少しています。これらの問題を解決するためには、定常的なサポートシステムが必要です。大学の先生方も一見無駄に見える投資でも、広範な研究を進めることで大きな成果を得ることができる、日々の裾野を広げることをしていかなければ、大きなピークは表れません。

栗原 私が社長になり2008年にリーマンショックで100年に1回の世界的な不況ということで会社にお金がない状況でした。その状況下で黒字にするのは簡単です。人もろとも儲かってない事業を捨てれば良いだけです。しかし、5年10年先に花開く、根っこの種まで捨てる。私は死んでもそれをやらない。祖業の電子ビーム、このテクノロジーだけは、何を言われても守る。そのようにして残しました。

大隅 科学もすべてがうまくいく実験はありえません。大半が失敗です。失敗からどう学ぶかということが大事です。今の若者は一回失敗したら人生終わりだと本当に思っています。
彼らと話をすると、半分が「失敗した時にどうやったら立ち直れましたか」というような質問です。夢が無いですね。失敗したら次の研究費が来なくなるのが、大きな心配事です。

栗原 それではノーベル賞を取れるような、物になるかわからない、チャレンジしてみようという精神は出てこないですね。

大隅 出てこないですね。精神的な余裕があって、面白いことにチャレンジしてみようということがあって始めて、本当に新しいイノベーションが生まれます。

Part4. 横断的なつながりが新たな価値を生む

栗原 私たちは「YOKOGUSHI」と言っていますが、例えば電子顕微鏡を使っている人がNMRや他の装置も使ってコラボするとか、そういうのが大事だと思います。先生の財団もそうだと思いますが、基本は人と人とのコミュニケーションで、そういう場が必要ですね。

大隅 違う分野の人とどれぐらい話ができるかということが、これから日本人は特に問われると思います。海外では小さい時から様々な分野の人と切り結ぶ機会があり、それは大学でもあります。日本は、工学部の何とか教室に、18歳の時に自分の進路を決めますよね。研究室に配属されたら、そのメンバーだけと付き合う世界になり、だんだん人間関係が狭くなってしまいます。大学院の時にいろいろな研究を傍で見られ、いろいろな人と接するというシステムを作る必要があると考えます。

栗原 研究所のプロフェッサーは一国一城の主ですから、競争して相手をなぎ倒してでも生き残るという感じが強いのではないでしょうか。横断的なコラボを「つなぐ化」といいますが、日本はそのネタは持っています。様々な業種、業界、テクノロジーを含めそれらを持っている会社の数では日本は世界一です。そういう裾野が広い産業、テクノロジーを持っているのだから、横断的につないでどこにもない新たな第3の価値を生じるといった発想が大事ではないでしょうか。

大隅 日本の議論は、AとBという主張が戦って、どっちが正しいかというようなことが多いのですが、実はAとBを議論したらCという結論が出たというのがディスカッションの素晴らしさです。異分野の人たちが集まったら、今までなかったアイデアが湧いてくるという経験を若い人たちがすることが重要で、AとBからそれ以外のものが出てきたという経験はとても大事だと思います。

大隅氏と栗原会長 XtaLAB Senergy-EDの前で

栗原 当社と同じ昭島市(東京都)にあるリガクというX線回折の会社と日本電子がコラボし、「XtaLAB Synergy-ED」という製品を発売しました。リガクはX線の会社で有機化学において立体的な構造を見ることができますが、ある程度の結晶を作らなければなりません。もっと小さいミクロンオーダーの結晶で立体構造が見えれば、すごいことですが、リガクには電子顕微鏡の技術がありません。また日本電子はリガクの持っているソフトウエアやディテクターの技術がありません。だから一緒にやりました。そうすると、どちらにもない新たな第3の価値が出てきました。こういった横断的なつながりが大事だと思います。

Part5. 基礎研究の広がりの先にあるもの

大隅 多くの研究が、源流は原理的なことを見つけることで、私もオートファジーの研究を酵母で始めましたが、酵母の研究でこれが将来、癌の研究につながることを確信してやっていたわけではありません。研究は一人でやるものではなく、全世界で寄ってたかってやるもので、私たちのやったことが、それを糧に次の世代が次の扉を開け、あるところでは応用研究につながっていきます。
オートファジーの研究でヨーロッパに行くと「ファスティング(食事療法)で何時間空けたら、健康を保てるか」という質問をよく受けます。海外では大きな関心事です。「18時間が正しいでしょうか」と質問されますが、「私は答えません」と言っても、彼らは真剣に聞いてきます。
サイエンスは、一人が全部のストーリーを組み立てて成り立つものではなく、取っかかりは ある現象をどうしても解きたいと思った人が一生懸命やってきた成果を次の世代が発展させていくもので、偉い人が全部を解明しましたということは絶対なく、取っかかりと思って始めた研究というのがとても大事で、微生物の研究でも、酵母の研究でも、全部がその酵母で解けるわけがないので、酵母で一番大事なコンセプシャルな仕事をしたという人がその世界の次の扉を開くというのが基礎科学の大事なところです。

栗原 分析機器は 「Mother of Science」 と言われており、それらの装置がないと日本の製造業もままならなくなるため、会社の果たす役割は非常に大きいと思っています。基礎科学は我々のマーケットとしては小さいため、応用の広がりがあると良いですね。我々が恵まれているのは、世界のトップサイエンティストと日常的に仕事ができることです。日常的に装置を使っていただきながら、そこから派生する技術、あるいはその人脈を頼りに、大きなマーケットを作り拡大する。我々はこれを「70年目の転進」と言い、祖業の基礎科学、そこに我々のDNAがあり、それをやりながら、さらに大きなマーケットを作ります。基礎をやる役割と応用的な役割の両方をやっていきます。

大隅 「科学は社会を支えている」という認識はあります。例えば、「はやぶさがリュウグウを探査してきた」という出来事はみんなが総出で喜びます。これは研究の新しい成果が何か役に立ったのではなく、私も経験しましたが、ノーベル賞を取ると国中が晴れがましい気分になるということはありますよね。これらは身近に科学を感じ、楽しむ世界であって、「これで役に立った」という感覚とは違います。「月の裏側が見えたから、我々は豊かになったか」と言ったらそんなことはないですが、今まで分からなかった部分が見えるようになるのは喜びだという感覚です。
「人間が豊かになるために科学的な知識が広がる。それは楽しいことだ」という精神的なゆとりをこの国は大事にしてほしいです。

栗原 大多数の人は細かいことは分からないと思います。私も先生のオートファジーについて「Science」をあわてて買って読みましたが、すぐには分かりませんでした。日本から出たテクノロジーやサイエンスが世界にインパクトを与え、国民の意識を鼓舞する意味は非常にありますね。

大隅 スポーツ観戦や芸術の鑑賞もそうですが、役に立つという基準で我々は音楽会に行くわけではありません。そういうことが当たり前のこととして、科学も単純に役に立ったということでは測れないものとして社会的に存在感があることが日本は少し欠けているかもしれません。

栗原 日本の誇りではないですが、国民全体が元気になり、世の中が良い方向に進んでいけばサイエンスの意味があります。目先の利得だけでやると会社もそうですが、私は10年前に今の半導体の活況を予測して事業を手放さなかったわけではないのですが、DNAである祖業の電子ビームにまつわる技術を死んでも離さない。その一心でやってきました。そういった気持ちが大事なのではないでしょうか。

大隅 科学者が努力する必要はありますが、身近な存在として感じてくれるような努力を我々もしなければならないかもしれません。ノーベル賞の時に、ストックホルムを歩いていたら、地元の人が話しかけてきて「あなたのテレビ番組は面白かった」と言うくらいストックホルムは市民の中にもノーベル賞が浸透してるというのを感じました。日本人はお祭り騒ぎをしますが、サイエンスの面白さをもう少し時間かけてじっくりみんなに知らしめるということをする必要があるかもしれません。

大隅氏 ノーベル賞受賞式にて

ノーベル賞授賞式の様子

栗原 先生の創成財団は、面白い研究をされている方に資金を提供されていますが、いろんなところからこのような機運が盛り上がるといいですね。

大隅 小さな財団一つで変えられるわけではないので、そういう機運が盛り上がっていくことが、すごく大事だと思います。

Part6. これからの基礎科学の振興について

大隅 今では当たり前のことですが、電子顕微鏡があったから細胞の内部が見えたという歴史は、技術の発達・発展の歴史でもあり、日本でそういうところに世界のトップ企業があるというのはとても大事なことです。競争が激しいため撤退する企業もありますが、日本にとんがった企業が何社かあることはとても誇りに思います。大きな会社になったらいいというのではなく、とんがった企業であってほしいです。

栗原 我々の会社は、測れるものしか作れませんが、極端に言うと、我々の装置がないと製造業が成り立ちませんので、責任は非常にあると思っています。我々も先生の創生事業にわずかですが、先生の考え方に共鳴し協力させていただいています。日本を強くするのはサイエンスであり、当社は日本だけではなく世界の科学技術の発展に貢献します。これは、創業者の理念ですので、これからもその責任を果たしていきます。

大隅 良典(おおすみ よしのり)

大隅 良典(おおすみ よしのり)

大隅基礎科学創成財団理事長
ノーベル生理学・医学賞受賞者

1945年に福岡県にて生まれ、県立福岡高等学校を卒業後、1963年に東京大学に進学した。同大学では今堀教授に師事し分子生物学を専攻、同大学・大学院にて理学博士を取得した。その後、1974年に米国のロックフェラー大学・エーデルマン教授の下で研究し1977年に帰国した。
帰国後は東京大学理学部で液胞の研究を行い、1988年に同教養学部でオートファジーに関する研究を開始し、1996年より基礎生物学研究所、2009年より東京工業大学で同研究を続け、オートファジーに関するメカニズム解明への寄与で、2016年にノーベル生理学・医学賞を単独受賞した。現在も同研究を継続するとともに、2017年に大隅基礎科学創成財団を設立し理事長として、基礎科学の発展に努めている。

掲載:2024年4月

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