Close Btn

Select Your Regional site

Close

令和のTEMがスマート家電のようになった理由

JEM-120i 電子顕微鏡

創立75周年を迎えた2024年5月、日本電子は新しい透過電子顕微鏡(TEM)JEM-120iを発表した。電子顕微鏡というと電子銃の入る鏡筒が見えるものだが、JEM-120iの外観はオフホワイトの直方体。何の装置なのか外からはうかがい知れない。正面から見るとスマート家電のようにも見える。明らかにこれまでのTEMとは一線を画す製品だと感じられる。

「スマート家電のよう」に感じるのは色や形のせいだけではない。装置正面の丸く奥まった穴は試料ホルダーを挿入する部分だが、奥にはLEDライトがあり、点灯色で稼働状態を知らせる。例えば白色は真空度 OKで使える状態だが試料ホルダーが刺さっていない状態。そして試料ホルダーを刺すとLEDライトが水色に変わる。まさに最新家電をほうふつとさせる見た目だ。

JEM-120iのコンセプトは①Compact、②Easy To Use、③Expandableだという。これらのコンセプトが、どのようにこの形を作ったのか。開発プロジェクトのメンバーにインタビューした。

①Compact:セパレート型にはしたくなかった

Compactにするというコンセプトはどこから出てきたのだろうか。

池田:弊社の開発館に年表があって、そこに何十年か前の装置の絵が載っています。それを見ていると昔の装置は非常にコンパクトだったな、きっと搬入先への設置も楽だったのだろうなとイメージしたことがきっかけでしょうか。

池田 悠太 EM事業ユニット EM事業企画部

開発館年表にあった「JEM-120」は今回の製品開発のヒントになった

昔の装置に池田が憧れる理由、それは最近の装置が複数ユニット構成であるのに対して、初期の装置はほぼ一体型である点だ。この何十年かの間、電子顕微鏡の開発は性能を上げ機能を増やすことを命題にしてきた。それは大切なことだが、結果、装置は大きくなる。電源や真空排気ユニット、それに制御系も別ユニットにせざるを得ない。今まで新機種を開発するときもセパレート構成が当たり前と考え、開発に着手してきた。

だが今回の製品を開発するにあたって考えた。果たしてセパレート構成でいいのだろうか。セパレート型は設置に手間がかかる。出荷前に接続して調整し、出荷時にばらす。納入するとまた接続して調整する。人手と時間がかかるのだ。今回のCompactという開発コンセプトをもう少し正確に述べるならば、一体化した装置であること、そして一体化しても楽に搬入できるコンパクトな筐体になっていること、そうしたTEMを作りたいということだ。

もちろん想定ユーザーのことも考えた。JEM-120iは加速電圧120kV級のTEMであり、おもにソフトマテリアル(高分子、生体膜、生体分子などの柔らかい物質)の観察に使われる。これまで光学顕微鏡で仕事をしてきて電子顕微鏡は初めてというユーザーも多いだろう。そうした人たちに電子顕微鏡だから大きな部屋や専用の部屋が必要だと言えば抵抗感を持たれる。今の職場に置けて洗練された外観の製品であれば抵抗なく導入してもらえるだろう。

②Easy To Use:パンフレットを先に作る

Easy To Useは、3つのコンセプトのなかでも特に意識したコンセプトだという。初めての電子顕微鏡ユーザーでも手間なく直感的に操作できるTEMを作りたい。そのために開発チームが手がけたのはパンフレットを先行して作ることだった。

松崎:JEM-120iの購入を検討している人たちは、性能やスペックよりも、何ができるのか、それはどうすればできるのかという操作感を知りたいのだと思いました。そこでユーザー視点のパンフレットを青木さんと一緒に作り、「こんなパンフレットにしたい。だから、この機能は入れましょう」と開発スタッフにフィードバックしました。

松崎 美月 EM事業ユニット EM第2技術開発部

松崎らが作ったパンフレットはそのまま製品カタログのベースになった。カタログには試料を挿入した後はすべてマウスで操作できる様子が紹介されている。

実はマウス操作を基本にしたTEMは日本電子ではJEM-120iが初めて。これまでのTEMには専用の操作パネルが標準装備品として提供されていて、多くの作業はこの操作パネルから指示していた。ただ、操作パネルに多くのボタンがあると「操作が難しそうに見える」という声が初心者に近いユーザーから上がり、JEM-120iの前身のJEM-1400Flashでは操作パネルをシンプルなものに変更した経緯がある。それでも複雑そうという印象は拭えなかった。そこでJEM-120iでは操作パネルを止め、マウス操作を基本にしたのだ(オプションで操作パネルを付けることはできる)。

青木:コロナの時期にTEMをリモートで操作したいという要望があり、リモートソフトを導入しています。自宅のPCには操作パネルはないのでリモートソフトではマウスで指示します。その操作系がJEM-120iのソフトにも反映されています。

青木 遥 EM事業ユニット EMアプリケーション部

マウス操作のほかにもEasy To Useのための改善は多岐にわたった。観察前の準備作業や確認作業など多くの点を見直し、自動化を進めた。結果、以前の機種の手間を知っている人なら驚くくらいに手間が減った。装置を直方体の筐体で覆ってしまったのも準備や確認のために触るべき箇所が少なくなったからだ。

使いやすさには自信があった。だが肝心なのは初心者が使いやすいと思ってくれるかどうかだ。「初心者にモニターになってもらってはどうか」。白羽の矢が立ったのは事務部署にいるFさん。Fさんは日本電子に勤めてはいるものの、電子顕微鏡を使ったことはない。ペラ2枚の資料を渡してFさんは試作機で一通りの操作ができた。開発チームが目指していた、初めて電子顕微鏡に触れる人でも手間なく直感的な操作ができることを実現できた。

③Expandable:外観と同様にスマートな機能拡張をしたい

3つ目のコンセプトは、より正確に言うと「120kV級でもExpandable」である。

新たな機能を追加するアタッチメントは多くの電子顕微鏡で用意されている。特に上位機では現場で簡単に追加作業ができる機種が多い。だが、120kV級の装置ではこれまでそうした配慮がなかった。もし追加するとなると大きな工事になり、時間がかかるケースもある。その間、お客様には不便を強いることになる。

JEM-120iではこれを回避する工夫を施した。鏡筒をバラバラにしないと組み込めない部品はあらかじめ装置に組み込んでおく。これにより、サービス員が現地に行って作業をすれば完了という、上位機と同様のスマートな機能拡張ができるようにした。

昭和・平成とは違う令和のTEM

以上の3つのコンセプトに沿ったJEM-120i開発プロジェクトは、"令和の環境変化"の中で進められた。このためプロジェクトは相当に難航した。

仕様を詰めていたときにコロナ禍が起き、リモート会議の不便さに遭う。コロナが長引くと今度は部品の品薄・値上げの波が襲ってきた。コスト削減がさらにきつくなった。
一方、職場では女性の働き方支援が進み、積極的に育児休業を取る男性も増えた。池田もまた積極的に育児休業を取得した一人である。急きょ丹羽がプロジェクトのサブリーダーに抜擢され、プロジェクトを前進させた。

だからというわけではないが、JEM-120iは「令和のTEM」と呼びたくなる側面を持っている。これまでのTEMでやってきた観察前の準備作業や確認作業などを見直しただけでなく、昭和や平成の時代に先輩方が踏襲してきたセパレート型の構成や操作パネルにも疑問の目を向け、見直して別の方向に舵を切った。また、LEDライトの点灯色で稼働状態を知らせる新しいデザインを採用した。そこには昭和や平成の価値観とは違う、新たなTEMの誕生が感じられる。

丹羽:これまでは観察前に、人がネジを回して電子線の軸合わせをし、その後電磁コイルで微調整していました。このネジを回すという調整はTEMの基本的な調整方法ですが、手動で調整することを前提としています。そこでこの調整の必要性を再検証した結果、もはや機械的な調整は必要ないことが分かりました。
ただ微調整は必要ですから、電子線の軸を電磁コイルで微調整するソフトウェアを開発しました。固定観念を払拭し、製造部門や開発設計部門、アプリケーション部門が連携したからこそ成功した一例です。これからは昭和や平成の常識をベースにしたものづくりは見直すべきかもしれないです。

丹羽 真一 生産本部 製品技術部

「時間がない」という状況を打破したい

途中様々な課題にぶつかったJEM-120iの開発プロジェクトだったが、当初から3つのコンセプトにはある一貫した想いがあった。プロジェクトリーダーである池田は語る。

池田:我々のお客様は日々最先端分野で研究しており、その仕事の仕方は最先端故に多様性に富んでいる。こういった研究者の方が成果を上げ、科学技術の進歩に貢献できるよう環境整備するのが我々の責務だと思うが、電子顕微鏡は人間が調整を行わなければならない箇所が多く、時間を確保するということが難しい。人間の手がかかっていた部分、これを自動化することで「時間がない」という状況を打破したいとの思いがあった。

「科学の進歩と社会の発展に貢献する」という創業以来の日本電子のDNAは引き継がれ、その象徴であるTEMは時代を越えて進化を続けていく。JEM-120iは75周年の節目を象徴する令和のTEMとなった。

関連リンク

お問い合わせ

日本電子では、お客様に安心して製品をお使い頂くために、
様々なサポート体制でお客様をバックアップしております。お気軽にお問い合わせください。