木村花さんへの中傷投稿は「捏造」 気づけず逆提訴、きょう判決

大滝哲彰

 SNSで中傷されて自死したプロレスラー木村花さんの母親が「投稿者」に損害賠償を求めた裁判が、異例の経過をたどっている。母親側が証拠とした投稿の画像が第三者の捏造(ねつぞう)とみられることがわかり、母親側が提訴される事態に。二つの裁判は30日、判決が言い渡される。

 花さんは、フジテレビの恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演し、SNSで多くの中傷を受けて2020年5月に命を絶った。以降、母親は刑事・民事で投稿者の責任を追及し、一部の投稿者は侮辱罪で略式命令を受けたり、裁判で賠償を命じられたりした。

 今回の裁判は21年8月に起こした。ツイッター(現・X)の投稿をめぐり、母親が大阪府内の女性ら一家4人に約300万円の賠償を求めて東京地裁に提訴。その後、大阪地裁に移された。

 投稿は花さんが亡くなった直後のものだった。「息してるー?^^」「ってもう遅いかWWW」「もしかして自分の立場も弁(わきま)えてない感じかな?」などの内容で、遺族感情が侵害されたと訴えた。母親側は投稿の画像を入手。アカウント情報をもとに、ツイッター社に発信者情報の開示を求める裁判を起こすなどして女性を特定した。

「平穏な生活を送る権利を侵害された」

 だが、母親の訴えに対し、女性側はこう反論した。

 「そもそも投稿していない」

 画像には投稿日時の表示がない上、自分のアカウントは非公開で投稿は2回しかなく中傷を広めるものではないとして、画像は捏造だと訴えた。

 これを受け、母親側は女性らに生じた弁護士費用を負担して和解する意向を示したが、交渉は決裂。女性らは23年1月、母親に計880万円の賠償を求めて提訴した。

 女性側は、画像は捏造と容易に判断できたとし、「家族間で中傷の投稿をしたか尋ねざるを得ず、平穏な生活を送る権利を侵害された」と主張している。

 母親側は大量の中傷に対応するなかで「捏造には気づけなかった」と説明。代理人弁護士は「SNSの投稿はすぐに削除されることが多く、入手画像から投稿者をたどるしかなかった。入手した当初から捏造かどうか、不信感を抱くのは難しかった」と話す。

 捏造の事実に争いはなく、二つの裁判では、母親側に賠償責任があるかが焦点になる。(大滝哲彰)

専門家「SNSにはフェイクが蔓延」と注意喚起

 捏造画像が瞬く間にSNSで拡散される事態は後を絶たない。専門家は「SNSは『フェイクが蔓延(まんえん)している』との前提で利用すべきだ」と話す。

 静岡県に大きな被害を与えた2022年9月の台風15号では、一部地域が水没したように見えるAI作成画像がツイッター上で拡散した。22年8月にはロシアのウクライナ侵攻をめぐり、岸信夫首相補佐官(当時)をかたってウクライナを非難する偽のツイッター投稿があり、在英ロシア大使館などが拡散させる事態になった。

 「ネット炎上の研究」(共著)などの著作がある国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は19年度から、SNS上で拡散したフェイクニュースを見聞きした人に真偽の判断を聞く調査を続ける。今年度は約3700人が対象で、そのニュースが誤りだと思った人は約15%にとどまるとの結果が出たという。

 山口准教授は「偽情報の拡散を防ぐ情報環境の健全化はSNSの運営側に求められる」としつつ、「今やスマホ一つで誰もが簡単に画像を加工・修正できて、フェイクがあふれる時代になった」と指摘。「中傷を受けたのに訴えられてしまうという不幸な事態は、誰にでも起こりうる。利用者の側も、目の前の情報を疑う癖をつける必要がある」と警鐘を鳴らした。(大滝哲彰)

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    佐倉統
    (東京大学大学院教授=科学技術社会論)
    2024年8月30日5時0分 投稿
    【視点】

    なんとも不幸な経緯だが、山口氏の調査が明らかにしているように、SNS上の情報はまずフェイクだと思った方がいいのだろう。そこはいわば虚構の世界、ウソで満たされた空間。そういうい場でどのように振る舞うか、フィクションをとことん楽しむもよし、ちょっとだけ関わって現実世界の息抜きに使うもよし、というところだろうか。いずれにせよまじめに関わる場所ではないということではなかろうか。

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