ジャニーズ性加害問題、報じなかったマスコミに批判 各社の見解は

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 ジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏(2019年に死去)の所属タレントへの性加害問題について、新聞やテレビの報道が不十分だったと指摘されています。いつからどのように報じられ、何が、なぜ、足りなかったのか。報道各社と専門家に見解を聞き、今後の報道のありかたを考えます。

99年ごろに週刊文春がキャンペーン報道

 喜多川氏の性加害問題については、1980年代に元タレントが被害を訴える手記を出版するなどしていた。99~00年ごろには、週刊文春がキャンペーン報道を展開し、被害者の証言などを詳しく報じる複数の記事を掲載した。

 記事の内容をめぐってジャニーズ事務所などが発行元の文芸春秋を訴えた裁判では、02年、東京地裁が「セクハラ」があったとする記述を真実と認めない、とする判決を出した。一方、03年の東京高裁では認める判決が出され、04年に最高裁で確定した。

 全国紙4社と在京のテレビ5局にこの時期の報道内容について聞いたところ、新聞は判決内容を報じていたが、テレビで報じたという回答はなかった。実態を独自に取材して報じたと回答した社はなかった。

 朝日新聞は、一連の判決を報じたが、大きな扱いではなかった。

 今年3月、英BBCが性加害問題についてのドキュメンタリーを放映。4月には元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさんが会見で被害を訴え、これを機に報じた社も多かった。「故人には反論の機会がないことを踏まえ、ジャニーズ事務所にコメントを求め、得られたため」(日本テレビ)といった理由があがった。

 5月14日には、ジャニーズ事務所が公式サイトで、藤島ジュリー景子社長が謝罪を表明した動画を公開。それまでには全社が、何らかの形で問題を報じた。

 大手メディアが早い段階から十分に報じなかったことには、批判の声が強い。メディア側がどう受け止めているのかも聞いた。

 TBSは「今の時点で振り返ると、性暴力や性被害は許さないという観点から放送するという判断もあった」「批判は真摯(しんし)に受け止め、今後に生かしたい」と回答。フジテレビは、「自社の判断に基づいて報じていますが、様々な意見があることも承知しており、きちんと受け止めています」と答えた。NHKは「指摘については、真摯に受け止めています。性暴力について『決して許されるものではない』という毅然(きぜん)とした態度でこれまでも臨んできて、その姿勢にいささかの変更もありません」と回答した。

 毎日新聞は「メディアに対する批判は真摯(しんし)に受け止めます」と回答。産経新聞は「そのような批判があることは承知しています。公正な報道に努めて参ります」と答えた。

朝日新聞GE 「批判真摯に受け止めます」

 野村周・朝日新聞ゼネラルエディター兼東京本社編集局長の話 日本を代表する芸能事務所の創業者が長年にわたり所属タレントに性加害をしていた疑惑について、なぜメディアはきちんと報じてこなかったのか。読者のみなさまから、厳しいご批判をいただきました。

 朝日新聞は、週刊文春の記事をめぐる裁判の判決を記事にしましたが、大きな扱いではありませんでした。今回、被害を訴える当事者の方たちが記者会見を開くまで積極的に報じてきませんでした。

 性加害、とりわけ男性への性加害という問題に対する認識が不足していたことなどが根底にあったと思います。ご批判は真摯(しんし)に受け止めます。

 この問題の報道にあたっては、喜多川氏がすでに亡くなっており、その反論を取材できない状況で、どのように記事にするか社内で議論もありました。当事者の方たちが実名で会見を開いて被害を訴えた証言の重さなども踏まえ、社会にしっかりと問うべきものと判断しました。

 性暴力は「魂の殺人」とも呼ばれ、被害者のその後の人生に大きな傷痕を残します。そんな問題意識から、朝日新聞は近年、子どもへの性暴力や文化・芸術界における性暴力を連載で取り上げてきました。重大な人権侵害である性加害の問題については、今後も取材を尽くして報じていきます。

     ◇

新聞・テレビ各社の回答

 テレビ局と新聞社へのアンケートでの質問と回答は次の通り。

質問

ジャニー喜多川氏の性加害問題について、1990年代以降に週刊文春がキャンペーン報道をしました。ジャニーズ事務所などが出版社を訴えた裁判では、「セクハラ」に関する記事の重要部分を真実と認める判決が出されています。当時の報道姿勢や判断について、適切だったと思いますか。その理由と合わせてお答えください。

②ジャニー喜多川氏の性加害問題については、メディアが十分に報じず、黙殺してきたという批判があります。どのように受け止めていますか。今後の報道姿勢も含めてお書きください。

回答

(※①と②で重複する回答などは割愛)

【朝日新聞】

①ジャニー喜多川氏による所属タレントへの性的行為について裁判で認定された事実は高裁判決、最高裁決定、喜多川氏死去の際に報じましたが、問題の深刻さや影響の大きさが十分に認識できておらず、それ以上の報道ができなかった点は不十分でした。

②1990年代以降の週刊文春のキャンペーン報道や、その後の裁判の事実認定などを経ても、問題の大きさを十分に認識できておらず、追及が不十分だったという指摘は真摯に受け止めます。性暴力は「魂の殺人」とも呼ばれ、被害を受けた方のその後の人生にも大きな傷痕を残すと言われています。性加害は重大な人権侵害という意識を持ち、今後も取材を尽くした上で報じていきます。

【毎日新聞】

①個別の報道に関する社内の検討過程や編集判断につきましてはお答えしておりません。

②ジャニー喜多川氏の性加害問題について、メディアに対する批判は真摯に受け止めます。今後も事案の内容をふまえて報道してまいります。

読売新聞

設問に回答せず

【産経新聞】

①編集の判断についてはお答えしておりません。

②そのような批判があることは承知しています。今後も従来通り公正な報道に努めてまいります。

【NHK】

①ニュースや番組で何を伝えるかについては、自主的な編集判断に基づいて、その都度、総合的に判断しています。性暴力について、NHKとしては「決して許されるものではない」という毅然(きぜん)とした態度でこれまでも臨んできたところであり、その姿勢にいささかの変更もありません。

②そうした指摘があることについては、真摯(しんし)に受け止めています。

 5月17日には、クローズアップ現代で「ジャニーズと性加害問題」について、新たな証言などを交えて放送しました。

 その時々の社会情勢などを踏まえ、公共放送・公共メディアとして、今後も伝えるべき情報はきちんと伝えていきます。

【日本テレビ】

①当時、通常のニュースバリュー判断に基づいて対応しましたが、それに対するご意見に関しては、真摯に受け止め、今後の取材・放送に生かして参ります。

②批判については真摯に受け止め、今後の取材・放送に生かして参ります。当社は今後も性暴力はあってはならないという姿勢で、正確かつ公正に、伝えるべき事実を報道して参ります。

テレビ朝日

 今回、被害にあったと告白した当事者の方が、テレビでも報じられていれば、とご指摘されていることは重く受け止めております。また、視聴者の皆様からも様々なご意見をいただいております。ご意見を重く受け止めつつ、今後の取材・放送につなげていきたいと考えております。

【TBS】

①経緯などについては不明な部分があるため、当時の報道姿勢や判断についての評価は控えますが、今の時点で振り返りますと、性暴力や性被害は許さないという観点から放送するという判断もあった、と考えます。

②視聴者のみなさまからも様々なご意見を頂いており、報道が不十分だったのではないかというご批判につきましては、真摯に受け止め、今後の放送や取り組みにいかして参ります。

【フジテレビ】

①個別の事案の報道方針・判断内容についてなど取材・制作の詳細に関してはお答えしておりません。

②自社の判断に基づいて報じておりますが、一方で、様々なご意見があることも承知しており、そういった声もきちんと受け止めています。性加害が決して許されることがないのは当然のことであり、放送にあたっては、必要があると判断したものをしっかり報じるという方針で臨んでいます。

 新聞・テレビが早い段階から報じなかったことに、批判の声があがっています。何が欠けていたのか。専門家に聞きました。

「事なかれ主義」「横並び」 専門家の視点

 民放の元プロデューサーで筑紫女学園大の吉野嘉高教授(メディア論)は、週刊文春の報道当時、主にニュース番組を担当していた。「具体的な事実をつかんでいたわけではないが、社内には性加害問題について触れるべきではないという暗黙の了解があると感じていた」と話す。

 ジャニーズ事務所は音楽番組だけでなくバラエティーやドラマ、CMにも幅広く出演する人気タレントを数多く抱えている。「実態を報じて出演してもらえなくなれば、会社に大きなダメージがあると自主規制していたと思う」。報道現場でも、あえて問題提起したり、上司を説得したりすると「空気が読めない」と思われる雰囲気があったと語る。「現場レベルでは手に負えないと認識していたが、今はやり過ごしてきたことに自責の念がある」

 吉野教授はこうした業界の「事なかれ主義」が今も続いていると考える。「他局が取り上げたら報道するという横並びの姿勢は変わっていない。伝えるべきニュースは何か、ジャーナリズムの原理原則に立ち返るべきだ」と話す。

 上智大の音好宏教授(メディア論)は、「テレビとは違い、ジャニーズ事務所とのしがらみの少ない新聞も報じていなかった責任は重い。新聞の役割は権力の監視だが、芸能の話題を政治・経済・社会の話題より優先順位が低いと見て軽視し、ジャニーズ事務所が一つの『権力』になっている認識が欠けていたのではないか」と指摘する。

 音教授は、新聞が「ニュースかどうか」を判断する際の基準も影響しているとみる。「週刊誌などと比べて基準が厳格なことは、信頼性を担保している面もある。だが、疑惑の段階では追及せず、警察や司法の判断次第で報じるかどうかを決める姿勢が市民感覚とずれていないか、常に議論することが必要だ」

 フェミニズムを研究してきた東京大の田中東子教授(メディア文化論)は、社会の変化にも着目する。「80~90年代当時は、性暴力全般の深刻さが認識されておらず、特に男性への性暴力については『男性は性被害に遭うような弱い存在ではない』という思い込みから、スキャンダルとして消費されてしまった。新聞やテレビが報じていれば、真実性が高いとお墨付きを与えられ、被害の拡大を食い止めることにつながったはずだ」

 その後、性暴力に対する日本社会の意識は大きく変わった。近年は、性被害を告発する#MeToo運動も起こった。「男性から男性への性加害も含め、同意のない性行為は人権侵害だと社会では理解されるようになった」。BBCの放送後、SNSでは、「なぜマスコミは報じないのか」という声も広がった。

 それでも、ごく最近まで報道されなかったことについて、田中教授は「メディアが男性中心の価値観に偏ったままで、性暴力への意識が低いためではないか」と指摘する。日本新聞協会によると、女性記者の割合は99年は10・2%。22年には24・1%に増えたが、女性管理職は9・4%にとどまる。

 田中教授が懸念するのは、この問題が数年後には社会から忘れられてしまうのではないか、ということだ。「メディアはエンタメ業界の性加害について取材と検証を続け、考える材料を提供し続けてほしい」

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