黙認の文化見つめ直そう    視標「ジャニーズ記者会見」 東京大教授 田中東子

2023年09月29日 19時13分
 ジャニーズ事務所の記者会見を見た。社長の交代が発表され、ジャニー喜多川(きたがわ)氏による所属タレントたち(未成年も含む男子)への数多くの性加害を認めた。
 
 今年3月に英BBCが放映した「J―POPの捕食者 秘められたスキャンダル」をきっかけに、被害者からの勇気ある告発が相次ぎ、連帯して被害を訴えてきた。背景には2017年からグローバルに展開されてきた#MeToo運動の影響もあったのだろう。
 
 それにしても、なぜこのように非道な性暴力が半世紀以上にもわたって続いてきたのだろうか。その原因として、三つの問題があると考えている。
 
 第一に、事務所内部の権力構造が温存されてきたこと。同族経営の小さな事務所として出発したジャニーズが、やがて大きな会社になっていく際に、規模に見合う社会的責任を果たすためのコンプライアンス(法令順守)や人権教育がなされてこなかった。特に創業者一族への権力集中を正してこなかった点は問題である。これはビッグモーターによる不正の背景に透けて見えていた構造と相似形を成している。
 
 第二に、この問題を知りながら、所属タレントを起用してきたメディアや広告企業の側の問題。喜多川氏による性加害については、1960年代から一部の雑誌などを通じて報じられており、2003年には東京高裁が性加害を認定している。
 
 しかし、テレビも新聞も人気タレントを複数抱え、社会的に影響力を持つ事務所の問題をほとんど報道することなく、やり過ごしてきた。理由として、人気タレントの出演を巡る事務所の側からの圧力とメディア側の忖度(そんたく)があったことは先日発表された外部専門家による報告書で述べられている通りだ。

 さらに深刻なのは、日本のメディアに内在的に埋め込まれた男性中心主義と性暴力問題の軽視である。「おんなこども」の好きな芸能ニュースや性暴力など報道する価値はないと、低く見積もってはこなかったか。メディアにはきちんと内省してほしい。

 第三に、所属タレントを応援するファン文化。「推し」の所属する事務所の問題を直視するのがつらいことはよく分かる。だが、自分が愛し、推しているアイドルの人権が公然と踏みにじられ剝奪されていることを看過し、全面肯定し続けて良いのだろうか。

 タレントを育て、その活躍をつくり上げていく上で、ファンの声と意向は大きな力を持っている。何物にも代えがたいあなたの大切なアイドルが、ハラスメントと抑圧の中におかれ、モノのように扱われているかもしれないという事実から今後は目を背けないでほしい。

 とはいえ、ここで挙げた三つの問題は、私たちの身近なところにも潜んでいる。所属する会社や学校、地域社会にも、喜多川氏のような権力者による非道な行為があり、気付いていながら黙認し続けてしまう関係があふれている。今回の事件をきっかけに、見過ごしてしまっている足元の問題をわたしたちも見つめ直す必要があるだろう。
 
 (新聞用に2023年9月8日に配信)
たなか・とうこ 1972年横浜市生まれ。早稲田大大学院政治学研究科後期博士課程単位取得退学。大妻女子大教授などを経て現職。専門分野はメディア文化論、フェミニズムなど。
    共同通信のニュース・速報一覧