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The Works "DEATH NOTE~RELIFE~" includes tags such as "DEATHNOTE", "月L" and more.
DEATH NOTE~RELIFE~/Novel by アキラ

DEATH NOTE~RELIFE~

160,670 character(s)5 hrs 21 mins

以前衝動的に書いてそのままになっていた、デスノートのIFストーリーです。
月が二重人格だったりメインキャラがほぼ生存したりと、n番煎じな要素盛り沢山の自己満足な作品ですが、せっかく見つけたので載せさせていただきましたm(__)m
書かなくても分かることだと思いますが、ハッピーエンドです(^^♪
作品のイメージソングは西野カナさんの『IF』です、ナルトの映画の主題歌ですね。

【注意事項】
⒈月が二重人格です。
⒉Lとメロ、マット生存します。
⒊月とLが同い年設定です。
⒋Lとニアの情緒が原作より不安定で、逆にミサがかなり大人びてます。
⒌月とL、ニアとメロの過去を捏造してます。
⒍ストーリーにはアニメとスペシャルの要素を少しずつ含んでいますが、同時に原作にはない死神のオリジナル能力が出てきます。
⒎腐向けとタグを付けましたが、作中での本人たちの意識は友達止まりです。でも絶対近いうちにくっ付くでしょう(笑)

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契機


 人と関わる上手いやり方なんて知らなかった。あの人とずっと二人で生きてきて、あの人は私の言いたいこと・考えていることを、口を開かなくても分かってくれたから。よく晴れた暖かい日。お気に入りの白い大きめのパーカーと青いジーパンを身に着けて、あの人に黙って公園に遊びに行った。
 今日は人がほとんどいなかった。あまり外に出ては駄目だと言われていたが、ちょくちょく破っていた。不定期に、証拠も残さず、常人なら絶対に気づかない頻度で……まぁ、あの人はそこらの人間よりずっと賢いから、気づいていただろうけど。頭の回転は速くても無知だった私は、とにかく`ヒト`を知りたくて、よく話しかけていた。
 砂場で同い年くらいの子供が遊んでいると、傍らによってしゃがみ、話の切り口としてその子がどういう境遇か、癖があるかなどを独り言のように口にした。自分のことを当てられれば、どうして分かったんだろうと興味をもたれると思って。けれど結果はいつも同じ――怖がられて、気味悪がられて、みんなみんな離れていく。もともと伸び放題の黒髪に蒼白い肌、隈のあるギョロリとした目つきだから、印象は悪かった。あの人は黒曜石みたいで綺麗だと言ってくれたのだけれど……。
 今思えば当たり前だったが、当時の私はどうしてヒトが離れていくのか分からず、数を重ねて何がいけないのか検証しようとした。そして今日は運悪く、悪に分類されるヒトに話しかけてしまった。その男のヒトが殺人を犯したということは、身体から微かに香る血の臭いや挙動不審な態度、衣服に付着した赤い斑点で何となく分かった。だから罪を言い当て、自首させるつもりで――逆に怒りを煽ってしまった。
 首を鷲掴みにされて持ち上げられ、腕に絡めとられて動きを封じられた。俗にいう人質だ。体勢的にポケットに入れている携帯も出せず、声をあげても助けてくれそうな人は近くにいない。それでも暴れていると、肩にナイフを突き立てられた。ぐじゅっと気持ち悪い音を立てて自分の皮膚が裂け、赤い赤い血が流れ出てきて……私は初めて`恐怖`というものを感じた。
 痛い。痛い、痛い! 火で炙られているわけでもないのに熱い。全身が痺れて息がうまくできなくて――嗚呼、死ぬんだと思った。途端に我を忘れて叫んだ。嫌だと。怖いと。死にたくないと……。

――やめろよ!

 ガッと鈍い音がして、男が呻き声をあげて後ろに仰け反った。何かが額に当たったらしい。ぽたりと、男の血が私の頬に落ちる。腕も緩み、私の身体は重力に引きずられて地に落ちる。けれども肩の痛みと生まれて初めての恐怖で、尻餅をついたまま動けなかった。

――はやく! 今のうちに!

 また身体が引っ張られる。今度は腕を掴まれた。ただし掴んだのは、私より少しだけ大きい子供の手。縺れる足を懸命に動かしながら私は、私より前を走る子供の背中をただ見ていた。タータンチェックの長袖のシャツと白いズボン、肩で揃えられた柔らかそうな茶髪――男の子だった。彼は私の手を引いたまま右へ左へと角を曲がり、気づけば街中の知らない路地裏に佇んでいた。いや、頭ではどこの路地裏か分かっていたが、分かっていただけで理解はできていなかった。

――もう大丈夫だよ。しばらくアイツは追ってこないはずだから

 茶髪の男の子は、背も私より少し高かった。同い年だと思っていたが、一つか二つ年上かもしれない。それに日本人だのようだ。彼は突っ立ったままの私を壁に凭れさせて座らせると、アーガイル柄のハンカチを取り出して肩口に押し当てた。
 ズキリと走った痛みに再び恐怖が芽生え、身が縮こまる。それを見逃さなかった男の子は私の頭に手を添え、もう一度言った。大丈夫だと。

――ごめん。本当はもっとはやく助けてあげたかったんだけど、タイミングがつかめなくて

 大変申し訳なさそうに言う彼に、あなたが謝ることじゃありませんと私は言う。元は私が判断を謝ったのがいけないんだ。関係ないこんな子供まで巻き込んで……謝るのは私のほうだ。

――すみませんでした……たすけてくれて、ありがとうございます……
――うん……でもケガさせちゃったな……

 そう言って彼は、私の頬に飛んだ血飛沫の跡を指で拭う。

――かっこわるいですね、わたし……あんなところで叫んだりして……
――そんなことない。だれだって、あんな目にあったらこわいよ

 男の子はぎゅっと、傷に響かないよう気をつけて私を抱きしめた。温かかった。ほぅと安堵の息が漏れる。

――……もうそろそろかな
――え?

 男の子は「ちょっとまっててね」と言い、私から離れて表道に顔を出す。あの男に見つかりはしないかと一瞬だけ不安になったが、彼なら大丈夫なのではとすぐに冷静になった。そう思わせるだけのカリスマ性が、幼い彼からは漂っていた。

――……さっきのやつ、つかまったみたいだよ

 彼が戻ってくる。どうやら私を助ける前に、携帯で九九九にかけて通報していたらしい。男が何もしなければそのまま見張るだけのつもりだったが、私が殺されそうになったため、飛び出したとのこと。ますます申し訳なくなった。

――ごめんね。本当はすぐに病院につれて行きたかったんだけど、アイツ、君がケガしたの知ってるから、まっさきに病院をさがすんじゃないかとおもって

 念のために、病院から少し離れたこの路地裏に隠れたということか。どうやらこの辺りの地形も頭に入っているようだ。

――……あたまいいんですね
――そうかな? ありがとう

 彼は私をおんぶすると、静かな足取りで、しかし急いで病院まで連れていってくれた。治療が終わるまで傍にいてくれると言ったが、傷が深いため縫うことになりそうなので御家族のもとに帰りなさいと、病院の人に言われてしまった。彼は渋々、ストレッチャーに乗せられた私の手から自分の手を放すと、「あとがのこらないといいね」と私の頭を撫で、微笑んでくれた。
 私は倦怠感と麻酔による眠気のせいで頷くことしかできなかったが、彼は笑ってくれた。集中治療室に連れていかれるまで、私はずっと彼の視線を感じていた。彼に貸してもらったハンカチは握りしめたままだったが、返せとは言われなかった彼ほど記憶力が高い者が忘れるはずがないので、気を遣われたのか。
 ありがとうと最後の力を振り絞って言うと、どういたしましてと、返された気がした。次に目が覚めた時、傍にいたのはあの人だった。いつも温和な人だが、この時ばかりは怒っているようだった。燕尾服が少し乱れていたうえに、額には視認できるほどの汗が滲んでいた。
 心配したと、無事でよかったと抱きしめられたのは嬉しかったが、あの男の子の温もりとはどこか違っていたあの男の子には、別れたっきり会えなかった。
傷が治って退院しても、あの公園に行っても、どこにもいなかった。

     ◇◇◇◇

 一、二、三、四……。
「この一週間で十五人……」
 パラパラと捲っていた資料の束から手を放すと、無造作に床に落とす。紙束がばらりと広がり、資料に印刷されていた顔写真が露になる。どれもこれも犯罪者の写真で、横に綴られている文字は彼らの経歴・罪状・裁判で決められた刑罰など。共通点は全員が犯罪者、そしてすでに死んだヒトたち、死因が心臓麻痺だということ。
「なるほど、興味深い」
 パソコン画面の灯りだけが光源となっている、暗い部屋。家具らしき物は何もなく、三台のパソコンもスピーカーもマイクも直に床に置かれている。ボソッと呟いた青年は、白い縒れた長袖のシャツに、これまた縒れた青いジーパンを身に着けていた。
 伸び放題になっている髪も目元の隈も相変わらずで、衣服と合わさってホームレスにも見えてしまう。まぁ、ほぼ室内にいるので、誰に咎められることもないのだが。
「…………」
 青年は左端のパソコンを操作し、あるホームページを開く。最近起ち上がり、且つ似たようなものが急速に拡がっている。『キラ伝説』と称されるコメント可能なホームページで、最短五分おきに様々なコメントが投稿されている。様々といっても、書き方が違うだけで内容は同じ――キラに悪を殺してほしいというもの。
「killerだからキラ……安直な」
 つまらなさそうに呟く青年だが、口元には笑みが浮かんでいた。被害者の中にはすでに警察に捕まり、刑務所に入っている者もいる。というかほとんどがそれだ。最初の一人を除いては。
「……ワタリ」
『はい』
 ポツンと呟いただけなのに、右画面奥の人物は一秒も開けることなく返事をする。滑舌はいいが老人の声だ。
青年は地べたに落ち着けていた腰をあげると、特徴的なロゴで『W』と真ん中に映し出された画面に語りかける。
「この事件、請け負うことにする」
『了解しました』
 まるでそう答えると予測していたような余裕がある受け答え。同時に送られてくる、刑務所内で死亡した被害者たちの監視カメラの映像。ワタリと呼んだ人物に礼を言うと、早速そのデータファイルを開く。
 悪人だろうがゲスだろうが、大量殺人を肯定する奴は野放しにされるべきではない。死に直面することがどれだけ恐ろしいか……おそらくキラは知らない。必ず正体を突き止め、その恐怖を身に沁み込ませてやる。

――もう大丈夫だよ

「……まさかな」
 嗚呼、前言撤回したほうがいいだろうか。キラのことを考えた途端、あの頃のことを思い出すなんて。気の迷いで片づけてしまえばそれで済むが……私のこういう勘、けっこう当たるんですよね。ズボンの右ポケットに入っているハンカチに手を添え、指先に軽く力を込めた。

    ◇◇◇◇

 世界中の大犯罪者が心臓麻痺で死ぬなかに埋もれていた、同じく心臓麻痺で死亡した新宿の通り魔。その通り魔の情報が日本でしか報道されていないということ。さまざまな情報が流れ込んでくるなか、青年――通称Lと呼ばれている彼が特に注目したのは、この二つ。見逃しがちになる情報だが、だからこそ糸口になる。
「……ワタリ」
『はい』
「ちょっと仕掛けてみようと思う」
『畏まりました』
 そうして夕刻に報道されたのが、背広を着た濃い青の髪の男――リンド・L・テイラーによるキラへの宣戦布告。半信半疑だったが、彼がLだと告白し、キラを挑発するような発言をした途端――胸を押さえて死んだ。エルは少々目を見開くと、左端のパソコンを弄る。
 画面がLのロゴが入ったそれに切り替わると、マイクを通して話しかけた。もちろん、マイクには変声機の機能をつけてある。
『信じられない……まさかと思って試してみたが、キラ……お前は直接手を下さずに人を殺せるのか?』
 一方的な報道だからキラからの応答はないが、キラが見ていること前提で進めていく。今キラが殺したリンド・L・テイラーは、今日この時間に処刑されるはずだった罪人で、Lではないこと。件の通り魔がキラ殺人最初のモルモットだということ。この報道が日本関東部でしか報道されていないということ。それに反応したということは――キラが日本の関東にいること。キラがエルの推理通りの人物像なら、ここまで挑発しておいて黙ってはいない。ただ悪人を裁くだけでなく、何かしらの行動を起こすだろう。
「キラ……必ずお前を見つけ出して始末する。……私が」

 正義だ――。

 気のせいか、誰かの声と共鳴したような感覚を覚えた。時を同じくして、ICPOから捜査協力をもらった日に感じた既視感が甦る。顔も名前も分からないのに、コイツを知っていると本能が叫んでいる。
(もしあの子がキラなら、私は下りるべきか……いや、下りたところでもう以前のようには思えない)
 ならば続けても同じこと。エルは何度も読み返した資料を再び手に取ると、他に読み取れることがないか探し出す。その翌日、日本警察キラ事件捜査本部における会議で、エルのなかに新たな可能性が浮上した。
 キラは学生かもしれない――犯罪者ばかりを殺すという正義感を感じさせる行いと、夕刻から晩にかけて多くの殺人が行われていることからそう判断した。さらに数日後。学生の線を否定するように一日に二十四人、一時間にきっかり一人が死んだ。このことからエルは、キラが死の時間をある程度操れることを推理。加えて、警察が学生を疑った瞬間にそれを否定する殺人の勃発から、キラが日本警察の情報を得ていたと考える。
(キラが警察関係者……もしくはその周辺の人物ということか)
 エルはワタリを呼び出すと、今キラ捜査に関わっている捜査官の資料をこちらに送るように言う。総勢一四一人――この中に、あるいは周辺に必ずキラはいる。……と絞れたはいいものの、それから三日にかけてまた刑務所内の犯罪者が心臓麻痺を起こし、今度はその直前に不自然な行動をとっていたと連絡が入る。牢屋を出て場所を移動したり、指を噛み千切って血文字を描いたり、遺書らしき書物を残したりと、ダイイングメッセージと呼べなくもないもの。これには意味があるのか、ないのか……。
【える しっているか】
【しにがみは】
【りんごしかたべない】
 遺書の文頭の文字を左から繋げて読んだもの……メッセージとして読むとめちゃくちゃムカつきますね。エルは軽く歯を喰いしばると、床に座り直して画面を見つめる。しかしこの暗号と同時進行でキラに関するほかの情報を洗っているうちに、良くない報せが入った。黒い髪の清潔そうな男性――旧知のFBI捜査官レイ・ペンバーほか、日本で極秘に警察関係者を調べていた捜査官が皆殺されてしまった。
 キラの仕業で間違いなかった。それを機にキラ事件捜査本部の刑事たちは、Lが自分たちを疑っていることに気づき、不信感を抱き出した。さらにはキラの制裁に怯え、捜査を外れると言い出す者も出てくる始末。そうして残ったのは、本部を取り仕切っていた夜神総一郎局長、部下の相沢、宇生田、松田、模木、伊出の六人。
 総一郎は後ろに撫でつけた黒髪と濃い口髭、薄い色の入った眼鏡をかけた正義感溢れる男で、部下からの信頼は厚い。相沢は黒のアフロヘアで一見刑事ではないが、正義感は総一郎と同レベルの熱血漢だ。宇生田は坊主頭で、残った捜査官のなかでは一番小柄だ。松田は、相沢とはべつの意味で刑事らしくなく、黒いフサフサ髪と鋭さのない目が特にそう見せていた。模木は尖がり頭で四角顔の大男だが、あまり口数も多くなく、コツコツ事を成していくタイプだ。そして七三分け髪の伊出は一番目つきが悪いが、相沢や模木とは強い信頼関係で結ばれている。
 全員紺や茶色・鼠色の背広姿で、毎日キラを追っていた。彼らは命を懸けてキラを捕まえるという心意気をもっているが、総一郎と松田を除く四人は、辞めていった刑事たちと同じくLに不信感を抱いている。
(私も、表に出なくては……)
 ゾッと、エルの背筋に冷たいものが走る。自分が思いのほか恐怖していたと、初めて気づいた。殺してみろとテレビで報道した時には感じなかった、生への執着。
「…………」
 エルは変装して捜査本部にいるワタリにメールを送り、一時的に彼の使用しているパソコンと自分のパソコンを繋いでもらう。日にちと場所、守ってほしい約束事を入力し、五人にだけ自分の素顔を見せると文字で伝える。ここで裏に籠ることを選択すれば、負けだ。

    ◇◇◇◇

――これじゃ、キラにもバレバレじゃないのかな?
――……賢いですね、息子さん

 そうして覚悟を決めたはいいものの、数日足らずで後悔が過ることになった。竜崎と名を改め、相沢たちと捜査を進めていくうちに容疑者として挙がり、監視目的で捜査協力を頼んだ青年――夜神月。Lより少しだけ高い背に甘いフェイス、柔らかくまっすぐな茶髪と同色の瞳。
全国模試は常にトップ、運動神経も抜群で、高校生とは思えないほど卓越した頭脳をもっている。直感が囁いた、彼がキラだと。そして`キラ`というワードで最初に感じた自分の勘が正しければ、彼が……。
「ねぇこれ、デートって気にならないんだけど……」
 ミドルロングの金髪に栗色の目、黒と紫の縞々のサマーセーターにデニム生地の黒短パンとニーハイ。第二のキラ容疑で監視下におかれる羽目になった弥海砂は、ソファに腰掛けたまま不服な様子で呟いた。ホテルを転々としていたキラ事件捜査本部の面々は、ある日を境に、Lの資金で建てたセキュリティの特別強固なビルに移住していた。ここは海砂に仮の住まいとして与えた部屋で、海砂のほかに月と竜崎がいる。彼女の要望で、二週間に一度くらいの頻度で月とデートすることになったのだ。月のほうはあまり心待ちにしていなかったようで、今も頭の後ろで腕を組み、つまらなさそうに向かいのソファに腰かけている。
「私のことはお気になさらずに」
 月の隣で体育座りをしている竜崎は、紅茶の入ったカップを口元に傾ける。気にするなと言われても……と海砂は何度目になるか分からない溜息を吐いた。血が通っているのか怪しい肌色と前屈みな姿勢は幽霊を匂わせるが、相反して存在感はかなり濃いのだ。部屋の隅に立っていたとしても、思わず視界に入れてしまうだろう。もっとも月とは二メートルあるかないかの手錠で繋がっているため、隅まで移動はできないのだが。
「それより、ケーキ食べないんですか?」
 フォークを咥え、海砂の前に置かれているショートケーキを指さす竜崎に、海砂は甘いものは控えていると返す。見た目重視なモデルという職業上、当然のことだった。
「甘いもの食べても頭を使えば太らないんですけどね」
「あ! また海砂のこと馬鹿にして!」
 ぷくっと頬を膨らませて咎めるも、竜崎は飄々とした態度を崩さず、フォークで切ったケーキを口にする。だが海砂は心なしか、食べるスピードが遅いように思えた。デートは今日で三回目になるのだが、前回も前々回も、今頃皿の上は空っぽだったはずだ。しかしまだ半分以上残っているうえに、口に運ぶ分もかなり少量だった。
「……じゃあケーキあげるから、月と二人っきりにしてもらえない?」
「二人になったところで、私は監視カメラで見ますから同じことです」
 今も夜神さんたちが見てますしねと付け加えると、海砂は「そんな~……」とソファに横になる。総一郎は護衛がついたと思えばいいと言っていたが、ここまでプライベートに干渉されるとそう思いたくても思えない。
「そんなことより、せっかく設備の整った本部に来たっていうのに、お前ぜんぜんやる気ないな」
 ようやく月が口を開く。そんなことって言ったと海砂は半眼になるも、口を挟む前に竜崎が言った。
「やる気ですか……ありません」
「なんでだよ。父さんに聞いたけど、四日ぐらいぶっ通しで資料を漁ってた時だってあったんだろ?」
「……分からなくなったんです」
 ケーキを突いていたフォークを置き、竜崎は背中をより丸めて膝に顔を埋める。竜崎はずっと、月がキラで海砂が第二のキラだと思っていた。その推理が外れてショックというのもあるが、キラの能力の程度が予測できなくなった点が大きい。
 名前と顔を知るだけで、指一本触れずに人を死に至らせる――それだけでも吞み込み切れないのに、今度は―本当に僅かだが―殺す前提でなくても人を操れる可能性まで出てきた。そんな都合のいい現象をポンポン信じていたのではキリがない。しかしそうなると、月はともかく海砂の態度が一変した理由に説明がつかない……完全にキャパオーバーだ。もう探偵というより、オカルト研究者の領域になっている。
「分からないからこそ、徹底的に調べるべきじゃないか」
「……分かっています」
 そう、分かっている。だが今の竜崎には、事件以上に気掛かりなことがあるのだ。ちらりと、隣を見やる。
襟の広い薄手の黒いシャツにジーンズ。鋭くも、偽りのない温みをもった眼差し。あの時とはまるで別人――十八になった月が東応大学に入学する日、同い年―月を含め周囲には伏せている―のエルも入学式に参加して月と接触した。それから自分がLだとカマをかけ、テニスやお茶に誘ったりして『夜神月』を観察した。
 総一郎に聞いていた通りの好青年だったが、予想通り見かけだけだった。笑顔なのに笑っていない。息をするように噓を吐く。心配しているようでしていな……いや、これは少し違う。大半の時間、その顔も心も嘘で塗り固められている。しかしほんの時折、本気で自分を心配してくれているのが分かる。
 たとえば、大学のキャンパス内を歩いていて、風に煽られた立て看板が倒れてきた時。そのままなら宿敵のLを殺せたはずなのに、月は竜崎を引き寄せて直撃を避けさせてくれた。不慣れな人混みに気分が悪くなった時も、いち早く気づいて保健室に運んでくれた。今の月は、その一瞬の優しい一面が全面に出ている状態だった。
 心地良いはずの状況に、しかし次第に竜崎は不安感を覚えていった。今後捜査を進めれば、いつか月と敵対してしまう瞬間がくる。それをひどく恐ろしいと思ってしまう自分がいるのだ……。
「竜崎?」
 唐突に喋らなくなった竜崎の肩を揺すり、声をかける。海砂も気になって身体を起こし、「やっぱり具合悪いの?」と尋ねた。それに答えたわけではないだろうが、竜崎の身体はぐらりと傾き、月のいるほうとは反対に倒れる。姿勢を保たなくてはという枷が外れたからか、竜崎は打って変わって荒い呼吸をし出した。
「おい竜崎っ……お前熱があるじゃないか!」
 立ち上がって竜崎のもとへ屈み、額に手を当てた月は驚きの声をあげる。あわあわと戸惑う海砂をよそに、月はモニタールームにいる父に電話を入れた。ぼんやりと熱に浮かされた目で、竜崎はその様子を見つめる。嗚呼、熱があるのか。道理で食欲がないと思っ――とそこで、強烈な吐き気を覚えて口元を押さえる。
「うっ……」
「え、ちょ、吐きそうなの!?」
 海砂は大慌てでキッチンに行くと、ビニール袋とタオルを持って駆け戻ってくる。袋を口元にあてると、竜崎はその中に胃の中のものを吐き出した。治まったと思ったらまた込み上げ、慣れない苦しさに泣きそうになる。
「すみ、ま……せ…」
「竜崎、喋らなくていい」
 電話を終えた月は竜崎の背中をゆっくりと撫で、少しでも吐き気が治まることを祈った。海砂も額に浮かんでいる汗をタオルで拭ったりと、煙たげな態度を一変させている。しばらくして吐き気が落ち着くと、月は竜崎を背負い、最上階の二十三階にある自分たちの部屋に向かった。スイートルーム並みの広さを持つそこの寝室に入り、整えられた二つのベッドのうち一つに竜崎を寝かせる。吐き気とまではいかないが、気持ち悪さが胸のあたりに渦巻いているようだった。
「大丈夫か? 今年の夏はそんなに風邪が流行ってないはずだが……」
「っ……あれだけ、人のいる大学に…顔を、出してたんです……」
 そこでウイルスを貰ったと言いたいのだろうが、月は軽く肩を竦める。もしそうなら、
「お前、免疫力相当ないんじゃないか? 甘いものばかり食べてるから」
「……甘いものは、正義です…」
 つらいだろうに、それだけは譲れないと月を睨み上げる竜崎。思わず月は声をあげて笑ってしまった。微笑むことはあっても、事件を追っているという責任感から笑ったことなどなかった。竜崎が掛け布団に埋もれながらムッとする。
「ひ、どいです……人が、苦しんでる時、に…」
「ああ、ごめんごめん」
 月の手がふわりと竜崎の黒髪を撫でる。あ、と朦朧とする頭で思い出した。

――僕はキラじゃない!

 月を監禁した時のことを。正確には自分から監禁を申し出た彼の言う通りにした、だが。

    ◇◇◇◇

 梅雨に入ってまだ間もない頃、竜崎は月を牢に監禁した以前さくらテレビ局に送りつけられてきた、『自分はキラだ』と誇示する殺人ビデオが入っていた封筒のガムテープから、海砂の髪の毛や彼女の衣類の繊維を入手し、海砂を第二のキラ容疑で逮捕した直後のことだ。このタイミングで「僕はキラかもしれない……」などとほざいて監禁を申し出てきた時点で、竜崎は月がキラだと確信していた。容疑者の希望に沿うなど言語道断だったが、押し切られてしまった。そして一週間ほどはどこか冷たい雰囲気のする男のままだったが、ある瞬間にガラリと様子が一変した。何があっても牢から出すなと言ったくせに、キラじゃない、こんなの時間の無駄だから外に出せと言い出したのだ。もちろん、最初は何か企んでいると一蹴し拒否した。しかし僕の目を見ろと監視カメラ越しに主張してきた彼の気配は……時折感じていた優しいそれ。真っ直ぐで正義感があって、不思議と頼りたくなる気配。
(あ……)
 その時あることを思い出した竜崎は、カメラをオフにし、説明を求める相沢たちを残して牢に向かった。返事が途絶えたことで項垂れていた月は、牢に現れた竜崎の姿を見るなりホッとした顔をした。嬉しそうにしなかったのは、解放しに来たわけではないと感づいたからか。
鍵を開けて堂々と中に入り、手足の拘束は外さないまま月の傍にしゃがむ。月は上下ともに黒い囚人服を着ていた。
「`その時の僕だけは信じてくれ`」
 何か言いたそうな月を先回りし、監禁直前に耳元で囁かれた言葉をそのまま告げる。
「っ!」
そう言ったほうの月くん・・・・・・・・・・・だと、解釈していいんですか?」
 気配が変わったのなら、人格も変わったのではないか。そして時たま竜崎を助けていた月こそが本来の彼だとしたら……つまるところ多重人格説が持ち上がる。演技の可能性は捨てられないが、この変わりように手っ取り早く名をつけるならそれしかない。海砂を拘束した時も似たような感じだったが、彼に自覚症状があることが決定的な違いだ。月は驚いた顔を徐々に綻ばせ、「信じてくれないと思ってた」と涙ぐむ。その雫には確かに、温度がある。それからこちらの月の話を聞けるだけ聞いた。幼い頃は父のような正義感の強い刑事になることが夢だったが、成長するにつれ世の中の汚さばかりが目に入り、次第に未来に希望がもてなくなっていったこと。
比例して上っ面だけの自分が表面に出て、本来の自分は内側から出られなくなったこと。
「今引っ込んでいるもう一つの人格が、キラということですか」
「……違う、と思うけど」
 上っ面の自分がどんな自分なのかは分からないと言う。たまに物凄く気分が悪くなることは分かるらしいが。ほとんどの時間を、真っ白な闇の中で過ごしてきた。そしてフッと視界が開けたかと思うと――決まって竜崎が危ない目にあっていた。彼が安全になれば、また意識は闇に沈む。ほんの数十秒から数分しか見れない世界。同情を誘いかねないが、逆にそんな状態でここまで透き通った雰囲気を保てるのか……?
「キラとしての自覚はないと?」
「分からない……ほんとに、意識が上るのは竜崎を助ける時だけで…」
 私を助ける時だけ――ならやはり、時折思い出したように優しさをみせてくれたのは、あっちの月の隠れた性格ではなく、こっちの月が面に出ていたからだったか。
「……意識がないのに、どうして今監禁されている状況は理解しているんですか?」
「そ、れは……どうしてだろう…?」
「…………」
 試しに入学式で出会ってからのことを一通り話してもらったが、矛盾点はなかった。今の月からなら自白が取れると思ったが、本人がこんな曖昧な認識では無理か……相も変わらず何が何だか分からない。これではもう一つの人格がキラだという証拠も掴めない。もっとも殺人鬼とは無関係な、あの世渡り上手な好青年の人格という可能性も残ってはいるが。
「この期に及んで、嘘なんてついてませんよね……?」
「……信じたんじゃないのか?」
 打って変わった低い声。俯かせていた顔を上げると、怒り顔の月が竜崎を見据えている。そこに僅かな哀しい色を捉えると、竜崎は「すいません」と謝った。月のほうも竜崎が疑わざるを得ない立場だと頭では分かっているため、数秒遅れで「いや……仕方ないことだ」と怒りを流す。それに聞けば聞くほど、話せば話すほど、ご都合主義の症状だ。
「あの、考えをまとめたいんで、少し時間もらえませんか?」
「ああ。いきなりこんな話をして、悪かったな」
「いえ……夜神さんたちには?」
「……まだ言わないほうがいいと思う。父さんのことだ、こんな話を聞いたら僕は無実だと言い張って、お前の邪魔をしかねない」
「……ここを出たくないんですか?」
「そりゃ出たいさ。けど時が来るまで待つよ。ちょっと安心できたし」
「安心?」
 なんのことやらと首を傾げる竜崎に、月は「あのまま無視されてたらって、考えるとね……」と力なく笑う。
「……じゃ、戻りますね」
「ああ。ありがとう」
 腰を上げて檻の外に出る。今の彼を置き去りにするのは気が引けるが、ここで情に流されてはいけない。
「……あ」
「ん? どうかしたか?」
「言い忘れてました」
 竜崎は檻の間からひょっこり顔を覗かせると、「ありがとうございます」と言う。月は何のことだかすぐには分からなかったが、竜崎に「私はあなたに、何度も助けられましたから」と言われて納得顔になる。
「構わないよ。竜崎が無事でよかった」
「……どうも」
 大丈夫だ、大丈夫。今の月に悪しき心はない。それは断言できるが……仮に解放したとして、問題はその後だ。
月が人格障害だとして、もう一人はなぜ引っ込んだ? 監禁してからキラによる裁きが止まったこと・月がキラであることを踏まえて考えると、キラである可能性が高まったところで真っ新な本性を表に出し、より強い無実の証拠を手に入れるためというのが自然だ。となればもう一人は、何らかの方法をとってまた月の中に現れる……。
「……本当、嫌になりますね」
 竜崎は足早にホテルの一室に戻ると、待ちかねたようにバラバラに話しかけてくる相沢たちを適当にかわし、一人椅子に腰掛けたままの総一郎に歩み寄る。息子がキラかもしれないという可能性に相当ショックを受けているのか、窶れていた。健康的だった黒髪に、今は白髪が何本も混じっている。
「夜神さん」
「……なんだ」
「息子さんと弥海砂の監禁期間を一ヶ月半に設定します」
「い、一ヶ月半!?」
 松田が口を挟んでくる。相沢もそれはあんまりだと言いたげだが、まだ続きがあると踏んでいる総一郎は竜崎を凝視している。
「今から五十日後、夜神さんに協力してもらってあることが確認できたら……その時は二人の監禁を止めます」
「……その、あることとは?」
 竜崎の考えを聞いた総一郎は、衝撃のあまり言葉が出なかった。しかしそれで息子の無実が掴みとれるならと、心を鬼にして「分かった、言う通りにしよう」と頷く。よろしくお願いしますと事務的に言い、竜崎は月と海砂の様子を映しているテレビ画面の前に座った。海砂は相変わらず「ストーカーさぁん……いつまで続けるのぉ?」と疲れた声を漏らしている。捕まえた当時は拘束されたことへの文句も無しに黙秘を貫き、薬を投与して無理に聞き出そうとすれば「殺して……!」と言っていたのに、人が変わったように惚けたことを言ってくる。月は瞑想でもしているのか、瞼を閉じてじっとしている。それでも四十日を超すと、海砂は自分からは何も喋らなくなり、月も死んだように床に寝転んだまま動かなくなった。まだ約束の期日まで十日余り残っていたが、相沢は我慢ならず竜崎に詰め寄った。
「竜崎、もう二人を開放したらどうだ」
「私は五十日と言ったはずですよ、相沢さん」
「そんなことは分かってる!」
 思わず声を荒げる。正直相沢は、いや、松田も総一郎も、月はキラではないと確信していた。彼が監禁されて一週間は、たしかに裁きは止まって犯罪者は死ななくなった。しかしさらに一週間が経つと、裁きは再開されたのだ。もちろん、月は一歩も外へ出ていないし怪しいこともしていない。けれども竜崎は月をキラだと決めつけ、裁きが再開されたことも伝えずに「そろそろ自白したらどうですか?」と言い続けていた。それは、今は引っ込んでいるもう一人の月が出てきたかどうかの確認と揺さぶり目的だったのだが、相沢たちは事情を知らない。彼らには竜崎が非道にしか見えなかった。月が何度違うと否定しても、どれだけ弱々しい声で信じてくれと訴えかけても、無表情のままで……。
「竜崎。正直俺には、月くんがキラだという自分の推理が外れたのを認めたくないだけに思える」
「…………」
 竜崎は資料を捲る手を止めた。気まずい雰囲気に松田がオロオロする。
「……月くん」
 ややあってマイクのスイッチを入れ、月に話しかけた。誤魔化されたと思った相沢は、より険しい顔つきになる。
「大丈夫で――」
「いい加減にしろ竜崎!」
「相沢っ」
 総一郎の制止を振り切り、相沢は竜崎の腕を掴んで捻り上げる。現役刑事というだけあってツボが押さえられており、竜崎は「痛っ……」と苦悶の声を零した。膝に乗せていた資料が床にバラ撒かれる。
「今まで間違えたことがないからって、今回もそうとは限らねぇだろうが! 自分の非を認めたらどうなんだ!」
「っ……!」
『相沢さん、止めてください』
 マイク越しに聞こえてくる、掠れた月の声。熱くなっていた相沢の頭は急激に冷め、手からも力が抜ける。竜崎は肩を押さえて痛みをどうにかやり過ごし、俯いた。
『相沢さん、心配してくれるのは嬉しいですけど……竜崎のやり方に任せてもらえませんか? 僕もそれでいいと言ったんです』
「しかし――」
『お願いします』
「……分かった」
 すまなかった、頭を冷やしてくると言い、相沢は部屋を出ていく。松田は「氷、持って来ましょうか?」と竜崎に尋ねたが、彼は首を振って断った。
『……竜崎、なにか捜査に進展はあったのか?』
「…………」
 中途半端に足を投げ出したまま、竜崎は答えなかった。資料を拾うこともせず、松田が拾って差し出しても受け取ろうとしない。その背中を見て総一郎は思い至った。竜崎は意固地になっているのではなく、彼なりに必死になって月の無実に繋がる証拠を探していたのだと。
しかし何度資料を読み返しても証拠は出てこず、月以外に疑わしい人物は浮かんでこない。八方塞がりだったのはお互い様なのに、相沢は一方的に気持ちをぶつけてしまった。パンク寸前だった竜崎はその衝撃で放心状態になっている。
『……竜崎、僕はお前の頭脳を信じてる』
「…………」
『べつに手酷い拷問を受けてるわけでもないし、こんなことで廃人になったりしないよ』
「…………」
『だから……お前らしくやれ』
「……はい」
 ようやく答えた竜崎の声は、震えていた。それが申し訳なさからなのか、嬉しさからなのか、その双方なのか。総一郎はほぅと長い息を吐き、松田から竜崎の見ていた資料を受け取った。そして監禁初日から五十日後――総一郎は意を決してホテルを出た。まずは海砂が監禁されていた施設に向かい、彼女を乗せたまま月の所へ車を走らせる。
「……あの、あなたがミサを監禁したストーカーさ…じゃないですよね?」
「……私は刑事だ」
「え、そうなんですか? じゃあ、ミサを助けにきてくれたんですね?」
 白いシャツとズボンに着替えさせられ、目隠しも外されたが、まだ後ろ手に手錠で拘束されている。それでも海砂は微笑んで、ありがとうございますと言った。総一郎は申し訳ない気持ちになりながらも、表情を変えずに返事もしない。海砂も気まずくなったのか、以降停車するまで口を開くことはなかった。
「あ! 月!」
 どこかの地下駐車場。車から降りた途端、海砂は同じ格好で立っている月に駆け寄り、無事だったことに安堵する。月もホッとしたようだった。傍にいた相沢とアイコンタクトを交わすと、総一郎は用意されていたべつの車のほうへ行き、運転席に乗り込む。再会に安堵している二人に「早く乗れ」と淡白に指示し、また車を走らせた。もう日暮れで、空は藍色と橙色のグラデーションに染まっている。月はなんだか胸騒ぎがし、父に話しかけた。
「父さん、僕らの疑いは、晴れたんだよね……?」
「…………」
「……違うの?」
「……これからお前たちを、死刑台に連れていく」
「……は?」
 月は父の言葉を理解できなかった。死刑台? 何だよそれ……?
「ど、どういうことだ父さん!? 死刑って……」
「Lの指示だ。彼はお前たちをキラと第二のキラだと結論付けた」
「え!? ち、違う! ミサはキラなんかじゃない!」
 遅れて事態を呑み込めた海砂も抗議する。解放感が一瞬にして消え、監禁中よりも強い恐怖が襲ってきた。
(L……竜崎の指示…?)
 そんなバカなと月は蒼くなる。確かにお前らしくやれと言ったが、こんなことって……。
「父さん、嘘だろ? 竜崎がそんなこと言うはずがない!」
「私は彼から直接指示を受けた」
「おかしいと思わなかったのか!?」
 後部座席から身を乗り出す。どうして父がここまで冷静でいられるのか分からなかった。あれだけ監禁に反対していたのに。尚も海砂と二人で否定し続けていると、突然車は脇に逸れて川原へと躍り出る。鉄橋の真下は無人で野良犬一匹おらず、嫌な緊張感を掻き立てた。
「……父さん?」
「死刑台には、連れて行かない」
「え? もしかして逃がして――」
 海砂の言葉を遮り、総一郎は懐から拳銃を取り出した。銃口を迷わず、息子の額に向ける。
「え……父さん?」
「月……ここでお前を殺して私も死ぬ」
「なっ、なに言ってるんだ!」
 もう訳が分からない。月は身を捩って逃れようとしたが、狭い車内でそう動けるはずもなかった。海砂も涙ぐんで「考え直してください! 息子を殺すなんて……!」と叫んでいる。総一郎は歯を喰いしばり、引き金に指をかけた。
「父さん待ってくれ! こんなのおかしい! 竜崎に会わせてくれ!」
「Lの命を狙う者に、会わせられるはずがないだろう」
「そんなこと考えてない! あいつは友達だ! 初めて同じ目線で話ができた、友達だ……!」
 月の瞳にも涙が滲んでくる。本心だったし、こんな状況に追い込まれてもそう思っている。それでも総一郎の意思は変わらないのか、指に徐々に力が込められていった。海砂は息を乱しながら首を横に振り、月もいよいよ焦って目を瞑る。
「ち、がうっ……僕はキラじゃない! 竜崎っ……信じ、て…」
 最後の抵抗のように、涙が一筋頬を伝う。総一郎も目を閉じ、引き金を命一杯引いた。その刹那に、どこからかヒュッと息を詰める音が聞こえた。響き渡る乾いた銃声と、海砂の悲鳴。車内に充満する火薬の臭い。しかし――不思議とそこに血の臭いは混ざらなかった。
「……竜崎、これでいいか?」
「え……」
 水面に浮上した瞬間のように詰めていた息を吐き出し、総一郎は銃を下してフロントガラスのほうを見やる。おそるおそる目を開けた月もそちらを見て、ミラーの上に小さなカメラが取り付けられているのに気づいた。
『はい……お疲れ様でした、夜神さん』
 竜崎の声が聞こえる。未だ啞然としている二人をおいて、竜崎は淡々と説明に入った。監禁を止める条件として総一郎に一芝居うってもらい、二人に死が迫っているように見せかけた。月がキラなら―キラに戻っているなら―、たとえ親でも邪魔になれば殺すはず。そして海砂が、顔を見ただけで人を殺せる第二のキラなら、月が撃たれる前に総一郎を殺すはずだった。これが、竜崎が何十日も前から総一郎たちに話していた`あること`。下手をすれば自分の命が危ないため、竜崎がやっても良かったのだが、総一郎は父親として逃げなかった。そして彼は、生きている。
『約束通り、二人の監禁は止めます。ただし弥海砂は例のテープを送った証拠があるので、基本的な私生活には戻しますが、カメラによる監視は続けさせてもらいます』
「えーっ、まだミサを疑ってるの!?」
 海砂は不満顔になったが、総一郎に宥められて渋々受け入れた。
「竜崎、僕は……?」
『……月くんも、二十四時間の監視は付きます。そして監禁前と同じように、キラ捜査に参加してもらいます』
「……!」
 その瞬間、月の胸に湧き上がったのは歓喜だった。また竜崎と捜査ができる。話ができる。総一郎に言われたなかで一番応えたのは、Lに会わせるわけがないという言葉だった。瞳にやる気を漲らせ、月は真っ直ぐにカメラのレンズを見つめる。竜崎が同じように見つめているだろうと、信じて。
「分かったよ竜崎。一緒に捕まえよう、キラを」
『……はい。よろしくお願いします』
 通信はそこで途切れた。総一郎は車を発進させ、竜崎のいるホテルに向かう。彼に会う前に、ワタリの監視付きで二人にシャワーを浴びさせ、私服に着替えさせた。
月はクリーム色のシャツとジーパン、海砂は黒いワンピースに。
「竜崎、入るぞ」
「局長、お疲れ様です」
 出迎えたのは相沢だった。松田もおり、「局長、月くん、ミサミサ、お疲れさまー」と吞気に手を振っている。ここしばらく警察庁に出勤していた模木も、役目を終えて駆けつけていた。松田の笑顔に苦笑して答えると、月は真っ先に竜崎の姿を探した。が、見つからない。
「竜崎……?」
 なんとなくテレビ前のソファを覗き込むと、丸まって横になっている竜崎がいた。
「もうっ! ミサと月にあーんなことしといて、よく寝てられるわね!」
 海砂が月の腕にしがみつきながら、竜崎を見下ろす。言い分は尤もだが、観察眼がなってないなと月は嘆息した。寝ているというより、意識を失っているという表現のほうが正しい。竜崎は最後に見た時から、かなり窶れていた。目の前のデスクには山積みの資料があり、それを何度も捲って読み返したらしい指先は絆創膏で覆われている。皮膚が裂けるまで、見落としはないか、新たな発見がないか調べていたのだろう。月と海砂がキラだと微塵も疑っていないのなら、ここまでする必要はない。無造作に跳ねている黒髪に掌を滑らせ、「お疲れ様、竜崎」と囁く。
「……ん…」
「あ、ごめん」
 竜崎が身動ぎ、薄らと瞼を開けた。月は慌てて手を放す。視線だけで月と海砂を捉えると、また逸らして溜息を漏らした。「何よその顔!」と突っかかる海砂を押さえて、月は大丈夫かと声をかける。竜崎は無言で頷き、のっそりと身体を起こす。
「竜崎。これ、ワタリさんから」
 模木が差し出したのは手錠だった。ただし普通のより鎖部分が長い、かなり長い。竜崎は礼を言って受け取ると、片方を自分の右手首に、そしてもう片方を月の左手首にはめた。いきなりの展開に、月は目を瞬く。
「竜崎? これは……?」
「言ったじゃありませんか、`二十四時間監視が付く`と」
 当たり前のように言う竜崎だが、月は「ここまでする必要あるのか……?」と呆れ顔になる。こんなの不便で仕方がない。
「念のためです」
「……ハァ、分かったよ」
「えぇーっ、分かっちゃうの!?」
 海砂がまたも不満そうな声をあげる。たとえ相手が男でも、彼氏が他の人とずっと一緒にいるというのは抵抗がある。
「月はミサの彼氏なのにー……」
「いや海砂、僕はべつに彼氏じゃ――」
「だってキスしたじゃん!」
 海砂がウルウルとした目で見上げてくる。月はうっと切り返しに詰まった。初めて会った日、確かにキスを……した。何故そんなことをしたのか、全く思い出せなかった。俗に言う、成り行きという展開だろうか。そういえば海砂だけでなく、大学でも高田清美をはじめとする数人の女性と付き合っている。どうしてそんなプレイボーイ染みた真似をしているのだろう?
「あぁ……それは、その…」
「月くん、その気もないのにキスしたんですか?」
「あ、いやだからっ、違うんだって!」
「ちょっと月!違うってどういう意味!?」
 あーもうっと月は眉間を揉む。なんだこの拗れた痴話喧嘩は……。調子のいい松田が「なんか昼ドラのワンシーンみたいですね、ミサミサが主演の」と余計なことまで言ってくるので、手に負えない。そこへバンッと、机を叩く苛ついた音がする。実際に叩いた相沢は苛ついていた。
「キスだとか彼氏だとかミサミサだとか、いい加減にしてくれ!」
「相沢さん、何気に恥ずかしいセリフ連発してますよ?」
「喧しい! これはキラ事件なんだ! もっと真面目にやってくれよ!」
「やってますよ」
 竜崎は努めて冷静に言い返し、再びソファに寝転がる。
「宇生田さんのことで辛いのは分かりますが、怒鳴ってもどうしようもありません」
「っ、お前という奴は……冷徹漢という言葉は、お前のためにあるのかもしれんな」
「相沢さん!」
 今度は月が怒鳴った。言い方があんまりだ。
(どうして気づかない?)
 竜崎は表情が乏しいだけで、喜怒哀楽はちゃんと表れている。
「今のは人権侵害です。撤回してください」
「……すまない」
 またやってしまったと項垂れる相沢の肩に、総一郎が手をおいて「少し休んだほうがいい」と言う。キラ事件に重きをおいているばかりに、最近は妻や幼い娘と上手くいっておらず、相沢も強いストレスを抱えていた。竜崎にばかり当たってしまったのは、出会って日が浅く、彼が何も言い返してこないからだった。
「悪かった、竜崎……」
「……いえ。相沢さんの言うことは間違ってませんから」
「…………」
 相沢は、静かに部屋を出ていった。海砂も居た堪れなくなり、「あのぉ……ミサも、そろそろ休んでいいですか?」と挙手する。月におやすみの挨拶をすると、模木に付き添われて三つ隣の部屋に移動した。
「……すいません。空気を悪くしました」
 竜崎は腕をデスクに伸ばし、手探りでノートパソコンを引っ張り出す。キーボードを慣れた手つきで叩くと、ある高層ビルが画面に映し出された。
「竜崎、ここは?」
「新しいキラ捜査本部のビルです。高度セキュリティによって部外者は九十九パーセント入れません。地上二十三階建てでヘリポートがあり、ホテルのような部屋も用意してあります」
 二日後、ここに捜査本部を固定する。竜崎と月、ワタリ、海砂はここで寝泊まりするが、他のメンバーはどちらでも構わない。最先端のコンピューターを搭載したモニタールームで主に捜査を進めていく。竜崎は一通りの説明を終えると、電源を落として画面を閉じた。
「こんな凄い建物、どうやって――」
「企業秘密です」
 ワクワクした様子の松田を遮り、竜崎はソファの柔らかい部分に顔を押しつける。それを見た月は総一郎を振り返り、「父さん、今日はもう解散していいんじゃないかな」と持ち掛けた。ずっと監禁されていた月は言わずもがなだが、総一郎だって疲労が溜まっているだろう。
「ああ、そうだな。……月、お前は大丈夫なのか?」
「平気だよ、心配しないで」
 息子の笑顔に総一郎は安心したようで、松田を連れて退室した。模木もこちらへ戻ることなく帰宅するだろう。月は手を組んで伸びをする。自由に手足が動かせるというのは、意外に貴重なことのようだ。
「竜崎、風呂に入らないか?」
「……先ほどシャワー浴びたでしょう?」
「湯船に浸かりたいんだよ。それにお前、二日ぐらい入ってないだろ?」
 髪の手触りで分かったと言うと、竜崎は鈍い動きで身体を起こした。ところが起き上がっただけで動こうとしないので、月は腕を引いて「ほら」とクローゼットのほうへ引っ張っていく。下着と寝間着をそれぞれ出すと、そのままバスルームに連行した。スイートルームなだけあって、男二人が入っても余裕があるほどに広い。月はシャワーのコックを捻り、栓をした湯船に湯が降り注ぐようにした。竜崎は何の反応も示さないまま、突っ立っている。
「少しだけ、待とうな」
「……はい」
「……相沢さんに言われたことなら、気にするなよ?」
 あれは八つ当たりにすぎないからとフォローしてみるが、竜崎の表情は晴れない。なにが彼を俯かせているのか分からず、月は向かい合って率直に聞いてみる。
「竜崎、どうしたんだ? しんどいのか?」
 フルフルと首を横に振る。気分は悪いが、身体的苦痛ではない。ただ、月の顔をまともに見ることができなかった。月が車の中で「竜崎は友達だ!」と叫んだ時、どうにも言い表しがたい気持ちになった。思わず総一郎に「止めてください!」と言いかけてしまった。
(私は……いったいどうしたんだ…)
 訳の分からない感情に気を取られまいと、我武者羅に資料を読み返していた。竜崎は一度見たこと・聞いたことは忘れないので、普段どんな事件でも資料を読み返すことはしない。憑りつかれたように無意味な行動に走って……今思えば馬鹿みたいだ。
「お、凄い。温泉の素まであるんだな」
 いつの間にか、湯船には縁まで湯が溜まっていた。洗面台の引き出しを漁りつつ「入れていいか?」と月が聞いてくるので、「はい」と承諾する。海のような青緑色だった湯は、月が投げ入れた一粒の素の影響で乳白色に変わる。
「あの、月くん」
「ん?」
「私、一人で風呂に入ったことないので――」
「そうなのか? じゃあ洗ってやるよ」
 月は事もなげに言うと、自分の服を脱ぐついでに竜崎の服も脱がせた。手錠が付いていると引っかかってしまうので、竜崎は一度外して二人分の服を抜き取る。そして再び手首に付けようとして……寝間着が入っているのと同じ籠に放り込んだ。
「いいのか?」
「錆びると困りますから」
「アハハハ、そうだな」
 シャワーで大雑把に身体を洗い流すと、二人で湯船に肩まで浸かる。一ヶ月半ぶりのホッとした心地良さに、月は全身の力を抜く。
「竜崎はいつも、ワタリさんに洗ってもらってたのか?」
「はい。でもワタリが忙しい時は、一人でヒューマンウォッシャーを使ってます」
「ヒュー……なんだって?」
「ヒューマンウォッシャーです」
 ワタリが開発した全自動身体洗浄機で、髪を乾かす工程まで自動で行ってくれるマシンだと言う。月は一瞬反応に困ったが、「い、いろいろと凄いんだな……」と返すに留めた。竜崎は月の向かいで、いつもの体育座りで湯に浸っている。
「おい、足伸ばしたらどうだ? 今は推理力が下がっても大丈夫だろ?」
「……はい」
 チャプンと音を立てて腰を完全に下ろし、顎まで湯に沈める。多少落ち着きのなさがあるが、足を伸ばすことで楽になったのも確かだった。ほぅと竜崎が息を吐くと、月は満足そうに微笑んで縁に凭れる。
「……気にしてないからな」
「……?」
「父さんと仕組んだ芝居。怖かったのは本当だけど」
 竜崎は、心臓を握り込まれたような心地になった。どうして、どうして笑っていられるんだ夜神月? お前が友達と信じている奴が、その恐怖を与えたんだぞ? 憎いだろう? 本当は憎いんだろう!?
「ちょ、おい竜崎!」
 いきなり頭まで湯に沈んだ竜崎を、月は慌てて助け起こす。勢いをつけたせいで鼻から湯が入ったらしく、ゲホゲホと咽ている。
「何してんだお前……」
「……それはこっちのセリフですよ」
「はぁ?」
 竜崎は月の肩を掴むと、俯きながら「どうしてですか……」と吐き出す。どうして笑っていられる? どうして相沢のように私を罵倒しない? お前がそんなだから、私に罪悪感という意味不明な感情が芽生える。捜査だからと割り切れなくなる。謝ってしまいたくなる……最後は泣きそうな声だった。
「……竜崎」
 月は、いつの間にか縋りつくように自分に凭れかかっている竜崎の頭を優しく撫でる。そのままで「ありがとう」と言った。硬直する蒼白い肩。
「僕のために苦しんでくれたんだよな? ごめん、よけいお前を混乱させるって分かってるけど……僕は嬉しいよ?」
 お前が悩んでくれて。それだけでいい。謝らなくていい。月は唄うように囁くと、震える肩にパシャッと湯をかけた。竜崎はそれきり何も言わず、全身の力を抜いて月に身を任せた。湯船から上がって身体を洗う時も、バスルームから出て寝間着を身につける時も無表情だった。ただ、頭を洗ってもらう間と髪をドライヤーで乾かしてもらう間だけは、ほんのり気持ちよさそうに頬を緩めていた。

    ◇◇◇◇

「――……い。……はい。はい、ありがとうございます。竜崎、起きてるか?」
 ヒラヒラと目の前で手を振ってみせると、半開き状態で固まっていた竜崎の瞼がもう少し開く。その時初めて気づいたが、自分は灰色の襟の開いたパジャマ姿になっており、枕も氷枕に変わっていた。額には冷えピタも貼ってある。
「これ、月くんが……?」
「着替えさせたのと、冷えピタを張ったのはね。その氷枕とか色々持ってきてくれたのは松田さんだよ」
 本当に意識飛んでたんだね、ちょっとビビったよ。月は竜崎に体温計を手渡すと、傍にあった椅子を引き寄せて座る。緩慢な動きで脇に体温計を挟んだ竜崎は「私……そんなに、ボーっとして、ました…?」と尋ねる。随分と声が掠れていた。月はサイドテーブルに置いてあった水差しからコップに水を注ぐと、一度サイドテーブルに置いて竜崎の上半身を起こす。それからコップを手渡すと、竜崎はごくごくと一息で水を飲み切った。表情から満足していないと思った月はもう一度水を注ぐ。竜崎は礼を言ってコップを傾けた。
「……ふぅ…」
「落ち着いたか?」
「はい……ありがとうございます」
 ずり落ちた掛け布団を胸あたりまで引き上げると、体温計が鳴り、竜崎は一瞥してから月に渡す。三十八度五分。
「高いな。さっきも何か考えてたのか? 頭使うと下がるもんも下がらないぞ?」
「いえ……思い出してました…」
 監禁時のやり取りをと言うと、月の表情が少し強張る。それなりに平和な時間が続いているため忘れがちになるが、今の月はいつもう一人が復活してもおかしくない状態なのだ。
「……やはりもう一人の僕はキラだと?」
「……はい」
「竜崎、それだと辻褄が合わないって言っただろ」
 月を監禁して二週間後、犯罪者たちがまた死に始めた。月がキラなら、たとえ顔と名前が分かるだけで殺せるとしても、キラが引っ込んでいる状態では殺せない。今の月と交代で心の闇とやらに潜ったとして、そこで念じるだけで殺せるのではとも竜崎は考えたが、月の話を信用するなら、もう一人はかなり押しが強く強烈な自我をもっている。今の月が何も感じないはずがない――だから自分は多重人格だがキラじゃない、それが月の考えだった。一方で竜崎が今のところ出している結論は二つ。一つは月の言う通り本当に真のキラがいて、月と海砂をダミーの犯人に仕立て上げていたというもの。もう一つは、キラと第二のキラは竜崎の推理通り月と海砂で、キラの力は人を渡っていくというもの。力を移行させた代償か、海砂は第二のキラとしての自覚をなくし、月も人格が入れ替わってしまった。
「……はい、そうでし……ゴホッゴホッ、ゲホッ…」
「あ、すまない……」
 突然咳をし出した竜崎の肩を摩り、落ち着くのを待つ。これ以上この話をするのは止したほうがいいだろうと息を吐くと、背凭れに身を預けて天井を仰ぐ。
「……手錠、外しましょうか?」
「え?」
 このままじゃ月くんに風邪が感染ってしまいますと手錠のかかっている右手を上げると、竜崎は怠そうに深呼吸する。月は直感的に、竜崎の顔をジッと見つめた。そしてフッと微笑むと、「いや、このままでいいよ。今さら他の人と繋がれるのもどうかと思うし、僕は誰かさんと違って健康体だしね」と頭の後ろで手を組み、得意げに竜崎を見る。風邪のせいだろうが、漆黒の目が寂しそうに泳いでいた。口元も下手なことを漏らさないように、キュッと引き結ばれている。竜崎もプライドが高いので、寂しいから傍にいてと言ってしまうのは許せないのだろう。実際月も過去に風邪をひいた時、母には大丈夫だと条件反射のように言ってしまっていた。しかし母は自分がいたいからと理由をつけ、息子の傍にいた。だから月も、あくまで自分がしたいようにする。
「……そうですか」
 素っ気ない口調だが、目元が僅かに緩んでいる。……ああ、安心したんだな。さらに瞼が震え、閉じたり開いたりしてくる。
「竜崎、寝る前に薬だ」
「……ヤです」
「ヤですじゃない。これ飲むまで寝かせないからな」
 有言実行とばかりに鼻を抓んでやると、観念したように頷いた。水差しの隣に置いておいた小さな紙袋から白い錠剤を三つ取り出すと、竜崎に差し出す。めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。
「粉薬じゃないぞ?」
「でも……薬じゃないですか…」
「お、お前なぁ……」
 小学生かと呆れていると、「小学生、だろうが…大人だろうが……薬を、好む人なんていないでしょう…」と訳の分かるようで分からない理屈を述べる。月は怒るでもなく呆れた笑みを漏らすと、「ワタリさんの言う通りだな」とサイドテーブルを顧みる。ラップが掛かっている皿の上には、オレンジ色のゼリーとスプーンが乗っかっている。しかし竜崎の顔色は晴れない。
「今度は、ゲホッゴホッ……ゼリー系の薬ですか?」
「違うよ、これはただのゼリー」
 そう言って月はスプーンでゼリーを一掬いし、その中に錠剤を一粒埋め込む。わざとらしく満面の笑みで「はい、あーん」と茶化すと、一度は渋ったが、ちゃんと口を開けてゼリーを飲み込む。水がいるかと思ったが、ゼリーのオレンジ風味が薬の味を掻き消してくれたようだ。
「……これ、もしかしてワタリが?」
「そうだよ。小さい頃はこうやって飲ませてたって聞いたけど、覚えてないのか?」
「……覚えてるような、そうでないような…」
 ぼんやりと答える竜崎にクスクスと笑うと、残り二粒の錠剤をゼリーに入れ、一口ずつ運んでやる。大人しい竜崎を見ていると、ヒナに餌をやる親鳥の気分になってくる。そんなこと口にしたら、今度こそ臍を曲げるだろうが。
「……月くん」
 眠いのか、月を呼ぶ竜崎はうつらうつらとしている。月はもう寝ていいと彼を横たえるが、竜崎は頑なに目を閉じようとせず、閉じても数秒で開けて月を見つめる。
身体的に苦しんでいるわけではなさそうだ。竜崎が何を求めているのか分からず、月は戸惑った様子で「どうした? 眠いんだろ?」と問いかける。しかし駄々っ子の如く唸るだけで、返事らしい返事はしてこない。
「……ちゃんと此処にいるから」
 手錠を見せつけるように腕を持ち上げてやると、竜崎はそうではないと言わんばかりに弱々しく首を振る。そのくせシャツの裾を握り締め、月をこの場に留めようとする。
「竜崎……?」
「……な…いで……」
「え? なんて言っ……寝ちゃった」
 竜崎はいつの間にか眠りに落ちていた。閉ざされた瞼の端に、僅かだが雫が滲んでいる。月はそっと折り曲げた人差し指でそれを拭うと、起こさないよう注意しながら黒髪を撫でた。きっとこれは、嬉し涙ではない。ならば何を恐れている? 僕がキラに戻ってしまうこと? 竜崎は僕が否定するたびに曖昧に同意しているが……本心ではもう一人の僕がキラだと確信しているのか。
「でも……じゃあ僕はどうすればいいんだよ…」
 自分の人格なんて、どうすれば――。

    ◇◇◇◇

「俺はここを辞める!」
 キラがヨツバ企業に肩入れしている可能性ありという線で捜査して、三週間。元来風邪に強い体質なのか、ワタリの用意した薬が効いたのか。竜崎は二日で回復し、捜査に復帰した。時を同じくして日本警察は、キラ事件に関わらないという方針を決めた。総一郎たちも当然手を引くように命令されたが、総一郎と模木、松田は辞表を出してでもキラを追うと宣言する。伊出は月と海砂に対する竜崎の非情な監禁に「やはり……Lは信用できない」と言って、少し前に捜査本部を外れていた。そして、まだ幼い娘と妻がいる相沢の気持ちは、揺れ動いていた。竜崎はフルーツパフェのさくらんぼを弄りながら、葛藤する相沢をただ見ている。ただ本心では、総一郎たちにも言ったように戻るべきだと思っていた。揺れている心でキラは追えない。
『竜崎。あなたは捜査本部の方に何かあった場合、その方と家族が一生困らないだけの経済的援助をすることを、最初に私に約束させましたよね? なぜそれを言って差し上げないのです?』
 後ろで相沢が息を飲む音がする。竜崎は溜息混じりに「余計なことは言うな、ワタリ」と言う。さらに横から調子に乗った松田が「良かったじゃないですか、相沢さん!」とか言うので、相沢の機嫌は輪をかけて斜め下に傾いていく。
「竜崎……俺がどっちを取るか、観てたのか?」
 家族と世の平和を天秤にかけ、自分がどちらを選ぶのか観察していた――本当にキラを追える覚悟があるのか試された。命を懸けるとはそういうことなのだと彼は言いたかったようだが……こんなやり方があるか?
「……分かった。俺はここを辞める」
 半分は、いや、ほとんど自分の意地だった。竜崎の頭脳は称賛に値するが、この人を掌で転がすような物言いと眼差しには前々から辟易していた。
「私は相沢さんみたいな人……好きですけどね」
「っ! そういうことを白々しく言うところがっ、またどうしようもなく嫌いなんだ!」
 俺はここを辞めるともう一度言い放つと、相沢はモニタールームを出ていく。総一郎も松田も模木も、月も止める術はなかった。ただ月は、先ほどから全然量の減っていないパフェと竜崎の背中を見やると、傍に寄って肩に手をおく。何も言わずに、宥めるようにおくだけ。
「……なんですか?」
「いや、気にしないでくれ」
「……そうですか」
 月の手が温かい。じんわりと眦に熱いものがこみ上げてくる。嫌いと言われて、自分は少なからず傷ついていたらしいと竜崎は他人事のように思う。
 これまでにも捜査で息が合わず、警察関係者から嫌い・気に食わないと言われたことは多々ある。その時はなんとも思わなかった。
「相沢さん、ここに来てからけっこうお前の世話焼いてくれたからな」
 竜崎の疑問を見透かしたように、月が小さく呟く。彼の言う通り相沢は、竜崎がコーヒーに入れる角砂糖に困っていたりすると無言で持ってきてくれたり、「ケーキばかりじゃ流石に身体に悪い」と夜食にリンゴを剥いてくれたりと、何かと気に掛けてくれていた。それなりの期間共にいるということ、子持ちの父親という立場。そしていつかの八つ当たりの罪悪感ゆえだと竜崎は冷静に受けとめていたが、嬉しかったのは事実だ。我慢できず、竜崎は一筋の涙を零してしまう。人に見られないうちにと、月は素早くそれを指で拭った。
「大丈夫だよ。相沢さんカッとなると、けっこう適当なこと言うし。本気で嫌いだったら世話なんか焼いたりしないはずだ」
「……はい」
 チラリと月を見上げる。白橡色のカッターシャツに黒のスキニーパンツ。相変わらずお洒落な格好だ。同い年なはずなのに、もっとずっと年上の人に見えてくる。
「……月くん」
「ん?」
「ありがとうございます……」
「いいけど……それ、相沢さんには`どうも`の一言で済ませてなかったか?」
「…………」
 図星だった。慣れない相手からの厚意にどう反応していいか分からなくて、ありがとうとは言えずにいた。
それも原因だったのだろうと思うと、ますます気落ちしてしまう。せめてもと、月の「キラを捕まえて警察に行った時、ちゃんと言おうな」という言葉には強く頷いた。そんな二人を見ていた松田は、
「なんかあの二人、兄弟みたいで仲良いですね~」
「……松田」
 総一郎が止めたが一足遅く、意識してしまった二人は不自然に距離を開ける。べつに兄弟いいじゃないですかと元凶の松田は呑気なもので、総一郎も模木も大きく溜息を吐くのだった。

Comments

  • ココ

    一気に読んでしまいました!素晴らしい作品でした。このお話に出会えて幸せでした。別の世界線でこうやってライトもニアもワタリ、L、ミサ、メロ、マットが楽しく生きてくれているといいなぁ。ありがとうございました!

    Jan 11th
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  • オムライス🍳🍅

    凄く面白かったですっ‼ 感動しました😭✨

    March 16, 2022
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