大河ドラマ「光る君へ」第28回で描かれたききょう(ファーストサマーウイカ)が藤原定子(高畑充希)に青ざしを差し出し、そのあとに定子が和歌を書き記したというエピソードは、清少納言が著した『枕草子』に書かれています。風俗考証を担当する佐多芳彦さんに、青ざしなどについて伺いました。
――ききょうが定子に差し出した青ざしとは、どのようなお菓子なのでしょうか。
青ざしは、麦のお菓子です。煎った麦を臼(うす)で挽(ひ)き、よった糸のようにしたお菓子だといわれています。葛(くず)の汁を煮詰めた甘葛(あまづら)を入れて、甘みを付けたりしているのではないでしょうか。
――クッキーのようなものでしょうか?
いいえ。青ざしは、クッキーのような焼き菓子ではなく練り菓子になります。ですので、食感は柔らかいでしょうね。作ったらわりとすぐに食べないと、固くなってしまっただろうとは思いますけれども。調理されていますし、手間のかかった当時の高級なお菓子の一つなのだと思います。
この青ざしのエピソードは、清少納言が著した『枕草子』の「三条の宮におはしますころ」の段に書かれています。長保2年(1000)5月5日の節日の頂き物の中に青ざしがあり、青い薄紙をしゃれた硯箱(すずりばこ)の上に敷き、その上に青ざしを置いて、清少納言が定子に差し出しました。
すると定子は、そのあと清少納言が差し出した紙の端を破り、
みな人の 花や蝶(ちょう)やと いそぐ日も
わが心をば 君ぞ知りける
と和歌を書き記したようなんですね。
節日というのは行事をやるのに適切な日のことなのですが、清少納言は節日の中では特に5月の節日が好きだったようです。この青ざしのエピソードは、5月の節日の思い出の中でも特に印象深かったのではないでしょうか。
――清少納言は、5月の節日が特に好きなのですね。
『枕草子』の「節は」の段に、5月の節日に及ぶ月はなく、菖蒲(ショウブ)や蓬(ヨモギ)などが一緒に香り合っているのが大変おもしろいと書かれています。
菖蒲も蓬も香りを発するわけですが、その香りによって邪気を払うという考えが3・4世紀ごろの中国にあり、それが日本にも伝わりました。5月のこの時期は、梅雨の前に当たります。梅雨に入ると体調を崩しやすくなりますので、みなが病気にならないことを願って、当時は菖蒲や蓬などで薬玉を作って飾ったり、建物の屋根に挿していたりしたんですね。
現代でも菖蒲湯につかったり、蓬のお餅を食べたりしますけれども、これは病気から逃れたいという思いが庶民の生活の中にも取り入れられていき、それが後世に残っていったものだと思います。
――ちなみに、階段のところに立っている菖蒲の飾りは何でしょうか?
これは菖蒲輿(あやめごし)と言います。菖蒲輿は端午(たんご)の節会(せちへ)に合わせて近衛府が作り、皇后に献上したり、依頼のあった貴族の屋敷に届けたりしていました。輿の形をしているのは、天皇が乗る葱花輦(そうかれん)や鳳輦(ほうれん)を模しているからともいわれています。本来は坪庭の中央に置かれたりするのですが、坪庭の中央に置くと撮影されるスタッフさんなどの邪魔になってしまうため、このシーンでは階段のそばに置かれています。けれども、これはこれで風情があると思います。