アイシーの詩を自分なりに解釈した
卯月コウのアイシーって,多分「卯月コウのV活動の歌」なんだろうなって。
卯月のアイシー,作詞がぼろまるさんと卯月のダブル作詞だったわけだけど,正直どのフレーズをどっちが書いたかとか,二人で考えながら書いたとか,そういうのはわからない。
ただ多分あれは,Vになって,最初は躓きながらもバズったりなんだったりした人達だからこそ書けた詩なんだろうとも思う。
んで,自分なりに詩の解釈を言葉にしていこうと思うわけなんだけど,考えれば考えるほど,これやっぱりみんなが(言語化できてるかできてないかは別として)感じ取ってることで,だからこそエモいんだろうなって気がしてくるわけですよ。
だから,「なんだそんなことか」っていうツッコミはご勘弁ってことで。
以下,「」内は歌詞または歌詞からの引用。
――――――――
「嘘じゃなかった」
これは「僕」の言葉ではない。先にVとして活動している他の人と思われ。
「何も見えなくなった
瞳孔が縮んだ まぶしい光」
そのVが楽しそうに活動している様子を見た。
「ぼくもそこへと 憧れた夜も」
Vになりたいと思った。
「物語はまだひとり」
Vになってもいない,Vとの関係性もない,Vとして活動するための機材も準備もない。
「僕の目はなんだろう?なんでついてるんだろう?
代わり映えのない毎日を映してごめんね」
自分の本当にやりたいことがやれていない,そしてわからない。でも現状に満足もしていない。ただズルズルと同じ日々を繰り返してる。
「僕の目の機能に今はまだついてない
誰かの心を読める力実装をずっと待ってる」
「誰か」は,他人もだけど自分自身のことも含んでる。自分のやりたいこともわからないし,人と上手くやっていくことも(少なくとも今は)できてないと思ってる。
「暗いとこ もっと奥底 潜った先は」
「暗いとこ」=インターネット,詩中のイメージとしては宇宙。「もっと奥底 潜った先」=V界隈。
「心地いい世界で悪くないらしい」
「らしい」=他人の言葉。冒頭の「嘘じゃなかった」も踏まえると,先にVとして活動してる人が,Vになって良かったとか楽しいとか言ってることを指してる。
「嘘じゃなかった」
先にVになった人の言葉。これを信じてVの世界に飛び込んだ。
「何も見えなくなった
瞳孔が開いて 泣きそうになる」
実際に瞳孔が開くのは暗いところにいるとき。配信も動画作成もいろんなことが初めてで全部手探り。頼れる人もいなくて泣きそうになる。
「誰かいるのに 気づかずに待った
物語はまだひとり」
本当は頼れる人も助けてくれる人もいるはずなのに,まだ周りに気を回せる状態じゃなくて見えていない。そして助けてほしいと思っている。
「物語」=「僕」あるいは「僕のV活動」
「僕の目のおかげで嫌いなもの増えたけど
好きなものもたくさん増えたよ
正解なんてわかりゃしないけど」
そのまま。「もの」には人も,「正解」にはそれらを踏まえた上での自分のやり方や方向性も含んでると思う。
「青くて澄んだ夜では眠るように
まるいまるいお月様が歌っているらしい」
「月」=Vたち。月があるのは空,ということは自分より人気なV。「眠るように」=落ち着いて=自分のオリジナリティやVとしてのアイデンティティを確立して。「歌っている」=配信している。「らしい」=「僕」にはそれを自分で確認する余裕がまだなく,噂程度に聞いている(TwitterのTLで見かけるとか切り抜き見かけるとか)。
「嘘じゃなかった」
1番と同様。この言葉を信じて活動を続けていく。
「光が強くなった
瞳孔の適応が間に合わないようだ」
ある程度,Vとしての活動に慣れてきた。けどその分,やるべきことややってはいけないこと,ファンなのかそうじゃないのかよくわからない人たちの声,人間関係など,今まで気にしてる余裕がなかったことに気が回るようになって,あたふたしてしまう。
「どうやったって僕は 弱い生き物だけど
この目だけは逸らさない」
そんな状態で折れそうになる。でも違う景色を見たくて来たV界隈だから,ちゃんと前を見て折れずに活動していく(という意思)。
「心地良い闇から
残光に目が霞んで
何も見えない」
多分おなえの3人を表す言葉を入れたくてこういう文章なのはあると思う。「心地いい闇」=宇宙=V界隈。「残光」=炎上がどうとか流行りがどうとか,他のVの人間関係とか,一つ一つは大したものじゃないけど,集まると自分の方向性を揺るがすようないろんな情報。これらの為に一時的に悩んだり間違えそうになったりする。
「見上げると
嘘みたいに キレイな花火が咲いていた」
自分より人気なVたちを見ると,そんなこと関係ないみたいに輝いている。
「けど嘘じゃなかった
嘘じゃなかった」
「僕」の言葉。V活動はすごく大変,「けど嘘じゃなかった」。1番Bメロあたりの話。
「夜は広がっていった
瞳孔は正常に開いてみせた」
V界隈の盛り上がり,そして自分自身が見える範囲も,適応することができる範囲も広がった。V活動やそれに付随するいろんなことにようやく適応できてきた。
「届かないとわかってあの月に伸ばした手
優しい物語に触れた」
人気Vである想像上の自分をイメージして,でも成れないだろうとも思って,それでもVになって,そしてたくさんの優しい仲間と触れ合った。
「月には兎がちゃんといた」
卯月コウのマークは三日月。兎は月に住んでる=ファン。
V界隈には,「僕」のVとしての活動には,「アイス当たるなんてもんじゃない奇跡」があった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?
コメント