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江戸期は藩の薬。個人経営は明治から

秋田市茶町(大町)にあった龍角散の支店のアカウントです。

藤井家は国替えを経て、常陸国(茨城県)から久保田(秋田市)へ移住した武士の一族だと言われている。

何代目かが医者となり、江戸中期には大曲(大仙市)に住んだ藤井某がいたとされ、江戸末期になると久保田と大曲に薬店を開いた。

明治維新を経て、個人経営としては久保田を本店とし、1871年(明治4年)に東京神田、1873年(明治6年)に大曲に支店を置きました。

別の説としては、『藤井家は代々秋田藩佐竹公の御用医として江戸に在住し、佐竹の江戸下屋敷に出入りし、秋田藩御入用の薬種を納入しておった。

藤井家は江戸時代より美倉橋(みくらはし、千代田区)にあり、佐竹屋敷は、橋を渡って先方の今日の二長町のあたりにあった。』とある。

これは、のちに佐竹原(さたけっぱら)と呼ばれた現在の台東区の佐竹商店街の付近と、下谷二長町(したやにちょうまち)のこと。

※2024年7月14日作成。複数の資料から判断したものです。

以前、livedoor Blog(ライブドアブログ)で公開していたものをこちらにまとめる予定です。よろしくお願いします。