渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

草レース

2024年08月22日 | open



幼稚園年長組の時に、団地
内のマーケット前の広いコ
ンクリート広場で自転車5台
程で草レースをやった。
自然発生的に。

今のようなこんな本格的な
ものではない。
1960年代半ばの事だ。


ペダルとブレーキ無しでは
ない本物の補助輪無しの
自転車で。


この「よいこ」たちよりも
小学生向けみたいな本物の
転車でやった。同級生た
ちと。



レースをやった場所は現在
よりももっと広く、地面は
コンクリートパネル舗装だ
った。黒い目地のあるコン
クリ畳状のような舗装。

こちら現在のその現場。


現在衛星写真。青い線内が
コンクリ広場。黄色の会館
の絵画教室に私は通っていた。


で、だ。
オーバルにみたてての
3周のスピードレース。
同級生といっこ上の小1
の子が混じっての競争だ
ったが、おいらぶっちぎ
り。
するってーとだ。
最後の最終をオーバース
ピードで曲がり切れずに
壁面の岩ブロックの壁に
激突した。
車両は友人のY君の物だっ
た。


ドグワシャン!
のドテポキグシャとなり、
あたしゃ壁の向こうの植
込みまですっ飛んでっ
た。
二輪を見たら、前輪のリム
がへの字に折れ曲がってた。
ひきずってゴールまでドン
ケツで帰って来たが、Y君
のお母さんが鬼のような形
相で睨みつけてる。謝って
も黙ったまま睨みつけで、
二輪を取り上げるように
した。べんしょうします
ごめんな
さい、と言っても
無視。

Y君にもひたすら謝ったが
彼は「けがなかった?」と
逆に心配してる。ちょい
太めで薄いピンクの花柄の
ワンピース着たお母さん、

その間も仁王立ちで睨みつ
け。神社の横にいる運慶の
木造みたいだっ
た。
その晩、母と一緒にY君の
家に謝りに行き、すぐに
完全修理の約束を取り付け
てどうにか取りなしてもら
った。
自分の自転車を持ってくれ
ばよかったが、その場で集
まっていた近所の友人同士
で即席レースになったのだ
った。勝った奴にはみん
が1円~数円程出してマー

ットの駄菓子屋でアイス

ラムネを買う約束だった。

その後、Y君の自転車も
藤沢駅そばの自転車屋さん
で完璧に直った。前輪と
フォークを全交換したみた
い。
今度はそれ
ぞれ自分の自転
車で乗り合
い競争するよう
になったの
だった。
ちゃんとコーナー手前では
ブレーキするようにして(笑
ただ、事実私は小学校上が
っても同年代では
ダントツ
のぶっちだ
った。イン側の
ペダルを上
げて思いっきり
グリップ限界程にバンクさ
れば高速度でもコーナリ
グできる事を園児の「わ
るいこ」の時から知ってい
たか
らかも知れない。
結局、コーナーが速い奴が

前に行く。直線は脚力馬力
(人力)勝負だが、旋回は
技術だ。

同級生たちは怖がってバンク
させずに曲がろうとしていた。
それ、曲がらないのに。

しかし、そのY君車激突事件
以来、人の二輪に乗るのは
現在までも極力避けている(笑

おったまげたよ。

グーグルマップで近所のおん
べ公園の下の川沿いあたりを
ぶらぶらしていたら、60年近
く前に通っていた算盤塾の建
物がまだあったよ。当時のま
ま。

母親に見せたら「え~~!!」
なんて驚いてた。





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