JR車内で人知れず死亡の男性 答えの出ない問題、考えるきっかけに

ネットワーク報道本部 平川仁

 今年5月11日朝、JR渋谷駅東京都)から電車に乗ったとみられる男性が約12時間後、JR小田原駅(神奈川県)に着いた電車の座席で亡くなっているのが見つかりました。

 男性はどうすれば助かったのか、私たちの社会はどうあればいいのか。そんな思いを抱きながら担当したという、ネットワーク報道本部の平川仁記者が、取材を振り返りました。

取材することの「意味」、考えながら向き合って

 すぐには答えの出ない問題を記事にする意味を考えさせられる取材だった。

 ある女性から、夫(当時50)の最期について話を聞いた。5月11日午前8時ごろにJR渋谷駅から電車に乗ったとみられ、約12時間後の午後7時40分ごろになって、車内の席に座った状態で亡くなっているのが見つかったという。

 医師の死体検案書によると、女性の夫は午前中に心筋梗塞(こうそく)で死亡したとされる。電車は夫を乗せたまま首都圏を3回折り返し、計652キロ走行していた。

 JRによると、グリーン車以外は途中の折り返し駅で清掃せず、車内点検もしない。

 女性は「駅員が点検したり、乗客が気づいたりしていれば助かったかも」と無念を語った。一方で、「怖くて声をかけられない時もある。静かに亡くなれば気づかないかもしれず、誰も責められない」と複雑な心情も明かした。

 誰かに明確な責任があるわけではなくても、他人への無関心や声をかけづらい社会が背景にあるのではないかと考え、記事にした。

 SNSでは様々な反応があった。

 同じような人がいても、声をかけてトラブルになるかもしれないから無視するとの意見があった。一方、違和感を感じたら声をかけることの大切さを教えられたという投稿もあった。体調不良になって声も出せない状態だとしたら、周りが気づくのは難しく、折り返し時に車内点検をした方がいいのでは、とJR側に運用改善を求める声もあった。

「つらい思いをする人を減らしたい」 遺族の言葉で変わった記者

 ただ取材後、私自身の行動には確かな変化があった。

 ある日の午後、都内で自転車をこいでいると、道路脇でしゃがみ込んでいる40代くらいの男性に気づいた。

 酒に酔っているのかもと思い一度は通り過ぎたが、すぐに引き返した。女性が語った「記事を通してつらい思いをする人を減らしたい」という言葉を思い出した。

 近づいて声をかけると、男性は立ち上がって「大丈夫です」と苦しそうに話した。足元はふらつき、顔に大量の汗。この日の最高気温は35度だった。

 熱中症を疑い、スポーツ飲料を買って渡すと、一気に飲み干した。聞くと、故障したスクーターを押していてめまいに襲われたという。自力で歩けるようになるまで付き添った。通行人は少なく、あのまま通り過ぎていたらと考えると、怖くなった。

 トラブルになる恐れなど、他人と関わりたくない事情は様々ある。ただ、隣に居合わせた人を、できる範囲で気遣うことはできないだろうか。記事がそのきっかけになっていれば、ありがたい。(ネットワーク報道本部 平川仁)

 ひらかわ・じん 1997年生まれ。先日の夜、パレスチナ人の友人と都内を歩いていると、路上に座り込む中年男性がいた。迷う私を尻目に、友人はすぐに声をかけようとしていた。文化の違いか、その姿勢にはっとさせられた。

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    南野森
    (憲法学者・九州大学法学部教授)
    2024年8月21日10時11分 投稿
    【視点】

    渋谷発の電車内で12時間も誰にも気付かれることなく心筋梗塞の発作で亡くなられた50歳の男性・・・他人事とは思えず、なんとも辛い話です。   車内ではみんなスマホに夢中ですし、むやみに人と目を合わせるとトラブルに巻き込まれることになるかもしれない・・・「触らぬ神に祟りなし」で、すぐ近くの困っている人にも無関心・無頓着な世情は、近年この国でとくに悪化しているようにも感じます。   諸外国には「善きサマリア人の法」と呼ばれるようなルールを置く国もあり、フランスの刑法典にも、犯罪の現場にいてそれを阻止できるのにしなかった場合や、救助が必要な人が近くにいるのに救助をしなかった場合に処罰される規定があります。もちろん、昨今ではフランスでも人々はスマホに夢中で、他人のトラブルに介入しない人も増えているようですが、それでも、根本的な発想や教育は、日本と大いに異なっているようにも思えます。   一人一人が今よりはほんの少し周囲に関心を寄せ、ほんの少し勇気をもつことで、救われる人・救われる命があるのではないかと思います。そういう社会になれば、いつか自分が困ったときに今度は自分が救われるかもしれません。「情けは人のためならず」です。

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    西田亮介
    (社会学者・日本大学危機管理学部教授)
    2024年8月21日12時16分 投稿
    【視点】

    「困っている人を見たら声をかけよう」といったキャンペーン報道を行うならいざ知らず、記者自身の「自分の行動には確かな変化があった」などという一人語りにコストを払う合理的理由は理解できないが、なぜキャンペーン報道を行わないのだろうか。 またそんな疑問も最近の朝日新聞社か少なくともコメントプラスにおいては建設的とはいえずガイドラインに抵触するので書くなという認識らしく驚いている。朝日新聞社が考える「社会性」だけが社会性で、多様性や多元性、そしてやはり朝日新聞社が考える「表現の自由」とコメントプラスの存在する理由とはいかなるものかについて考えている。 なお私見によれば、現在に至る捏造や戦時中の戦争肯定の歴史を顧みれば、新聞紙面やそのデジタル版に掲載されたというだけで社会性があるなどと考えるのはあまりに短絡で、合意できないがこのようなコメントも「冷笑的」で「建設的でなく」、ガイドラインに抵触するのだろうか?

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