■浄土宗・浄土真宗の仮面をかぶる富士門流執着軍団・日神(自称・拳骨和尚)の正体を暴く4
□大日蓮宗僧侶なのに全く無関係の西山本門寺末寺(?)大津蓮華寺「副住職」に任命されたと宣言した吉野日神(拳骨和尚)
私が吉野日神(智応)の「勘違い男」ぶりに呆れ果てながら、「mixi」日記でコメントのキャッチボールをつづけ、吉野日神(智応)の様子を見ているという硬直状態が約2年ほどつづいていました。
ところが、2009年、事態が大きく変化する「事件」が勃発しました。
それは、吉野日神(智応)が突然、「法華宗興門流」を自称する富士門流八本山のひとつ・西山本門寺の「末寺」(?)滋賀県大津市衣川にある富士山蓮華寺という寺院の「副住職」に就任したと宣言。大阪府吹田市の自称「草庵」から滋賀県大津市の富士山蓮華寺に移住したと自称したのです。
突然、降って涌いたような不可解な「事件」だったわけだが、英昭彦に言わせれば、まさに「?」です。
これは誰が見てもこれは「?」だと思うのではないだろうか。
なぜなら、それまで吉野日神(智応)なる人物は、潰れる寸前宗派「大日蓮宗」僧侶・高山智正氏のもとで出家得度し、「大日蓮宗」僧侶を自称。
「草庵」を自称するマンションに住み、「大日蓮宗・吹田教会所」主宰を名乗っていました。
それなのに、どうして西山本門寺の「末寺」(?)富士山蓮華寺という寺院の「副住職」に就任するのか。西山本門寺という寺院は、大日蓮宗でも何でも無い、大日蓮宗とは全く無関係の寺院です。
大日蓮宗の僧侶が大日蓮宗寺院の副住職になったというのならわかります。
しかし、それまで「大日蓮宗」僧侶を自称していた吉野日神(智応)が、全く別宗派である富士山蓮華寺の「副住職」になるというのは、どう考えても不可解であり不審です。
誰がどう考えても、「これはおかしい」と思うのではないでしょうか。
さらにあの当時、英昭彦もインターネット等々でいろいろ調べてみましたが、西山本門寺の末寺に滋賀県大津市衣川にある富士山蓮華寺という寺院は見あたりません。
ところが吉野日神(拳骨和尚)の話しによれば、富士山蓮華寺住職は、西山本門寺僧侶・松本修明氏。
この人は、創価学会・民音職員だった1972(昭和47)年当時、「大石寺の戒壇の大本尊はニセモノで保田妙本寺の万年救護の大本尊が日蓮の本懐である」との教義を唱えて、正本堂供養金返還訴訟を起こした松本勝弥氏です。
裁判が敗訴になった後、西山本門寺僧侶になっています。であるならば、「大日蓮宗」僧侶を自称していた吉野日神(智応)が、滋賀県大津市の富士山蓮華寺「副住職」になるというのは、どう考えても不可解であり不審と言う以外にないではありませんか。
(吉野日神(拳骨和尚))
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