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【web再録】或る男の話/Novel by zenmai

【web再録】或る男の話

12,605 character(s)25 mins

「帝国図書館で人が死んだらしい。本の下敷きになって窒息したのだそうだ」

web再録祭り第3段『或る図書館にて11』で発行したみよ朔・ハマ朔本に収録していた話です。

全くテイストの違う第2話(R-18)→novel/22688028

 ミステリっぽい話です。120%捏造です。ドイルが初登場したアリスのイベント直後に書いたもので、今と多少設定が異なる部分もあるかと思います。捏造しかないので、本当に何でも来いという人向け。

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七月十四日 午前九時

 この帝国図書館で人が死んだらしい。本の下敷きになって窒息したのだそうだ。
 三階の一般書庫。天井までビッシリと本が積まれた一番奥の棚。棚板の立て付けが悪くなっていたのは皆が知っていた。週末には修理も入る予定だった。しかし、滅多に人の立ち入る場所でもないので、入口のドア横に簡単な張り紙が一枚貼ってあるだけだった。
 事故は誰もいない時間に起きたため、本が崩れる音を聴いたという者も居らず、翌朝発見されたときには手遅れだったそうだ。
 鍵を開けに来た司書の一人が発見した時、大量の本の下から冷たい手だけが伸びていて一冊の本を掴んでいたという。きっとその本を取り出した弾みで棚が崩れたのだ。運が悪いとしか言いようがない。あまり人の立ち入る場所でもなかったが、たまたまそこにその本があったから。
 事件は立ち入りを禁じていなかった管理者側の責任だということで処理された。遺族もいない独り身の男だったので、葬儀は図書館の一室でしめやかにとり行われた。

 私は不幸な事故だと思う反面、同じ職場であっても顔も合わせたことの無い男の葬儀に対して、どこか他人事のような気分だった。事件についても、人から噂として又聞きしただけだし、ショッキングなニュースによくあるように、噂には尾ひれがついて何が本当なのかも分からなくなっていた。
「はて、あれは一体誰だったか?」
「さあ、あまり覚えがないな」
 エントランスに集まった職員たちの会話をぼんやりと聞いていると、そんな声が聞こえてきた。男は小さな部署に所属する研究員だった。本の管理を司る司書たちと違って、文豪の転生に関する基礎の研究を担う研究員というのは特殊な職だ。それぞれの部署も離れているので他のスタッフたちとの関わりも希薄で、私も詳しくは知らない。
「補修室の近くに部屋があったろう。あそこが研究室になっていて」
「あぁ、あの幽霊が出るとかいう噂の」
「一応あれでも人間が居たんだよ」
 ベテランの司書が物知り顔をして話していた。しかしその司書も「まあ、中に入った事はないんだがね」と肩をすくめた。品の無い会話だ。私は壁にもたれて聞き流していたが、どうにも不愉快だったので、時間まで外で一服しようと裏口へ向かった。他人の死を前にした人間たちの好奇心に満ちた目。もちろん私にとっても他人事ではあるし、変死を遂げた男について気にならない訳ではないが、あのような場でそういう話をするような感性が気に入らない。
 外の喫煙所へ行くと、数人だが同じように煙草をふかしている者が居た。最近では喫煙者の居場所も少なくなっていて、図書館は特に多くの市民が利用するのと貴重な資料を取り扱っているのもあって、全面禁煙にしようという動きもあるらしい。しかし喫煙者たちの必死の抵抗と「秘密の研究で生まれてきた者たち」の楽しみを奪わぬため、帝国図書館には喫煙所が設けられていた。もちろん開放図書や一般人が来るような場所からは離れている。帝国図書館本館の裏に建つ一般人立ち入り禁止の寮の横、いつも花が咲いている小さな花壇があって、その裏手の水道横が喫煙所になっていた。葬儀会場のホールまでは五分と言ったところか。私は腕時計で時間を確認しながら懐から煙草の箱を出した。しかし、いざ吸おうと思ったら中身が空になっているのに気付いた。すっかり吸う体勢だったので、今さらこんなことで吸えなくなったことにイラついて、私は思わず舌打ちをする。
「よかったら一本吸いますか?」
 近くで煙草をふかしていた男がそんな私に箱を渡してくれた。
 声を聴いて私は驚いた。まるで少年のような声色だったのだ。顔を上げてこちらを見る顔も、青年というには少し幼さの残る顔立ちで、とても成人してるようには見えなかった。短く切り揃えた前髪は毛先だけが白く、白い半袖のシャツと半ズボンに身を包んでいるため余計に幼く見えた。
 ああ、これはきっと転生文豪の一人なのだ。喫煙所に居ると時々座って煙草をふかしている文豪たちに会うことがある。芥川先生や北原先生は喋ったことは無いものの顔は知っている。この少年もきっと転生してきた文豪だ。派手ではないが整った綺麗な顔立ちをしていて、意志の強そうな深い緑色の目が印象的だ。一瞬見せた少年のような爽やかな笑顔と対照的に、遠くの地面を見つめながら煙草をくゆらす横顔はどこか老いた人間の見せる表情に似ていた。
 私は少年の好意に甘え、一本だけもらってライターで火をつける。
 すっと煙を吸い込むと、やっと落ち着くことが出来た。私は煙草を咥えたまま少年の方に目をやる。少年は一本目を吸い終えると灰皿にやって、もう一本新しい煙草を取り出して火をつけた。あまり見たことの無い銘柄だったが、少年の見た目に似合わず重い。香りも良いのでそれなりに高価な葉だろう。
 少年は、二本目も時間をかけて吸い終えるとこちらに会釈をして去って行った。
私はすでに吸い終えていたが、時間まで戻りたくないので、ぼんやりと花壇に咲いた花を眺めていた。

 葬儀の時間が近づいてきたので、出席者たちは次々と祭壇のある部屋へと入って行く。蒸し暑い日だったので、みな襟元には汗を浮かべていたが、祭壇のある部屋は冷房が効いていて肌寒かった。
 葬儀が始まろうという頃になって一番後ろの席に座った者が居た。黒い髪を肩まで伸ばした青白い顔の青年だった。真っ黒いスーツに身を包みそっと座っていた。
 なぜ気がついたかと言えば、その青年があまりにも美しく、異様な雰囲気を放っていたからだ。
誰かが「あれは萩原先生ではないか?」と言った。文豪の転生について研究されていることは皆が知っているが、特務司書以外はあまり関わることもないため、転生した文豪の顔を知っている者は少ない。かくいう私も喫煙所で数回見かけた気はするが、あまりピンと来なかった。
 萩原は少女のようなほっそりとした見た目をしていた。色の薄い唇をギュッと引き結び、俯いて座っていた。白くて丸みのない顎のラインに細い鼻。黒くて重い髪が影を作って、表情はよく見えなかったが、チラチラと前を伺う伏し目がちな目もとが美しい。美しいのに少し近づき難い雰囲気を放っている。
 葬儀が進んで出席者が焼香に並んだ時、通路側の席に座っていた私は、顔を上げて祭壇へ礼をする萩原の横顔を見ることに成功した。
 温度の無い瞳でぼんやりと写真を眺めていた萩原は、焼香をひとつまみだけ火の中へとくべ、そっと手を合わせて席へと戻って行った。感情が見えない瞳だった。先ほど出会った少年とは対照的に思えた。青くて美しい色をしているのにとても冷たい海の底を思わせる瞳。口元に持っていかれた手と、少しうつむきがちに歩く姿は線が細くて神経質そうな印象を抱いた。

 事務的に進められた葬儀は正午前には終わった。真剣に彼の死を嘆く者はなく、ただぼんやりと人が死んだのだという重い空気に包まれていた。
 もの寂しい空気感だけが漂う玄関ホールに先ほど喫煙所で見た少年が立っていた。彼は一冊の本を手に持ち壁に寄り掛かっていたが、萩原がきょろきょろと辺りを見回しながら出てきたのに気が付くと、すぐに駆け寄っていった。
「司書さんから預かってきました」
 どうやら本を渡しに来たらしい。夜色の分厚い紙に、白い花のような絵が描かれた美しい本。あれはそう、萩原朔太郎の『月に吠える』だった。

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