首都圏ネットワーク

  • 2024年7月17日

“境界知能”とは「みんなと同じようにやろうと頑張ったのに」茨城の当事者の声 東京・東村山では支援の動き

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「問題の意味も、先生が説明している意味も分からなかった」

「ちゃんと聞いていたのに。みんなと同じようにやろうと頑張ったのに」

子どもの時に感じたあの感覚。
テストの点数が悪い。友達との会話についていけない。アルバイトをしても業務が覚えられないー。

18歳になって初めてわかったのは、自分が「境界知能」にあてはまるということでした。「自分の努力不足でしんどい思いをしていたわけじゃないんだ」

少し自分を受け入れることができた女性は、境界知能についてもっと多くの人に知ってもらいたいと動き始めました。当事者の思いや支援の動きを取材しました。

みなさんの経験、ご意見などぜひお話を聞かせてください。こちらまでお寄せください。

(水戸放送局/記者 國友真理子)
(首都圏局/ディレクター 磯貝健人)

この作文を書いたのはどんな人なのか?

NHKに寄せられた、7000字近い長さの作文。

「知的障害であるか、そうではないか。この2つに目を向けられ、その狭間にいる私たちは埋もれて日の目を見ることはない。しかし、その狭間にいて苦しんでいる人たちはたくさんいる。名前のない私たちがどれだけ必死に声をあげようと“診断がついていない”、その事実だけがひたすらに付きまとい、私たちの首を締める」

「認知されない境界知能。そんな私たちの行き場はどこなのだろうか。私はその行き場を探し続けたい」

取材にあたる記者やディレクターたちは全員、引き込まれるように読み進めました。
そこには、「境界知能」の当事者の思いが力強いことばでつづられていたのです。

「境界知能」とは、IQ(知能指数)が、平均的な数値と知的障害とされる数値の間の領域として医療関係者などに使われています。専門家の推計ではおよそ7人に1人が該当するともされています。
この文章をどんな人が書いたのか。「境界知能」とはいったい何なのか。取材を始めました。

叱られてばかりの子ども時代

作文を書いたのは、茨城県に住む25歳の木村汐里さん。
電話をすると、しっかりとした受け答えが印象的。両親と暮らす自宅を訪ねると、笑顔で迎えてくれました。
子ども時代の話を聞くと、「努力しても人よりできない」ことがつらかったといいます。

木村汐里さん
「計算はできても図形の問題が解けなかったり、漢字は得意でも読解問題は苦手だったりしました。何がわからないか聞かれても、自分でもわかりませんでした。勉強ができるようになりたいとドリルを買ってもらったり、同級生と土日に遊んだりして取り残されないように精一杯やっていました。なんでこんなに一生懸命やっているのに叱られるんだろうと思っていました」

18歳で自覚した「境界知能」

中学生になると、学習の遅れに加え、人間関係もうまくいかなくなり不登校に。
「死にたい」と思う日々が続く中、木村さんは両親に連れられてカウンセリングを受けます。そして、知能検査を受けるよう勧められたといいます。自分が苦労した理由がわかるかもしれないと思い、18歳の時、受けることを決めました。

結果はIQ81。
医師から、「境界知能」だと指摘されました。初めて聞くことばでしたが、今までの自分のつらい経験を受け入れることにつながったといいます。

木村さん
「がっかりした一方で、心のどこかでは納得しました。子どもの頃、人よりできなくて叱られた記憶について、境界知能だったからしかたないってちょっとだけ甘えられるというか。自分の努力不足で、しんどい思いしたわけじゃないんだって。ちょっとずつ自分のことを理解して見つめていくにつれて、まあそういう自分の特性があってもいいかなと思えるようになってきました」

「IQ81」の生活

茨城県で両親と暮らす今、木村さんの生活は不自由なく見えますが、困難があるといいます。
特に苦手意識があるのは買い物です。取材した日は、近所のドラッグストアに化粧品を買いに行きました。
出発前に母親と行うのが、予算の確認です。

欲しいものの値段は合計で6500円ほどと見積もりました。母親に「消費税はいくら?」と尋ねられると、木村さんは考え込んでしまいました。

「6万5000円かな?あれ?違う?」

計算をすると疲れてしまうといいます。

欲しかった化粧品などをカゴに入れていきますが、気づけば店の中を行ったり来たり…。
値札を何度も見返します。レジに行く前に合計金額を計算しようとしたのですが、わからなくなってしまったといいます。

木村さん
「計算が合わないことはよくありますね。思っていたより高くなることもあります。レジに人が並んでいる時は、ちょっと緊張します」

人の顔を覚えることも苦手だといいます。
高校時代のアルバイトでは、複雑な業務に加え、わからないことを誰に聞いたらいいかわからなくなり、働くのが怖くなってしまった時期もありました。

「多くの人に知ってもらいたい」

一見するとわからない困難さを感じてきた木村さん。
まずはこうした生きづらさを感じている人がいることを知ってほしい。
木村さんは子どもの時から得意だった文章で、多くの人に境界知能について伝えていきたいと考えています。

木村さん
「周囲の理解があってこそ、境界知能の人たちが生きやすくなると思うので、その理解が一番かなって私は思います。理解が無いことには始まらない。今までは隠していたんですけど、当事者なんだから、『境界知能なんだ』ってちゃんと言おうって。そこをしっかり伝えていかずして理解は得られないと思うので、まずは発信をしていくっていうことから全ては始まるんじゃないかと思っています」

「境界知能」支援の動きも

境界知能は障害ではないため、特化した行政の支援はありません。
厚生労働省は「障害福祉サービスは知的障害者を対象としており、その定義は、自治体によってさまざまである。いわゆる境界知能に特化した支援は行っていないが、生活にお困りの場合は必要に応じて支援を提供している」としています。
一方、公的支援から漏れてしまいかねない境界知能の人を、支援する動きも出始めています。

東京・東村山市のクリニックが去年開設した小中学生向けのデイケアです。治療の一環として、子どもたちが半日利用しています。

利用者の半数以上が、「境界知能」にあてはまる子どもです。
計算ができない、記憶力に難がある、コミュニケーションをとるのが苦手・・・。
境界知能の人たちが「生きづらい」と感じる点はさまざまで、明確に支援の形が定められているわけでもありません。逆に言えば、個人の状況に応じたさまざまな支援や配慮が必要です。

デイケアでは、こうした境界知能の特徴も踏まえて、医師だけでなく教員免許の保有者や臨床心理士、言語聴覚士などさまざまな専門家が学習指導などを行います。

デイケアスタッフ 千足由里江さん
「学習自体が負担な子どももいるので、いきなり教科書に載っていることを教えるのではなくて、遊びのようなことをまず取っかかりにして、そこから教科書に載っているような内容を少しずつ教えるようにしています」

境界知能の子どもは不登校になるケースも少なくありません。
ここでは、学校とも情報を共有しながら、再び学校に通えるようになるための支援を模索しています。

デイケアを開設 やまだこどもクリニック久米川 幡野雅彦院長
「最終的には学校に通って、そのあと社会で自立して、自分を必要とされるという、自己肯定感を持って社会生活を営めることを目標にしております」

取材を終えて

恥ずかしながら、作文を読むまで知らなかった「境界知能」ということば。
木村さんの話を聞くと、自分でもわからないまま他の人から怒られたりする経験はとても苦しかっただろうなと思います。
木村さんと暮らす両親の様子や東京の施設の様子を見て、「境界知能」だとわかって接してもらえる安心感はとても大きなものではないかと感じました。
「境界知能」ということばがあること、そしてその特徴を正しく理解することは、誰かにとっての生きやすさにつながるのではないでしょうか。

番組ではこれからも境界知能について取材を続けます。
当事者の方や支援の動きなど、ぜひ、こちらからご意見や情報をお寄せください。

最後に、取材のきっかけとなった木村汐里さんの作文を紹介します。
作文は、こちらからお読みいただけます。

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