42年の歴史終えた「ヨーカドー綱島」、広場埋め尽くす人々が最後を見送る | 横浜日吉新聞

横浜日吉新聞

42年超の歴史に幕を閉じた「ヨーカドー綱島」。閉店セレモニーでは広場を埋め尽くす人々が別れを惜しみ、最後の瞬間を共有しました。

1982(昭和57)年3月27日にオープンし、42年4カ月超にわたり事業を行ってきた総合スーパー「イトーヨーカドー綱島店」(綱島西2、株式会社イトーヨーカ堂=本社:東京都品川区)は、きのう(2024年)8月18日(日)19時に最終日の営業を終了しました。

42年超の歴史に幕を下ろした「イトーヨーカドー綱島店」。閉店セレモニーを終了しシャッターを下ろした。鈴木店長が涙を拭(ぬぐ)う姿も(8月18日19時25分頃)

42年超の歴史に幕を下ろした「イトーヨーカドー綱島店」。閉店セレモニーを終了しシャッターを下ろした。鈴木店長が涙を拭(ぬぐ)う姿も(8月18日19時25分頃)

昨年(2023年)11月の時点で閉店するとの話が地域で話題となっていた同店ですが、「従業員への内示で閉店を伝えていた」と、19時15分から正面玄関入口外で行われた「閉店セレモニー」内のあいさつで、鈴木豊店長(ストアマネジャー)が、その時期に閉店について社員らに伝えていたことを明かします。

「皆様方に店頭告知できるのはいろいろな事情があって5月(実際は4月)までできませんでした」と伝える一方、多く地元の人々だという約190人の社員・スタッフが、最後まで勤務してくれたことへの感謝の想いも熱く伝えていました。

「サプライズ」として従業員から鈴木店長に花束の贈呈も

「サプライズ」として従業員から鈴木店長に花束の贈呈も

鈴木店長が特に強調していたのが、綱島商店街や地域の人々の「あたたかさ」

季節ごとに行われる各種イベントや、災害への備えを呼び掛ける「減災(行動)展」、昨年8月に初開催された「キラキラ夕涼み会」といった、同店が所属する綱島モール商店会や綱島商店街について、「商店街の皆様との取り組みが、ここまでやれるお店は、ヨーカドーの中でも少ない」と、店舗前のパデュ中央広場というスペースを活用した商店街や地域のイベントにより同店が活気づいた歴史を振り返り、“本当に商店街の方、地域の皆様方とのふれあいが本当に強いお店”と表現していました。

「売り尽くした」スペースを除き、館内は閉店セールで最後まで賑わっていた

「売り尽くした」スペースを除き、館内は閉店セールで最後まで賑わっていた

7月中から「閉店セール」を告知すると来店客がそれまでの3倍に増えた(鈴木店長)とのこと。

最終日は通常の21時より2時間早い19時の閉店時刻となりましたが、18時30分から閉店を告げる音楽「蛍の光」が館内に流れたものの、各レジではセール品などを求める多くの来店客が最後まで長蛇の列を作るなど、閉店までの名残惜しい時間をそれぞれが過ごしていました。

「企業経営や経済を教わった」と商店街会長

同店のオープン時よりテナントとして店舗を構え、昨年2月に同店から撤退した「宝石・メガネ・時計の中森」(綱島西1)を経営する、綱島商店街の中森伸明会長(専門店会元会長)は、「30代から70代まで、40年以上お世話になってきました」と、閉店30分前から同店に来店し、関係者との別れを惜しみます。

閉店を前に多く押し寄せた来店客を眺めながら、「これだけ(同店の)ファンがいるんだもの。閉店はとても残念」と同店のこれまでの歴史を称えながら、最後の日を迎えたことを悲しみます。

「イトーヨーカドー綱島店」とともに半生を歩んだ中森会長。同店と商店街をつなぐ重要な役割を果たしてきた

「イトーヨーカドー綱島店」とともに半生を歩んだ中森会長。同店と商店街をつなぐ重要な役割を果たしてきた

特に、同店がオープンした頃を振り返り、「初代店長はじめ何代かの店長には本当に色々教わりました。こういう大型店の在り方とか、経済の在り方なども、(地域の)小さな店なので教えてもらい、大変勉強になりました」と、大型店舗の開店に対する反対運動も多く見られた当時の時代背景を振り返ります。

また、同店に約20年間勤務した経験を持つ新横浜在住の女性は、「元従業員同士がつながっており、閉店を惜しみきょう来店しました。子育てしながらの勤務だったが、従業員同士が支え合い、助けられながらの勤務でした」と、勤務していた当時の会社や同僚たちへの感謝の想いを語ります。

「思い出コーナー」には多くの人々が立ち寄り、歴史の展示や同店に寄せられた約3000人のメッセージを眺めていた

「思い出コーナー」には多くの人々が立ち寄り、歴史の展示や同店に寄せられた3000人以上のメッセージを眺めていた

東日本大震災が発生した2011(平成23)年3月のことはよく覚えているといい、「惣菜売場にいて『油に近寄らないように』という指示もありました。来店客には買い物かごで被って頭を守る、また店舗前の広場に避難するようにと誘導もしっかりと行っていました」と、震災時にも“お客様第一”での対応を行った時間を思い起こしていました。

イベント開催や「食料品」以外の買い物に“心配の声”

閉店最終日に同店を訪れた地域の人々からは、今後の(食料品以外の)買い物する場所や、地域のイベントを店舗前広場で開催できなくなることへの心配の声がこの日も聞かれるなど、前途多難な閉店後の日々が、地域に待ち受けています。

これまで多くの人々を迎え入れてきた同広場には、「閉店セレモニー」を見届けるためにと広場を埋め尽くすほどの人々が訪れ、最後の営業日のシャッターが下りるまでの「最後の瞬間」を分かち合い、店舗との別れを惜しんでいました。

「閉店セレモニー」の案内が館内に掲出され告知されていた

「閉店セレモニー」の案内が館内に掲出され告知されていた

閉店後の土地活用について、鈴木店長は「借りている立場として、その後については分からない」としています。

新綱島駅(綱島東1)周辺には食品スーパーを中心とした買い物スポットが増えた一方、「総合スーパー」としての役割を持つ場所が綱島からなくなることで、地域における消費者の購買行動やその範囲にも大きな変化が生じることになりそうです。

イトーヨーカドー綱島店・鈴木豊店長によるあいさつ

「商店街」や「地域のあたたかさ」に感謝

お暑い中、ほんとうにこの時間までお集まりいただき、本当に誠にありがとうございます。この日を迎えることができましたのも、5月(※実際は4月5日)に(閉店を)店頭で告知させていただいて以来、商店街の皆々様、また、行政、消防、警察の方々のご支援をいただくとともに、取引先様、商店街の方々のご協力があって、この日を迎えることができると思います。本当に、皆様方のご協力、ありがとうございます。厚く御礼申し上げます。(大きな拍手)

「閉店セレモニー」最後のあいさつに臨む鈴木店長と社員・スタッフの皆さん。最右は司会進行を務めた代島管理統括マネジャー

「閉店セレモニー」最後のあいさつに臨む鈴木店長と社員・スタッフの皆さん。最右は司会進行を務めた代島管理統括マネジャー

この綱島地区なんですけど、歴史からちょっとお話させていただきたいと思います。ここのお店、昔は、温泉街のあった跡地というかたちのなかで、3店舗あったそうです。それが終わったあとで、こちらのお店、1982(昭和57)年3月27日より、営業を開始させていただくことになりました。それから42年間にわたるご愛顧を本当に大変ありがとうございます。感謝申し上げます。(拍手)

こちらのお店、含めた中でですね、大変申し訳ございません、明日(8月19日)から、お会いすることができなくなります。本日、8月18日をもって、この綱島店を閉店とさせていただきたいと思います。毎日、お客様とごあいさつできる喜び、皆様方からのお声かけいただくことができません。本当に忸怩(じくじ)たる思いがあるばかりですけれど、皆様方と過ごした日々、大切な想い出として、次のところに旅立っていきたいと思います。

「思い出コーナー」にはオープン時の広告も掲出。「30歳の頃にオープンした」と当時を懐かしむ人も

「思い出コーナー」にはオープン時の広告も掲出。「30歳の頃にオープンした」と当時を懐かしむ人も

その中で、このお店含めて、本当に商店街の方、地域の皆様方とのふれあいが本当に強いお店なんだなぁと、自分もこのお店、1年前(2023年4月)に着任しましたが、その中ですごく感じていることは、商店街の皆様との取り組みが、ここまでやれるお店って、ヨーカドーの中でも少ないです。

ここのお店の前の、皆様方がいまお集まりいただいている広場(パデュ中央広場)で、様々なイベントをいろいろさせていただきました。いろいろなイベント、また着ぐるみ展、そして「納涼祭(キラキラ夕涼み会)」を開催させていただいて、数多くのお客様に来ていただきました。

また、ちょうど震災含めていろいろあるご時世でございますけれども、「減災(行動)展」というかたちで、年1回、(港北)消防署の皆さんと一緒に取り組みました。皆様方にこういうかたちで気を付けてくださいと伝えられる「減災展」行うことができたこと、そういうかたちができるのも、あの商店街の皆様方のご協力と、皆様方のあたたかい支援いただくことで、行えたと思っております。

「納涼祭(キラキラ夕涼み会)」ではヨーカドー綱島との別れを惜しむ最後のイベントのひとときを過ごした(8月3日)

「納涼祭(キラキラ夕涼み会)」ではヨーカドー綱島との別れを惜しむ最後のイベントのひとときを過ごした(8月3日)

この5月(実際は4月)に、閉店告知を、店頭にてさせていただきました。本当にありがたいことに、毎日、数十人の方にお声かけいただきました。中には厳しいお言葉、励ましのお言葉、いただくこと、多々ございました。それも、従業員一人ひとりの胸に残っております。皆様方から、あたたかいお言葉、ほんといただいたことが、日々の仕事に励みになっておりました。

そこの点だけは、ほんとうにこの綱島エリアの皆様、ほんとうにあたたかく、お声かけいただける方、非常に多くて、「いい街だなぁ」とつくづく感じた次第です。

それとともに、4階に、「思い出コーナー」というかたちで、皆様の声を記入していただくというコーナーを作らせていただきました。7月の閉店セール開始の時から設置させていただきまして、約3000名以上の方にお言葉、ご支援のお言葉いただいております。

メッセージは、1個1個、全て見させていただきました。それとともに、皆様方がその前で、写真撮影をしていただく「フォトスポット」として活用していただく人が非常に多いなということが印象的でした。皆様方のこの地域、このお店に対する愛情というものをさらに強く感じた次第です。その中でいくつかご紹介させていただければと思います。

子どもの頃から通った「文具コーナー」の棚も“がらんどう”に

子どもの頃から通った「文具コーナー」の棚も“がらんどう”に

4世代にわたりこの店、使用させていただきました。今は小さな自分の子ども、連れておばあちゃんも連れながら、お買い物できるお店。また小さい頃からこの店に通って過ごした思い出。小学校の時に来て、買って行ったおもちゃ。忘れられない思い出です」

またそれ以外にも、この間行いました「納涼祭」、“意外に楽しかった”、“またやってね”といった声もあって、本当にありがたい、自分もそこにいたくてしばらく動けなくなるようなお言葉をただいだいて、本当にありがとうございます。

それと、このお店、実は11月に内示を伝えさせていました。皆様方に店頭告知できるのはいろいろな事情があって5月(4月)までできませんでした。その中で、本日、最終日、数多くのお客様にご来店いただきまして、誠にありがとうございます。その日も、迎えることができましたのが、ここの後ろにいる「社員」です。

従業員が、いざ「ヨーカドー綱島店、閉まっちゃうから、辞めちゃおう」ということではなくて、長い間、このお店にいたんだ、お客様とふれあっていたんだ、少しでも、お客様に恩返ししたい、一緒にふれあう言葉をかけていきたい、というかたちで、残っていただいた人々ばかりです。そして、ここにいる人々も、ここの地元に住んでいる方々がほとんどです。

「近隣の各店で(従業員を)見かけたらあたたかく声をかけてください」と呼び掛ける鈴木店長

「近隣の各店で(従業員を)見かけたらあたたかく声をかけてください」と呼び掛ける鈴木店長

そして、この近くにある「武蔵小杉店」(中原区小杉町)、「グランツリー武蔵小杉店」(中原区新丸子東)、「ららぽーと横浜店」(都筑区池辺町)と、ほかの店に移っていく者もいます。それ以外にも、ちょっと長く働いたから、ちょっと休もう、という方も多々います。このエリアに住んでいる方々、うちの店に多数おります。(他店の)通路、また店内で、見かけましたら、あたたかいお言葉、またあたたかい目で、見守って声をかけてあげてください。

それとともに、最後にお願いが一つあります。きょうこの日を迎えることができましたのも、後ろにいる「従業員」の応援があったからだと思います。ぜひ皆さんのほうで、熱い拍手、いただけませんでしょうか。(大きな拍手が響く)本当に、ありがとうございます。(引き続き拍手響く)

パデュ中央広場を人々が埋め尽くし、向かいのビルにも多くの人々が詰めかけていた

パデュ中央広場を人々が埋め尽くし、向かいのビルにも多くの人々が詰めかけていた

この後ろにいる者たちも、明日からいい思い出、いい記念となって、皆、旅立って行けると思います。あの、本当にきょう暑い中、台風が来て、本当に今日できるかな、とずっと思っていました。きょう天気ももっていただいて、最後を迎えることが出来、こんなに多くのお客様、迎えることができまして、本当に感謝感激、ありがとうございます。(大きな拍手)

本日をもちまして、綱島店、閉店となってしまいますが、お近くにもヨーカドー多々ございます。よろしければそちらのお店のほうでもご活用いただければと思っておりますので、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

代島貴典管理統括マネジャーが「従業員からのサプライズ」での花束贈呈を案内し大きな拍手。最後にシャッターを締める旨をアナウンス、店舗内に戻った社員・スタッフが手を振り別れを惜しむ姿を「ありがとう」、「お疲れさまでした」といった言葉で見送っていた)

シャッターが下りて以降も名残惜しそうに多くの人々が店舗を囲み別れを惜しんでいた

シャッターが下りて以降も名残惜しそうに多くの人々が店舗を囲み別れを惜しんでいた

【関連記事】

綱島西パデュ広場「夕涼み会」は今週末、ヨーカドー閉店への“想い”も共有(2024年8月2日)

ヨーカドー綱島店は8月18日閉店、駐輪場不足や人通り減少に不安の声(2024年4月6日)※閉店日を公表

戦前は西口ヨーカドー付近にあった「東京園」、綱島温泉をめぐる3つの意外な歴史(2024年5月7日)

イトーヨーカドー綱島店が閉店へ、温泉街だった西口再開発の象徴施設(2024年3月12日)※「イトーヨーカドー綱島店」の出店経緯など

【参考リンク】

イトーヨーカドー綱島店(店舗案内ページ)※閉店についても掲載

LINEで送る

カテゴリ別記事一覧