第2回「利権」化するPTA保険 元会長横領の1千万円は保険事業の収益か

PTAとお金

浅田朋範 小林未来 杉原里美

 ただし書きのない1枚の領収書。記された額面は100万円。

 2022年12月14日、さいたま市立小中学校のPTAが加盟する「さいたま市PTA協議会(市P協)」で開かれた幹部会。集まった当時の会長と副会長、計5人はその領収書を前に、みな一様に頭を抱えた。

 発行元は、さいたま市内の保険代理店。この保険代理店に対し同年4月12日、市P協が現金100万円を支払ったことになっていた。

 市P協の会計書類をさかのぼると、この保険代理店に支払ったとされるお金は、領収書の100万円以外に過去4回あった。19年11月に143万円、20年10月に176万円、21年6月に275万円、22年4月に385万円。現金100万円も合わせると計1079万円が支出されていた。そしてその額は、毎年の決算で「防災事業委託費」として計上されている費目と金額が一致した。

 だが、防災事業とは何か、集まったメンバーは誰も知らなかった。事務局内には契約書もなければ、この保険代理店と取引することを決議した過去の議事録もなかった。

 市P協は23年2月、実態を解明するため、第三者委員会を設置した。

 その約1年半後の今年6月26日朝。埼玉県警は、16~18年度に市P協会長を務めた青羽章仁被告や保険代理店の経営者らを業務上横領容疑で逮捕=青羽被告は7月に業務上横領罪で起訴、保険代理店経営者は処分保留で釈放=した。青羽被告は、市P協の会長退任後に役員となった全国組織「日本PTA全国協議会(日P)」でも、所有ビルの工事費を業者に水増し請求させたとして7月に背任容疑で逮捕=8月に背任罪で起訴=された人物だ。

会長退任後も影響力を維持

 業務上横領罪の起訴内容は、市P協で問題となった1079万円のうち、22年4月に出金した485万円について横領したというもの。県警はうち一部を私的に使ったとみている。

 一連の経緯は、市P協が今年3月に公表した第三者委の報告書に詳しい。

 それによると、青羽被告は会長退任後も影響力を維持。最初の出金となった19年は、すでに会長を退任していた青羽被告が事務局に来て、保険代理店の口座番号が書かれたメモを事務員に渡し、口頭で金額を伝えて送金の指示をした。20年と21年は電話で指示。22年は事務局から通帳と印鑑を持ち出して銀行に行き、振り込むなどした。

 市P協の事務員は保険代理店から請求書や領収書をもらうよう複数回求めたが、結局、現金100万円の領収書以外は提出されることがなかった。関係者によると、この間、青羽被告はのらりくらりとした対応を続け、事務員への恫喝(どうかつ)もあったという。

 第三者委は「防災事業委託費を原資として具体的な企画がなされた事実は認められない」と認定。さらに、この保険代理店は青羽被告の紹介で16年度からPTA保険の代理店に就いており、第三者委は「(両者の間に)何らかのつながりが認められる」「(保険事業が)利権を生じさせている」とも指摘した。

保険会社からの「事務手数料」PTA協の収入に

 青羽被告が出金を主導した1079万円は、市P協の「保険会計」の口座から出ていた。

 保険会計の「収益」がねらわれた形だ。

 PTA保険とは、会員向けにPTA活動時の事故などを補償する団体損害保険の商品で、地域ごとのPTA協などが窓口になっている。さいたま市P協も、商品を会員に紹介し、保険料の徴収・納付事務などを行ってきた。

 PTA協はこうした事務を行うことで、保険会社から「事務手数料」を得ている。団体保険の事務としては一般的な仕組みで、大手損害保険会社によると、保険会社がPTA協に支払う手数料は、加入者が支払う保険料の数%が相場だという。朝日新聞が都道府県や政令指定市のPTA協議会・連合会にアンケートをしたところ、保険会社から得ている事務手数料の額が年間1千万円を超えると答えた団体もあった。

 ほかに、郵送料や普及活動費などの各種費用の原資として、PTA協が保険料に上乗せする形で独自の手数料を設定している場合もある。

 問題となった保険代理店への送金が始まった19年度の市P協の保険会計の決算をみると、保険の手数料収入は約950万円。うち143万円は保険代理店に送金され、230万円は余剰金として別会計に積み立てられていた。この積立金は毎年一部が一般会計に繰り入れられており、事実上、保険の収益で一般会計を下支えしている構図になっていた。

 一連の経緯から浮かび上がる問題点は二つある。一つは、会長を退任したはずの青羽被告が退任後も事務局に出入りし、送金を口頭で指示してしまえるほど市P協を「私物化」していたことだ。

 二つ目は、保険会計の決算書には毎年「防災事業委託費」として保険代理店への送金額が計上されていたにもかかわらず、ほとんどの役員が2~3年で入れ替わる中、誰も疑問を持てず、会計がなおざりだったことだ。

「不正が起きない体制づくりを」

 小中学校のPTA会長を務めたこともある税理士の関根盛敏さんによると、PTAが収益性のある保険事業を行うこと自体に「違法性はない」という。ただし、会費収入をベースに公益的な活動を行う一般会計とは分け、収益部分については法人税を納める必要がある。納付後に余ったお金は、一般会計に繰り入れても問題ない。

 関根さんは、「役員が代替わりするPTAは古参の人物しか事情が分からないという状況に陥りやすいが、たとえそうであっても不正がおきない体制作りが重要だ」と指摘。現金の取り扱いをやめたり、会計ソフトを導入したりするなどして、お金の処理になるべく人の手が介在しないようにすることや、年度途中でも複数の目で請求書や領収書をこまかくチェックすることなどを提案する。

 「本来は上部組織が会計のマニュアルを作るなど下部組織をフォローするべきだ。困ったことがあれば、税理士や会計士へ相談することを勧めます」と話す。(浅田朋範、小林未来、杉原里美)

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