アマビエの仲間 こんなに 「予言獣」収集、大図鑑発刊 県文書館職員の長野さん
2024年2月12日 05時05分 (2月12日 10時50分更新)
新型コロナウイルスの感染が広がる2020年に脚光を浴びたのが、妖怪「アマビエ」だった。疫病などを予言するこれらの妖怪の資料約150点を集めた「予言獣(よげんじゅう)大図鑑」が、昨年末に発刊された。4人の著者の中で、まとめ役となったのが県文書館職員の長野栄俊(えいしゅん)さん(52)だ。長野さんは「予言獣の総括と『アマビエブーム(アマビエチャレンジ)』へのある種の異議申し立てをしたかった。研究や創作など幅広い分野の資料になれば」と期待する。
■ 異議申し立て
20年2月末ごろに始まったアマビエブーム。疫病退散を期待して、アマビエのイラストと解説が交流サイト(SNS)に投稿されたのが始まりとされ、日本中で流行した。
ブームからさかのぼること16年前。当時、県立図書館司書だった長野さんは、資料を整理していると不思議な絵を見つけた。予言獣「海彦(アマヒコ)」だった。興味を抱き、古い資料から複数の予言獣を見つけ出して05年と09年に学会誌や妖怪学の論集に論文を発表。そして時を経て、コロナ禍とアマビエブームが起こった。
20年3月、ある情報サイトからの依頼でアマビエのコラムを執筆すると、全国のメディアから取材依頼が殺到。3カ月間で40~50件の依頼を受けた。次第に精神的に疲労し、最後は断ることもあったという。その理由の一つは「予言獣は瓦版の制作者が売り上げ増を狙って創作したもの」とのコメントが、大半のメディアで使われなかったため。長野さんの言う「異議申し立て」とは、ブーム時には取り上げられなかった予言獣の成り立ちのことだ。
■ 全国に広まる
長野さんによると、予言獣の多くは、江戸時代から明治時代にかけて出版された庶民向けの印刷物「瓦版」上で誕生した。「家に張れば疫病よけの効果がある」などとうたい、購買意欲をあおるために創作されたと考えられている。実際の出現を報じたわけではなく、遊びの要素さえ含まれていた。
瓦版に掲載された予言獣は、人々が写し取ることで全国に広まった。それらを収集したのが今回の大図鑑だ。22年春、共著者である知人の峰守ひろかずさん、笹方政紀さんの勧めで大図鑑の編集が始まった。
資料を保有する施設などに対して地道に掲載許可の申請を続けた。その結果、「神社姫(じんじゃひめ)・姫魚(ひめうお)」系、「件(くだん)」系、「くたべ」系、「奇鳥」系、「双頭鳥」系、「異鳥」系、「アマビコ」系、「山童(やまわらわ)」系、「蜑人(あまびと)」系、「きたいの童子」系、「豊後国に出で候もの」系、「その他」の12種類計154点の予言獣を掲載することができた。
■ まだまだいる
「こんなのを作って読む人がいるのかと思ったが、思いのほか好評で一安心」と長野さん。絵や写真を中心に解説する図鑑のスタイルで一般読者の関心を集めつつ、予言獣の絵に添えられた「くずし字」をすべて現代語に活字化するなど、学術的な専門性も高めた。
出版後に新たな報告が寄せられ、予言獣を描いた新資料がさらに5点見つかった。長野さんは「収録数の数倍の予言獣が、各地の施設や個人宅に潜んでいるはずだ」と推察している。
A5判で344ページ、2200円(税別)。書店やインターネットで購入できる。
予言獣 海中などから人々の前に姿を現し、豊作や疫病の流行などを予言する妖怪の総称で想像上の生き物。江戸時代や明治時代の資料に登場したものを指すことが多い。長野さんによると、用語としての使用は1980年までしかさかのぼれず、民俗学者の湯本豪一さんが2000年代に初めて研究の俎上(そじょう)に載せた。
言葉が価値認識を生む
取材後記 藤共生記者
取材をしていて面白かったのは、長野さんの次の言葉だった。
「それまで単に『変な絵だなあ』と思っていたのが『予言獣』という名前が付いたことで『あ、あれもそうだ』『これもそうだ』となっていった」
「人は言葉で世界をつくっている」と聞いたことがあったが、いまいちピンとこなかった。「予言獣」がまさにそうなのかもしれない。一つの言葉が発明されたら、それがジャンルとなり、そして「大図鑑」になった。言葉が一つの価値認識を生み出したのだ。
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