天然生活 最新号

歳を重ねても、チャレンジ精神を忘れずに。芸能界から45歳で早稲田大学へ入学、現在も同大学の研究室に所属しながら、東京大学で抗老化学の研究を行う、俳優、研究者のいとうまい子さんにお話を伺いました。
(『天然生活』2022年11月号掲載)

社会に恩返ししたいという夢に向かって、邁進中

※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

1980年代に歌手デビュー、俳優として活躍中のいとうまい子さんは、研究者の顔もお持ちです。

「芸能生活25周年を迎えた40代、社会に対して何か恩返しがしたいと考えるようになりましたが、できることが思い浮かばず。大学に行けば、その土台が見つかるかもと思い、何気なく夫に相談したところ、背中を押してくれたんです」

関心があった予防医学を学び、自分の体を守ることの大切さを伝えたいと、早稲田大学の通信教育課程を受験。面接では『芸能人はすぐに辞める』といわれたそうですが、『目的があるから辞めません!』とアピールし、合格。

「通信教育とはいえ、仕事との両立は大変でした。テスト期間は徹夜で勉強して昼間は撮影をしていたら、疲労から帯状疱疹になってしまったこともありました」

くじけそうになるたび、「何のために勉強しているの?」と自問。恩返しがしたいという夢があったから、なんとかやりとげることができたといいます。

画像: 研究テーマは抗老化学。赤ワインに含まれるレスべラトロールという成分はカロリー制限したと細胞に錯覚させる作用があり、ほかの食品にもないか探している

研究テーマは抗老化学。赤ワインに含まれるレスべラトロールという成分はカロリー制限したと細胞に錯覚させる作用があり、ほかの食品にもないか探している

道が閉ざされても夢に向かって、前進

予防医学のゼミを取ろうとしたものの、教授の退官に伴いゼミがなくなることがわかりました。その状況を知った20歳の同級生から、ロボット工学をすすめられます。

「芸能界で長く仕事をするなかで、流されずに生きなくては、と頑なになっていたところがありました。でも摩擦や失敗もあったので、大学生活ではアドバイスには素直に従ってみようと決めていました」

画像: 芸能の仕事もマイペースに継続。名古屋のスタジオから東京の研究室に飛んで帰る日も

芸能の仕事もマイペースに継続。名古屋のスタジオから東京の研究室に飛んで帰る日も

ゼミの面接では予防医学とロボットを融合し、化学変化を起こしたいと語ったものの、何をすべきか途方に暮れていたとき、きっかけが訪れます。

生徒の中にいた四国の整形外科医から、高齢者のロコモティブシンドローム(運動機能が低下し、寝たきりなどになってしまうこと)が深刻という話を聞き、ロボットで予防できないかと考えたのです。

足腰を鍛えるために正しいスクワットを検出するロボットを開発したところ、ある企業から「研究を続けてみては」と。卒業後の進路は考えていませんでしたが、まだ恩返しできるほどには至っていないと感じていたこともあり、教授に相談すると、推薦で大学院に進めることに。

「午前中に名古屋で収録し、新幹線に飛び乗って埼玉のキャンパスに通う日も。忙しかったけれど、学べば学ぶほど新しい発見があり、楽しくて仕方がありませんでした」

順調に研究を続け、博士課程に進んで学びを深めたいと思いましたが、博士課程にはロボット工学がありません。またしても道が閉ざされ、どうしたものかと考えたとき、抗老化学の講義を2年間受けていたことを思い出しました。

「たとえばアメリカの大学で行われたアカゲザルの研究では、一頭は食べたいだけ食べさせ、もう一頭はカロリー制限をしたところ、後者の健康寿命が延びたんです。このような研究で、社会に恩返しできないかと考えました」

ロボット工学と抗老化学はまったく違う分野ですが、面接では「できるはずがない」という教授の質問に次々と正答し、無事、博士課程に進むことができました。6年間の博士課程を終え、現在は早稲田大学の研究室に残り、東京大学と共同で研究しています。

画像: 共同研究している東大の研究室に週に3〜5日は通う。写真は、気圧や空調が調整されたクリーンな空間で、細胞を培養しているところ

共同研究している東大の研究室に週に3〜5日は通う。写真は、気圧や空調が調整されたクリーンな空間で、細胞を培養しているところ

「壁が立ちはだかっても、恩返しという夢に向かって自分を鼓舞しながら進んだら、想像もしなかった人生が待っていました」

夢というと大きなことを考えがちですが、子どものころに好きだったことをヒントにしては、と。

「夫はプラモデルをつくることが好きだったそうで、どんどんつくればと話したら、いまでは何時間でも没頭していられるとすごく楽しそうです。何か夢中になれることがあると人は生き生きするし、幸せですよね。私も心身ともに健康であるためのメッセージを届けられるよう、一歩ずつ楽しみながら進んでいきたいと思っています」

人生の転機

社会に恩返ししたいという夢の実現に向け、踏み出した大学入学という一歩から、想像もしなかった道に。

45歳で早稲田大学に入学

画像: 45歳で早稲田大学に入学

大学時代に思わぬことからロボット工学のゼミを取り、進むことになった修士課程の修了式。「ゼミの仲間とはいまでもラインのグループでつながっていて、『まいまいさん、記事が出てたよ』なんて、リンクを送ってくれることもあります。分け隔てなく接してくれて、ありがたいですね」

54歳で高齢者支援ロボットを開発

画像: 54歳で高齢者支援ロボットを開発

修士課程では、大学時代に声をかけてくれた企業と共同で、ロボット「ロコピョン」を開発。博士課程では抗老化学に進んだ。予防医学、ロコモティブシンドロームから筋肉など体のつくり、遺伝子と学びを進めてきて、総合的に健康についてのメッセージを届けられる日も遠くないと思っているそう

いとうまい子さんの年表

1983年(18歳)芸能界デビュー、タレントとして活躍
2010年(45歳)早稲田大学人間科学部eスクール入学
2014年(49歳)同大学大学院修士課程進学、ロボット工学を専攻
2016年(51歳)同大学大学院博士課程進学、抗老化学を専攻
2019年(54歳)高齢者のスクワット支援ロボット「ロコピョン」を企業と共同開発
2022年(58歳)現在、芸能活動と平行して、早稲田大学に所属しながら、東京大学で抗老化学の研究を行っている

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〈写真提供/いとうまい子さん 取材・文/長谷川未緒〉

いとうまい子(いとう・まいこ)
1982年『ミスマガジン』コンテストの初代グランプリを受賞し、歌手デビュー。多方面で活躍する一方で、45歳で早稲田大学に進学し、大学院ではロボット工学、抗老化学を専攻。現在も同大学の研究室に在籍し、抗老化学の研究を行う。

※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



毎日続く、ごはんづくり。無理なく軽やかに取り組むには、道具選びが大切です。今回、スポットを当てるアイテムは、シリコーンスプーンと菜箸混ぜる、炒める、すくう、つまむ。これらの動作をストレスなくおこなえたなら、作業の効率はぐんとアップするのです。細やかなところまで行き届く使い心地のよさ。どんなキッチンにもなじむシンプルなデザイン。グローバル刃物メーカー「貝印」の今年20周年を迎えた『セレクト100』のヒットアイテムを、日々、料理を楽しむ『天然生活』の編集部員が、実際に試してレポートします。

大量調理も、ノンストレスで効率よく作業したい

画像: 「週末は、せっせとつくりおきします」 編集部・田村

「週末は、せっせとつくりおきします」
編集部・田村

夫と小学4年生の長男、愛犬、愛猫と暮らす田村。平日は仕事が忙しく、帰宅後に一から料理をつくる気力はもはや残っておらず、もっぱら、土日のうちどちらかを“つくりおきデー”と決めて、台所に長時間こもります。

仕込んだりでき上がったりしたおかずは、保存容器やジッパー付き保存袋に入れてどんどん冷凍&冷蔵。

「和食から洋食まで、すべて同時進行でつくるので、洗いものが多くなるのが悩み。できるだけ効率よくこなせるように、頭の中でシミュレーションしながら作業しています」

SELECT100 シリコーンスプーン
木べらとゴムべらのいいとこどり!

画像: シリコーンスプーン 1,000円(税込1,100円) 写真提供/貝印

シリコーンスプーン 1,000円(税込1,100円) 写真提供/貝印

ほぐす、炒める、すくうの一本三役のシリコーンスプーン。鍋やフライパンのカーブや底面にフィットし、すくいやすい形状です。

また、袋の隅まで届くスプーンの形状は、保存袋やパウチの中身をむだなく使い切るのにもうってつけ。汚れがたまりにくく洗いやすい、継ぎ目のないシリコーン一体成形。食洗機対応。

先端の形とスプーンの絶妙な深さで使いやすい!

画像1: 先端の形とスプーンの絶妙な深さで使いやすい!

木べらは少しもしならないから、容器の端のものは取りきれない。一方しなりすぎるゴムべらは、肉をほぐしたり硬い食材を炒めるのには心もとない。作業ごとにツールをいちいち持ち替えるのが、とても面倒だったと話す田村。

画像2: 先端の形とスプーンの絶妙な深さで使いやすい!

「ところがシリコーンスプーンなら、たいていの作業がこれ1本で済むんです。たとえば、食材を混ぜながら炒め、それをすくってボウルに移す、などもすごく楽。先の形状が広く平らなので食材を混ぜやすいですね」

画像3: 先端の形とスプーンの絶妙な深さで使いやすい!

「カスタードクリームをつくるときは、木べらのように練りながらお鍋で仕上げ、冷ますときは鍋からむだなくすくいとってバットに移し、ゴムべら感覚で端までしっかりのばせます。素材がやわらかく耐熱性もあり、きれいにすくえるので、鍋底に材料がこびりつくのを防いでくれる点もいいですね」

SELECT100 シリコンスプーン

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SELECT100 ステンレス菜箸 33cm
丈夫なステンレス製菜箸は、揚げものに最適

画像: ステンレス菜箸 33cm 2,800円(税込3,080円) 写真提供/貝印

ステンレス菜箸 33cm 2,800円(税込3,080円) 写真提供/貝印

先端部がステンレス製、しかも表面を粗くするブラスト加工が施されているため、滑りにくく食材をしっかり挟めます。

握りやすい六角ハンドルは、作業台の上で転がりにくいのも長所。食洗機対応。

食材をしっかりつかめる安心感がいいですね

画像1: 食材をしっかりつかめる安心感がいいですね

「これまでは木製の菜箸を使っていたので、焦げがひどくなるたびに買い替えていました」と田村。

「あと、揚げものって、引き上げるときにうっかり油の中に落とすと、危ないですよね。この菜箸は先端にざらつきが施されていて、食材をしっかりつかめるから、その危険がないのがすごくいいです。それに加え、先端が通常の木の菜箸よりも細いのかな。それも使いやすさの理由のひとつだと思います」

画像2: 食材をしっかりつかめる安心感がいいですね

SELECT100 ステンレス菜箸

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使い勝手もメンテナンスも、考え抜かれた逸品

画像: 使い勝手もメンテナンスも、考え抜かれた逸品

「今までも、大きなストレスなく料理してきたつもりでしたが、ツールが変わるとこんなに料理がはかどるんだ、と正直驚きました。菜箸は、ステンレス製ということで『重いのかな?』と思っていたけれど、実際に使うと気にならないし、ハンドル部が六角になっているので手になじんで使いやすかったです。シリコーンやステンレスという、洗いやすく劣化しづらい素材というのも、買い替えの頻度が低くなるので助かりますよね」

他の編集部員も試してみました!

画像: 天然生活編集部の【キッチンツール・レポート】SELECT100「シリコーンスプーン」と「菜箸」料理の効率はツールで変わる

箸さばきが難しい卵焼きも上手につくれました

「ステンレス菜箸を使用しましたが、揚げものの際に安心感がありますよね。しかもこちらは箸先にすべりにくいブラスト加工が施されているので、微妙な箸さばきが必要な卵焼きもうまくつくれました。これまでステンレス菜箸は何本か試してきましたが、実は重さがネックになって使いこなせていなかったんです。こちらは従来のものに比べて軽いので、これから重宝しそうです」(編集長・八幡 眞梨子)

今回使用したアイテムはこちら

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『天然生活 ONLINE SHOP』では、当記事で紹介した「SELECT100 シリコーンスプーン」のほか、5種類のSELECT100商品を販売します。奈良県の特産品・蚊帳生地をつかった「かや織ふきん」のおまけ付きです。受注期間は 8/23(金)12:00〜9/19(木) まで。この機会にぜひチェックしてみてください。

毎日の料理を楽しくする『SELECT100』のアイテム

料理を通して幸せな時間づくりのお手伝いをする『SELECT100』は、毎日のごはんづくりを楽しむ私たちの味方です。

お問い合わせ先/貝印お客様相談室
TEL:0120-016-410(フリーアクセス・ひかりワイド)
受付時間:10:00~12:00、13:00~17:00 ※土・日曜、祝日を除く

〈撮影/山田 耕司 取材・文/福山雅美 スタイリング/竹内万貴〉




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お笑いコンビ、たんぽぽの白鳥久美子さんは、おばあちゃんっ子だったこともあり、「ばあちゃん仕事」に憧れ、愛してやみません。今日も、手を動かして、暮らしをつくる。白鳥さん流の「楽しい小さな暮らし」をご紹介します。お盆の帰省の大荷物に、頭を抱える白鳥さん。

今年のお盆は佐賀→福島。ただいま帰省の支度中

お盆真っ只中でこれを書いております。みなさんは帰省されましたか?

私はいよいよ明日から佐賀へ、そのあとは福島へ。というスケジュールで、荷造りに追われヘトヘトになっています。

私の分だけなら10分もあれば終わりますが、子ども2人分となると、あれも必要なんじゃないか、これも必要なんじゃないか、久しぶりに会う親戚のみなさんにあれも渡したい、これも渡したいなんてやっているうちに、「あれ? 海外に行くのかな?」というほど荷物が増えてしまいます。

ものがなくても安心できる人間になりたい。

先日お仕事で、大宮にあります「鉄道博物館」に行ってきました。初めて行ったこともあり、大人でも大興奮の博物館でした。

画像1: 今年のお盆は佐賀→福島。ただいま帰省の支度中

実家が福島ですので、馴染みの東北新幹線の車両や、懐かしの車両も見られて、ノスタルジックな気持ちにもなりました。

子どもの頃感じた、電車や新幹線に乗って知らない土地へ行く時の、高揚とちょっとした不安を思い出します。

何か未知の体験ができるんじゃないかとワクワク。でも切符を無くさないか不安。

その頃から心配性で大量の荷物を持って行くタイプでした。ほとんど使わないでジャマになったものがたくさんあったなぁ。1番いらなかった荷物と言えば、サイン帳です。

家を出る前は、「親戚のみんなにサイン書いてもうらうんだぁ!」と張り切っていました。

なぜサインなのか? ただ単に少女マンガの雑誌の付録についていたから、見せびらかしたかっただけなのですが、いざ親戚の家に着くと恥ずかしくてカバンからも出せないという有様でした。

そんな甘酸っぱい思い出も今では笑い話です。

そんな親戚のみなさんに手土産を買いにデパートに行き、ついでに自分用のお菓子も少しだけ買ってきました。

画像2: 今年のお盆は佐賀→福島。ただいま帰省の支度中

山形の和菓子「白雪の梅」は梅の寒天をお餅で包んだもの、「大黒舞」は、ずんだあんを古代米黒米のお餅で包んだもの、千葉のお菓子「ぴーなっつ最中」はピーナッツあん入りの最中で大好物です。

これだけでも旅行した気分になれます。なんで全部3つずつ買ってこなかったんだと後悔するほど、全部美味しかったです。

そういえば親戚の家で出された知らないお菓子が、美味しくて探したりしたなぁ。

そんなこんなで、無事荷造りも終わり夕飯の支度です。数日家を空けるので、今日は冷蔵庫にあるものを使い切りメニューです。

そうめんにナスとピーマンの煮浸しに、豚の角煮です。と、ピーマンを切ったら、ニコニコ笑顔が出てきました。

画像3: 今年のお盆は佐賀→福島。ただいま帰省の支度中

やった。なんかよいことありそうです。



画像4: 今年のお盆は佐賀→福島。ただいま帰省の支度中

白鳥久美子(しらとり・くみこ)
1981年生まれ。福島県出身。日本大学芸術学部卒。2008年に川村エミコとたんぽぽ結成。10年、フジテレビ系『めちゃ2イケてるッ!』の公開オーディションで新レギュラーの座をつかみ一躍人気者に。コンビとしての活動に加え、テレビ、ラジオ、ドラマ、舞台など多方面で活躍中。趣味は、散歩、高圧電線観察、シルバニアファミリー。特技は、詩を書くこと。唎酒師(日本酒のソムリエ)の資格ももつ。



2024年3月の炊き出しの後も、石川県珠洲市へ通い続ける料理人の三上奈緒さん。彼女の心に残ったのは、珠洲市の高屋町。震災で一時は孤立状態になった同町で、三上さんは海女漁をする親子に出会った。海と山の恵みとともに生きる”高屋の民”からもらった非常時を乗り越えるヒントとは?

非常のなかにある、日常

画像: 高屋で海女さんをする「つばき茶屋」の女将(左)と三上さん(右)。白く見えるのは隆起した部分の岩

高屋で海女さんをする「つばき茶屋」の女将(左)と三上さん(右)。白く見えるのは隆起した部分の岩

「なくてもできる」引き出しが、自分を自由にする

三上奈緒さん(以下三上): 石川県珠洲市の高屋というところにいまも通っているんですが、“高屋の民”たちって、たくましいんですよ。春はそこらへんに食べ物が生えているし、海に潜ればサザエがあるし。「なんとかなる」ということを知っている。

支援をすることで知り合ったけれど、いまは彼らに心を持っていかれている。この季節は何を採っているんだろうとか、私はそれを知りたいし、学びたいと思って。

食べ物のことだけじゃなくて、あると便利だけど「なくてもできる」っていう引き出しを自分のなかに持っているって、ものすごく自分を自由にしてくれる。水道からお水が出ないどうしよう、じゃなくて雨が降ってきたから雨水ためておくか、とか。

そういう知恵を持っている人は本当にしなやかだと思った。

もちろん物資は大切だけれど、なくてもできる力を身につけておきたい。

画像: 高屋でつくった三上さんのパエリア。能登の魚介類がふんだんに使われている

高屋でつくった三上さんのパエリア。能登の魚介類がふんだんに使われている

「日常のなかにある幸せ」への気づき

——高屋の人たちの暮らしには、非常時を乗り越えられるような生活のヒントがある、ということでしょうか。

三上: たとえば防災で、非常食を一週間分おうちに備蓄しておきましょうなんていうけど、それってその後、だれかがなんとかしてくれることが前提になっているじゃないですか。でもそうなったときに「うちには畑があるから備蓄がきれても大丈夫です」っていえたらいい。

そういう意味で畑って、すごく防災につながる存在だと思います。

炊き出しのあとに、高校生たちへ

今回の炊き出しの後に、被災前後で「食」の意識がどう変わったか、高校生たちにアンケートをとったんですよ。

腹を満たすだけなら非常食のレトルトでも、カップ麺でもできる。でも、「レトルトカレーを毎日食べると嫌いになるとわかりました」とか、「食べ物があったかいだけですごく幸せだと気づいた」とか。彼ら彼女らのなかに日常の当たり前が、当たり前じゃなかったという気づきが生まれていた。

画像: 能登の「のとっこしいたけ」、猪肉を使った麻婆豆腐丼と、小松菜ともやしの胡麻和え。「食って体だけじゃなく心もつくるから」と三上さん

能登の「のとっこしいたけ」、猪肉を使った麻婆豆腐丼と、小松菜ともやしの胡麻和え。「食って体だけじゃなく心もつくるから」と三上さん

「食べる」と「道具」

1本のスプーンが教えてくれたこと

小川紗良さん(以下小川): スプーンに感動したっていう子がいましたよね。

三上: そうそう。みんな避難所で何カ月も、使い捨ての皿や割り箸、プラスチックのスプーンに慣れている。使い捨てはごみがでるし、コストもかかる。

スプーンや器は、リユース食器をシェアするサービス「Megloo(メグルー)」のものをご協力いただいたんですが、そのなかで、オムライスの日にステンレスのスプーンをつけた。

そうしたら「年明けてから初めて銀色のスプーンで食べた!」っていわれて。

「食べる道具だって、やっぱり大切だよねっ」て思いました。たった1本のステンレスのスプーンで、「日常」を感じるこができるということにハッとしました。

小川: プラスチックは「被災」という現状を改めて認識させてしまう感がありますよね。

三上: そう。使い捨ては大量のごみになるのも嫌だけど、何よりも非日常感があるから。被災者ですっていう現実を突きつけられている気分になる。だから炊き出しも、「給食」って言い換えたんです。

その方が懐かしくて、ちょっとうれしいでしょう。

やっぱり、なるべく日常に近いところに、持って行ってあげたかった。

「食べる」って、ただ単に栄養を摂れたらいいってことじゃなくて、使う器や道具ひとつとっても相手を大切に扱う気持ちが表れる。

学期修了日の子どもたちへ

——道具といえば、最終日の修了式の日に、三上さんが輪島塗などのお膳に珠洲の郷土料理を盛り付けた「珠洲御膳」は凄かったですね。

三上: あれは凄かった。地元の人たちからお膳を集めて、6品×200膳。無謀でした(笑)。

最後は、どうしても「地元の人たちと一緒に」って思って、珠洲の「つばき茶屋」のチームとつくり上げました。食材も、ほぼ能登産でそろえました。

お膳は、混ざり合ってしまうと本人に返すのが難しいことから、「もう、手放します」というものだけを使いました。

お膳が集まったことはうれしくもありますが、同時に寂しさもありました。道具を手放すということは、御膳をつくる機会が減るということ。家が壊れてしまったり、保管しておく場所がなくなり、手放すことになってしまった家庭がたくさんあります。

生徒のなかには、学期終了後に金沢へ転校するという子もたくさんいて、その前に能登の文化を感じてくれたらと願いも込めてつくりました。みんなが、また能登に帰って来れるといいなって。

画像: 珠洲市の食事処「つばき茶屋」のチームと協力してつくった珠洲御膳

珠洲市の食事処「つばき茶屋」のチームと協力してつくった珠洲御膳

画像: 「おいしいごはんを食べさせてあげたい」という気持ちと一緒に手渡される”給食”。この炊き出しが始まってから、登校する高校生が増えたそう

「おいしいごはんを食べさせてあげたい」という気持ちと一緒に手渡される”給食”。この炊き出しが始まってから、登校する高校生が増えたそう

小川: 奈緒さんの料理は本当においしそうで、つくる人も食べる人も楽しそうに運んでて、これが「食の原点だな」って感じました。単に震災の悲惨さを伝えるのでなく、そこから育まれたあたたかな情景も含めて、映像で届けたいと思っています。

——ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』 は被災後の映像ですが、「おいしいごはん」を高校生たちがちゃんとおいしく食べている、という空気が伝わってきたのがとても印象的でした。

ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』の記録

画像: 石川県立飯田高校。三上さんの呼びかけで集まったボランティアが、約180人分の”給食”炊き出しを10日間続けた

石川県立飯田高校。三上さんの呼びかけで集まったボランティアが、約180人分の”給食”炊き出しを10日間続けた

国内外を軽やかに飛び回り、ごはんをつくる“旅する料理人”三上奈緒さん。彼女は2024年3月、令和6年能登半島地震で被災した石川県珠洲市にある県立飯田高校で”給食”の炊き出しを行いました。そこに映像作家の小川紗良さんが密着しました。

<取材・文/山下リョウコ 撮影/小川紗良>


三上 奈緒(みかみ・なお)

画像1: ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』の記録

東京農大卒。学校栄養士、レストランを経て、旅する料理人として活動。「顔の見える食卓づくり」をテーマに、食を 通じて全国各地の風土や生産者の魅力を繋ぐ。「おいしいってなんだ?」を軸に学校授業を組み、菜園教育をする「Edible schoolyard」 に関わるなど食教育にも力を入れる。食の根源を追い求め、縄文倶楽部や、火を囲む野外キッチンをつくり上げる。雑誌『Soil mag.』(ワンパブリッシング)、『料理王国』(JFLAホールディングス)での連載やラジオ出演と活動は多岐にわたる。

https://www.naomikami.com

小川 紗良(おがわ・さら)

画像2: ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』の記録

1996年東京生まれ。文筆家、映像作家、俳優。俳優として、NHK「まんぷく」(2018〜2019)、ひかりTV「湯あがりスケッチ」(2022)等に出演。初長編監督作「海辺の金魚」(2021)は韓国・全州国際映画祭にノミネートされ、自ら小説化も手がけた。2023年1月からはJ-WAVE「ACROSS THE SKY」(毎週日曜あさ9時~12時)にてラジオナビゲーターを務めている。同年3月、活動拠点として「とおまわり」を設立し、「ときめく遠回りをしよう」をコンセプトに 読みもの・映像作品・暮らしの道具などを届けている。

とおまわり https://tomawari.jp



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