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瞑想で「頭が良くなる」メカニズムとは? 「扁桃体」編 ── 今からはじめるマインドフルネス入門⑤


 このテキストは、瞑想に興味を持っている人、これから瞑想をはじめてみようと思っている人、あるいはすでに瞑想の実践をすでにされている初心者に向けた入門ガイド連載です。

前回は、ハーバード・メディカル・スクールのサラ・ラザール(Sara Whitney Lazar)博士による瞑想についての研究論文をご紹介しました。彼女の研究で、マインドフルネス瞑想が脳の「海馬」と「扁桃体」に影響を与えて、「学習プロセス」が強化されることがわかりました。

 今回は瞑想が具体的にどのように私たちの脳のパフォーマンスを上げていくのかをより詳しく、そしてわかりやすくご紹介したいと思います。

 前回お伝えしたとおり、瞑想によって脳が強化されるシステムを理解することは、瞑想による効果を向上させることになります。なぜなら脳は曖昧さを嫌い、理解している情報を優先的に処理する性質があるからです。瞑想を実践しようと思っている方はぜひ最後まで目を通して頂ければと思います。


人間の能力最大化のための条件
「心理的安全状態」

 たとえば仕事中、恐ろしく口うるさいあなたの上司が腕を組んで、顔をしかめて、あなたの真隣に座っていたとします(それだけで居心地悪いですよね)。そして彼があなたのパソコンのディスプレイをじっとのぞき込んでいます。彼はときおり唇を舐めて、ため息をついて、指先で苛立たしく机の上をノックしはじめます。

 さてその状態で、あなたは明日までに完成させなければいけないプレゼン資料を、ゼロから作らなければなりません。

 ……考えうる中でも最悪の仕事環境ではないでしょうか?

 このような高ストレス環境下では、自分の能力を最大限に発揮して最高の資料を作ることは誰にとっても困難です。(頼むから一人にして欲しいですよね)

 ではなぜ、このような環境下では私たちの生産性は下がるのでしょう? 次ぎにこの現象を科学的に見て考えていきましょう。

 私たちは日常生活のなかで過剰なストレスを感じると、脳内の「扁桃体」という部分が反応して活性化します。扁桃体は脳の中心近くにある部位で、喩えるならパトカーや消防車などの緊急車両についている「パトライト」のようなものです。
 つまり過剰なストレスを感じると、脳内のパトライトが真っ赤に回転して、緊急事態が宣言されるというわけです。


緊急警報


 扁桃体から緊急事態が宣言されると、それを受けて脳内の前頭前野という部位がフリーズします。前頭前野とは脳内の最高司令部であり、エヴァンゲリオンでいうならセントラルドグマ、あるいはマギシステム、といったところです。考える、判断する、記憶する、自己抑制するなど、高度な機能を司っています。最高司令部のシステムダウンによって、作業用のフロー情報を扱うワーキングメモリ(短期記憶)の利用も抑制されることになります。

過剰なストレスを感じる
 → パトランプが回る
→ 最高司令部がフリーズする
→ ワーキングメモリも抑制される

これがいわゆる「頭が真っ白になる」という状態です。

 ここ一番のプレゼンの途中で緊張のあまり……
 あなたを怒鳴りつけて人格否定する上司の前で……
 締めきり直前のプレッシャーで……

 皆さんも頭が真っ白になった経験があるかも知れません。

 この状態が「心的安全性が保たれていない」状態です。 適度なストレスは集中を安定させますが、過剰なストレスは脳内のパトランプを回転させ、脳の最高司令部をフリーズさせ思考力を奪ってしまうのです。

 逆に言えば、脳に高パフォーマンスを発揮させるなら、心理的安全性は必須の要素となってきます。


脳のパトランプ 「扁桃体」
──10万年以上変わらないシステム

 なぜ私たちは、過度なストレスを感じると脳のパトランプを回してしまうのでしょう? それは私たちの体が10〜20万年前とほぼ何も変わっておらず、その頃の生活に最適化されたままだからです。

 20万年前の人類の人口は、わずか5千人だったと言われています。全人類が集まっても、東京ドームがぜんぜん埋まらない。両国国技館でさえ半分も埋まらないほどの人口しかいませんでした。そんな時代。

 それから10万年かけて人口を数万人から数十万人まで増やし、人類はアフリカ大陸を出発して世界各地へ向かう旅に出るわけです。

 そのような時代の人類は今よりもはるかに物理的危険に囲まれて日常生活を送っていました。
 現代では渋谷のスクランブル交差点を歩いていても大型の哺乳類や毒を持つ生物(たとえば虎や大蛇のような)と鉢合わせして襲われるようなことはまずありませんよね(あれば世界的ニュースになってYouTubeで死ぬほどこすられます)。しかし、十万年以上前にはその種の危険が常にあり得ました。私たちよりも強く大きな力を持った生物たちと、隣り合わせに生活していたわけです。

 そのため人類はネガティブ情報に敏感なシステムを備えています。

 ネガティブ情報は危機を関知させ、危機は生死に直結するからです。
 凶暴な哺乳類の気配を感じたり、あるいは襲われたりして脅威を感じると、脳が余計なことを考えないためにパトランプを回し、最高司令部をフリーズさせて頭を真っ白にさせます。そして命を守るための行動をとらせるのです。

「逃げろ!」あるいは「戦え!」と。

 人間関係上のストレスも、当時は生死に直接結びついていました。
 というのも、人類は個の力が弱いため、集団生活から離脱してしまうと食べるものを失ったり外敵から襲われたりする可能性が高まるためです。10万年前、人間関係の破綻はまぎれもない生命の危機であり、生存確率の低下と結びついていました。だから人間関係上のストレスでも、脳のパトランプが回転する必要がありました。

 つまり人類にとって、危機に敏感なシステムを持つことは、命を脅かす危険を早く察知することができ、生存に有利となったわけです。もっと言えば、人類が生き残るためには必要なシステムでした。

 しかし現代社会では人間関係上の悩みが、そのまま私たちの生存確率に影響するようなことはありません。たとえ誰かとの人間関係が破綻したとしても、外敵に襲われる可能性が高まることはありませんし(というか外敵は存在しません)、発達した社会保障やその他のセーフティーネットがあるため、生命を脅かすような食料の危機に陥ることもありません。
 つまり、パトランプが回転して最高司令部をフリーズさせる必要があるような、そんな生命の緊急事態は現代では起こらないわけです。

 現代では街を歩いていても、仕事で失敗しても、人間関係が破綻しても、大局的には物理的生存確率は変わらない。そのような現代社会で10万年以上前の警報システムは、本来の目的からかけ離れて、明らかに過剰な反応を起こしています。生命の脅威ではないのに、生命の脅威と同等のシグナルを送り最高司令部をフリーズさせるわけです。

 さらに付け加えれば、スマートフォン誕生以降、その傾向は強くなっているでしょう。
 ネットに常時接続しているスマホによって、人類は常に情報に晒されるようになりました。サービスプロバイダー側は、アプリやサイトでの滞在時間を長くするために、ユーザーにできるだけ刺激的なニュースや情報を届けようとしています。フェイクニュースに関しては、刺激だけ強い内容で事実ですらありません。これらの情報は自分の生存確立には関係はほとんどない、しかし脳のパトランプを反応させる過情報です。

 SNSによって人間関係も変化しています。
 100年前は対面の人間関係か、手紙による人間関係だけで日常生活は築かれていました。それがいまや自分の「つぶやき」を打ち込んだ瞬間に世界中の誰でも閲覧可能な状態に置かれます。写真も、動画も、アップロードした瞬間に不特定多数の人間から評価される(あるいは無視される)ことになります。もちろんそれは良い評価だけではありません。
 SNSの登場によって一度に繋がれる人の数が飛躍的に増えました。つまりそれだけ精神的脅威のリスクも高まっているわけです。

 人類史上例がないほど、心理的安全性が脅かされているのが私たちの生きている21世紀、高度情報化社会です。


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瞑想が脳のパフォーマンスを上げる理由

 さて、脳に高いパフォーマンス発揮させるためには、心理的安全性を確保する必要がある、しかし現代社会では10万年前の警報システムが過剰反応している、そのために心理的安全性を確保しづらい、という話をしてきました。

 そして前回の記事でもお伝えしたとおり、瞑想はその扁桃体を不活性化させることがすでに研究によって明らかになっています。

 つまり
 瞑想を習慣化することによって
 → 脳のパトランプが過剰反応をしなくなり、
 → 最高司令部は明晰さを保ち、
 → ワーキングメモリも存分に活かされて
  高度な処理が行われやすくなるわけです。

 ストレスやプレッシャーにさらされても心を強く健やかに保っていられる「ストレス耐性」とは、このパトランプの平静化による恩恵です。
 同様に、集中力や記憶力が高まり、結果として創造力も向上する効果は、最高司令部が明晰さを保っている恩恵です。

 また同じく前回の記事でご紹介したように、瞑想は記憶を司る「海馬」の灰白質を高密度化します。そして、この海馬は扁桃体と隣り合った場所に位置しており、その影響を受けることが知られています(海馬はエピソードの「情報」を記憶しますが、扁桃体はそのエピソードを体験したときの「感情」を記憶すると言われています)。
 扁桃体が安定していることは、海馬に対してもポジティブな影響を与えます。結果として脳の学習プロセスをより強化していくわけです。

 脳のパフォーマンスがあがることを「頭が良くなる」と表現して差し支えないならば、瞑想の習慣化によって頭が良くなると言えるでしょう。

──────

「瞑想を習慣化すると、集中力が高まり、ストレスにも強くなる」

 とはよく言われていることですが、このように仕組みから理解するとまた少し瞑想に親しみが湧くかと思います。

 今回は「扁桃体」のシステムを中心に瞑想が具体的にどのように私たちの脳のパフォーマンスを上げていくのかを、ご紹介しました。

 次回はまた別の視点となる「脳内のネットワーク:デフォルトモードネットワーク(DMN)」への影響を中心とした、瞑想の効果についてご紹介していきたいと思います。


(瞑想の効果って、本当にさまざまな角度があるものですよね)

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小説家、脚本家。 三田文学新人賞受賞。近著に講談社「恋侍」「三軒茶屋星座館」シリーズ、小学館「あなたの明かりが消えること」、映画「未来予想図」ドラマ「レンアイカンソク」、他多数。 坐禅/瞑想歴、15年。Mety Meditation代表。
瞑想で「頭が良くなる」メカニズムとは? 「扁桃体」編 ── 今からはじめるマインドフルネス入門⑤|柴崎竜人┃小説家
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