【 鎮 魂 】 今日は「もし、日本があの戦争をしなかったら世界はどうなっていたか」をお話します。それは「人種差別が当たり前の世界」です。 ハンバーガーを食べる席も「白人」と「カラード」(色つき)で分けられ、プールに行っても「有色人種のお客様はご利用になれません」となる。 日本人だけはもしかしたら「名誉白人」になって、表向きは白人と同じように扱われたかもしれない。 しかし、ほかの有色人種は全て人間として扱われない。 それが「日本が戦争をしなかった世界線」です。 客観的事実として、 日本が戦争をする前、中華民国とタイ王国を除き、東アジアに独立国はなかった。 アジアの人々の基本的人権を保障する最高法規もなければ、実際に保障された事実もなかった。 「人種によって人権が無い」とは、 いつでも自由に殺人ができる、ということ。 オーストラリアのマスグレープというところでは、昭和6年までアボリジニハンティングが盛んだった。 娯楽で、趣味で、アボリジニの家族を撃ちに撃ちに行く。 そんな世界だった。 話し合いでは決して解決出来ない。 1920年に国際連盟ができたとき、 日本は人種差別禁止を提案した。 しかし、「日本は頭がおかしい」と大反対され、昭和天皇は「あれが大東亜戦争の遠因」と独白録に残された。 アジアの人々は家畜にされ、強制労働をさせられた。 しかし、そこに希望の光が差し込んだ。 インドネシアには、 「今から300年後に空から白き衣に身を包んだ神の兵士が舞い降りて我らを救う」 という言い伝えがあった。 その伝説を信じて耐えてきた。 あの日、インドネシアの人々が空を見上げると、 真白き薔薇の花模様のように、蒼き大空に無数の純白の落下傘が見えた。 伝説は本当だった! 落下傘で地上に降り立った神兵はただちに敵を撃ち払い、植民地支配を終わらせた。 その様子を見た1人のインドネシア人の少女が、 「あなたは神様の使いですか?」と尋ねた。 インドネシア語を事前に勉強していたその者はこう答えた。 「確かに!現人神の使い、大日本帝国陸軍である!」 インドネシアの人々は歓喜し、こう叫んだ。 アジアの光、日本! アジアの希望、日本! アジアの守り、日本! 初代インドネシア大統領となるスカルノは、歓喜と共に「天皇陛下万歳」を唱えた。 そして、日本は大東亜会議を開催し、 「この戦争は人種差別撤廃を目的にしたものである」 という事実を全世界に発表した。 大東亜宣言だ。 人類で初めて人種差別撤廃を宣言した国際サミットだった。 あの戦争によって400万人近い人々が命を失った。しかし! その代償によって、アジア10億人が人権を得た。 いま世界をみて! 人種差別は善か? 悪か? 人類はどちらの価値観を持っているか? それが大東亜戦争でやり遂げた日本人の歴史なのです! ここに、フィリピン独立記念式典におけるパルガス大使の演説を引用します。 「大日本帝国は軍政を最終的に撤廃し、フィリピン共和国の独立を承認するというこのうえない形で、その高邁な精神と理念を証明した。 帝国はその全ての誓約と宣言を誠実に守り、フィリピン国民が憲法を制定し、自らの文化と伝統に調和する国家を樹立する最大の機会を開いたのである。 大東亜において大日本帝国はあまりに激しく、あまりに不当に圧政暴虐の侵略者として非難されているが、その寛容と自由の実践は世界も驚くであろう。 日本は帝国であったが一つの共和国を認め、まさにその樹立に参画した」 次に、特攻隊慰霊碑をフィリピンのマバラカット市に建てたダニエル・H・ディゾンの言葉を引用します。 「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。 こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。 同じアジア人として、このような英雄が誕生したことを”誇り”に思っています」 タイ首相ククリット・プラモードの言葉 「日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して 母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている」 あの戦争を私は誇りに思います。 アジアの基本的人権を守るため、英霊は散華されました。 ありがとうございます。 失われた命は、また産みます。 今日という日を感謝申し上げます。 ------------ (最後に宣伝) 私の著作「われ、正気か!」は、大東亜戦争の意義と歴史的価値を分かりやすく詳説しました。 amzn.asia/d/0F6WSxq 是非、お手に取り英霊の顕彰を次世代に伝えていきましょう!
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