10年ほど前から、「朝起きられない病」である睡眠相後退症候群(DSPS/DSWPD)に対して少量のアリピプラゾールが効果的であることが示されてきています[1][2]。その中で「なぜ効くのか」、その機序が徐々に明らかになってきています[3]。
やや専門的な内容になりますが、ご紹介できればと思います。
睡眠リズム障害(概日リズム睡眠・覚醒障害)の薬物治療の第一選択は、体内時計を整え、かつ、動かせる(前進:朝型化さられる)メラトニン・メラトニン受容体作動薬です[4]。しかし、これ単体では十分改善しきらないことや、あるいは、学校・仕事との兼ね合いで睡眠時間の十分な確保が難しく、睡眠時間が短いがために「寝つけるようにはなったが起きられない」という状態が生じてしまうことがあります。
そこで、「朝起きやすくなる補助薬」としての「アリピプラゾール」(商品名エビリファイ)が検討される場合があります。しかしなぜアリピプラゾールに効果があるのでしょうか。
アリピプラゾールは「ドパミン・パーシャル・アゴニスト」と呼ばれます。これは、アリピプラゾールが脳内のドパミン受容体(D2/D3)にくっついた場合に、約30%だけ活性をもたらすことによります。高用量(24mgなど)を用いると、脳内の大部分の受容体を占拠することになり、ドパミン(D2/D3)の信号を70%遮断します。すると何が起きるかと言うと、ドパミンの「病的な出過ぎ」は幻覚や妄想、気分の著しい上下動を招くのですが、これを抑えます。つまり、高用量ではこの薬は、双極性障害や統合失調症に対して治療効果を発揮する薬となります。
一方、その1/10くらいの低用量(約3mg)は、全く違う使われ方をします。脳の中でのドパミン受容体を占拠できるほどの量では全くありません。きわめて「薄く」作用します。すると今度は、「あまり動いていない」ドパミン受容体を30%程度動かしてくれます。ドパミンの「病的な出なさすぎ」は喜びや意欲の低下(アンヘドニアやアパシーと呼ばれます)を招くのですが、これはうつ病で生じている現象であり、これを多少補うことで、「やる気が出る」「元気になる」といった抗うつ効果をもたらすため、低用量(3mg前後)だとこの薬はうつ病に対して効果を発揮します。
ドパミン受容体が刺激されると、人間は元気になると同時に、神経が「覚醒」する方向に傾きます。眠りが浅くなったり、夜中に起きやすくなったりします。人によってはそわそわして「なんとなく動いていないと不快」になったりする場合もあります。さらに少量、うつの1/3~1/10、双極性障害等に使う場合の約1/25~1/100という超少量(0.25~1mg)でも、「覚醒しやすくなる」作用は残存し、朝起きやすくなります。
実際の診療現場では、眠りが浅くなりすぎて問題が生じてはいないかどうか、その他の副作用(そわそわする、なんとなく食欲が減る)などがないかどうかを確認しながら、用量や服用タイミングを調整する(夜を朝にしたりする)ことも多いです。
さて、今回日本のチームの研究[3]で明らかになったのは、アリピプラゾールには体内時計の「頑固さ」を弱める働きがあるということです。体内時計には中枢があり、具体的には脳の中の「視交叉上核(SCN)」というところが、全身の体内時計を規定する親時計の働きを持っています(マスタークロックと呼ばれます)。ここが「X時だ」と判断したら、体(脳や全身)にそれを伝え、体はそれぞれ「眠るべき時間だ」「起きるべき時間だ」「ごはんを食べるべき時間だ」「血圧を上げて活動に備えるべき時間だ」などの、人体に備わったスケジュールに従った行動(反応)を開始します。
この視交叉上核は1mm程度の領域で、たった数万個という少ない細胞から構成されていますが、職人集団とでもいうべき厳密さと連携機能を有しています。人体には振り子や水晶や電波時計が埋め込まれているわけではないのに、かなり正確な24時間周期を体が刻めるのは、ここの働きのおかげです。
しかし、この厳格さ・正確さ、つまり「頑固さ」はしばしば問題も引き起こします。たとえば我々が飛行機に乗って遠い国に行くと、体はその体内時計をそのまま保とうとするので、「時差ボケ」を起こします。およそ7-14日程度経たないと、体内時計は新しい環境に適応してくれません。「今まで通りに24時間を刻んで動くんだ!」と視交叉上核が頑張ってしまってくれていることが原因です。
また、朝起きられない病(DSPS)の場合、朝に体内時計から「今は眠っているべき時間だ」という司令が体へ出てしまっていますので、体は「全力で寝よう、体を休めよう、血圧や体温を下げよう、熟睡しよう」というモードになっていて、起きることができません。仮になんとか意識は回復しても、体が動きません。血圧も低下していますので、起立性調節障害と誤診される原因になったりします。
体内時計を作り出している細胞集団は、手を取り合って、一斉に同じように動く機能を持っていることで、安定した24時間リズムを作り出しています(この同期には5-HT1A受容体が関与しています)。そしてアリピプラゾールには、この手をつなぐ力を弱め、結果的に安定性を減らす働きがあるのです。指揮者のいない演奏会で、演奏者同士がいきなり他の人の動きや音が分かりづらくなり、「とりあえず各自で勝手に演奏を続けててよ」となるような状態です。
そうすると体は通常は「今が夜だ!!」と強い司令が来ていたのが、「今は夜…かもしれませんね? 寝ててもいい…かもですよ?」くらいの強さになったり、あるいは、光を使った睡眠衛生・環境調整などを頑張っている場合には「今までの経過時間からすると今は夜だと思うんだけれど、明るいし、もしかしたら朝かもしれない」というようなあいまいな状態になります。非常に強かった24時間リズムの頑固さが、低下します。その結果、既存の治療と併用することで、体内時計が環境や治療に対して適応しやすい状態になります。「朝は明るいから朝」「夜は暗くなったしメラトニンも増えたから夜」という状態を認識しやすくなり、結果的に起床困難が改善する、というメカニズムが考えられています。光による治療(環境調整)を頑張っている場合には、アリピプラゾール単体でDSPSの症状が治る場合もあるようです。
上記で述べたこと以外にも、5-HT7受容体の阻害作用を介した、光に対する体の同調性を高める効果も関係している可能性があります。さらに、低用量の使用は(発達障害などに伴いやすい)過敏性を改善させる作用もあり、それが睡眠を改善させて効果に寄与している可能性もあります。このように、複数の機序によって、アリピプラゾールの服用による「朝起きやすくなる」という作用が生じていると考えられます。
アリピプラゾールは「飲んだだけで朝起きられるようになる」という薬ではなく、「朝起きよう」という意志や、「夜は暗く、朝は明るく」という環境整備がある状況において、その効果を強めてくれる働きが期待される薬です。
けして夢の薬ではありません。適切に環境を整えない場合にはあまり効果がありません。そして、精神科領域で使われる場合の1/100という超少量ではありますが、副作用のリスクもないわけではありません(実際に、どれだけ減らしても夜の眠りが浅くなってしまい、服用を続けられない方もいます)。
さらに、保険診療においては、低用量アリピプラゾールはあくまで「うつ病・うつ状態」「小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性※」に対して利用可能な薬剤です。
※ちなみに、ASD(自閉スペクトラム症)には高頻度に朝起きられない病(DSPS)が合併します
当院でも適応等を厳密に検討した上で、必要に応じてご提案させて頂く場合がありうるため、今回ご紹介をさせていただきました。ぜひ参考にして頂ければ幸いです。