第6話 霊素汚染生存者

 ビルに入り足場を登る。木の板を渡した坂道を登り、腕を使って這い上がって作りかけの二階部分に来た。工事作業道具などが投げ出され、足場は悪いが問題ない。朔夜は右手で刀印を結び、霊力を込める。

 やってきた小面がすぐさま狐火を形成、撃ち出した。朔夜は右に転がって回避。すぐに自分もエーテルショットを放つ。

 射撃属性のそれが小面の脇を掠めて背後の足場——その鉄組に着弾。パキンと音を立てて金属が破断し、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。退路は断った。これで互いに背水の陣である。

 朔夜は殺してしまわぬよう威力を落としつつ、エーテルショットを三発連射した。小面は結界をコンパクトに展開して腕に纏わせ、それで霊力の弾丸を弾いていく。弾かれ跳弾したエーテルショットが朔夜のこめかみを掠めて、皮膚を切り裂いた。深いのか、痛みが鈍い。それよりも血が垂れてくることの方が鬱陶しかった。

 そして小面はこちらに肉薄するや否や、結界を纏った拳で殴りかかってきた。


 顔面を狙う右のストレートをダッキングで回避し、朔夜は左のレバーブローを打つ。無論、霊力を纏わせて。

 すかさず右の掌底を顎に放つが防がれ、代わりにボディブローが飛んでくる。咄嗟に霊力を放射して勢いを弱めたが、激しい衝撃にたたらを踏んだ。胃液が込み上げてきて、気持ち悪い。

 そこへ、右のパンチが頬に炸裂した。歯で頬が切れ、折れた奥歯と血が口から飛び出す。ついでに、胃の中身も吐き出しておいた。少しでも楽な方がいい。

 組みついていた両者が離れる。

 小面が狐の影絵を作り、狐火を二つ形成。それを、影絵の手を左右に振って放った。


「!」


 狐火が舞い踊るような軌道を描き、渦を巻くように迫ってくる。軌道を読めない。

 朔夜は結界盾を展開し、両腕を交差して防いだ。火球が一発直撃すると、さっきよりも威力が高いのかそれだけで外側にヒビが入り、二発目で盾が砕けた。

 霊気圧に負けて、朔夜は後ろに吹っ飛ばされたが踏ん張る。そこは一階へのふちだったからだ。


「くそっ、なんなんだお前は」

「姫宮堂銀隊、小面をつけただけの、ただの忌術師だ。それ以上でも以下でもない」

「あんな小娘を狙って、何がしたい。そんなに不正をばらされるのが嫌か?」

「小娘にも小娘の証拠にも興味はない。あんなのじゃ摘発も無理だ。相手は天下の姫宮堂だぞ、いくらでも証拠なんぞ捻り潰せる」

「……じゃあ、何が目的だ」


 小面はすぅ、と指をこちらに向けてきた。


「お前だ、朔夜。空閑朔夜」

「…………」

「資産家柏崎家令嬢・柏崎星羅が出奔した理由であり、呪具工場の高濃度霊素汚染から唯一生き延びた生存者。姫宮堂はお前の体を探りたがっている」

「バラされんのはごめんだな」


 朔夜はおどけて言った。

 こいつら、どこまで知っているんだ……。

 確かに星羅は柏崎家という資産家から出奔して民間の忌術師事務所を開いたわけだし、朔夜は呪具工場の高濃度霊素汚染から生き延びたただ一人の生存者だ。忌術師をやっているわけだし。


「俺が霊素汚染に耐えられたのは医者からは偶然の産物って言われたぜ」

「ありえんことだ。あの濃度で耐えられるわけがない。穢者けものでもない限りな」


 小面が一歩、進んだ。朔夜はままよと祈りながら後ろに飛び、宙に身を投げた。

 くるりと回転し、四点着地。素早く視界をあちこちに投げかけ、使えるものはないか探す。小面が上から狐火を撃ってくるが、朔夜は彼女にとっての床であり朔夜にとって天井である一階部分の天井の下に隠れた。その際、脇にあったあるものを拝借する。

 小面もすぐに飛び降りて、追いかけてきた。

 朔夜は手に抱えていたそれを、放り投げる。

 ガラン、ガラガラと音を縦転がった、真っ赤に塗装された——


「消化器……? しまっ——」


 エーテルショットを、消化器に撃ち込む。金属の外殻が弾け、中身の消火剤が爆発的な勢いで破裂し、撒き散らされた。

 小面が後ろに吹っ飛んで壁に激突し、昏倒、戦闘不能に陥る。

 朔夜は念の為呼吸と脈を確認したが、生きている。

 あとは忌術師協会に連絡し、身柄を確保してもらうだけだ。

 エレフォンで協会に連絡を入れた朔夜は、シャツの袖口を歯で破って、こめかみの傷を縛って止血した。

 体にダメージはあるが、まだ動けるので問題ないと判断する。


 外に出ると、誰かが通報したのか現場を封鎖しにきた警官がいた。

 明らかに戦闘のダメージが出ている朔夜に「医療班を呼びますか」と聞いてくるが、

「いい。ここに女の子がいなかったか? 金髪の子だ」

「そんな子いませんでしたよ」

「なんだって? っ、くそ。ありがとう、仕事に戻るよ」

「あ、ちょっと!」


 朔夜は自分の迂闊さを呪った。朔夜が勝利して敵から情報を聞き出すことを恐れ、琴音が逃げるかもしれないという可能性を考えなかったのだ。

 とにかく自力で廃アパートに向かう必要がある。朔夜はタクシーを呼び止め、請求を事務所に回してもらい、全速力で向かってもらうよう捲し立てるのだった。

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