2020/07/11
○大奥は、美女が妍を競う世界だ。
上様と会える暮らすの女たちは美しいことはもちろん、家柄は由緒正しく、おどりや歌などの才能もずば抜けており、まさに百花繚乱のおもむきがある。
○その美女集団の中で、ひとりだけ醜女でも許される存在がいる。
それが「お伽坊主」。上様と閨をともにする女が妙なことを吹き込まないように見張るのが役目だ。
○お伽坊主は、不細工でおまけにちょっとKYなので、まわりからバカにされており、ちゃんとした大奥のメンバーとは思われていない。
○しかし、だからこそ、妙に重宝されるところがある。たとえば、偉い人が嘉永を呼びつけて、他の人間には聞かせられない愚痴を言う。または、ちょっとした失敗に「お伽坊主から言われたから」と言い訳にされたりする。
みな、便利にお伽坊主を使っている。
○さて、上様はあまり子作りが好きではない。
好きではないが、世継ぎを生ませるのは自分の大事な仕事の一つだと思っているので、しぶしぶその仕事におもむく。
しかし、いまひとつ乗り気でないためか、まだ世継ぎには恵まれないでいる。
○たまに、身ごもる者もいるのだが、なぜかみんな流産か死産になってしまう。
噂好きなもののなかには、誰かが薬を盛っているのだと言ったり、大奥に伝わる呪いだと言うものもいる。
最終的にはいつも、上様がもっと頻繁に大奥にやってきて、やることをやってくれればいいのに、という話になる。
○お伽坊主は、上様の営みがどのように行われたか知る立場にあるが、最低限の報告以外は口外せず、「いつ、誰が世継ぎを生むのか」という競走から外れたところで、ふわふわと大奥暮らしをしている。
○逆に、女たちはいっそうお世継ぎ競走に血道を上げ、上様のやる気が出るように、妊娠しやすいように、と道具や薬を売る「四ツ目屋」の薬売りを招き入れる。
薬売りは適当な講釈を垂れて、高い値段で売りつける。何と言っても相手は大奥勤めの女たち。金に糸目はつけないのだ。
○のほほんと暮らしているお伽坊主だが、あるとき、上様から呼び出しがかかる。
何かと思えば、今日、相手することになっている女が苦手ので、なんとかキャンセルできないか、というのだ。
お伽坊主が体調を崩して、同席できないことになれば、夜伽はなしになると考えてのことだ。
○その相手の女は、家柄も美貌も申し分ない。子供を生めば、側室になることは確実視されている。
性格のきつい正室からも「あの女なら、側室として認めてもいい」と言われている。
しかし、上様はどうもその女が苦手だ。営みができるとは思えない。しかし、あんな美女を相手にできないと思われるのも、ちょっとまずい。
○ははぁ、とうなずきながら聞いているお伽坊主。上様ってのは意外と不自由で大変なものらしい。
気の毒に思ったお伽坊主は上様のずる休みを応援することにした。
○大奥の偉い人に、体調不良を伝えに行くと、なんと、お相手の女も体調不良だとかで、これは双方痛み分け?で、来週に延期になった。
表向き、どちらも責められることなく、丸くおさまったかに見えたが、上様にとっては、また女と夜伽をしなくてはならないので、頭が痛い。
何とか、永遠に延期にしたい。
○一方で、お伽坊主は奇妙なことに気がつく。
お伽坊主はこう見えて記憶力がよく、大奥中の女の顔と履歴を覚えているのだが、相手の女だけ、どんなに思い出そうとしても思い出せないのだ。
女が大奥入りしたのは上様が将軍となって何年目のことだったか。誰の推挙によるものだったか。
○いつの間にか、すうっとそこにいたような感じ。思い出せば思い出そうとするほど、頭がぼんやりしてしまう。
今も、はっきり女の顔を思い出すことができない。
お伽坊主はぞくっと悪寒を覚える。いつもふらふらと生きてきたお伽坊主にとって、初めての感覚だ。
○そこに、薬売りが声をかけてきた。
お伽坊主は、それまであまり薬売りを信用せず、言葉をかわすことも少なかったが、薬売りが何か一言、お伽坊主を信用させるような、正鵠を射るようなことを言う(未定)。
お伽坊主は、薬売りを信用して、上様の子供がなかなか生まれないことと、女に対する奇妙な感じを打ち明ける。
○薬売りは、夜伽に自分を参加させないか、と言い出した。そうすれば、異変・怪異を解決してみせようというのだ。
最初は一笑に付すお伽坊主だが、薬売りが真剣なことや、このままでは上様に危害が及ぶと聞かされ、本気になる。
○いよいよ上様と女のお床入りの夜が来た。
上様の寝床をはさんで向かい側に、添い伏しと入れ替わった薬売りが位置に着く。
ただし、お伽坊主は床に背を向けているので、音でしか聞くことができない。
○上様が女にねだられて、事にはげむ様子が聞こえてくる。
しかし、何かおかしい。
呼吸がいつもの上様ではない。
お伽坊主は禁を犯して、床のほうを向く。
すると、女が上様にのしかかり、黒髪を上様の口に押し込み、窒息させようとしていた。
○お伽坊主が女に突進するも、女は異様な力を発揮して、突き飛ばす。
女の正体はモノノ怪の**。
「真」は。これまで生むだけの役目を期待された女や期待されて生めなかった女の恨みだ。
○女は、それでもこの結界にお伽坊主が入ってこれたことを驚いていた。
なぜ、お伽坊主が入り込めたのか。
そのワケを、添い伏しのふりをしていた薬売りが立ち上がり、語る。
お伽坊主が「生まねば競走」の埒外にいるからこそ、女の結界は無効だったこと。
○それを聞いて、女はお伽坊主をバカにする。
生むことを放棄したお伽坊主は、もはや女ですらない。モノノ怪の自分にすら劣る存在だと。
○しかし、お伽坊主はひるまない。
不細工でかわいそう、生めなくてかわいそうと下に見られているが、それを良しとする生き方もあるのだと。
○お伽坊主自身(の生き方)が「理」であり、いわば、女とお伽坊主は合わせ鏡のような存在だった。
薬売りが女を切ると、お伽坊主も消えた。
さて、次に生まれるモノノ怪は、女に連なるものか、お伽坊主に連なるものか──というオチ。
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