【今村昌弘】『明智恭介の奔走』についての解説と感想

本記事では今村昌弘さんの小説『明智恭介の奔走』を紹介します。

明智恭介シリーズの一作目である。

明智恭介の奔走

明智恭介の奔走

著者:今村昌弘

出版社:東京創元社

ページ数:304ページ

読了日:2024年7月4日

満足度:★★★☆☆

 

今村昌弘さんの『明智恭介の奔走』。

『屍人荘の殺人』に登場したミステリ愛好会の会長明智恭介の活躍を

描いた五篇収録の短編集になっている。

 

・最初でも最後でもない事件

あらすじ

神紅大学のサークル棟・「旧ボックス」で窃盗騒ぎが起きて泥棒は捕まったが、

その泥棒が自分の後にもう一人侵入してきて、

そいつと組み合いになって床に叩きつけられたということを警察に話した。

その発言の真偽を確かめるためにコスプレ研究会は明智恭介に協力を頼む。

 

ネタバレありの感想

葉村譲が入学した直後の四月の出来事で、

捕まった泥棒以外にもう一人の侵入者が本当にいるのか?

いたとしたら何の目的で「旧ボックス」に侵入したのか?というもの。

犯人は宇佐木で盗撮カメラの回収のためというものだが、私は全く分からなかった。

泥棒の革ジャンと手袋を奪い指紋を拭き取った理由などはしっかりとしているが、

不思議とそこまで推理の爽快感は無かった。

 

P47の葛方の「僕と同学年の文学部にえらい美人がいるって噂は~」とあるが、

このえらい美人は剣崎比留子。

 

・とある日常の謎について

あらすじ

茶店「ポピー」の店主・加藤久夫は立ち飲み屋で、

藤町商店街の塗井がビルを破格の値段で売って老人ホームに入ることを聞いたところ、

隣の若者がその話に興味を持つが。

 

ネタバレありの感想

六月の話で、物語の語り手は加藤久夫でボロビルを買い取った謎というのは、

中絵図が新婚時代の思い出のためというもの。

もうひとつ謎があって加藤久夫の『五十円玉二十枚の謎』で、

こちらは立ち飲み屋で使うためというもの。

『五十円玉二十枚の謎」は最後にいきなり登場するので唐突な感が強い。

一方で二つの謎とも人情的な良い話なので、話としては良かった。

 

・泥酔肌着引き裂き事件

あらすじ

二日酔いの明智恭介から電話で、明智のマンションに呼び出された葉村譲は、

明智から明智自身に起きた不可解な謎の話をされる。

その謎とは明智のマンションの部屋が密室で、

さらに明智が穿いていたパンツが引き裂かれた状態で玄関に置かれ、

明智はズボンは穿いていたという謎だった。

二人でこの謎を解き明かそうとするが。

 

ネタバレありの感想

あまりにも馬鹿馬鹿しい(誉め言葉)で明智と葉村のコンビらしい話になっている。

密室状態は明智が自分自身で締め出されたもので、

そのためドアガードを開ける方法をスマホで調べて実践したというもの。

そこまでしっかりとした行動をとりながら記憶がないのが納得できなかったのと、

スマホの検索履歴見たらすぐ分かるだろうということでミステリーとしてはいまいち。

もっとも明智と葉村の掛け合いの魅力はこの話が一番で、

本書の中では一番面白かった。

 

・宗教学試験問題漏洩事件

あらすじ

里中教授の猫探しをしていた明智恭介と葉村譲は、

捜索結果を里中教授に報告するため研究棟を訪れた。

結果を報告して帰る時に、

女子が金庫が破られて期末試験が盗まれたと告げてきたため、

二人は盗難問題に関わることに。

 

ネタバレありの感想

『屍人荘の殺人』の冒頭で語られていた、「宗教学試験問題漏洩事件」で、

七月の話になっている。

謎解きとしては、小説の伏線も発想も含めてかなり分かりやすくて、

この話だけは私にも分かった。

事件の真相としては部屋自体を入れ替えていたというもの。

物語としてはどんでん返しをしたくて、

途中で関係者を集めて解決篇で犯人はネットショップの配達人というのが

あったんだろけれど、これはかなり強引すぎた。

 

・手紙ばら撒きハイツ事件

あらすじ

「ハイツ徳呂」の住人に不審な手紙が届いているので、

犯人を見つけてほしいという依頼を受けた田沼探偵事務所の所長・田沼は、

神紅大学理学部の一回生・明智恭介と調査をすることになった。

 

ネタバレありの感想

明智恭介が一回生の時の話で、葉村譲も登場しない、

物語の語り手は田沼探偵事務所の所長・田沼になっている。

山田晴人宛ての手紙の差出人が赤江環で、

その手紙を回収したストーカーが

山田渚が勤めるガス機器専門業者の支店長というのが真相。

これは正直読んでいてすんなりとは理解できなかったし、

理解できても爽快感は特に無かった。

もしかしたら明智恭介シリーズ化があるのなら、

田沼探偵事務所を舞台にするのかもしれないけど、

葉村譲とのコンビじゃないと魅力はかなり減ってしまいそう。

 

登場人物

明智恭介:神紅大学理学部三回生。ミステリ愛好会会長。

      田沼探偵事務所でバイトをしている。

      「手紙ばら撒きハイツ事件」では大学一回生として登場。

・葉村譲:神紅大学経済学部一回生。ミステリ愛好会会員。

 

「最初でも最後でもない事件」に登場

・守屋:神紅大学の警備員。

・姫小松:コスプレ研究部の部長。神紅大学芸術学部の学生。

・宇佐木:コスプレ研究部の副部長。神紅大学芸術学部三回生。

・葛形:コスプレ研究部所属。神紅大学芸術学部二回生。

   「とある日常の謎について」にも登場。

渡辺太郎:通称「ぼっちさん」。神紅大学医学科三回生。

薬師寺:神紅大学医学科三回生。

 

「とある日常の謎について」に登場

加藤久夫:喫茶「ポピー」の店長。厨房を担当している。

加藤智子加藤久夫の妻。「ポピー」の接客や経営を担当している。

・加藤良平:加藤久夫の息子。中小企業の電機メーカー勤務。

・文田:書道用具店経営者。

・塗井:四丁目商店街のボロビルの持ち主。元漆器店経営者。

・中絵図:以前は夢園ビルでデザイン事務所を経営していた。

 

「泥酔肌着引き裂き事件」に登場

・只野:神紅大学理学部三回生。

・オコラ:明智恭介の住んでいるマンションの部屋の右隣りの住人。ケニア人。

 

「宗教学試験問題漏洩事件」に登場

・里中:神紅大学理学部数学科の教授。「ガウス」という猫を飼っている。

・久守みのり:神紅大学理学部二回生。

・寺松颯:神紅大学工学部二回生。口癖は「一切皆苦」。

・柳宗佑:神紅大学宗教学の教授。

・宇田川小鉄:神紅大学の教授。文学を教えている。

 

「手紙ばら撒きハイツ事件」に登場

・田沼:田沼探偵事務所の所長。

・猪野瀬岳:田沼探偵事務所の所員。左足を怪我している。

・花宮美里:田沼探偵事務所の所員。唯一の女性所員。

・荒北:田沼探偵事務所の所員。

・峯大伍:田沼探偵事務所の所員。元刑事。

 

・遠藤日葵:「ハイツ徳呂」A101の住人。キャバクラ勤務。

・宮崎芽衣子:「ハイツ徳呂」A202の住人。保育士。42歳。

・山田晴人:「ハイツ徳呂」のA301の住人。

山田渚:山田晴人の姉。

・木之下英志:「ハイツ徳呂」B201の住人。

・赤江環:「ハイツ徳呂」B302の住人。飲食店勤務。32歳。

・須永友道:「ハイツ徳呂」C202の住人。

 

総評

本書は『屍人荘の殺人』に登場した明智恭介の活躍を描いているが、

『屍人荘の殺人』シリーズ特有のオカルト要素は一切なく、

純粋なミステリー小説になっている。

神紅大学内や大学外で起きた日常的な小さな謎を明智恭介と葉村譲の

コンビが解き明かすストーリーになっている。

なお「手紙ばら撒きハイツ事件」は明智恭介が大学一回生の時の話のため、

葉村譲は登場していない。

明智恭介という非常にキャラクターが立っている人物が物語の中心にいるため、

ある程度話としての面白さは保証されている。

ミステリー要素に関しては個人的には結構強引だったり、

ミステリー小説としての出来は疑問符が浮かぶものもあったけれど、

『屍人荘の殺人』を読んで明智恭介というキャラクターを

気に入った方はもちろんのこと、『屍人荘の殺人』の読んでいない方でも

本書を読めば明智恭介のキャラクターを気に入る事だろう。

 

【樋口有介】『ピース』についての解説と感想

本記事では樋口有介さんの小説『ピース』を紹介します。

ピース

ピース 新装版

著者:樋口有介

出版社:中央公論新社

ページ数:361ページ

読了日:2024年6月30日

満足度:★★☆☆☆

 

樋口有介さんの『ピース』。

新装版にはあとがきが収録されている。

 

あらすじ

スナック「ラザロ」でアルバイトをしているピアニストの清水成子が

埼玉県の長瀞でバラバラ死体で発見された。

一ヶ月前に歯科医師が同じくバラバラ死体で見つかった事件と同じ手口で

連続バラバラ死体事件として捜査されることになった。

しかし、捜査は難航し、とうとう三人目の犠牲者が出てしまう。

 

主な登場人物

・平島梢路:「ラザロ」で働いている。21歳。

・香村麻美:秩父新報の記者。41歳。

・八田芳蔵:「ラザロ」のマスター。平島梢路の伯父。

      元警察官で公安に配属されていた。

・清水成子:二人目の被害者。昼は主婦や子供にピアノを教えて、

      夜は「ラザロ」でアルバイトをしている。31歳。

・山鹿清二:武蔵セメント秩父工場の主任技師。51歳。

・小長勝巳:写真家。

・珠枝:大学生で、夜は「ラザロ」でアルバイトをしている。

・樺山咲:珠枝と同じ大学の学生。

 

・黒澤満男:現在は生コン工場勤務。34歳。

・近藤輝芳:一人目の被害者。歯科医。32歳。

・柴崎可音子:元中学校の教師。

・須田文則:小学校の教師。

 

・坂森四郎:埼玉県警本部捜査一課の刑事。八田芳蔵とは警察学校の同期。巡査部長。

・楠木:秩父中央署の刑事。

・大林:秩父中央署の刑事。

 

ネタバレなしの感想

埼玉の山中で起きた連続バラバラ殺人事件と、

スナック「ラザロ」に集う人々を描いた樋口有介さんの『ピース』。

以前話題になった時に読んだことがあったはずだけれど、

内容を全く覚えていなかったので今回改めて読んでみたけれど、

内容を覚えていなかった理由が何となく分かった。

正直ミステリー小説としては評価しにくい作品で、

よくあるミステリー小説を期待して読むとかなり期待外れに終わるだろう。

反面、妙に凝った料理の描写や秩父の環境、登場人物たちの生活感などは

読んでいて面白いものはあった。

ただもう一度言うけれど、

個人的にはミステリーとしてはかなり期待外れだったので、他人にはお勧めできない。

 

 

ネタバレありの感想

小説を読み進めて少なくともミステリー小説としては、

どこから面白くなるのか?と疑問に思いながら読んでいて、

いよいよ物語が面白くなるか?と思ったのは平島梢路が中学生時代に

母親を殺している話が出てきて来た時。

ただそのまま梢路絡みの話で進んでいくのかと思いきや、

そうではなかったのでかなり肩透かしを食らった。

 

「ラザロ」の関係者でもなく、警察でもない、意味深な登場人物の黒沢満男。

非常に生々しい欲望を持っていて、何か事件の鍵を握る人物なのかと思わせておいて、

あっさりと殺されてしまうというオチ。

 

で、連続バラバラ事件の被害者たちの関係性が

物語の一つの重大なポイントになっているんだけれど、

真相としては20年前に御巣鷹山に旅客機が墜落した際に事故現場で

連続バラバラ事件の被害者たちがテレビカメラに向かって

「ピース、ピース」「ピース、ピース、ピース」と

Vサインをしていたことが原因であったというもの。

事件の犯人は昔テレビ局のカメラマンをしていた小長勝巳。

 

確かにミステリー小説の題材としては興味深いけれど、

あまりにも唐突すぎて一切納得できなかった。

一応被害者の年齢が近いとか御巣鷹山に大型旅客機墜落が作中で語られていたけれど、

個人的には伏線というよりは唐突な感が強かった。

 

極め付きは坂森四郎が最後に事件の謎を解き明かそうとするわけだけれど、

それは「ラザロ」のマスター・八田芳蔵がマインド・コントロール

小長勝巳に連続殺人事件を仕向けたというもの。

これに関しても八田は元公安であることは序盤と中盤で語られているので、

伏線になっているのかもしれないけれど、納得はできなかった。

事故現場でのピースサインをする野次馬に対して憤りを感じるのは分かるけれど、

八田にしろ小長にしろ20年前のことで、

しかも子供たちがしたことにそこまで執着するものなのかが分からないので、

ほとんど共感できなかった。

 

あと最後の最後に八田には兄弟がいないので当然甥や姪は存在しないとか、

内ゲバで殺された活動家の名前が平島であったなど意味深なことが語られるけれど、

これによって読後感はモヤモヤしてしまった。

ついでに言うと、何かと思わせぶりな存在の樺山咲(と梢路の関係含めて)は

特に事件に関係なかったり、梢路も小長の犯行を見破るけれど、

基本的には事件には関係なかったりとかなりの消化不良感がある。

 

そもそも最後の最後に坂森が事件の真相の全てを解き明かすというのも、

どんでん返しの衝撃というよりも、唐突な感の方が強かった。

あとバラバラ死体にした理由が特に無いというのも感心しない。

 

一方で影がある梢路と、梢路に入れ込む一回り以上年上の香村麻美、

そして女性に対してかなり生々しい欲望を持つ黒沢満男など地方独特の雰囲気も

相まって陰鬱としつつも悪くはなかった。そして食べ物の描写も良かった。

ただお薦めはしない。

【荒木あかね】『此の世の果ての殺人』についての解説と感想

本記事では荒木あかねさんの小説『ちぎれた鎖と光の切れ端』を紹介します。

此の世の果ての殺人

此の世の果ての殺人

著者:荒木あかね

出版社:講談社

ページ数:368ページ(単行本)

読了日:2024年6月27日

満足度:★★★☆☆

 

荒木あかねさんの『此の世の果ての殺人』。

荒木あかねさんのデビュー作品であり、江戸川乱歩賞受賞作品。

このミステリーがすごい!2023年版」11位。

 

あらすじ

小惑星「テロス」が熊本県北東部の阿蘇郡に衝突することが発表され、

世界は大混乱に陥り、日本からも多くの人々が消えた。

そんなパニックをよそに衝突地点から近い大宰府で、

ハルはある夢を叶えるために、

淡々とひとり太宰府で自動車学校の教官・イサガワから

自動車の教習を受け続けていた。

そして年末、教習車のトランクを開けると、滅多刺しにされた女性の死体を発見する。

ハルはイサガワとともに、地球最後の謎解きを始める。

 

登場人物

・ハル:大宰府自動車学校に通っている女性。名前は小春。

    小惑星衝突公表以前は印刷会社の営業職。23歳。

・イサガワ:大宰府自動車学校の教官。以前は警察官だった。

 

・了道暁人:8年前の了道事件の犯人。

・了道光:了道暁人の弟。23歳。

・七菜子:中学一年生。

 

・セイゴ:ハルの弟。名前は成吾。17歳。

イチムラハジメ:福岡の統合調整官。名前は市村。

         小惑星衝突公表以前は広島県警本部で捜査二課長。

・銀島栄二:博多北署の少年課少年事件捜査係の刑事。巡査部長。

・高梨祐一:事件の被害者。フリーター。17歳。

・立浪純也:事件の被害者。承南高等学校の学生。17歳。

・日隅美枝子:事件の被害者。二日市法律事務所の弁護士。

・伴田尚美:伴田整形外科の医者。

・長川:伴田整形外科の患者。

・中野イツキ:いじめの被害者。

・笠木眞理子:立浪純也の母親。糸島市の市立小学校の教師。

・内田ヒトミ:息子のヨウジが笠木眞理子の勤めていた私立小学校に通っていた。

・檜山エイコ:福岡残留村の村長。元衆議院議員

・倉松:福岡残留村の男性。檜山エイコの元同級生。

・ユリナ:福岡残留村の女の子。中学一年生。

・ヨシロウ:福岡残留村の男の子。小学三年生。

 

ネタバレなしの感想

翌年三月に小惑星が衝突し人類が滅びる年の暮に刺殺体が発見され、

似た手口の殺人事件が近隣で起きていることを知ったハルとイサガワの二人が、

警察に代わり事件の真相を迫っていくのがメインストーリーになっている。

終末を迎える世界を舞台にしたミステリーで、

ハルとイサガワという女性同士のバデイ小説になっている。

世界が終末に向かうという時期になぜ人を殺すのかというのが大きな謎として、

さらには被害者同士の繋がりであったり、殺され方などの謎が描かれている。

ミステリーとしてはそこまでの驚きはないけれど、

終末という設定が活かされているのと、

殺人事件が起きた後はテンポよく進む物語といい、物語に没入して読むことができた。

終末ものではあるけれど、読後感も決して悪くなかった。

 

 

ネタバレありの感想

物語としては、終末の世界で運転免許取得にいそしむハルとイサガワという

シュールさ。

刑務所から脱獄してきた了道暁人とその弟・了道光の兄弟、

そして成吾に助けられた七菜子と仲間が増えていく熱い展開。

伴田整形外科の屋上で電波を目当てにしている人たち、

笠木眞理子と内田ヒトミ、

そして福岡残留村など終末の世界が活かされている話などは、

非常に楽しむ読むことができた。

 

ミステリーとしては事件の被害者がいじめの関係者であることや、

成吾がいじめの加害者や裁判沙汰寸前までいったことは(31P)に書かれているので、

そこに成吾が関係していることはかなり早い段階で想像はできた。

ただ成吾が犯人と思わせておいての、関係者の中では最初の被害者で、

中野イツキを助けようとして市村に襲われて死んだというのが真相というのは、

物語の展開としては非常に巧かった。

 

市村が事件の犯人であることはパトカーのフロントバンパーが大きくへこんでいる

(226P)で予想はできたけれど、タクシーとパトカーを見間違えるのだけは、

正直あんまり納得ができなかった。

ただ事件当時は街明かりを失った夜空なので、

一応は見間違える理屈は考えられている。

 

事件の真犯人である市村はどうしようもない動機で人を殺していて、

しかも女子供と老人と、

身体の不自由な人ばっかり狙っているという救いようのない存在(324P)に

なっている。

当然読んでいて気分がいいものではないけれど、終末という設定なので、

犯人の動機も含めてある程度の納得はできた。

 

光が死んだのは残念だけど、銀島栄二が市村と残ったり、

暁人と七菜子が中国を目指し、内田ヒトミを福岡残留村に送り届け、

ハルとイサガワが南阿蘇付近で望遠鏡で星を眺めるラストは悪くなかった。

 

序盤の右(ライト)が明かり(ライト)が緊迫するラストに使われるなど

伏線の使い方や、ラストの畳みかける展開などは非常に素晴らしかった。

難点としては、序盤は世界設定の説明も含めて少し退屈だったこと。

【中島京子】『ハブテトル ハブテトラン』についての解説と感想

本記事では中島京子さんの小説『ハブテトル ハブテトラン』を紹介します。

ハブテトル ハブテトラン

ハブテトル ハブテトラン

著者:中島京子

出版社:ポプラ社

ページ数:255ページ

読了日:2024年6月24日

満足度:★★★★☆

 

中島京子さんの『ハブテトル ハブテトラン』。

中島京子さん唯一の児童文学。

 

あらすじ

登校拒否になった小学校五年生の星野大輔は、

母の故郷の広島県松永の小学校に二学期だけ通うことになった。

祖父母や破天荒なハセガワさんや友達のウメちゃんたちと触れ合っていくうちに、

大輔は前向きになっていく。

そして大輔は、「あること」に決着をつけようとする。

 

登場人物

・ダイスケ:物語の主人公。名前は星野大輔。二学期から松永第二小学校の五年一組。

      以前は東京の学校の五年三組で学級委員をしていた。

・パパ:星野大輔の父親。

・ママ:星野大輔の母親。出版社の社員。

・おじいちゃん:星野大輔の祖父。下駄の塗り職人をしていた。

・おばあちゃん:星野大輔の祖母。

       「タイガー」と「スタローン」という猫を飼っている。

・ハセガワさん:おばあちゃんの幼なじみ。名前はハセガシュウジ

・ウメちゃん:松永第二小学校の五年一組。名前はウメザキトオル

・マテオ:松永第二小学校の五年一組。父親がブラジル人。

・ノブミツ:松永第二小学校の五年二組。

・オザヒロ:松永第二小学校の五年一組。名前はオザワヒロミ。

・アケミ:オザヒロの妹。名前はオザワアケミ。松永第二小学校の二年生。

・オオガキ先生:松永第二小学校の五年一組の担任。名前はアヤ。

        星野大輔の母親の中学・高校の同級生。

・ウメザキトモコ:ホテルのフロントで働いている。 

         マスコット「ゲタリンガールズ」に選ばれている。

・スギヤマ:ウメちゃんの姉の婚約者。市役所に勤めている。

・サノタマミ:以前は星野大輔と同じ東京の学校の五年三組で学級委員をしていた。

       現在は愛知県今治市に住んでいる。佐野珠美。

トミノコウジユキヒコ:サノタマミの恋人。中学一年生。

 

ネタバレなしの感想

東京の小学校で不登校になり、母親の故郷の広島県松永の小学校に二学期だけ通うこと

になった小学校五年生のダイスケ(星野大輔)が主人公の

『ハブテトル ハブテトラン』。

「ハブテトル」とは備後弁で「すねている」という意味で、

「ハブテトラン」は否定形で「すねていない」という意味になっている。

本書は児童書ということで、かなり簡単な言葉で書かれているので、

大人にとっては非常に読みやすくなっている。

 

設定としてはありがちともいえる

不登校になった子供が地方に転校するというものだけれど、

ダイスケが広島空港に到着した後にいきなり出会うことになる、

備後弁がきつく型破りなハセガワさんとのシーンから

一気に物語にひきこまれること間違いなし。

仲良くなるクラスメイトのウメちゃんや運動があまり得意ではない太めのノブミツに、

ダイスケに気がある女の子・オザヒロという友達たち。

マテオという父親がブラジル人の子供もいるのは、

単行本発売の2008年だとどう感じたかは分からないけれど、

今だと違和感もなく受け入れることができる。

広島県福山市松永を舞台にしていることもありゲタリンピックや、

(現在はゲタリンピックは開催されていない)、

プリントップなど地元の名産や所縁があるものが描かれている。

 

そしてストーリーのメインといえるダイスケが過去の「あること」に

決着をつけようとする成長物語もしっかりと描かれている。

 

私としてはもう少し一つ一つのエピソードが濃密に描かれていれば良かったとは

思うけれど、あくまで児童書で一冊で完結していることを考えると、

とにかく色んな要素を詰め込んであって、

それでいてダイスケの成長もしっかりと描かれているのは非常に良かった。

大人も子供も楽しめる内容になっている。

 

 

ネタバレありの感想

児童書らしくウメちゃんやマテオやノブミツ、

それにオザヒロたちとの交流は非常に魅力的に描かれている。

これにゲタリンピックやプリントップなど地方色を絡めるのも非常に魅力的だった。

 

またダイスケの成長物語としては、サノタマミとの話も重要で、

ダイスケが過去と向き合うために瀬戸大橋を自転車で渡るという冒険要素もあり、

その後のサノタマミとの会話も含めてかなり盛り上がった。

 

ただ一番印象に残ったのは、やはりハセガワさんという破天荒なキャラクターで、

しかも刑務所に入っていたという児童書らしからぬ経歴があったこと。

ダイスケのおじいちゃんがダイスケに対して真面目に向き合って

話をすることも含めて、かなり印象的なエピソードになっている。

ある程度の年齢の私にはすんなり受け入れられたけど、

子供の頃に読んでいたら、どう思ったかは分からない。

 

最後の下駄作りのエピソードも含めてちょっとあっさりしているけれど、

それでもウメちゃんやオザヒロとの今後など要所要所を抑えていて、

今治のエッチなタオルというオチも含めて読後感は良かった。

【米澤穂信】『いまさら翼といわれても』についての解説と感想

本記事では米澤穂信さんの小説『いまさら翼といわれても』を紹介します。

古典部シリーズの六作目である。

いまさら翼といわれても

いまさら翼といわれても

著者:米澤穂信

出版社:KADOKAWA

ページ数:384ページ

読了日:2024年6月22日

満足度:★★★☆☆

 

米澤穂信さんの『いまさら翼といわれても』。

古典部シリーズの第六弾であり、六編収録の連作短編集になっている。

 

・箱の中の欠落

あらすじ

任期満了に伴う神山高校の生徒会長選挙の投票が行われたが、

開票時に票が水増しされていたことが発覚した。

総務委員会副委員長として選挙の開票作業に立会い人として参加していた福部里志は、

自分で推理するが行き詰まり、折木奉太郎に相談する。

 

ネタバレありの感想

折木奉太郎福部里志の二人の会話によって進んでいく話で、

ミステリー要素が強い作品。

奉太郎の姉のクラスが伏線になっていて、

どのクラスのものでもない投票箱が使われているというのが事件の真相だけど、

かなり分かりやすかった。

 

・鏡には映らない

あらすじ

ある日、伊原摩耶花は中学で同級生だった池平と出会い、卒業制作の話になった。

鏑矢中学では卒業制作として大きな鏡のフレームを作ることになり、

各班が分担されたパーツを作り、

最後にパーツを組み合わせて完成というものであった。

他の班がパーツを完成させていく中、奉太郎の班は、

デザイン画を無視した明らかに手を抜いたパーツを提出し、

多くの生徒の恨みを買ってしまっていた。

伊原は、このことを疑問に思い調べようとする。

 

ネタバレありの感想

伊原奉太郎の中学三年生の時の話で、伊原摩耶花視点で描かれていて、

探偵役も伊原というかなり珍しい話。

奉太郎の推理方法と違って、伊原は足を使って直接人に話を聞いたり、

鏑矢中学に出向いたりというスタイルになっている。

「箱の中の欠落」との比較もあって、違った楽しみ方ができる。

こちらは伊原の目を通しての奉太郎が描かれていて、

古典部での奉太郎を伊原が見ているからこその話になっている。

 

・連峰は晴れているか

あらすじ

ある日の放課後、奉太郎は鏑木中学校の英語教師・小木正清が

「ヘリが好きなんだ」と言っていたことを思い出す。

しかし、奉太郎は、小木がその一件以外に同じことを言っていた記憶がなかった。

里志から小木が生涯で三回、雷を食らっている話を聞いた奉太郎は、

ある嫌な予感がし、その予感を確かめるために、千反田と一緒に図書館へと向かう。

 

ネタバレありの感想

登山仲間が遭難する中で、生徒たちに

それを悟られまいとして英語教師の小木がヘリを好きだと言った話。

奉太郎がどういう人間であるかが描かれていて、

「無神経というか、人の気も知らないでって感じか。」(145ページ)というのが

奉太郎の考え方で、

「いまさら翼といわれても」とも関連している感じになっている。

 

・わたしたちの伝説の一冊

あらすじ

漫画研究会は、去年の文化祭以降変わってしまっていた。

漫画を描いてみたい派と読むだけ派に分かれていて、

読むだけ派の事実上のリーダーになっていた河内亜矢子先輩が、

一足早く退部したことにより状況はさらに悪化していた。

そんなある日、伊原は描いてみたい派である浅沼から、

部費から費用を出して神山高校漫画研究会名義で

漫研」をテーマにした同人誌を描きたいから手伝って欲しいと頼まれる。

 

ネタバレありの感想

途中までは、読むだけ派と描いてみたい派の争いに関して

感情移入することができなかったけれど、

最後の伊原と河内亜矢子の話し合いのところで評価がガラッと変わった。

伊原は退部を選択するわけだけど、むしろ前向きな選択としての退部であるので

青春小説としての意味合いが強い。

ミステリーとしては奉太郎の読書感想文が絡んで来てたりと、

凝ってはいるけれど、そこまで特筆すべきものはないかな。

 

・長い休日

あらすじ

奉太郎は、散歩がてら本を読むために荒楠神社へと向かう。

すると、偶然十文字かほと会い「えるきてる」と言われ、

詰所内の十文字の部屋に連れて行かれる。

そして、千反田と一緒に神社の清掃を手伝うことになった奉太郎は、

そこで千反田になぜ奉太郎のが

「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」

となったのか理由を聞かれる。

奉太郎は、きっかけとなった小学校の時の出来事を話し始める。

 

ネタバレありの感想

奉太郎の小学生時代の話で、省エネ主義者になったきっかけが描かれている。

正直、ミステリーとしては弱いけれど、話としては面白かった。

田中が係を奉太郎に押し付けていたのもだけれど、

その後の担任の表情から奉太郎が感じ取ったもの、

嘘をつかれたというよりも、

善意につけ込まれるというより現実的なことを知った少年の話。

中学生で「あんたはこれから、長い休日に入るのね。」という折木供恵は、

普通ではない。

 

・いまさら翼といわれても

あらすじ

夏休みの初日、伊原から千反田の行きそうなところを知らないか?という電話が

掛かってくる。

市が主催する合唱祭でソロパートを歌うはずだった千反田が、

出番が近づいても会場に現われないというのだ。

会場に向かった奉太郎は、僅かな手がかりから居場所と来ない理由を推理していく。

 

ネタバレありの感想

表題作。

千反田が家の跡取りの話が無くなって、自由に生きろと言われた話。

心にもないことは言いにくいというのは、分かるし、

特に若い頃はよりその傾向が強いかなと思うので、

やはり青春小説の趣が強いかな。

伏線はしっかりしているとは思うけれど、ミステリーとしては普通。

 

登場人物

折木奉太郎:神山高校二年A組。「やらなくてもいいことなら、やらない。

       やらなければいけないことなら手短に」の省エネ主義者。

       鏑矢中学校出身。古典部員。

千反田える:神山高校二年H組。古典部部長。印地中学校出身。

福部里志:神山高校一年。奉太郎の旧友。手芸部古典部員。総務委員会。

      鏑矢中学校出身。総務委員会では副委員長。

伊原摩耶花:神山高校二年C組。古典部と図書委員会。漫画研究会。

       鏑矢中学校出身。

       奉太郎とは小学生以来の付き合いで、九年間クラスが一緒だった。

・折木供恵:折木奉太郎の姉。大学生。

 

箱の中の欠落に登場

・小幡春人:神山高校二年D組。

・常光清一郎:神山高校二年E組。

 

鏡には映らない

・池平:鏑矢中学出身で、折木奉太郎たちと同じ三年五組だった。

・細島:鏑矢中学出身で、折木奉太郎たちと同じ三年五組の学級委員だった。

・鷹栖亜美:鏑矢中学出身で、三年二組だった。卒業制作のデザインを担当した。

・芝野めぐみ:神山高校二年E組。

       鏑矢中学出身で、折木奉太郎たちと同じ三年五組だった。

・鳥羽麻美:神山高校二年生。写真部。鏑矢中学出身。

 

連峰は晴れているか

・小木:鏑矢中学の英語教師。

・小木高広:神山高校二年D組。

 

わたしたちの伝説の一冊

・花島:折木奉太郎が鏑矢中学一年生の時の国語の担任の先生。

・河内亜矢子:神山高校三年生。元漫画研究会。

       読むだけ派の事実上のリーダーだった。

・浅沼:神山高校二年生。漫画研究会。描いてみたい派。

・湯浅:神山高校三年生。漫画研究会部長。

・羽仁真紀:神山高校二年C組。漫画研究会。読むだけ派。

・篠原:神山高校二年生。漫画研究会。

    河内亜矢子が退部した後の読むだけ派のリーダー。

 

長い休日に登場

・十文字かほ:神山高校二年生。荒楠神社の宮司の娘。

 

いまさら翼といわれても

・段林:神山混声合唱団の仕切り役。

・横手篤子:神山混声合唱団のメンバー。千反田えるの伯母。

 

総評

古典部シリーズ第六弾で、

二〇二四年時点では古典部シリーズの最新作ということになっている。

古典部のメンバーのそれぞれの内面を描いているのが特徴になっている。

ミステリーとしては、正直あまり印象に強く残るような作品は少なく、

私の印象としては、青春小説の面が強く出ていると思う。

おそらく本作から読む方はあまりいないとは思うけれど、

本作から読むのはお薦めしない。

完全に古典部シリーズを知っている方向けの作品になっている。

 

【荒木あかね】『ちぎれた鎖と光の切れ端』についての解説と感想

本記事では荒木あかねさんの小説『ちぎれた鎖と光の切れ端』を紹介します。

ちぎれた鎖と光の切れ端

ちぎれた鎖と光の切れ端

著者:荒木あかね

出版社:講談社

ページ数:464ページ(単行本)

読了日:2024年6月19日

満足度:★★★★☆

 

荒木あかねさんの『ちぎれた鎖と光の切れ端』。

このミステリーがすごい!2024年版」10位。

 

あらすじ

島原湾の孤島・徒島の海上コテージに集まった八人の男女。

その内の一人である樋藤清嗣は、先輩の無念を晴らすために、

自分以外の客を全員殺すつもりでいたが、計画を実行する間際になって、

「本当にこいつらは殺されるほど、ひどいやつらなのか?」という疑問を抱き、

その殺意は鈍り始める。

そして島に滞在初日の夜、

参加者の一人が舌を切り取られた死体となって発見される。

樋藤が衝撃を受けていると、連続して第二、第三の殺人事件が起きてしまう。

しかも、被害者は「前の殺人の第一発見者」で「舌を切り取られて」殺されていた。

 

登場人物

・樋藤清嗣:大学生。引っ越し屋でバイトしている。

・伊志田千晶:医療事務。

・浦井啓司:区役所職員。

・加蘭結子:人気商売をしている。綽名は蘭子。

・竹内隼介:サラリーマン。

・大石有:引っ越し屋。樋藤清嗣とは同い年で、伊志田千晶たちよりは一学年下。

・橋本亮馬:ニートみたいなフリーター。

・九城健太郎:徒島海上コテージの管理人。

 

ネタバレなしの感想

本書は二部構成になっていて、

第一部の物語の舞台は島原湾の孤島で、クローズドサークルものになっている。

島に渡った八人のうちの一人である樋藤清嗣は、全員を毒殺するつもりだったが、

何者かが樋藤に先駆けて殺人を犯していく。

しかも、前の殺人の第一発見者が次に殺されていくというものになっている。

 

樋藤は当初は、全員を殺した後に犯行声明文をネットに

アップロードする予定だったために、

犯行声明が公開されるまでに犯人を見つけだすという強い動機を持っているので

殺人県が発生後は、探偵役になる。

また樋藤は、当初は他の人間を殺そうとしていたということで

純粋な探偵役とは異なっていて、他の人間たちの過去の行いを当初から

把握しているというのが特徴になっている。

 

第一部に関してはクローズサークルということもあり、本格ミステリー要素が強く、

登場人物たちをしっかりと把握する前に殺人事件が起きて物語がどんどん進んでいく。

裏を返せばかなりテンポよく物語が進んでいくことになるので、

読みやすさも含めてかなり良かった。

 

第二部に関しては、当然第一部と関係することになっているけれど、

もし読む予定であるなら事前に情報を入れずに読むことをお薦めする。

出来れば二部構成であることも、知らないで読んだ方が良いと思うけれど、

本書を読むとハッキリ書いてあるし、本の紹介が難しいので明記した。

本格ミステリー要素だけではなく、

事件の背景になるものや、読後感も含めて個人的にはかなり面白かった。

初めて荒木あかねさんの本を読んだけれど、かなり面白かったので、

デビュー作も読んでみようと思う。

皆さんも気になったら是非読んでみてください。

 

 

ネタバレありの感想

本を読み始めた当初は、本格ミステリーものにありがちな

登場人物のキャラクター把握に時間がかかって、

本書を読んだことをちょっと後悔してしまった。

もっとも殺人事件が起きて樋藤清嗣と九城健太郎と伊志田千晶で事件を

調べる段階になると、物語に引き込まれていてどんどん読み進める感じになった。

で、事件の犯人に関しては、入り江で九城健太郎と出会ったシーンで怪しいと感じた。

というのもコテージの桟橋の方ではないところから現れるというのは、

あまりにも不自然すぎるということで。

あとは九城が喫煙者を把握しているのは、船での喫煙シーンが伏線になっていて、

冒頭に登場した「清白丸」の漁師=九城という分かりやすいポイントだったかな。

 

第一部ラストの九城の推理シーンは流石に無理がありすぎたけれど、

樋藤の推理シーンとラストは一気に読ませるものがあった。

 

第二部は一転して主人公が横島真莉愛という女性に、

そして物語の舞台も大阪に変わる。

真莉愛の爪を噛む癖から九城健太郎(偽者の方)の妹であることは容易に

想像がつく。

 

第二部もいきなり真莉愛がバラバラ死体を見つけるところまでは良かったが、

中盤では多少の中弛みを感じてしまった。

そのあとはテンポよく物語が進んでいくけれど、

新田如子の推理は凄いというよりも、若干のご都合主義的に感じてしまった。

あと真莉愛は真莉愛で、かなり癖が強く、他人との距離感がおかしく感じるので、

あまり共感できなかった部分もある。

「一度トラブルがあったら即絶交。」(331P)とあるように、

対人関係があまりうまくないタイプなんだろうけれど、それにしても極端すぎる。

 

病院で横島和美が樋藤を殺そうとするも、真莉愛たちに阻止されて、

自殺しようとするも救助マットに助けられるのは、

紀田洋平の自殺未遂のエピソードが伏線になっているのも含めて良かった。

樋藤が目を覚し、樋藤が横島和美と拘置所で会話することによって、

タイトルの『ちぎれた鎖と光の切れ端』の意味が分かるようになっている。

 

樋藤の考え方の全てに納得するわけではないけれども、

分かる部分もあるし、メッセージ性をうまく小説に反映させているかなと。

「所有物」であるとか他者との関係性、

これは真莉愛や新田という女性と組織や他者との関係性の描き方からも分かる。

 

第一部では、(偽の)九城の殺人の方法がかなりの偶然というか

行き当たりばったりに思えるし、

樋藤が(偽の)九城の指の骨を食いちぎる

(そもそも人間の指の骨を食いちぎれるのか?)のはかなり強引な展開に思えた。

第二部では、交換殺人事件で九城があっさり騙されていることや、

新田の推理が神がかりすぎていることなどツッコミどころはあるけれど、

本格ミステリーとその背景を描こうとしているのは好感を持てた。

また一気に読ませるものがあったので、個人的にはかなり面白かった。

 

第一部がアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』、

第二部がアガサ・クリスティーの『ABC殺人事件の』のオマージュになっている。

【東野圭吾】『宿命』についての解説と感想

本記事では東野圭吾さんの小説『宿命』を紹介します。

宿命

著者:東野圭吾

出版社:講談社

ページ数:378ページ

読了日:2024年6月16日

満足度:★★★★☆

 

東野圭吾さんの『宿命』。

2004年にWOWOWでドラマ化された。

 

あらすじ

日本でも屈指の電気機器メーカーであるUR電産の社長・須貝正清が

真仙寺墓所で何者かにボウガンから発射されたと思われる毒矢で殺された。

ボウガンと毒矢はUR電産の前社長・瓜生直明の遺品であった。

そのボウガンと毒矢を入手できる者として、

犯人は身内の人間ではないかと考えられた。

この事件の捜査にあたることになった島津警察署の刑事・和倉勇作は、

驚くべき人たちと再会することになる。

一人は、学生時代の宿敵とも呼べる相手・瓜生晃彦。

もう一人は、心ならずも別れなければならなかった初恋の女性・瓜生美佐子。

美沙子は、あろうことか勇作の宿敵である晃彦の妻になっていたのである。

 

登場人物

・和倉勇作:島津警察署の刑事。巡査部長。

・瓜生晃彦:統和医科大の脳神経外科の医者。和倉勇作の小中高の同級生。

・瓜生美佐子:瓜生晃彦の妻。旧姓は江島。

 

・瓜生直明:故人。UR電産の前社長。父親は瓜生和晃で、UR電産の元社長。

・瓜生亜耶子:瓜生直明の後妻。

・瓜生弘昌:瓜生直明と亜耶子の子供。瓜生晃彦の義弟。大学生。

・瓜生園子:瓜生直明と亜耶子の子供。瓜生晃彦の義妹。高校生。

 

・内田澄江:瓜生家の家政婦。

水元和美:忙しくなると手伝いに来る瓜生家の家政婦。

 

・須貝正清:事件の被害者。UR電産の社長。父親は須貝忠清で、UR電産の元社長。

・須貝行恵:須貝正清の妻。

・須貝俊和:須貝正清の息子。UR電産の社員。

 

・尾藤高久:須貝正清の秘書。前は瓜生直明の秘書をしていた。

・松村顕治:UR電産常務。瓜生派。

・中里:UR電産専務。

・池本:UR電産の開発企画室の室長。

 

・紺野:県警本部捜査一課の刑事。主任捜査官。警視。

・西方:県警本部捜査一課の刑事。キャップ。警部。

・織田:県警本部捜査一課の刑事。警部補。

・渡辺:刑事。警部補。

 

・和倉興司:故人。和倉勇作の父親。元島津警察署の刑事。

・日野早苗:故人。和倉勇作がレンガ病院で出会った女性。通称「サナエ」。

・江島壮介:瓜生美佐子の父親。三ツ井電気工事勤務。

・江島波江:瓜生美佐子の母親。

・鈴木:統和医科大の学生。

・上原雅成:故人。上原脳神経外科病院(現在は上原病院)の院長。

・上原伸一:上原病院の院長。上原雅成の娘婿。

・上原晴美:上原伸一の妻。上原雅成の娘。

・山上鴻三:上原雅成の大学時代の友人。

・片平:古書商。

 

ネタバレなしの感想

1990年に刊行された本書『宿命』は間違いなく、

東野圭吾さんの中でのターニングポイント的な存在で、

それまでのトリック重視から人間重視になっている作品である。

 

UR電産の社長・須貝正清殺しは起こるけれど、

物語としては子供時代からの宿敵である和倉勇作と瓜生晃彦の宿命が

大きなテーマになっている。

さらにそこに、勇作が子供時代にレンガ病院で出会い、

そして病院の窓から転落死した女性・サナエ。

浪人生時代に付き合っていて、

今は晃彦の妻になった瓜生美佐子などの宿命が描かれている。

見えない『糸』に操られた登場人物たちを描き、

ラストの一行に向かって全てが隅々まで計算されている。

 

90年代の東野さんの作品はハイレベルのものが多いとは思っていたけれど、

『宿命』を読んで改めてその面白さを再認識した。

人間を描くと同時に、かなり緻密な計算がされているのが分かるし、

ボウガンを使った殺害方法や犯人探しの謎解きの面白さも十分あるので、

ミステリー作品としても十分楽しめるようになっている。

 

 

ネタバレありの感想

冒頭で描かれているサナエ、瓜生美佐子の言う『糸』の存在、

そして須貝正清殺しという三つの謎、これらが収斂していく様は見事の一言。

ミステリー的な話でいえば須貝正清殺しに関しても、

最初は和倉勇作と美沙子が瓜生晃彦を疑うというミスリードがありながらも、

瓜生弘昌(と瓜生園子)が逮捕される。

しかし、そこから松村顕治と内田澄江の犯行ということが明らかになる。

(松村の犯行を見破るのは勇作ではなく、勇作と組んでいた織田というのも、

悪くなくて、主人公の勇作を超人にしていないのが良い。)

ただ松村の犯行の裏側には晃彦も関わっていて、

毒矢にすりかえたということを勇作が見破ることになる。

なので美沙子が見た裏門から去っていった人物や接着剤など、

張られていた伏線はしっかり回収されている。

 

ただ物語的には殺人事件そのものよりも、

見えない糸に操られた宿命ともいえるものの方が読みごたえがあった。

勇作と晃彦、レンガ病院のサナエの事件、

美佐江の父親や松村顕治が須貝正清を殺した動機など、

電脳式心動操作方法の研究によって生じた物語とそれに翻弄される人間がよかった。

 

ツッコミどころとしては、

勇作と晃彦の関係性を考えるとどこで鰻が大嫌いと知ったのか気になる。

(学校の給食で鰻って出る?)

美沙子が晃彦に惹かれているとは思えないので、なぜ結婚したのかがよくわからない。

 

おそらく今だともっと長くなるのかもしれないけど、

これぐらいの長さで綺麗にまとまっている方が個人的には好き。