音声ガイド

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※展示会場内では、イヤホンのご使用またはスマートフォンのボリュームを下げてご利用ください。

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7.グース・ネック形バラ水散水瓶

(18~19世紀 ペルシャ)

首の長い水鳥を思わせるこのガラス瓶は、バラ水を空間に散布するために使用されました。湾曲した特徴的な首と口は、バラ水を散布するために工夫された形状です。
香り豊かなバラ水は、10世紀頃のイランで蒸留技術の発達とともに誕生します。バラの精油とともに生み出されたバラ水は、アジアをはじめ、ヨーロッパにも伝わりました。
散水瓶に入れられたバラ水は室内や衣服に散布され、バラの香りが漂う空間を演出するために使用されました。ヨーロッパ各地に広まったバラ水は、その後地域ごとの特色ある様々な散水瓶に入れられ、ヨーロッパ社会における香水に対する嗜好を高めました。

7.グース・ネック形バラ水散水瓶

(18~19世紀 ペルシャ)

首の長い水鳥を思わせるこのガラス瓶は、バラ水を空間に散布するために使用されました。湾曲した特徴的な首と口は、バラ水を散布するために工夫された形状です。
香り豊かなバラ水は、10世紀頃のイランで蒸留技術の発達とともに誕生します。バラの精油とともに生み出されたバラ水は、アジアをはじめ、ヨーロッパにも伝わりました。
散水瓶に入れられたバラ水は室内や衣服に散布され、バラの香りが漂う空間を演出するために使用されました。ヨーロッパ各地に広まったバラ水は、その後地域ごとの特色ある様々な散水瓶に入れられ、ヨーロッパ社会における香水に対する嗜好を高めました。

8.ポマンダー

(1690年頃│オランダ)

12世紀頃、中東地域よりヨーロッパに伝えられたポマンダーは、「琥珀のリンゴ」という意味のフランス語が語源になっています。ポマンダーとは、アンバーグリスやムスクなどの動物性の香料と、沈香などの樹脂系香料を練り合わせた香料とそれを納める金属製の装身具の事で、主に魔よけとして使用されました。
室内に吊るして使用するほか、ペストなどの伝染病が流行した際は、香りに浄化作用があると信じられ、様々な形態のポマンダーが、貴族や聖職者の間で流行します。
こちらのポマンダーは、内部が3つに仕切られ、3種類の香料を入れることができ、容器の表面には16世紀後半、オスマン帝国から伝わったチューリップが描かれています。栽培に適したオランダの主要な輸出品となったチューリップは、以後ヨーロッパで大流行。貴族たちの富の象徴とみなされ、香りの容器のモチーフによく使用されました。

8.ポマンダー

(1690年頃│オランダ)

12世紀頃、中東地域よりヨーロッパに伝えられたポマンダーは、「琥珀のリンゴ」という意味のフランス語が語源になっています。ポマンダーとは、アンバーグリスやムスクなどの動物性の香料と、沈香などの樹脂系香料を練り合わせた香料とそれを納める金属製の装身具の事で、主に魔よけとして使用されました。
室内に吊るして使用するほか、ペストなどの伝染病が流行した際は、香りに浄化作用があると信じられ、様々な形態のポマンダーが、貴族や聖職者の間で流行します。
こちらのポマンダーは、内部が3つに仕切られ、3種類の香料を入れることができ、容器の表面には16世紀後半、オスマン帝国から伝わったチューリップが描かれています。栽培に適したオランダの主要な輸出品となったチューリップは、以後ヨーロッパで大流行。貴族たちの富の象徴とみなされ、香りの容器のモチーフによく使用されました。

9.カメオ・グラス朝顔文香水瓶

(1870年頃│イギリス│トーマス・ウェッブ&アンドサンズ社)

何層もの色ガラスを重ね、表面にカメオ彫刻を施したガラス製香水瓶です。
カメオのような彫刻が施されたガラス器は、すでに古代ローマ帝国時代に制作されており、現在、大英博物館に収蔵されている「ポートランドの壺」は古代カメオ・グラスの名品として知られています。
1790年、ウェッジウッドが、その代名詞となるジャスパーウェアでこの名品を複製した事をきっかけに、カメオ・グラスのリバイバルが始まりました。
トーマス・ウェッブ&サンズ社はイギリスを代表するガラス工房の一つで、時代の流行に合わせ、新古典様式のモチーフや、ジャポニスム、アール・ヌーヴォー調の作品など、優れたガラス製品を多数制作していました。この朝顔文の香水瓶は、アール・ヌーヴォー期に制作された、トーマス・ウェッブ&サンズ社の香水瓶の一つです。

9.カメオ・グラス朝顔文香水瓶

(1870年頃│イギリス│トーマス・ウェッブ&アンドサンズ社)

何層もの色ガラスを重ね、表面にカメオ彫刻を施したガラス製香水瓶です。
カメオのような彫刻が施されたガラス器は、すでに古代ローマ帝国時代に制作されており、現在、大英博物館に収蔵されている「ポートランドの壺」は古代カメオ・グラスの名品として知られています。
1790年、ウェッジウッドが、その代名詞となるジャスパーウェアでこの名品を複製した事をきっかけに、カメオ・グラスのリバイバルが始まりました。
トーマス・ウェッブ&サンズ社はイギリスを代表するガラス工房の一つで、時代の流行に合わせ、新古典様式のモチーフや、ジャポニスム、アール・ヌーヴォー調の作品など、優れたガラス製品を多数制作していました。この朝顔文の香水瓶は、アール・ヌーヴォー期に制作された、トーマス・ウェッブ&サンズ社の香水瓶の一つです。

10.月光色エナメル彩香水瓶

(1890年頃│フランス│エミール・ガレ)

淡い青色のガラス地にエナメル彩によって草花文とトンボが描かれた香水瓶。エミール・ガレが「月光色ガラス」と命名したこのガラスは、酸化コバルトを発色剤として使用。1878年のパリ万博では、それまでにない新しい色彩が称賛されました。
この香水瓶が制作された19世紀後半のヨーロッパでは、万国博覧会などで日本の文化が紹介され、ジャポニスムと呼ばれる空前の日本美術の流行が巻き起こりました。この時期、ヨーロッパ中の多くの作家や工房が、日本趣味の作品を制作する中、陶磁器製造などで東洋の工芸に造詣が深かったガレも、日本のデザインを取り入れた作品を数多く手がけました。そして後に、草花や昆虫など、自然のモチーフをデザインに取り入れたアール・ヌーヴォーのガラス作品を発表し、ガラス工芸史にその名を刻みました。

10.月光色エナメル彩香水瓶

(1890年頃│フランス│エミール・ガレ)

淡い青色のガラス地にエナメル彩によって草花文とトンボが描かれた香水瓶。エミール・ガレが「月光色ガラス」と命名したこのガラスは、酸化コバルトを発色剤として使用。1878年のパリ万博では、それまでにない新しい色彩が称賛されました。
この香水瓶が制作された19世紀後半のヨーロッパでは、万国博覧会などで日本の文化が紹介され、ジャポニスムと呼ばれる空前の日本美術の流行が巻き起こりました。この時期、ヨーロッパ中の多くの作家や工房が、日本趣味の作品を制作する中、陶磁器製造などで東洋の工芸に造詣が深かったガレも、日本のデザインを取り入れた作品を数多く手がけました。そして後に、草花や昆虫など、自然のモチーフをデザインに取り入れたアール・ヌーヴォーのガラス作品を発表し、ガラス工芸史にその名を刻みました。

11.「リンゴの花咲く木」香水瓶

(1919年│フランス│ルネ・ラリック)

1920年代に入り、曲線的で有機的なデザインのアール・ヌーヴォーに代わって、幾何学的で単純なデザインの作品が生み出されるようになりました。その流れは1925年のパリ万博で決定的となり、後にアール・デコと呼ばれるようになります。
1919年に制作された、ルネ・ラリックの、リンゴの花咲く木香水瓶は、馬蹄形の蓋の形状や、瓶の波文様にアール・デコの特徴が見られる一方、蓋にはアール・ヌーヴォーの名残ともいえるリンゴの花といった植物がモチーフとして使用され、流行の転換期を象徴するような作品です。
化学合成による人工香料の登場により、より多くの人々が香水を手にすることができるようになった20世紀。ラリックのデザインした香水瓶も、機械によるプレス成型が用いられ、量産化が図られるようになりました。香水と香水瓶は、一握りの人だけの贅沢品から、誰もが手にできるものに変わっていきました。

11.「リンゴの花咲く木」香水瓶

(1919年│フランス│ルネ・ラリック)

1920年代に入り、曲線的で有機的なデザインのアール・ヌーヴォーに代わって、幾何学的で単純なデザインの作品が生み出されるようになりました。その流れは1925年のパリ万博で決定的となり、後にアール・デコと呼ばれるようになります。
1919年に制作された、ルネ・ラリックの、リンゴの花咲く木香水瓶は、馬蹄形の蓋の形状や、瓶の波文様にアール・デコの特徴が見られる一方、蓋にはアール・ヌーヴォーの名残ともいえるリンゴの花といった植物がモチーフとして使用され、流行の転換期を象徴するような作品です。
化学合成による人工香料の登場により、より多くの人々が香水を手にすることができるようになった20世紀。ラリックのデザインした香水瓶も、機械によるプレス成型が用いられ、量産化が図られるようになりました。香水と香水瓶は、一握りの人だけの贅沢品から、誰もが手にできるものに変わっていきました。

12.ラスター彩香水瓶

(1924年頃│ボヘミア│レッツ工房)

金属のような光沢を放つこの香水瓶は、ガラスの表面に金属酸化物を吹き付けるラスター彩と呼ばれる技法で着色されています。
ラスター彩ガラスは、風化して虹色に輝くようになった古代ガラスに着想を得た、アメリカのルイス・カムフォート・ティファニーが発明しました。その後、ボヘミアのレッツ工房は、「フェノメーン」と呼ばれる独自のラスター彩ガラスを制作、1900年のパリ万博でグランプリを獲得しました。
シンプルでエキゾチックな雰囲気を感じさせるこの香水瓶は、アール・デコの流行期に制作されました。蓋の左右にはアトマイザーチューブの取り付け口と、噴霧口こうがあり、当時の最新技術を生かした新たな時代の香水瓶となっています。

12.ラスター彩香水瓶

(1924年頃│ボヘミア│レッツ工房)

金属のような光沢を放つこの香水瓶は、ガラスの表面に金属酸化物を吹き付けるラスター彩と呼ばれる技法で着色されています。
ラスター彩ガラスは、風化して虹色に輝くようになった古代ガラスに着想を得た、アメリカのルイス・カムフォート・ティファニーが発明しました。その後、ボヘミアのレッツ工房は、「フェノメーン」と呼ばれる独自のラスター彩ガラスを制作、1900年のパリ万博でグランプリを獲得しました。
シンプルでエキゾチックな雰囲気を感じさせるこの香水瓶は、アール・デコの流行期に制作されました。蓋の左右にはアトマイザーチューブの取り付け口と、噴霧口こうがあり、当時の最新技術を生かした新たな時代の香水瓶となっています。

13.ラスター彩婦人文香水瓶

(1920~30年頃│日本│日本陶器)

ラスター彩により光沢を放つ陶磁器製の香水瓶。アール・デコ調の瓶の表面には、鮮やかな色彩で鹿鳴館スタイルを思わせる女性が描かれています。
制作した日本陶器は、1904年に輸出商社、森村組が名古屋に設立した陶磁器製造会社です。日本陶器で制作された陶磁器はアメリカに大々的に輸出され、現在それらは「オールド・ノリタケ」と呼ばれ、高く評価されています。
特に、1920年イギリスの女性デザイナー、シリル・リーを迎え展開した、ラスター彩をまとったポップな色調の陶磁器は、「ノリタケ・アール・デコ」と呼ばれ、今も愛されています。この頃、欧米では化粧品や香水メーカーが増加し、日本陶器でも数多くの香水瓶や化粧用品が輸出されました。

13.ラスター彩婦人文香水瓶

(1920~30年頃│日本│日本陶器)

ラスター彩により光沢を放つ陶磁器製の香水瓶。アール・デコ調の瓶の表面には、鮮やかな色彩で鹿鳴館スタイルを思わせる女性が描かれています。
制作した日本陶器は、1904年に輸出商社、森村組が名古屋に設立した陶磁器製造会社です。日本陶器で制作された陶磁器はアメリカに大々的に輸出され、現在それらは「オールド・ノリタケ」と呼ばれ、高く評価されています。
特に、1920年イギリスの女性デザイナー、シリル・リーを迎え展開した、ラスター彩をまとったポップな色調の陶磁器は、「ノリタケ・アール・デコ」と呼ばれ、今も愛されています。この頃、欧米では化粧品や香水メーカーが増加し、日本陶器でも数多くの香水瓶や化粧用品が輸出されました。