るろ剣時空で第二次聖杯戦争   作:武田観柳

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其之二

1

 

 

 時に幕末。動乱の只中に生まれし、或る一人の少女について此処で語ろう。

 姓を沖田と名乗り、平時なら女学生として過ごしたやも知れぬ青春時代のほぼ全てを棒振りに費やした少女には、かの人斬り抜刀斎にも劣らぬ剣の才が眠っていた。

 

 男ばかりのむさ苦しい剣客集団の中にあって尚、音に聞こえし鬼の副長が男装をさせてまで隊長格として扱う程には、彼女は武の神に愛されていた。

 

「は、はじめさん……!?」

 

 故に我こそは期待の故人。個人的にはそんな自己評価を下していた桃色髪の少女は、召喚されていきなりの驚愕に包まれることとなる。

 結核で肺を病み早逝すること幾星霜(せいそう)。死したのち、冥土の地で「座」なる存在から持ちかけられし胡乱な誘い。

 

『聖杯戦争』。その闘いは生前成し得なかった夢に再挑戦するチャンスそのもの。不審極まりない話にホイホイついていった彼女が、念願叶って招ばれた先に居たのは。

 

「……何をやってるんだね、沖田君」

 

 間違いない。気怠げな低い声。高い上背。無骨な得物。たとえダンダラ羽織を脱いで警()の格好をしていようと、歳経た年輪が幾分顔に刻まれようと、往時より持ち続けて久しい()()に些かの衰えもない。

 

 そう。「沖田」と呼ばれた彼女の眼前に佇む彼は、かつて元新撰組三番隊組長を務めた、天然理心流免許皆伝の人斬り。独特な構えより繰り出される左片手一本突きを必殺の技とし、幕末の剣林弾雨を潜り抜けた凄腕の剣客。恐らくは現在、この日の本で上位五指に入る剣腕を持つ男。

 名を…………齋藤、(はじめ)

 

「はじめさん!?なんですかそのカッコ!!?コスプレですか?それともイメクラ!?」

 

「見ての通りの公僕だ」

 

 相も変わらず事務的に、(かざ)した警察徽章を指で叩くのに併せるように。その制服と聖杯の加護で降りてきた知識で以って少女は実に電波、且つ偏った発言を行う。

 

「はじめさん……どうして政府の犬なんかに……あっ、てっきり偉いさんに尻でも掘られて調教され」

 

「沖田君、今の私は藤田五郎だ。()()の名は無闇に口外しないように」

 

「アッハイ」

 

 やべえ超怖い、ボケたらガンつけられた。話題逸らそ。取り敢えず隣の時尾さんにフろう。

 

「ご無沙汰ですねぇ、沖田さん。相変わらず可愛らしい」

 

 おっ、思った瞬間トッキーったらグッドタイミングゥー!

 こちらはこちらで夫に倣うように、驚きもせず楚々とした笑みを浮かべる奥方。すんなり順応しているあたりは、動乱の幕末を潜った人間ゆえの肝の座り方か。

 

「と、時尾さん……」

 

「事情は仰せ付かって居ります」

 

「私が言うのもなんですけど飲み込み早すぎません?」

 

 言外に主人が口数少ないのは仕様です、と言わんばかりだった。

 

「まあまあ、そうでなければこの人の女房など務まりませんよ。沖田さん折角遠い所から来て貰ったんですし、お茶でもお出ししますね」

 

 あっ超いい人だ変わってない。有り難えありがてえ。

 

「いいんですか頂きまーす!はじめさん、この家に玉露あります?」

 

「此奴には水で良いぞ、時尾。茶受けは俺が持ってこよう、オガクズを取ってくる」

 

「はい、貴方」

 

「ちょっとおお!?」

 

 やっぱり息ぴったりじゃねえかこのふたり。というか私……。

 

(あり?これ、喚んでもらったはいいんだけど……?)

 

 魔力の供給は現状で十分過ぎる程。「れいらいん」なるものもしっかり繋がってるようだし。魔道の鍛錬なぞした事ないだろう一さんからこれ程の供給が来るのは、一重に彼の才能故か。しかし。

 

(……もしかしなくても、お邪魔虫じゃない?私?)

 

 どうみても新婚っぽいしさあ。邪推せずともそう思わざるを得なかった沖田総司、言わずとも未婚の女である。

 

 

 

 2

 

 

 

「かーっ!久々の娑婆で飲む茶は格別っすわー!!ねえはじめさん!?」

 

「一杯飲んだら座に帰れ」

 

「塩対応!」

 

 召喚より三〇分後。ブタ箱出たての元囚人みたいなクダを巻き始めた少女に対し、遠慮ゼロの返答で応じる斎藤。そういえば闘いの時以外は大体こんな奴だったな、と密かに嘆息。にしても緑茶で酔えるとは才能の塊だ。

 

「ところで」

 

「ほへ?」

 

「何故今回、こんな奇天烈な誘いに応じたんだ?」

 

 むぐむぐと、遠慮なしにカステラをパクついている沖田に問う。「長崎あたりで流行っている」という海外由来のこのお菓子、時尾曰く「女子受けが良い」逸品らしい。とっくに成人しているのに未だ女子と言い張るのはよく分からないが、触れないでおいたほうが賢明だろう。

 

「いやあ、帝都で牛鍋たらふく食べるまでは死んでも死にきれない……って冗談です!眉間にシワ寄せないでください!」

 

「元々こういう顔だ」

 

「えーマジ卍。美人の嫁さん貰っといて、なんで昔と同じしかめ面してんですか?幸せが逃げますよ?」

 

「本題に入れ」

 

「まあまあ、沖田さんもお上手ねえ。白かりんとうもオマケしてあげるわ」

 

「わあい時尾さんすこ、良さみが深い」

 

 沖田女史、語彙力が詰んでいるが仕様である。悪しからず。

 

「………………」

 

 思わず無銘の錆にしてやろうかと思ったが、女房が美人と言われ喜んでいたので取りやめた齋藤だった。

 

 

 

 3

 

 

 

 …………私の願いなんて、もう叶ってますよ。

 

 

「願望器に、願うことがあってきたんだろう?」。……そう静かに問うた斎藤に、沖田は短く一言返す。

 躊躇いを飲み込み、煩悶をとつとつと。湯呑みを置いて、伏し目がちに。

 

「……また一緒に、かつてあの旗の下に戦った同士たちと肩を並べたい。私の願いはそれだけです。だから……一さんが傍らに立ってくれれば、もう叶っちゃうんです」

 

 志があった。無学な田舎娘でも、剣一本で市井の人々を救える。そう思っていたのに、たかが肺病で全てを奪われた。才能と努力とそして……後悔で、彼女の剣は彩られていた。

 乾いた口を湿らせるように、お茶を無理矢理流し込む。温い。今際の際に副長が淹れてくれた茶も、こんな温さだったなあと思った時。

 

「…………ならば、再結成といくか。新撰組の」

 

 俯いてほぞを噛む沖田の頭上に、齋藤の声が投げかけられた。

 

「…………え…………」

 

 目を上げると、獰猛にニヤリと笑う彼の顔。

 

「……再結成、って……この明治のご時世にです、か?」

 

「いいや。既に組んでいる」

 

 隊士同士、俺と貴様の仲だっただろう。それ以上の言葉は、もう要らなかった。

 

「浅葱色の段だら羽織、用立てておきましょうか?」

 

「時尾」

 

「はいはい、分かっておりますよ」

 

 奥方が上品にクスリ、と笑う。彼らの眼には、たとえ艱難辛苦を被ろうとも、前を向く光が宿っていた。

 …………なんて、なんて真っ直ぐな人達なんだ。この人達が居てくれるから、この国はまだ保っている。死んでも大丈夫だったと、護り通したモノは間違いではなかったと、そう思えた。

 

 (だから、この戦いが終わったら私は歌舞伎でも見に行こう。若しくはお伊勢参り。東照宮でも可)

 

 既に銃後の観光をメインに考えている彼女は機を見計らい、今度は自分から切り返す。真面目くさったポーカーフェイスは中々得意だ。なぜって出来ないと副長にめちゃめちゃ怒られたから。

 

「……私からも、伺いたいことが」

 

 聞きたかった積もる話はまだまだある。中でも最大のものが。

 

「……抜刀斎は、息災ですか?」

 

 玉露で湿らせた舌の根も乾かぬままに、一言。

 緋村抜刀斎。忘れもしない、幕末の京都で相対した、人生最強の仇敵。あの男たった一人に、一体何人もの隊士が屠られていったことだろう。意図せずとも三者を取り巻く空気が、一気に剣呑なものになる。

 

「…………恐らく、な」

 

「断定しないとはらしくないですね、はじめさん」

 

「なんだ、アレに懸想でもしているのか?」

 

「なわけ。はじめさんこそ未だにお熱なんじゃあないですか?」

 

「阿呆」

 

「あーまた人のこと阿呆ってゆー!時尾さんにいつか愛想尽かされますよそーゆーことばっか言ってると!」

 

 そこまで述べた沖田、何かを思い出したように継ぎ足した。

 

「あっ、そうだ(唐突)、時尾さんと言えば見ましたよ、八重の桜!アレめっちゃ面白かったです!銭ゲバN○Kもたまにはいい仕事するんですねえ、うんうん」

 

「は、はあ……?」

 

 妙ちきりんな事を言われた時尾の頭にハテナが沢山浮かんでいる。無理もない。この沖田という少女、不思議発言を飛ばして局長や新八あたりを困らせていた頃と、内面は変わっていないのだから。

 

「……俺には兎も角、時尾にはまともな日本語で話せ」

 

 コイツといると吸う煙草の本数が増える、と齋藤は心の中で独り言。悪人ではないし悪意はないのが救いだが。

 ただそれはそれとして、いつまでも茶を啜ってばかりではいられない。時間は約二週間。短期決着で勝負を付けるが必定なのだ。ゆえに。

 

「それから…………」

 

 言葉に合わせ、前触れもなく飛び切りの剣気をぶつけた。

 

「……小手調べは、させてもらうぞ」

 

 無論、沖田にのみ向けて。

 

 

 

 4

 

 

 

「……ッ!!」

 

 あくまでブラフ。殺す気はない。仲間と分かっている。とは言え沖田、思わず後方に跳びのき、気付けば柄に手を掛けていた。

 

「ほう」

 

 これに齋藤、思わず瞠目。座り抜刀の姿勢を瞬時に取ったあたり、全盛期の剣腕とみて間違いない。肺に宿していただろう、痛みを気にした素振りすらない。かつてかの剣豪・宮本武蔵に匹敵すると評されたあの頃と、全く同じ挙措動作。

 

「…………試したつもりですか、隊長。奥方を未亡人にする御予定で?」

 

 一方の沖田、眼を半眼にし鯉口を覗かせる。返答違わば、此処で撫で斬る。曇りなく純粋で色濃い殺気は、成る程かつて隊内最強と謳われただけはある。

 ……ところが、挑発された齋藤はというと。

 

「……ク、ハハハ……!……いやあ、すまない済まない。怪しげな聖杯とやらに、この点()()は感謝したくてな」

 

「…………え、ええ?」

 

 哄笑。どころか懐かしい……いや、嬉しくて堪らない、と言った容貌で、齋藤は破顔。

 

(……まさか、またこんな沖田君を拝めるとは)

 

 記憶は暫し、京都の昔に立ち戻る。

 それは、まだ御一新が陽の目を見る前のこと。

 不治の病であった結核末期の彼女は、正直言えば……見るのも居た堪れない様相だった。

 吐血を頻繁に繰り返し、剣を振るどころか外出にすら一苦労する有様。美しかった面立ちは力無い笑顔を貼り付けるだけになり、天真爛漫を体現していた眼は光を失っていった。話すのも辛いのか、見舞いに行っても二言三言で終わることすらあった。

 やがてまともに歩くこともままならなくなり、土方副長に縋り付き声を殺して泣いていた、あの頃。ソレが、まるで嘘のようだ。

 

「俺は敬虔深い人間ではないが、神に供物でも捧げたくなったさ、今この瞬間に」

 

 さて。嘘みたいなもしもが本当になったなら、もうやる事は決まっている。

 

「隠り世から甦った天才の剣が再び此処にあるとは、正に天佑である、と思ってな」

 

 思わせぶりな齋藤の口調に沖田、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「待ってください!絶ッ対オチつけますよねぇその褒め方!?」

 

「大したことではないさ。……一手、御指南願っていいかな、沖田君?」

 

 有無を言わさぬ隊長スマイルが、かつての後輩を捉えた。

 

 

 

 5

 

 

 

 御指南。すなわち仕合。即日を要望した齋藤の般若の笑顔に負けたのか、警視庁の道場内部を借りた仕合は、時尾立ち会いのもとで行われることとなった。

 道場に居た警官らは川路に頼んで人払いをしてもらい、今は三人だけである。

 

「再開して直ぐにいきなりおっぱじめるって、何つープレイですかはじめさん?ワンチャン不倫ですよ?離婚案件ですよ?」

 

「直ぐに終わるさ、問題ない」

 

「直ぐ?……小手調べ、ってことですか?」

 

「いいや、腕が鈍っていないかを見たいだけだ」

 

「私の?」

 

「いや、俺の方さ」

 

 ブーツを脱いだ沖田が、足袋のまま剣に手を掛ける。同時、齋藤も上着を脱ぎ捨て抜剣。準備はお互い整った。

 無論、互いの得物は金属製。更に当然抜き身。この二人の本気の打ち合いに、官品の竹刀・木刀如きの強度では耐え切れない。

 

「遠慮はいらんよ、沖田君。それなりに鍛えているんでね」

 

 かの名刀工・新井赤空の作ったとされる刀ふた振り。銘も潰され、刃も潰された剣の死体はこの日、新政府に接収されて初めて陽の目を見ることとなった。

 

「……へえ、それじゃあ……」

 

 とーん、とーん。台詞を受けた沖田、柔軟とばかり脚を膝から下だけ交互に跳ねさせる。後世にて「縮地」と呼称される独特な歩法、その原型を会得していた、彼女特有の挙措の起こり。

 アレが来た、……ということは。

 

(……来る……!)

 

 空気の変化をざわり、と感じる。京都で幾度も味わった、猛者だけが持つ剣気が彼女から漏れ出している。殺気。アドレナリンが空気中に溶け出し、剣呑な氣が鼻腔を刺す。

 

 轟ッ!!──瞬きひとつの間に気付けば、銀の煌きが迫っていた。

 

 

 

 6

 

 

 

「────ッッッ!!!」

 

 一閃。音を置き去りにする勢いの抜刀攻撃が、旋風と共に飛んできた。脳が知覚するまでもなく、身体に染み付いた超反応が凶刃を妨げる。

 

「そりゃあ撃ち返しますよねえ、この程度ッ!」

 

 ギィィンッ!!金属と金属がぶつかり合う鋭い音が耳朶を打つ。常人ならば趨勢を決するはずの一太刀に、しかしお互い余裕の表情。膂力の拙さを歩法と体重移動で巧みに補う彼女の絶技は、どこまでも実践本位の暗殺剣。

 

(このヒトと一戦交えるなら、間合いの短さが私の欠点!だから「牙突」を撃たれる前に、刺突で先んじて懐に侵入りこむッッ!!)

 

 

 牙突。齋藤の放つその片手一本突きは、彼の剣腕もあって文字通り必殺の技。悪戯に間合いを取ればそこが己の死地となる。沖田が神速の抜刀術たる一撃目を繰り出したのは、ひとえに距離を詰める為。防がれるのも織り込み済み、真打ちは此処からだ。息つく間もなく撃ちまくる。一撃目、刺突──回避。二撃目、袈裟斬り──回避。上段からの唐竹、回避。薙ぎ払い────

 

「覇ァァァァッ!」

 

 ────同時。

 

 火花飛び交う剣戟の応酬は、尚も止まらず緩まず継続。摺り足をしつつ正中に叩き込もうとする沖田。が……幕末(あのころ)と変わらずこの男、隙を全く見せてくれない。

 

(……サーヴァントである私と、真っ向打ち合って一歩も引かないッ!?マジカル八極拳でも修めてんですかこの人ッ!?)

 

 思考の一方手も緩めず、平刺突の構えで潜り込む。かの鬼の副長が考案したこの妙技、沖田も終生得意とした技である。

 剣理に従い発生した、何度目かの鍔迫り合い。が。

 

「読んでいたさ、此処までは」

 

 フッ、と齋藤、敢えて脱力。自然、凶刃が袈裟斬りの格好で、齋藤に侵入りこ……まない。

 

「掴んだぞ?」

 

 ガシィ、と沖田の刀身が大きな手に掴まれる。峰だけを器用に掴み、刀身に添えるように無銘の刃が滑り込む。

 

「ッッとッ!」

 

 マズい。咄嗟に刃を回転させ、巻き打ちに持ち込んで回避。距離を置いてからの……

 

「ちぇい、さーッッ!!」

 

 ……逆袈裟ッ!

 

「!」

 

 今度は齋藤が防戦一方。叩き込まれた一撃の強さに、剣越しに手がビリビリと震える。

 

(姿形は昔と変わらん。だと言うのにこの膂力……これがサーヴァントとやらの恩恵か)

 

 高密度・高純度の魔力で編まれた身体を持つ霊体。ソレゆえか、全体的に力が底上げされている。記憶の中の彼女より、一撃一撃が重い。膠着を打破するには大技しかない。瞬時の判断を下した餓狼、剣を待った左腕を高く掲げ、剣先へ添えるように右の五指を突き出す。名乗らずとも理解るその姿勢に、沖田の顔が強張っていく。

 

(いきなり奥の手!?なら……)

 

 こっちも奥義をぶっこむまで。上半身の発条が躍動するのを目端に捉え、利き脚を前へと送る。果たして。

 

「無明……」

 

 桜の糸を振り乱す、小柄な少女と。

 

「……三段突きッ────!」

 

 眼光鋭く狙いを定める、長身痩躯の狼。

 

「────牙突」

 

 並み居る敵を一息で絶息させてきた、かつての同士達。幕末を潜り抜けた猛者の刃が、予断許さぬ裂帛の闘志と共に、交錯した。

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