るろ剣時空で第二次聖杯戦争 作:武田観柳
1
時に、一九世紀も末の頃。真昼の帝都東京は、折からの篠突く雨に湿気ていた。
「……して、要件はそれだけでしょうか。川路総長」
旭日が、物憂げな雲へ隠れる昼日中。落ち着き払った妙齢の男の声が響く、真新しい
明治を迎え、早や数年の刻を経た大日本帝国は首都・東京。かつての大名屋敷を借り受けた、急拵えな建物の一室でぽつり、と述べた警官の、おそらくは上司であろう男への誰何に対し。
「…………ああ、以上が概要だ、藤田君」
ややあって答を返した「川路」なる人物から、「藤田」と呼ばれたその男。
まるで────御一新を迎えた平和な東京府の中にあって一人、幕末動乱の京都より抜け出てきたかの如き、覇気を漂わせる御仁であった。
この時代の平均より、頭抜けて高い背丈。一分の隙無く鍛え抜かれた頑健な体躯。総身を官憲支給の糊の効いた制服に覆い、漏れ出す眼光はさながら、野に放たれた餓狼が如く。オールバックに撫で付けた黒髪からは、二、三束の前髪が目にかかっている。
懐に納まるは舶来の紙巻き煙草と、懐古趣味でもあるのだろうか、ライターではなく古式ゆかしい
「成る程。では今般の件でお上の出足が遅いのは、不平士族共のガス抜きに手間取っているから、と?」
何処かシニカルに、先程までの会話をそう纏めてみせた。
男達が日夜業務にあたる警視庁・鍛冶橋第一次庁舎もまさしく、波濤の様に押し寄せる近代化を象徴する事物の一つ。が、この藤田なる男はそんなもの、一顧だにしないようである。証拠がぶら下げた時代錯誤の
さて、旧津山藩の藩邸を改装した庁舎には、着物を捨て髷を切り落としたかつての侍達が詰め込まれ、みな慣れぬ洋服を着てデスクワークに勤しんでいるのであるが、勿論この男二人もその先駆けである。野郎二人の殺伐とした会話は尚続く。
「……その通りだ。先月までのかの佐賀の乱の鎮圧にかかった費用もあって、国庫は火の車でね。軍人遺族への恩給や、国内の厭戦気分も加味すれば暫くは軍を動かせない。具体的には最低でも半年ほどか」
「そして、容疑者の裁判と再発防止策の検討に、
「御名答。もっとも首魁の江藤新平らは恐らく死罪だろうな。全く、よりによって列強の動きがキナ臭いこの時期によくもやってくれたものだ…………」
苦虫を噛み潰したような表情の川路、暫し沈黙。
一方でなるほど、泣きっ面に蜂の状態か、と藤田も黙考。財政の話を持ち出されれば、一介の公僕に甘んじている彼とて、未だ繊維業くらいしか売り物がないこの国の窮乏は理解している。
国内産業の重工業化どころか、憲法も政党内閣も持たぬため、近代国家の体裁すら整わず、常備軍はよちよち歩きで這い出したばかり。隣国たる清の情勢が不安定なことを鑑みても、国軍整備と重武装化は焦眉の急。であるに兎に角、負債ばかりで資産がない。ついでに言えば元より大した資源もない。それがこの明治の日の本の実状だ。
現代日本とは真逆の、極東の貧乏債務国家の姿がそこにはあった。
「済まない、愚痴になってしまったね。話を戻すが、結論から言えば……ぜひ受けてほしいのだ、此度の任」
「公務ならば、そもそも否やはございません」
気を取り直した川路へと、通り一遍の如何にもな官僚答弁を述べておく。無論、そんな答えを川路が聞きたい訳でなかろうこと、百も承知だ。
「助かるよ。もっとも先般の一斉検査の結果、『魔力』なるものを持っているのが君一人だけとは、我々も流石に予想外だったけれどね」
……何やら不穏当な言葉が出てきたが、此処では一先ず置いておこう。
「魔力、ですか。最初に事の仔細を伺った時は、
一度途切れた会話に、何だね?と川路は先を促すと。
「良いのですか?
まるで、上司を試すかのように藤田は返した。
『賊軍』。すなわち嘗ての会津藩側に立ち、戊辰の役を戦った事もある彼は、官軍たる薩長土肥のいずれにも属さぬ、幕府側の人間であった。ゆえにこそ自分達は少なくとも、向こう半世紀は冷や飯喰らいの立場だろう、と覚悟していたのだ。実際に徳川二六四年の治世では、関ヶ原の戦で敗けた毛利の系譜たる萩、長州など特に日陰者だった前例が有るのだし。
他方、落ち着き払った川路、この問いににべもなく「関係無いさ、このご時世に」と言い切った。
「良いとしか言い様がない、という方が適切かな。この『聖杯戦争』なる争いを制し、以って我が国の安寧秩序を乱す輩を取り除く。それが、今般君に頼みたいことの全てだ。現状で軍が動かせない一方、事態は風雲急。よって警察力で解決するしかないのだからね」
軍は出せない。よって我々の出番。そして出自は関係ない、と言いたいのか。判断した藤田は、話にそのまま乗る事にした。
「……然して『魔力』とやらを有するのは今のところ府警に私しか居ない。そのため白羽の矢が立った、と」
「応とも。そして……」
その時川路は一度己が居住まいを正し、まるで懺悔に赴く敬虔な信徒が如く、ある事を切り出し始めた。
────実はかのかしこきお方も、この騒ぎを憂いておられるそうだ。そして君が会津に与していたことも、かのお方は勿論知っている。
2
かのかしこきお方。この台詞には、流石の藤田も一瞬瞠目。刹那、目を瞑り、再び開眼した彼が発したのは。
「ほう、つまり…………」
これは──『勅命』であるのか。
「今一度問おう。やってくれるかね?」
そう言う川路の顔は、まるで苦虫を噛み潰した様であった。卑怯な物言いと分かってはいるのだろう。宮中より発せられた御言葉となれば、志ある武士ならば拝命する以外にない。知った上で問うているのだ。
しかし、聞かれた当の藤田が考えていたのは全く違うことだった。
(……俺を元賊軍の輩と知った上で、か。……成る程、今代の帝は中々に、戦略と統治のイロハに長けている様だ。傑物とは漏れ聞こえていた、が…………)
風の噂で聞いたことがある。いわゆる「賊軍」出身者への就職難や差別が蔓延る日本の現状を、今上の帝は決して好意的に覧ていない、と。それどころか、公に「賊軍御放免」の詔まで出そうともしていたらしい。上下心を一つにせよ。その指針に寸分違わぬ事を成さんとする、志の発露なのだろうか。
(…………良いだろう)
自ずと答えは浮かんできた。臣民として、警察として、そして嘗て佐幕開国の志の下、剣を振るった男として。腹に括った返事は一つ。
「承知」
僅かに一言。それきり藤田は、まるで此れから朝餉でも食べに行くかのような気楽な調子で椅子から腰を上げた。暗に、会話をここで打ち切るとの意だ。
「……ありがとう」
礼を言う総長の声音からは、何やら沈鬱なものが漂う。部下一人に大役を押し付けることに、良心の呵責を感じているのだろう。まったく公僕を務めるには、いささか人が良すぎるきらいがある。
もっとも藤田、「せっかく新婚だというのに」、と川路が発した後半部分は聞かなかったことにしたが。
さてそれきり話は済んだとばかり、藤田はくるりと身を翻す。
ボウ、と昏い闇の中、朧げに光る
「ご心配なく。この藤田五郎、任されたからにはその務め──」
睦月の折に出来たばかりの新米官庁にして、にわか仕込みの新米警官が大半を占める警視庁。
未だ虎の皮を被った羊の溢れる組織にあって、ただ一人紛れ込んだ歴戦の餓狼。果たして高揚からか決意からか、その
「──必ずや、果たして御覧にいれましょう」
3
「……それが、新婚の人間に与える初仕事、と?」
「そう言うな。二週間程度で終わるさ」
「貴方が仰るなら、私としては味噌の付けようは御座いませんが…………」
警視庁官舎から徒歩数分程の和邸宅。一角の土蔵にて交わされる一組の男女のそんな会話は、およそ色気とは無縁なモノであった。
色白の肌に華奢な体躯、さらさらと流れる薄墨色の髪に、楚々とした雰囲気。全霊で品の良い印象を余人に与えるこの奥方、およそ傍の武人らしさ漂う男と比べると、誠に良家の令嬢然としている。
それもその筈、彼女はかつて元会津藩の祐筆にして、詩歌を詠い古典に通じ、茶の湯や書の心得もある武家のお嬢様であったのだから。
……尤もそんな身分の人間が、現在はこんな無愛想極まりない狼の擬人化みたいな男とくっついて夫婦をやっているのは、げに世の中とは分からぬものであるといえる。
ただこの二人、当時の時世に珍しく、恋愛結婚だったとだけは付け加えておこう。
「……フン、大体こんなところか」
女房の様子をさて置き、ざり。と、やはり舶来品の白チョークで以って、藤田は木目の床に何やら複雑な紋様を手早く描いて行く。警官がそんなことをしていれば、すわ事故現場の検証中か、とも思うがあいにく異なる。
英霊召喚。その下準備の為の魔術儀式であり、座より「崇高なる存在」とやらを現世に招く、セレモニーの一種なのである。
さて存外に手先の器用なこの男、気付けば指南用に貰った紙にある見本と寸分違わない、やけに丁寧な召喚陣をそそくさと作成していた。
「あとは……『触媒』とやらが要り用だそうだ」
「手元にあるのですか?」
「無論用意した。コレだ」
懐から何やら取り出したモノは、折り畳まれた浅葱色の布切れ。広げていくにつれ、その全容は徐々に明らかになっていく。
「……それって……!」
息を呑んだ妻が瞠目したのも無理はない。何故なら其処にあったのは亭主がかつて属した、幕末最強と恐れられしとある剣客集団の掲げたシンボルマーク。
誠の一字が鮮やかに染め抜かれた、浅葱色の隊旗であった。
「徹頭徹尾馬鹿馬鹿しい話だが、もしこの戦いで妙な連中相手に共闘するなら気心の知れた奴が良い。……となると、
寝てるトコロを悪いが、もう一踏ん張りだけ働いてもらおう、とな。彼ら戦友の眠りを妨げることに思うところは多々あるが、それでも藤田は努めて冷静に述べた。
同時に脳裏に浮かんだのは、かつて同じ旗を掲げ、共に戦った同士達の若き日の姿。殉じた彼らを無理矢理引っ張り出すのは抵抗があるのも事実。墓荒らしと、やっている事は大して変わりないのだから。
しかし、現状ではこれ以外、「異形」と闘う術がない。無論藤田自身も腕の立つ一流の剣客だが、それでも戦力が不足している。
嘗ての敵──緋村抜刀斎については、風の噂では流浪人とやらを始めたらしく行方知れずであるし、生き残りの戦友たる永倉らも同じく消息が掴めない。「戦争」の時間的に間に合わないのだ。
(……尤も、この奇怪な儀式自体、胡散臭いとしか俺には思えんが。それに……)
加えて藤田は川路から渡された手引きに記された、幾分長めの詠唱とやらに顔を顰める。
「こんな仰々しい文句なぞ、俺の趣味とは相容れんな」
それでも入り用は入り用。魔術師というのは、存外に鯱鉾ばったものらしい。お堅い形式にばかりこだわる連中とは終生分かり合えそうに無いな、と何となしに感じる藤田である。
不本意ながらも仕方なく幾分低めの声で詠唱を始め、つっかえずに最後まで言い切る、と。
「…………抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
途端。何の変哲もないチョークで記された筈の円陣より、裂帛の気が立ち昇った。
ブワ、と魔法陣を中心に、局地的な台風でも発生したかの如く吹き荒れた、エネルギーの塊。そこから高密度の魔力が噴出し、やがて人型に収束していく。
俗に霊基と称されるその迸りが収まると、現れたのは──
「待ってましたぁぁァ!!!新たな型月のドル箱こと、桜セイバー只今見参ッ!そして間髪入れずに様式美ィ!それじゃあいきますよぉー!『問おう、貴方が私のマスターか?』…………って……」
そこまで言って人差し指をこちらにむけて固まったのは、桃色髪に溌剌とした喋りが特徴の、やけにハイテンションな少女だった。しかも、この藤田という男にとって非常に見覚えのある顔をした。
数秒ほど呼び出した側と呼び出された側、互いに絶句したのち(片方は真顔)数秒後。
「は、
「……何をやってるんだね、沖田君」
藤田の口から出た言葉は、割と辛辣な口調だった。
帝都を巡る「異聞」の聖杯奇譚、此処に開幕……するかもしれない?