清里の駅前の様子(2022年、筆者撮影)

1980年代に小・中学生だった人たちにとって、山梨県にある「清里」は憧れの場所だった。「おしゃれタウン」として、その名をとどろかせていた。

テレビで人気の芸能人が次々にお店を出して、行列で並んでいた。世はバブルでギラギラとして楽しそうだった。

うちの父親はそういう浮ついたブームが大嫌いだったし、そもそも親と行ったって楽しくはないだろう。当時、結局行くことはなかった。

「いつか清里へ……」

などと思っていたら、あれよあれよと言う間にバブルは崩壊してしまい、国内旅行より海外旅行が人気になって、いつの間にか忘れてしまっていた。

清里も、バブル崩壊とともに衰退の一途をたどったようだ。ネットではその雰囲気から、「メルヘン廃墟」などと言われたこともある。

少し前に、そんな清里を訪れてみた。現在の様子をリポートしよう。

40年近い年月が流れ、世の中はずいぶん変わったが、清里は意外なほど変わっていなかった。

メルヘンで華やかな見た目の外観の建物が並ぶ

東京から清里へ行くのはなかなか大変で、新宿からだとあずさ13号を使って、まず小淵沢駅へ。そこで山梨県の小淵沢と長野県の小諸駅を結ぶJR小海線に乗り換えて、約2時間半、5650円かかる。ようやく清里駅に到着だ。

ちなみに清里駅と隣の野辺山駅の間には、標高1375メートルとJRで最も標高が高い場所があり、電車はそこを通ることになる。標高が高いので涼しくて、訪れたのは6月だったのに、すごく寒かった覚えがある。盛夏以外はちょっと何か羽織って行ったほうが良い。

清里駅の駅前は観光地らしい華やかな雰囲気だ。蒸気機関車やカラフルなバスが展示してあり、植物が植えられている。

かつて小海線を走っていた蒸気機関車が展示されている(2022年、筆者撮影)

カラフルなバスも、かつて使用されていた型のもの(2022年、筆者撮影)

ただし、人通りは全然なかった。

お店はズラッと並んでいるのだが、開いているお店はコンビニを合わせて数店舗。シャッターが閉じたままのお店が多い。

藤子・F・不二雄がSF短編などで描くような「人がいなくなった世界」を歩いているような、心細い気持ちになった。

駅前にある「清里高原観光案内所」で話を聞くと、

「ここには昭和がたくさん残っているよ。ただ写真撮ってると地元の人にはいい顔されないかもしれないけど」

と笑いながら言われた。たしかに、自分が住む街に廃墟写真を撮るために来られたら、ムッと来ると思う。申し訳ない。

町並みには、バブルの頃の明るく元気でチープな雰囲気が色濃く残っている。緑色のパステルカラーのお城のようなお店や、『Dr.スランプ』に登場する喫茶店「Coffee Pot」を彷彿とさせる大きなミルクポットの形をしたお店もある。

緑色のお城のような形をした建物(2022年、筆者撮影)

ミルクポットの特徴的な外観。現在はきれいに塗りなおされて、復活している(2022年、筆者撮影)

時代が昭和で止まっているようで、泣きそうになってしまう。

ただ、実はこのミルクポットの形をしたお店、その名も『MILKPOT』は現在、復活して営業をしている。だいぶ前に閉店していたようなのだが、昨年新装オープンしたのだという。

綺麗に塗り直しているが外観はそのまま。ソフトクリームや、牛乳などコーヒーポットらしいメニューを楽しむことができる。また昭和レトロな食器の販売をしている。ただ、夏は水木、冬は月火水木が定休日なので気を付けてほしい。

タレントが出した店も

ディズニーのような木の精と大きなキノコの造形物があるショッピングモールもある。

ショッピングモール跡地に設置されていたオブジェ(2022年、筆者撮影)

いや、あった。ショッピングモールはすでに閉業していて、施設の周りは囲われて、訪れたときはサバイバルゲームのプレイゾーンになっていた。本物のショッピングモールで、サバイバルゲームができるならそれは楽しいだろうと思ったのだが、このプレイゾーンも2023年に閉鎖されていた。

今はどうなっているのか分からない。取り壊されずになにかの施設になってくれたら嬉しいのだが……。

ファミリーマートの前に置かれた牛の像も実は昭和の物らしいし、レンタル自転車屋の看板、「おみやげはぬいぐるみが一番ヨ!」と書かれた『星の王子さま』という看板も昭和っぽい。

ファミリーマート前に置かれた牛の置物(2022年、筆者撮影)

色褪せた看板も(2022年、筆者撮影)

歩いていると、「北野印度会社」のカレー屋さんが入っていた建物があった。ビートたけし(北野武)の出店したカレーのお店だ。

当時は、軽井沢、清里、嵐山、河口湖、山中湖、仙台、ハワイ、とたくさんのお店を出店していたが、今でも店舗が遺っているのは清里だけだと思われる。

1階部分は当時の物がそのまま置かれている。建物はすでに使われておらず、経年劣化で装飾などが壊れてきていて、廃墟感が増している。

廃墟と化した建物、2階の窓に「北野印度会社」の名前が見える(2022年、筆者撮影)

店の中はオシャレといえばオシャレなのだが、シンプルな店の作りだった。壁に貼ってあるのもオシャレな外国のポスターだった。

手書きで「特製ビーフシチュー1500円」という小さいポスターも貼られていた。40年前で一皿1500円は、なかなか攻めた値段である。今でもちょっと躊躇する。

この話をSNSでつぶやいたところ、行ったことがあるという人からレスポンスが来た。

「高い値段の割にめちゃくちゃ不味かったんだよ! そりゃ潰れると思った」と教えてもらった。

それでも一度食べてみたかった。

昭和に青春時代を送った人は胸にくる光景の清里駅前だったが、実は清里の人気が全くなくなってしまったわけではない。とにかく「駅前」の人気がなくなってしまったのだ。

清里は別荘地であり、別荘を持っている人の多くは、自動車を持っているし、自動車で移動する。わざわざ何時間もかけて電車で来る人が、いなくなったのだ。

だから少し離れた場所にいくと、人で賑わっていた。駅から少し離れた場所にある清里高原の観光エリア「萌木の村」は、閑散期にもかかわらず何人も客がいた。

オープン50年を超えた老舗のレストラン「ROCK」をはじめ、本格的なバー、カフェ、オルゴールミュージアム、ホテルなどのお店が並ぶ。高原リゾートである「清里の森」もレストランや工房が開いていたし、牧場しかないような場所にも人気のレストランが点在していた。

駅前を離れると「人気のなくなった清里」というイメージはなかった。

高原リゾート「清里の森」(2022年、筆者撮影)

駅からかなり離れた場所に「清里レストラン&コテージ睦」というお店があった。名物は「うわさのク・ソフト」。便器の上に茶色の物体が書かれていてハエが飛ぶイラストが書かれていた。

のぼりには「開★うんク・ソフト」と書かれている。小学生みたいなセンスなお店で、思わず立ち寄ったのだが、意外にもものすごく綺麗な店内だった。

思わず目を引かれたのぼり(2022年、筆者撮影)

山梨県の名物の『湯もりほうとう』を頂いた。平たい麺と薄切りにされた大根が竹のたらいの中に入っている。お椀に出汁が入っているのだが、素揚げされた野菜や山菜がたくさん入っていて、美味しかった。

問題の『ク・ソフト』は和式便所風入れ物の上に、チョコレートソフト。ご丁寧にかりんとうが刺さっていた。さすがに食べるのに抵抗があったが、食べたらもちろん美味しいソフトクリームだった。

見た目はちょっと…だが(2022年、筆者撮影)

店員さんに話しかけられて、駅から50分かけて歩いてきたと伝えるとずいぶん驚かれた。普段からよく歩く人間なので、別に平気だったのだが「駅まで車で送りますよ!」と言ってくださったので、申し訳ないのだが甘えさせていただいた。

車内で、お話を伺った。お店ができた40年近く前はすごい活気だったという。

「すごいにぎわいでしたよ。夏はもちろん大賑わいなんですが、冬もスキー場ができたので大勢が押しかけてました。清里ライン(国道141号)はいつも大渋滞でした。やっとたどり着いても駐車場が満車で停められなかったり。結局スキーできずに帰った人もいたそうです。そんな嫌な思いしたら、もう来てくれなくなるんじゃないだろうかと心配していました」

ただ活気が減った今が嫌だというわけではないそうだ。

「のんびりしていていいですよ。ただ、銀行が撤退して、酒屋もスーパーもない。ちょっと不便ですね」

ただコンビニはあるので、なんとかはなる。

自動車は必須だと思うが、ただそれは地方で暮らすなら大体そうだろう。

昔のようなにぎわいはなくなってしまった清里だけど、そもそも住人だったり、別荘を使っている人にとっては、タレントショップ目当てに人がわらわらとやってくる状況はそんなに嬉しいものじゃないかもしれない。

現在でも、別荘地としては人気だし、美味しいレストランや爽やかな観光地はたくさんあるので、気になる人はぜひ遊びに行ってみてほしい。

(村田らむ)