7月のオリンピック開会式の数日前、落書きだらけのパリの歩道に奇妙な光景が現れた。オーベルヴィリエの北郊にある橋、ポン・ド・スタンの下に、レゴブロックのような形をした巨大なセメントブロックが、40個ほど整然と並べられたのだ。この橋は、スタッド・ド・フランスとパルク・デ・ナシオンというふたつのオリンピック会場を結ぶ橋である。
ここは以前、ホームレスが野宿していた場所であり、約100人がテントを張って暮らしていた。その多くが移民だった。7月17日、警察が突然やって来て、全員に立ち退きを命じた。これは当局による一掃作戦の一環で、ホームレス、ロマのコミュニティの人々、移民、セックスワーカーらはバスに乗せられ、ボルドーやトゥールーズなど、ほかの都市に移送された。
活動家によると、当局が地域一帯を一掃した後、動かせないコンクリートブロックがテントの代わりに設置されたという。ここにいた人たちがいつかは戻れるかもしれないという考えは、打ち砕かれてしまった。
五輪で強化される「敵対的建築」
活動家たちは、これらのブロックを「敵対的建築(hostile architecture)」の一例だと指摘する。「敵対的建築」とは、ホームレスの人々が敷地内をうろついたり寝泊まりしたりするのを防ぐため、都市や企業が実施する、目に見えてわかる環境改変のことを指す用語だ。
「これは新しい現象ではありませんが、オリンピック期間中は非常に特殊なかたちで強化されます」と語るのは、アントワーヌ・ド・クレルク氏だ。彼は「Le Revers de la Médaille」(メダルの裏側)という活動団体のメンバーで、五輪期間中に社会から疎外された人々がどのように扱われているかについて、啓発活動をしている。
「わたしたちは野宿や不法占拠、スラム街を支持しているわけではありません。しかし、それらを根絶するには、代わりになる長期的な解決策を見つけなければなりません」とド・クレルクは付け加えた。
かつてホームレスが寝泊まりしていた場所にピクニックテーブルが設置されるなど、パリには、敵対的建築の例がほかにもある。しかし、最も物議を醸しているのが、巨大なセメントブロックだ。「このようなものは見たことがありません」。こう語るのは、オリンピックが社会から疎外された人々のコミュニティに与える影響について研究している教授で、元プロサッカー選手のジュール・ボイコフだ。「一般的に、敵対的建築はもっと巧妙です。例えば、曲線を描くバス停のベンチが、実は寝心地を悪くするようにデザインされたものだったりします」
“現実”を見せないために設置する
ボイコフは、パリのセメントブロックが2012年のロンドンや16年のリオデジャネイロなど、他のオリンピック開催都市でも見られた広範な傾向の一部だと指摘する。「これは開催都市で起こる、社会から疎外された人々の立ち退きや追放の一環です。目的は、その空間を“浄化”することです。そうすれば、わたしのようなジャーナリストや作家、あるいはオリンピック観光客が到着したとき、貧困に直面する現実を目にすることがなくなるのです」
追い出されたホームレスたちが南フランスに到着すると、3週間の代替住宅が提供された、とフランス人の弁護士、サミー・ジェマウンは言う。ジェマウンは、ホームレスの家族が国に対して住宅関連の申請ができるように支援している。ただし彼は、居住権や亡命の資格がない多くの人たちが、結局は路上に戻ってしまった、とも付け加えた。『WIRED』のコメント依頼に対し、フランス内務大臣もオーベルヴィリエ市長も回答しなかった。
「この方式はオリンピックのためにつくられたものです」とジェマウンは言う。「ホームレスの人々をパリから追い出すのは、緊急避難住宅の歴史においても、初めてのことです」
欧州ホームレス連盟(FEANTSA)によると、ヨーロッパにおけるホームレス人口は過去15年間で2倍以上に増え、90万人近くに達している。その間、活動家たちは敵対的建築に対するキャンペーンを繰り返し実施してきた。リヨンのひとり掛けベンチから人が寝泊まりしそうな玄関に設置されたコンクリート製のボラード(クルマ止めポール)にいたるまで、#HomesNotSpikesや#SoyonsHumainsなどのハッシュタグを使って、敵対的建築の例を記録してきたのだ。掲示板型SNSサービス、Reddit内のスレッドr/HostileArchitectureには、こうした建築に対して憤慨するメンバーが14万人以上いる。
「ホームレス問題を解消したいのであれば、単に特定の場所から追い立てるのではなく、人々に住居を提供するような政策に投資しなければなりません」と、FEANTSAの政策担当官であるマリア・ホセ・アルダナスは言う。
米国でも進む監視の動き
米国では、敵対的建築がさらにディストピア的な方向へと進んでいる。サンフランシスコのような都市では、ホームレスが特定の場所で寝泊まりするのを防ぐために、長年ボラードやプランターが使用されてきた。『Washington Post』の記者であるエミリー・ラウハラは最近、薬局チェーンCVSのワシントンD.C.店の外で待っていたときの経験をXに投稿し、話題となった。ただ待っていただけなのに、近くの監視カメラから突然、うろついてはいけないと告げられたという。
CVSの広報担当、エイミー・ティボーは『WIRED』の取材に対し、LiveView Technologiesが開発したこの製品をヒューストン、ダラス、シカゴ、フェニックス、サンディエゴの店舗でも使用していると語った。LiveView Technologiesの最高技術責任者(CTO)であるスティーブ・リンゼイによると、このカメラは不審な動きを感知すると、拡声器で自動アナウンスを流したり、ストロボライトを点滅させたりする仕組みになっているという。
CVSは、28年の夏季オリンピック開催地であるロサンゼルスでもこの技術を展開する予定だ。「4年後のロサンゼルスで何が起きるかを理解したいのであれば、ロサンゼルスの人たちは、パリでの動きにしっかりと目を向けるべきでしょう」とボイコフは語った。
(Originally published on wired.com, translated by Miki Anzai, edited by Mamiko Nakano)
※『WIRED』によるオリンピック関連記事はこちら。
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