~プロローグ~
七面山は今は日蓮宗の聖地とされていますが、その前には修験道だった事までは興味ある人なら詳しいだろうから珍しくないかもしれません。しかし、それより前の信仰はどうなっていたのでしょうか?そこまで時代が下っていくと非常に面白い事が分かってきます。
~以上~
聖地についての研究論文はいくつか出ていますが、信仰の変遷が一番うまく書かれているなと感じたものを紹介しながら、更に深く掘り下げて行きたいと思います。
部分的に引用、参照した文献:京都学園大学人間文化学部 伊東 愛恵氏 論文
題名:日蓮宗における七面山信仰伝播の考察 ―熊本県荒尾市樺七面山妙巖寺成立過程―より。
こちらでは部分的にしか紹介しませんので全文ご覧になりたい方はh2015_03.pdf (kuas.ac.jp)こちらでPDFデータとしてご覧になれます。
※妙巖寺というのは文献によるとこの方の御実家との事なので、お寺のお嬢様という事でしょう。つまり一般人よりはるかに日蓮宗や七面山については良くご存知かなと感じます。
まず、私の方で簡単に解説していくと、七面山と言うのは、いくつかの伝説を持つ山で、一般に知られているよりはるかに人々に聖山として知られていた存在と言う事です。なのでここでは日蓮宗の七面天女(これはどうみても鎌倉時代以降の認識のされ方なので)の聖地と言う先入観を持つよりも
【この山がどうして崇められたか?】
という山そのものの存在に意識を置いて頂き読み進めて頂きたいとな思います。
「伊藤氏論文抜粋」
七面山信仰に関する多くの伝承を大きく四つの ベースにしぼると、それぞれ
①池大神の伝承→日蓮入山以前
②七つ池の伝承→日蓮入山以前
③七面大明神の伝承→日蓮入山後
④安芸国 厳島女→日蓮入山後
の伝承となる。まずこの節では、日蓮入山 以前の古来から語られているという①、②の伝承 を見ていく。
①池大神の伝説
往古、山麓の雨畑村の猟師が、山奥に入り、形 の変わった古木(或いは金の玉)を見つけ、仏像に似ているので持ち帰った。それから一家中の者 が急に病気になった。先日持ち帰った仏像に似た 古木の祟りではないかと恐しく、近隣の信仰篤い 人に委細を話し、預かってもらうことにした。す ると此の信仰篤い人に夢のお告げがあり、神々し い人が現れて「自分は俗家にあることを喜ばない。 九月十九日を期してあの山の頂きにある池の傍に 祭るように」と告げた。これは神のお告げである というので、村人と共に、そのお告げに従って、 池の畔に小祠を営んで、年々九月十九日に祭礼を催し、池大神と称して、崇拝するようになった。(望 月歓厚編『近代日本の法華仏教 法華経研究Ⅱ』伝承)にもあるように、日蓮宗の影響が入る前か ら七面山についての信仰が語られているのは、赤沢地区、雨畑地区をはじめとする七面山のふもと の地域である。(地図①)
現在は七面山の一の池(写 真 2)の畔、七面大明神を祀る敬慎院の隣に池大神 宮(写真 3)があり、そこで池大臣の像を祀っている。 そのため伝承に登場する池も一ノ池と考えられる。
※タカチホメモ:実際に敬慎院に行くと分かりますが一の池は目と鼻の先に有ります。つまり配置は敬慎院の隣に池大神宮→一の池があるという風になっているので。
ここで祀られている像は、伝承に出てくる古木(或 いは金の玉)ではなく、髪を高い位置で特殊な形 式に結い、三角形の顎鬚をはやし、右手に自然木 の長い杖を持った仙人風の老人の像である。老人 であるということと、この特殊な髪の結い方は山 伏に見られることがあるため、この像は日本の修 験道の開祖役小角なのではないかとされている。
②七つ池の伝説
山の上に七ッの池があるという言い伝えがあっ たが、誰もその第七番目の池を見たものはいなかっ た。ある時、麓の樵夫が山にわけ入り、道に迷い 何日間かさまよい歩き、疲れ果てて眠ってしまっ た。ふと醒めると池の畔にいた。池の方を見ると、 池の中央が、にわかに波立ち、白雲がまき起り、 霊竜が天に向かって昇って行く。此の恐しい有様 に驚いた樵夫は、大事な斧も打ち忘れて、村に逃 げ帰った。村人たちに話すと、それは、第七番目 の池に違いないということになった。樵夫の忘れ た斧は今も池の畔にあるだろうと伝えている。(望 月歓厚編『近代日本の法華仏教 法華経研究Ⅱ』) この伝承に登場した七つ池には、①の伝承で登 場した一ノ池(写真 2)も含まれている。一の池は 古来から一度も枯れたことがなく、さらに竜神が 姿を現すといい、池そのものも信仰の対象となっ ている。そして、二ノ池も現在の七面 山中に存在する。二ノ池の畔には法華経に登場す る八大竜王が祀られている。
※タカチホメモ:この動画によると二の池は嵐の日には七面大明神が姿を現すと言われているらしいです。
残りの五つ の池の場所は現在もわかっていない。特に②の伝 承に登場した七つめの池は「見ると目がつぶれる」 という言い伝えがあるという
身延山および七面山の一帯は、南アルプスの山 容と富士川の早瀬によって、外界との簡便な交流 をはばまれてきた。しかし、近くの寺平、大久保、 清水丸山、桜井地区などから土器や石器が出土し ており、5000 年前にはすでに集落が営まれていた ことがわかるという。七面山信仰の基盤の一つは山岳信仰にあると考 えることができる。山岳信仰は、広く世界的に原 始信仰として語られ、特に山岳地帯の多い日本の 風土では全国いたるところに見られる現象である。 山の頂は、天ツカミの天降る処として恐れられ、崇拝されてきた。①、②の伝説にもそれらがよく 表れており、恐るべき山・不思議な霊山として麓 の人々に受け取られていたことがわかる。そして、 川の源や池、湖などを有する山は麓に住む人々の 水源となり、次第に信仰の対象となっていったと 考えられる。七面山で言うと、水を枯らすことな い一ノ池が集落の人々にとって信仰の対象になり、 そこから池大神の水神信仰に発展したのではない かと考えられる。一ノ池には私も実際に訪れたが、 必死に高山を登った後にあの景色を見ると、鳥肌 が立つような神聖さを感じた。七面山の山容は、 山岳信仰の対象となるにふさわしかったと言えよ う。日本神話において水や川を通して現れるカミは 一般に竜や蛇であることが多い。②の伝承に見 られる「霊竜が天に向かって昇って行く」という 表現は、これの典型だと考えることが出来る。七 面山信仰以外にも、先ほどのような表現は数多く みられる。これから考えると、日本には古来水の 神の棲むと信ぜられていた池や淵がいかに多かっ たかが明らかである。そして、七面山山麓の赤沢地区にある妙福寺は、 もとは真言宗のお寺で、七面山を行場とする修験 者たちの拠点であったという。そして、身延山と 七面山を結ぶ道中にある妙石坊、十万部寺、神力 坊などにまつられている「妙法大善神」は、「太郎 ガ峰」「次郎ガ峰」の天狗であったという。現在の 奈良県にある修験道の山吉野大峰山にも七面山と 名付ける山があり、かつて回峰修行のコースであっ たという。七面山にとって重要な問題は①の伝承 にある池大神として祀られている尊像は役小角か、 少くとも後世それを神仙思想によって修正したも のであろうと推定されることである。山麓の神力 坊、十万部寺、妙石坊等に祀られている「妙法大 善神」はもともと天狗であったとされることから、 これは関東修験の特徴を示していると考えられる という。この史実に基づく限り、身延七面山は大 峰七面山の真言系修験と関東修験の集合した初期 の形態であったものと推定されるとされている。 このように、これらは日蓮聖人入山以前の七面山 の信仰的な存在点について貴重な示唆を与えてい る。
~以上~
つまり、麓の縄文遺跡の数々から推察すると分かるように、山を神とした山岳信仰がベースだとこの方もおっしゃっているという事です。そして水龍のいる山・・・・
たかちほのブログをいつも読んでいただいている方々は「あっ!」と思ったはずです。そうです前回書いた更科の縄文時代の文化圏と構造上がよく似ているということです。
私が、日蓮?もしくは日蓮宗がが九頭竜を守ったといったのは、今後この方の論文にも出てきますが。この宗派は神社勢力から神様の名前をすり替えられない工夫を明らかにしていました。とても感心したので、その事も今後お伝えしていきたいと思います。
続きは→その②
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