前回は→その①
~プロローグ~
七面山は日蓮宗の聖山として現代では知られていますが、古くから真言宗などの寺からも信仰されていたり修験道の人達からも信仰されていました。つまり日蓮がこの山を聖山として決めるよりはるか昔からの信仰であることをまず皆様には認識して頂きたいと思います。そして古くから山岳信仰。縄文時代からという事は前回の話で解説しました。その事を念頭に置いてから以下の、記述をぜひ読んで頂きたいなと思います。
~以上~
ですが、今の山の管理者として一番山の事を分かっているであろう日蓮宗の先生の記述を以下にお借りします。
七面山の七ッ池 高橋俊隆氏
七面山には七つの池があるという伝説があります。六個の池は見た者がいるが七番目の池を見た者はいない、という神秘性をもつ伝説です。
一、「身延山の伝説」(『身延町誌』一一二二頁)にはつぎのようにあります。「七面山には、池が七つあるという。そして第七の池は決して見ることができない。もし見ると、その人は必らず目がつぶれるといわれている。ある時、信州の樵夫(きこり)が山の中で迷ってこの池のほとりに出た。清らかな水と静かな森にすっかり魅せられた樵夫は、美しく乱れている池のほとりの名も知らぬ紫の草花をむしり取って池の面へ投げた。すると、不思議にも今まで少しも波がなかった水面に渦巻が起きて、それがだんだん大きくなって、果ては岸をかむ大波がものすごい勢でおし返すようになった。そして、その波の間から竜が突然飛び出して天上した。この有様をみて驚いた樵夫は、一散に山麓へ逃げ下った。しかし、その時あわてて斧を置き忘れて来た。それで今後もし斧が発見された池があったら、それが七面山の第七の池であるといい伝えられている」とあります。
二、また、「麓の樵夫が途に迷って数日間、疲れはてて生きた心地も無く昏睡した。いく時間たったのだろうか。草葉の露か水の滴かにふと目ざめてみると夜明け近い。あたりは霞みわたって濛々としている。ぼんやりと青い草原が見える。紫色の花が麗しい。樵夫は恍然とこの太古神仙境にみとれているうち、だんだんと夜も明けてくる。今まで霞んで見えなかったが直ぐ目の前は、清らかな水を湛えた大きな池である。池の表から白い靄が糸のように立ち昇る。周囲に咲き乱れた花は馥郁と鼻をつく。淘然として見ていると、その池の中心と思われるあたりが、俄に小波が立つかと、みるまに、かの淡い白雲が密集してきて、それが上の方に昇りはじめた。そこへ今しも輝き出した旭光がさし映って、それが金鱗銀鱗の霊竜の昇天のすがたに見えた。あまりの神々しさ恐ろしさに、樵夫は我を忘れて逃げ出した。一目散に駆けた。藪といわず、沢といわず、夢中になって走って、やっとの思いで村に帰ってきた。この話を村人にしたところ、一同も、この近くにそんな恐ろしい所があるのかと、身の毛もよだつ思いをした。それがきっと、あの「第七の池」だろうということになった。樵夫もこの話のあとで気づくと、大事の稼ぎ道具の斧を池の傍らに忘れていたことを憶い出したが、再び取りに往く念はとても起こらなかった。」という話しです。
この「七つ池」話のあとには、樵夫が置き忘れた斧が「第七の池」のほとりに、今でも錆びながらきっとあるだろうとつけ加えられます。この話が事実であることと、いずれは池が発見されるかもしれないという情念が錆びた斧にこめられています。しかし、ふつうの人間なら、その池を見た者は「目がつぶれる」と伝えるのは、汚れた人間が立ち寄ってはいけない、竜神が棲む神域の池であるからです。それを犯した者は失明すると言い伝えられました。その池は誰も見たことがないという神秘性をもっています。この話を聞いた子供達は山への畏敬と恐れをもち、けっして山奥には入り込もうとはしなかったでしょう。現実にこの池があるのか、大量の降雨により水がたまる池のことをいうのかわかりませんが、一説に第七番目の池は国の境にあるのであろうと噂されています。(室住一妙稿「七面大明神の伝説・縁起とその考証」『七面大明神縁起』所収一〇頁)。
山の神にはその山の主となるニギミタマと、人を脅かすアラミタマを認めたのが日本人の古い神の観念といいます。このアラブル神は出雲や中国・四国地方に伝わったのが荒神で、それは多く大蛇に象徴されて祀られており、しかも、普通の信仰としてではなく呪術的対象となっているといいます。(和歌森太郎稿「山岳信仰の起源と歴史的展開」『山岳宗教の成立と展開』所収。一六頁)。ここに、畏怖心が強いほど大蛇は竜神として象徴され、呪術を駆使する修験者の登場の場となったと考えられます。大峰山にも七ツ池がります。山伏伝承では理源大師の大峰奥駆けのときは大蛇を退治して道を開いたということになっており、その大蛇をすてたのが七ツ池といいます。(五来重著『山の宗教―修験道』一八九頁)。身延七面山の池大神・竜神信仰とは由来が違うことがわかります。
早川町薬袋の円立寺の所伝によりますと、日朗上人が登詣のとき池の水で手を洗い清め、手に持っていた薬袋を投じたところ、ということから村の名を薬袋と称し、薬師堂を建てて現在に至ったとあります。七面天女の七池の一にあたる霊跡といいます。開創は明応元(一四九二)年三月とあります。(『日蓮宗寺院大鑑』三五二頁)。山頂より低いところに一の池と二の池があります。このあたりが七面山の神域となります。一の池の池畔に敬慎院があり、二の池を少し下がったところに奥之院があります。七面天女はもともと竜神で、七面山頂上にある七ッ池をすみかとすると信じられ、嵐の日には二の池付近で天にかけ昇る竜神の姿を見ると言います。(中尾尭稿「法華修行の霊場―身延・七面山」『日本の霊場』2所収一一七頁)。
一の池の霊池は「おいけ」と呼ばれ、かつて一艘の木舟が浮かべてありました。この木舟は富士川上流の鰍沢の黒沢から奉納されました。敬慎院に水道施設が整うまで、一の池の水を飲料に用いていました。そのとき水面の藻や落ち葉を取り除くために用いられました。また、「お砂」という池底の泥土をすくい上げるときにも使用していました。一の池の南端の淵は「お土」で白くなっています。池の広さは直径およそ三百㍍といいます。その底はすべて珪藻土となっています。この土の効能は切り傷・腫れ物などの皮膚の傷に効能がありました。また、熱冷ましに効能があったので池を「無熱池」とよびました。この「お土」よよばれる藻土は、植物性プランクトン(珪藻)が、長年にわたり海底に堆積化して化石化したものです。(『身延町誌』二三頁)。珪藻土は塗ると壁自身が呼吸して、空気中の湿気を吸収したり吐き出したりし、湿度をコントロールしてくれます。結露の防止にもなりますし、お部屋の乾燥を防ぎ、身体にも優しい環境を保ってくれます。空気清浄・断熱性・耐火性にも優れています。この「お土」は毎年七月下旬に池より採取していました。私も信行道場に入ったとき、この「お砂」を作った経験があります。
~以上~
さて・・・皆様今までの常識を捨ててニュートラルな意識で私のこれからお話しする事を聞いてみて下さい。まず、七面山は縄文時代からの聖なる場所という事は研究者の話からも間違いありませんね?そしてそれから時代がどんどん下り修験道の時代へ・・・・・
①七面山とは別の七つ池が大峰山には有ります。
山伏伝承では理源大師の大峰奥駆けのときは大蛇を退治して道を開いたということになっており、その大蛇をすてたのが七ツ池といいます。
畏怖心が強いほど大蛇は竜神として象徴され、呪術を駆使する修験者の登場の場となったと考えられます。
>あれっ?って思いません?神様なのに龍を捨てた?そう修験道は八咫烏の前振りです。七つと言えばなんでしょうか?そう陰陽道で封印を現す数字が【七】なのです
【七という数字が陰陽で封印の訳】
7つの封印とは?世界の終わりの始りを示す
北斗七星(七)守護をずたずたに引き裂く事でその霊的パワーを封じる手法
大峰山の龍を捨てたわけです=封印 そんな事するもんか?という人はヤマトタケルの九頭竜の首を切った伝説を思い出してください。自分達で首切りしたことをちゃんと言っています。殺したというより身動きできないようにさせて存在を認識できないようにするという事でしょう。(封印)
②山頂より低いところに一の池と二の池があります。このあたりが七面山の神域となります。一の池の池畔に敬慎院があり、二の池を少し下がったところに奥之院があります。七面天女はもともと竜神で、七面山頂上にある七ッ池をすみかとすると信じられ、嵐の日には二の池付近で天にかけ昇る竜神の姿を見ると言います。
>七面山には龍が住んでいるんですよね?どこに居ますか?今は七面山だけで見た話が出ていますが・・・七面山に有る池は一の池と二の池です。でも日蓮宗の記述ではこのように七つ池を住処にするときちんと書いて有ります。
つまり七面天女のテリトリーは一の池と二の池ではなく七つの池が全部住処だという事。
③置き忘れた斧が「第七の池」のほとりに、今でも錆びながらきっとあるだろうとつけ加えられます。この話が事実であることと、いずれは池が発見されるかもしれないという情念が錆びた斧にこめられています。
>七という数字が封印だと気が付けば、七ノ池を封印しているという意味になります。実際問題
【六個の池は見た者がいるが七番目の池を見た者はいない、という神秘性をもつ伝説】
では斧って何?修験道=大和王権が隠したいものって?
そう縄文神・縄文文化ですよね?
そこから【斧の意味を考えていきます】
埋蔵文化財センターロビーでの資料展示
縄文時代の石で作った道具(石器)には、石鏃 せきぞく ・石槍 せきそう ・石皿 いしざら ・磨石 すりいし ・磨製石斧 ませいせきふ などのよう に、その形状や大きさから使い方が容易に判断できる「実用の石器」のほかに、石棒 せきぼう ・石剣 せっけん ・ 石刀 せきとう ・独鈷石 どっこいし ・石冠 せっかん といったその形状から名前がついているものの、使い方がよくわからな い「不思議な石器」があります。 この使い方のわからない「不思議な石器」は、「実用的な石器」と同等、ないしはそれ以上 に丁寧に磨いているなど、製作には手間暇 てまひま がかけられています。また、数も少なく地域性が 認められること、最終的には焼かれて破砕 はさい されたものが多いことから、これらはその文化の 部外者にはけっして正確に知ることのできない意味が込められたもので、呪術 じゅじゅつ や儀礼 ぎれい ・祭祀 さいし の場で効果が発揮された道具と考えられています。このような「不思議な石器」は、縄文時 代の古い段階から存在しますが、縄文時代の後半、特に後期後半から晩期(約 3,500~2,500 年前)の遺跡から多く出土してします。
「独鈷杵 どっこしょ 」
明治時代に密教法具の「独鈷杵 どっこしょ 」に形状が似ていることから名付けられた石器です。両先 端が斧や槌 つ ち 状をしており、中央がへこみ、両側に突帯をもつものも少なくありません。縄文 時代後期後半から晩期、さらには弥生時代前半まで残り、東日本を中心に全国各地で見つか っている石器です。 中央の突帯 とったい 間に×状の刻線 こくせん や天然アスファルトが付着しているもの、突帯に切り込みを入 れたものがあることから、柄 え に着装 ちゃくそう し使用したと考えられます。石剣や土偶 どぐう などと出土して いる例も少なくなく、火を受け、折れたり先端が刃こぼれしているものがあることから、祭 儀の過程で何かを敲 た た いたり破壊する行為があったこと、最終的には火で浄化 じょうか されたことなど が予想されます
石冠
石冠も、明治時代に形状が 冠 かんむり に似ていることから名付けられた石器です。頭部は石棒のよ うな半球形や石斧状のものなどいくつかのタイプがありますが、底部は窪 く ぼ みを持つものや 研磨 けんま の著しいものが多いようです。縄文時代後期後半から晩期前半にかけて北陸・飛騨 ひ だ 地方 を中心に出土する石器で、晩期後半になると関東から東北地方に分布を広げます。頭部が半 球形のものには、文様が施された土製のものもしばしばみられます。 火を受けているものが多く、赤色顔料 せきしょくがんりょう や漆 うるし の付着が認められるものもあります。凸部と凹 部の形態から両性具有 りょうせいぐゆう の性象徴 せいしょうちょう の儀器で、「生産」や「繁殖 はんしょく 」・「増殖 ぞうしょく 」を祈願する祭祀で使 用された道具とも考えられています。
~以上~
※つまり縄文時代は実用性の有る船を削ったりする斧から祭祀の斧まで、しかも上記の様に祭祀道具の斧形状のものは結構有ります。
縄文は文字通り【斧だらけの文化】と言っても過言ではないほど種類が多いですね。そこから考えてみましょう。
●今後もし斧が発見された池があったら、それが七面山の第七の池
●置き忘れた斧が「第七の池」のほとりに今でも錆びながらきっとあるだろう※石なのでさびないので古ぼけたという比喩表現とも取れます。古ぼけた斧が未だにそこには有る可能性が有ります。
●いずれは池が発見されるかもしれないという情念が錆びた斧にこめられています。
>いずれは隠した事が見つかってしまうという事は怖れながらも予感しているという風に読み取れます。
しかし、ふつうの人間なら、その池を見た者は「目がつぶれる」と伝えるのは、汚れた人間が立ち寄ってはいけない、竜神が棲む神域の池であるからです。それを犯した者は失明すると言い伝えられました
これはいわゆる単純に【脅しの法則】だと思います。
「不遜」「恐れ多い」という言葉は真実隠しが多い
「不遜」「恐れ多い」という言葉は真実隠しが多い
知られたくない事を隠しているだけだと思います。ただ龍神の住む神域に一般的な人間が入ったところで龍神は見えませんからどうって事が無いと思います。九頭神社で平気で龍にお尻を向けている人がほとんどと言う事からもそれは明らかです。
その事は私の文章を読むにしたがって余計に分かってくると思います。実はその神域って何も認識しないで人が案外通っている場所にあると私は分かってきたからです。
ところで皆様七面山の七つ池って聞くとどういう池を想像しますか?
こうじゃありませんか?順不同
一の池と二の池(敬慎院周辺)以外七面山に実は無いって知っていましたか?
つまり私のこの図は無しって事です。
実際に有るのは一ノ池と二の池 グーグル地図を使用しています
そうなんです。実は一ノ池と二ノ池以外は七面山に有りません。実際に他の池は口述しますが別に有ります。
つまり七面山に七つ池が有る風に誤解されるような内容として情報を流されている・・・って感じませんでしょうか?七面山の七つ池と言う題名で大抵の記述は書いて有るからです。
しかし七面山に二つの池しか無かった事により、実は色々な事が分かってしまったのです。
次回は、他の池は本当に有るのか?嘘だったのか?
と言うところを掘り下げていきたいと思います。
続きは→その③
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Re:無題
コメントありがとうございます。
そうなんですよ。この後の記事に三ノ池と四の池の場所書きました。
行かれた事が有りますか?残念ながら私は実際にはまだ行ってはいないんです。行ったら何かを感じられるような場所では有そうです。
たかちほ
2022-10-12 20:55:06
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