テレ東の番組で露呈した「警察密着」の問題点 娯楽と報道のはざまで

西田理人 堀越理菜 滝沢文那

 勧善懲悪の構図で、視聴者の一定のニーズに応えてきた警察密着番組。だが、テレビ東京などで昨年3月28日に放送された「激録・警察密着24時‼」では、過剰な演出や不適切な内容が、関係者の名誉を傷つけることになった。「娯楽」として放送してきた、メディアの姿勢も問われている。(西田理人、堀越理菜)

BPOは「複数の問題点」

 愛知県警の捜査員が卸売会社の役員ら男女4人を訪ね、逮捕状を執行する。「私、何もやってない」と容疑を否認する女性幹部の声にナレーションが続く。

 「被害者面で逆ギレ」「揚げ句に泣き落とし」

 番組は4人を「事件の首謀者」とし、「偽グッズで荒稼ぎする闇組織」などと放送。だがこの女性を含む3人は、放送の1年半前に不起訴処分になっていた。

 番組は、人気アニメの模倣商品を取り扱ったとして、愛知県警が2021年7月に4人を不正競争防止法違反の疑いで逮捕した事案を取り上げた。4人のうち3人は9月に不起訴になっていたが、番組はこの事実に言及しなかった。当時の報道には、「名古屋地検は十分な証拠収集に至らなかったとした」とある。

 23年3月の放送後、テレ東に会社側が抗議。代理人の飯田学史弁護士によると、女性は逮捕時の自らの言動が放送されたことで心身の調子を崩したという。抗議の理由には、事件がすでに広く報じられており、番組内の情報と照合すると、人物を特定できたこともある。

 テレ東は24年5月末、行き過ぎた演出や複数の不適切な内容があったと公表し、関係者の名誉を傷つけたなどと謝罪した。番組は制作会社のテレビジョンフィールドが制作し、納品。テレ東が内容を確認して放送していた。

 テレ東の石川一郎社長は5月末の定例会見で、「きちんとした確認をしていなかった我々のミス」「当たり前のことをしていなかったのが最大の問題」などと話し、警察密着番組の放送をやめると明言。長田隆常務(当時)は、この制作会社が長く作ってきたとし、互いの間に「長いがゆえに慣れがあった」と述べた。

 裏付けが不十分な内容も複数あり、会社がアニメのキャラクターをプリントした商品を中国に発注したとするナレーションなどは、実際にはその事実を制作側は確認していなかったという。

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会は6月、放送倫理検証委は7月にそれぞれ番組について調査を行うと決定。倫理検証委の小町谷育子委員長は、報道陣に「複数の問題点があり、調査はかなり入念にすることになる」と述べた。二つの委員会で同じ番組が取り上げられるのは、沖縄の米軍基地反対運動をめぐる17年放送の東京メトロポリタンテレビジョン(MX)の「ニュース女子」以来で、同様のケースは過去4例に限られる。

「やらせではない」が生命線

 捜査員による「再現」もあった。番組では、警察署内で捜査員らが会議をしたり、押収品を調べたりするシーンがあるが、これらは逮捕後に捜査員が演じていた。

公権力との「共同作業」といった批判があがる密着番組。テレ東の番組には「やらせ」との指摘もあります。警察が協力する意味や、各局の動向も報告します。

 これらをテレ東は「事実に基づく再現」とし、「やらせ」ではなく、あくまで「再現」と注釈を入れ忘れたことが問題だと説明。その一方で、撮影の時期や経緯をめぐっては、BPOが調査中などとして、詳細を明らかにしていない。テレ東関係者は「やらせではないというのは、うちの生命線」と話す。

 「再現」の場面のうち二つには、3人の不起訴後の21年11月を指し示すパソコンの時計などが映っていた。このため朝日新聞は、不起訴にもかかわらず4人全員を犯人視する番組制作を行ったのではないかと質問。テレ東は「コメントは控える」と回答した。愛知県警も「報道機関の責任において行っているもので、コメントする立場にない」との回答を繰り返す。制作側とのやりとりを記した文書などの情報開示請求に対しても、「作成又(また)は取得していない、及び廃棄済み」として不開示とした。

 やらせは、過度の演出や演技によって虚偽のできごとを事実のように見せることを指す業界用語。演出の許容範囲は、報道では厳しく、バラエティーではある程度容認されるなどジャンルによって異なるとの解釈が一般的だ。

 「ほこ×たて」(フジテレビ)など、やらせが理由で終了した番組や、責任問題に発展した例も少なくない。

 テレビでドキュメンタリーを手掛けてきたプロデューサーはテレ東の番組について、「本来は取材相手と緊張感をもって対峙(たいじ)すべきなのに、共同作業になっている。これはやらせと言うべきだ」と指摘。その上で「密着番組に内在する問題点が露呈した」と話す。

各局で長年放送

 キー局関係者によると、警察密着番組は少人数のスタッフで低コストで制作できる上に、被疑者が逮捕される様子などを見て留飲を下げたいとの視聴者の需要も根強い。一定の視聴率が見込める。改編期や年末年始の特別番組などとして、「列島警察捜査網THE追跡」(テレビ朝日系)、「逮捕の瞬間!警察24時」(フジ系)など、民放各局が長年、放送している。

 TBSの三城真一コンテンツ戦略局長は7月の定例会見で番組の企画意図を問われ、「社会の動きを視聴者に理解してもらうために必要な情報番組」とした上で、「下世話な部分も含めてエンターテインメント性も持っているのではないか」と語った。フジの大多亮専務(当時)も5月の会見で、「公権力に屈しているわけでも、言いなりになっているわけでもない。防犯的な見地も含めて、お互いに協力してやっている」と述べた。

 警察側にとっても、活動のPRや人材募集などにつながるといったメリットがある。福岡県警本部長などを務めた京都産業大の田村正博教授(警察行政法)は「警察が作る啓発映像より、テレビの方がはるかに多くの人に届く」とし、警察活動への理解を得るために重要な手段と話す。

 一方、警察権力との距離感や、警察にとって都合のいい場面しか撮影・放送できないといった観点からの批判もある。2013年には、TBSの番組で鹿児島県警に密着中に警察官が取り押さえた男性が死亡する事案が発生。その場面は放送されなかったが、鹿児島県警が制作会社から証拠として映像を押収したとされ、取材源の秘匿や報道の自由の観点から問題視された。

 テレ東は今回、「警察には放送前に映像を見せていない」としている。ただ、別のキー局関係者によると、同種番組では事前に警察が確認するケースも多いという。こうした制作実態を知る一部の作り手からは「編集の自由を自ら手放しているようなものだ」との声も上がる。

 過去に密着取材を受けたことのある西日本の警察OBも放送前に「モザイク処理などを確認するため、必ず映像をチェックした」と明かす。「警察はアピールしたいし、作る側は画(え)になるものを撮りたい。取材に応じるのは利害が一致する時だ」と話す。

 「報道」との関係はあいまいだ。テレ東は公表している番組種別で「娯楽」「教養」と分類した上で、社内では「ドキュメントバラエティー」と位置づけていると説明。一方、報道の要素も含むとする局もある。テレ朝やフジでは、独自の制作ルールやガイドラインを定めて、事実関係の確認や人権への配慮を行っているという。

 「密着」の在り方自体が問われているが、テレ東以外に、放送や制作手法を大きく見直す動きはない。(滝沢文那)

水島宏明・上智大教授の話

 テレビ東京が、昨年3月に放送した「激録・警察密着24時!!」で複数の不適切な箇所があったことが明らかになり、BPOの放送人権委員会で審理入り、放送倫理検証委員会で審議入りした。テレ東は、今後警察密着番組を制作しないとしているが、ほかの民放各局でも、同様の番組は制作されている。水島宏明・上智大教授に様々な問題点を聞いた。

 ――テレ東のこれまでの対応についてどう見ますか。

 テレ東は、今回の問題を受けて警察密着番組を今後制作しない意向を示しました。しかし、なぜ番組をやめたのか、何がまずかったのかはよく分からない状態です。BPOの審議や審理に入っていることを理由に、メディアの質問に答えないというのはとてもおかしいと思います。

 ――番組はBPOにおいて、放送人権委員会で審理入り、放送倫理検証委員会で審議入りしました。

 放送人権委員会で審理入り、放送倫理検証委員会で審議入りとなるのは、2017年放送の東京メトロポリタンテレビジョン(MX)の「ニュース女子」以来です。

 今回の問題は、テレビ局と公権力との関係性をどう考えるかという話などにも関わるすごく大きな話。他局にとっても判例となるような事案です。テレ東だけでなく、放送局全体に関わる問題だという認識がBPO側にもあり、このような判断となったのではないでしょうか。

 やらせに明確な定義はありませんが、知り得た情報をもとに「再現」したと明記するのは、最低限の放送倫理です。それも守らず、役者ではなく、捜査員が事後に演じたことからも私は「やらせ」だと考えます。

 テレ東はこの問題を受けて警察密着番組を今後は制作しない意向を示しましたが、今後、警察以外の公権力に密着する番組を制作する可能性はあります。しかし、第三者委員会を設置しての調査はされていませんし、「再現」映像の撮影をいつしたのかも明らかになっていません。

 このような状態では、自浄作用が働いたのか評価できません。BPOとして、テレ東にこのまま自主的な調査や検証を任せていても、他局の判例になるようなものは出てこないというような判断だと思います。

 ――今回の件で、BPOに期待することは。

 他局でも同種の警察密着番組が制作されており、報道を大事にする局であれば問題がなかったか自主的な調査をするべきだと思う。それなのに現状はテレ東だけの話になってしまっています。

 ですからBPOとしての提言の中に、「これはテレビ東京だけの問題ではない」といった文言が入り、各局で検証すべきだという話になれば、非常に意味がある。

 番組制作について関係者にヒアリングをして、いつ再現映像が撮影されたのか、「再現」というテロップをつけ忘れただけで意図はなかったという説明は本当なのか、といった点も検証してほしいです。

 チェック体制として気になるのは、番組の監修についてです。番組監修としてエンドロールで流れていた弁護士が、どこまでの役割を担っていたかは気になります。

 ――警察密着番組は各局で制作されています。この種の番組自体にひそむ問題点は。

 この種の番組は、制作費がそれほどかからずに高視聴率が取れるので、各局で放送されてきました。推定無罪の原則がある中、警察密着番組には是非がある。私は番組を全面的には否定しません。逮捕の瞬間に密着すると、警察の行き過ぎた捜査の映像をおさえて報じることもできるからです。しかし実際は、「密着させていただく」形式で、警察に依存する内容になりがちです。

 そもそも、ドキュメントバラエティーというのは、人間のリアルが面白い。予想を裏切るような展開があるから面白かったり、感動があったりします。しかし警察密着番組では、最初から「正義の人」と「悪い人」の善悪の構図を作っていて、人間の深みがあまりありません。

 どうしても一面的な描き方になりがちです。例えば、似たような密着もので「万引きGメン」が取り上げられることがありますが、万引きを繰り返してしまう「クレプトマニア」という精神疾患を持つ人たちについては一切触れず、表面的な描き方しかされません。

 ――今後、警察密着番組はどのようなことに気をつけて制作されるべきですか。

 取り上げた事件や人物が特定可能かどうかは重要な点です。その上で不起訴になった場合は取り上げないか、もしも取り上げる必要がある場合は、その事実をきちんと伝えるべきです。

 この種の番組では、バラエティーとして、被疑者の側が抵抗して仮病を使ったり、立てこもったりする--そんな人間味が面白いとされ、視聴者もそこで留飲を下げるといった構造が成り立ってきたわけです。しかし、警察が常に善とは限らないし、捜査段階での見立てが違うこともあります。

 構造的にどうしても、取材をするのは普段警察に詰めている報道部門の警察担当の記者ではなく、制作会社のスタッフになります。そういう中でも、警察という権力を扱っている以上、報道性や報道番組にもなり得る視点を担保することが重要なんだろうと思います。(堀越理菜)

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