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■まとめ記事
(2024年6月30日の放送内容を基にしています)
ドラマでは、万能なヒーローとして描かれる法医学者だが、現実には計り知れない重圧の中にいる。これまで明かすことのなかった葛藤…。
法医学者たちの初めての告白が始まる。
<告白1 清水惠子 死者の声を聞く>
氷点下の街、旭川。朝6時、旭川医科大で教授を務める清水惠子が今日も教会にやって来た。法医学者になって25年。これまで、4,000体もの遺体を解剖してきた。
清水は、ひたすら神に祈る。
旭川医科大 教授/清水惠子さん「神様にお祈りをして、神様に癒やしていただかないと、なかなか続けられない。けっこう厳しい仕事かなと。私にとりましてはですね。お祈りすると癒やされた気持ちになりますので。力をいただいて、仕事に戻る」
全国の大学にいる法医学者は、およそ150人。清水も日本法医学会の理事で、2割しかいない女性の法医学者の草分けだ。
清水の仕事場である解剖室は、大学病院の裏手にある。法医学者の役割は、解剖を通して事件捜査に貢献すること。
法医学者が向き合うのは、死者のうち病死を除く異状死と呼ばれる遺体だ。その数、年間20万人
そのうち、犯罪による死の可能性がある遺体については、司法解剖を行う。毎年1万体。20年前の2倍に増えた。その費用は、国が負担する。
清水は、薬物を用いた犯罪の数少ない専門家で、全国の警察から調査依頼が寄せられる。法医学者は、1つの県に1人しかいない所も多い。絶対数が足りない中、清水への依頼は引きも切らない。
清水が一躍脚光を浴びたのが、袴田巌さんの再審。事件から1年以上たって、みそだるから見つかった衣服が袴田のものとされたが、染みついた血痕には赤みが残っていた。
再審を求める弁護団は、血痕に赤みが残るのは不自然だとしてその証明を清水たちに託した。こうした鑑定を行い、法廷に立つのも法医学者の重要な仕事だ。
清水たちは、みそに漬かった血痕の色みがどう変化するのか実験を行った。その結果、1年以上みそに漬かれば血痕は黒くなることを科学的に示したのだ。
清水たちの鑑定が決め手となって、昨年春に裁判のやり直しが決定した。しかし、清水は裁判で証言することに迷いがあったという。
清水さん「普段、一緒に仕事をしている捜査機関に対して、反旗をひるがえすことになりますので、ちょっとどうなるのかなと言うことは、いくつか頭の中でシミレーションしてみまして、科学的で公正な医学的判断ということをモットーに法医学に携わっている者としましては、人間社会のいろんなことの忖度(そんたく)ではなくて、自然科学に対して誠実にありたいと思ったので、お引き受けすることにしました」
この日も遺体が運ばれてきた。解剖の前にCTスキャンによる画像分析を行うのが決まりだ。司法解剖を行うかどうかは、警察の検視官が決める。遺体の情報も全て警察からもたらされる。
この日の遺体は、マイナス1度の路上で倒れているところを発見され、解剖が必要と判断された。
死因は何なのか。他殺か、自殺か、事故死か…。清水の判断が、警察の捜査方針を左右する。
清水がCTスキャンの画像に目を留めた。頭部にくも膜下出血があったのだ。
清水さん「この、くも膜下出血で亡くなるということは考えにくいので、やはり、偶発性低体温症がどう絡んでくるかですよね…。既往歴は何かありますか?薬とか飲んでいたり…」
検視官の男性「既往歴はないんですよ。病院にずっと行っていないので。一人暮らしなので薬も全く飲んでいないですね」
警察からの情報をもとに解剖が始まる。解剖には警察官が立ち会い、その過程を写真に収める。それが死因の証拠となるのだ。
清水はまず、低体温症を疑い心臓に注目し、酸素濃度を器械で測るよう指示した。低体温症になると、心臓の右心室と左心室、双方の血液に含まれる酸素濃度に差が出ることが分かっている。
解剖が進む中、意外な所見が見つかった。頭のてっぺんに大きな亀裂があったのだ。くも膜下出血は、この骨折が原因だった。
清水さん「帽子はかぶってなかった?」
検察官の男性「帽子はかぶっていました。途中で脱げてはいますけど…」
清水さん「(現場には)本人の足跡しかない?」
検察官の男性「はい、ないです」
自分で転んだだけでは、頭のてっぺんを骨折するのは不自然だ。一方で、頭を殴られていれば、現場に複数の足跡が残っているはずだが、それもない。死因は何なのか…。その時、心臓の酸素濃度の結果が出た。
左心室72%、右心室16%と大きな差が出ていた。清水は、死因を確信した。
清水さん「低体温症だと思うんですけど。これ(頭蓋骨骨折)が死因になるほどではない。死を早めたということは言っていいと思うんですけど。開けてびっくりでしたね」
取材スタッフ「犯罪性があるというところまでは分からない?」
清水さん「私たちは分からないので、そこからは捜査になります。最終的には捜査機関がお決めになりますね。解剖から分かることはすごく限られていて」
取材スタッフ「なんでもわかるようなイメージが、法医学者にはドラマのせいかありますけど…」
清水さん「それは大きな誤解でして、そんなことは全くありません。現実はそんなものだと思います。私が特別分からないわけではなくて、分かるという方がおかしい、無理ですね」
死因の判断を誤れば、犯罪の見逃しや、えん罪を生む。その重圧の中で、清水は年間250体の死者の声を聞いている。
<告白2 岩瀬博太郎 法医学の危うさ>
朝4時、毎日10キロを365日、休まず歩き続ける男がいる。法医学者の岩瀬博太郎。
仕事のストレスから不眠症になり、10年前から歩き始めたという。岩瀬は長年、東大と千葉大の教授を兼務してきた。法医学の改革のため、人員や予算を増やすよう国に求めてきたが遅々として進んでいない。
岩瀬が学んだ東大の法医学教室は、日本で最も古い歴史を持つ。
法医学は、明治22年、ドイツに留学していた初代教授の片山國嘉が日本に広めた。
岩瀬が東大で助手を務めていた頃、法医学者の立場の危うさを初めて感じた事件がある。1996年1月に東京・足立区で起きた猟奇的な事件。首が切り落とされ、胴体だけの女性の焼死体が見つかったのだ。
解剖を担当した岩瀬に警察は「首絞めによる殺人ではないか」と見立てを述べたという。しかし、遺体を解剖しても首絞めの所見は見当たらず、死因は判定できないと岩瀬は結論づけた。しかし、警察は死因の特定にこだわった。
千葉大学法医学 教授/岩瀬博太郎さん「死体遺棄と死体損壊だけなのか、殺人なのかでえらい違いになるからなんだと思うんですけど…。警察は殺人になんとかならないかっていう観点で動き始めたようで…」
警察はひそかに別の法医学者に死因の調査を依頼した。第六代東大法医学教室の教授、石山昱夫。当時、学会の権威とされる人物だった。
石山は、肺の一部が膨張していることから首絞めによる殺人だと述べた。
岩瀬には、医学的根拠のない鑑定に思えたという。
岩瀬さん「分かるわけないのに、なぜか首絞めっていう話が出てきて、そんなばかなって。『(遺体の)頭が出てこないうちに死因を決めちゃ駄目でしょ』って話はしましたけどね…」
その後、事件は急展開した。あるアパートの庭から頭部が発見され、胴体だけの遺体とDNAが一致したのだ。そして、この家の住人が逮捕され、犯行を自白した。同居していた女性と口論になり、バットで頭を殴ったという。
頭部には大きな亀裂があり、自白が正しいと裏付けられた。首絞めにこだわっていた警察の見立てが否定されたのだ。
岩瀬さん「時々、我々が今でも体験する話ではありますけどね」
取材スタッフ「(岩瀬さんが)こう思っても、別の意見が出たり…?」
岩瀬さん「そうですね。自分が『科学的にここまで言えませんよ』って言ったものについて、ほかの鑑定人に持っていって、その人が『殺人ですよ』って言ってくれるような鑑定を出すというのは、今でも時々、起きていますね」
更に法医学者は、裁判での証言を求められることもある。検察側、弁護側、それぞれの依頼で法廷に立つのだ。しかし、それが大きな重圧になるという。
岩瀬さん「彼ら(検察官・弁護士)も建前は正義なんでしょうけれども、個人としては裁判に勝ちたいみたいな、そういう欲求というのは、当然あるわけなので、その中でぜい弱な法医学が、非常に悪いような使われ方をすることもありますよね」
岩瀬が、そのことを痛感した事件がある。それは、2005年12月1日、栃木県の旧今市市で起きた。学校帰りの小学1年の女児がこつ然と姿を消したのだ。
翌日、今市市の現場から60キロ離れた、茨城県常陸大宮市の山林で女児の遺体が見つかった。ナイフで胸を10か所刺され、山林の斜面に投げ捨てられていた。凶器も発見されず、捜査は困難を極めたが、事件から9年後にある男が逮捕された。
勝又拓哉は、拉致現場に土地勘があり、ナイフ収集の趣味などもあって、犯人像に合致していた。勝又は、取り調べを受けて犯行を自白した。しかし、裁判が始まる前に自白は強要されたものだと無実を訴えた。
2016年2月、宇都宮地裁で一審が始まった。
勝又の自白をもとにした裁判の争点。
『遺体の発見現場で殺害した』
『死亡推定時刻は翌朝4時頃』
主にこの2つが争われた。
<争点1>
まず、殺害現場について審理が始まった。解剖の結果、女児の体内から1リットル以上の血液がなくなっていた。しかし、警察が撮影した現場写真にはその量に相当する血だまりは見当たらなかった。弁護団は、この山林が殺害現場ではないと主張していた。
一方の検察は、血液に反応して光るルミノール検査の写真を法廷に提出していた。これが警察が撮影した写真。
確かに斜面が青く光っている。この写真によって、大量の血液が流れたと検察は訴えたのだ。
この裁判で検察側の証人となった岩瀬。写真から血液の量が分かるか証言を求められたのだか、ルミノール反応が血液の証明になると断定するには、ちゅうちょがあったという。
岩瀬の答弁の内容はこうだ。
『ルミノール反応が本当に血液に反応しているか問題はありますが、血液だとすれば、それなりに広い範囲に血が落ちているという印象は受けます』
証人尋問調書より(概要)
取材スタッフ「これが本当に血液であるならば、それなりの広い範囲にあるように思えるというのを答弁されているのですが…」
岩瀬さん「光って見えたんでしょうね、それなりに。ただ、ルミノールって鉄があればなんでも反応しちゃうので、森の中に鉄がいっぱいあるでしょうからね。だから、あえて注釈をつけて、本当にこれが血なのかわからないってちゃんとご丁寧に答えてるわけですよね。ルミノール反応の限界がありますからね」
<争点2>
次に、死亡推定時刻についても法廷で争われた。解剖では、女児の胃の中に食べ物が消化されずに残っていることが判明していた。消化のスピードを考えると、これは食後4時間で死亡したとするのが法医学の常識とされていた。弁護側の主張はこうだ。
女児が給食を食べたのが、1日の午後1時頃なので、死亡時刻はその4時間後の午後5時だと推定される。殺害時刻が勝又の自白したとおり、2日午前4時頃だとすると食後15時間が経過したことになり、大きく矛盾するというのだ。
検察側は、食後15時間でも矛盾がないか岩瀬に証言を求めた。
『食後経過時間というのは非常にあてにならないものです。消化運動が止まると胃が動かないので、ストレスがかかったり、薬を飲まされると時間はあてにならなくなります』
証人尋問調書より(概要)
取材スタッフ「弁護側は、当然アリバイとの関わりがあるので4時間っていうのを主張した?」
岩瀬さん「そういうことですよね。弁護側は、4時間以内にしたいわけですよね。検察側は、十何時間にしたかったんでしょうけど。私にとっては、どっちか分からないっていうのが正直なところですよね」
取材スタッフ「どっちか分からない…」
岩瀬さん「分からない。ただ、延びる時がありますよっていう。これはちょっと極端ですけれども、昔、地下鉄サリンで亡くなった方を解剖した時に、人工呼吸器で1年以上脳死状態でつながれていた方を解剖したら、その事件の当時に食べた胃内容がまだ残ってましたからね」
取材スタッフ「1年…」
岩瀬さん「うん…。だから、ああいうのを見ちゃうと、う〜んとか思っちゃいますよね」
法廷での証言で「分からない」と繰り返す岩瀬に対して弁護士が質問を浴びせた。
弁護士「先生は結局分からない、分からないで全部終わらせてしまうからそうしたら法医学なんて不要じゃないですか」
岩瀬「でも、本当にそういう世界なんです。分からないときは、分からないと言わなきゃいけないんです」
証人尋問調書より
岩瀬さん「時々、我々法医学者は、ドラえもんみたいに何か期待されてるんだなって思うときがありますけどね。(証拠を)何でも出してくれみたいな…。違うんですけどね。他の法医学者がわからないのに、俺には分かるみたいなことになるとですね、続々と(検察・弁護士から)依頼が来ますからね」
2016年4月、宇都宮地裁は勝又に無期懲役の判決を言い渡した。争点となった勝又の自白は、迫真性があり信頼できるとされたのだ。判決は、岩瀬教授の証言を重要な裏付けとして盛り込んでいた。
まず、現場の血液量については…
『ルミノール反応に関する岩瀬教授の証言によっても単なる滴下痕としては説明できない量の血痕が残っている』
判決文より
岩瀬が法廷で「本当に血液ならば」と留保をつけたことは、採用されることはなかった。
そして、死亡推定時刻についても…
『岩瀬教授の証言を前提とすれば消化活動がほぼ停止した状態になっていたとしても不合理とはいえない』
判決文より
岩瀬の証言が弁護側の主張を否定し、検察側を認める方向で使われた。
岩瀬さん「都合よく編集されちゃうところがやっぱりありますよね。裁判上はね…」
取材スタッフ「法医学、科学?」
岩瀬さん「科学が」
取材スタッフ「科学って編集できるものなのでしょうか?」
岩瀬さん「まあ、裁判では編集できちゃうんですよね。検察側にいいように利用されたり、弁護側にいいように利用されるようなリスクのある仕事の中で、何を信じたらいいかといったら、やっぱり科学性だと思うんですよね。それをないがしろにしたら、法医学として、自分が本当に法医学をやってるのかわからなくなっちゃうと思うんですよね」
<告白3 吉田謙一 “無視された”法医学>
東大名誉教授の吉田謙一。法医学教室で岩瀬の先代教授にあたる。
今市事件は、弁護側が控訴。その弁護側の証人を依頼されたのが吉田だった。この日、女児の遺体が遺棄されていた現場を久しぶりに訪れた。
吉田は東大退官後に弁護側の証人を引き受けるようになったが、それ以来、捜査当局の態度が変わったという。
東京大学 名誉教授/吉田謙一さん「特に弁護側という意識はないのですが、ただそういうレッテルを貼られてしまったような気がしますね。弁護側の法医学者というレッテルを貼られたような気がします」
取材スタッフ「何か先生にとっての変化みたいなのは?」
吉田さん「そうですね。東京医大で解剖をしていたのですが、解剖の依頼が止まりましたね」
取材スタッフ「えっ?解剖の依頼が?弁護側に立ってからということですか?」
吉田さん「はい。有名な事件に関わっているということが明るみに出てから。それは正直言ってつらかったですね」
2017年10月、東京高裁で今市事件の二審が始まった。
吉田は、「遺体の発見現場で殺されたのか」という争点に改めて挑むことになった。
大きなポイントは、ルミノール反応によって広範囲に血痕が認められるとした一審判決が正しいか検証することだった。
勝又の自白によれば、林道で女児を殺害したあとで斜面に投げ捨てたが、まだ遺体が見えていたため、もう一度、抱きかかえて捨てたという。自白通りだとすれば、林道上から斜面にかけて広い範囲で血痕が残っているはずだが、警察の現場写真で確認しても見当たらない。
吉田は、血痕を調べるにあたり、血痕学という分野の世界的権威であるドイツの法医学者に意見を求めることにした。捜査資料を自ら翻訳して送るとすぐに回答が届いた。現場の血痕をつぶさに解析した報告書には、驚くべき見解が記されていた。
吉田さん「合計11個の血痕が識別されているのですが、血だまりはない。それと、1番大きな血痕で、おそらく数ミリリットル以下だろうと。スポイトで滴下したくらいの量の血痕量が推定されるものが1個だけであると」
取材スタッフ「この血痕ということから、何が言えると思われたんですか?」
吉田さん「間違いなく殺害現場ではない、ということを確信しました」
次に、吉田は事件当時の血痕の状況を科学的に実証するために、本物の血液を準備し斜面にまいた。
検察側は、血液が土に染み込んだ可能性もあると主張していたが、そんなことが起きるのか。
血液をまいて、一昼夜がたったあとで確認を行った。すると、土の表面の血液に変化はなく、土を掘ってみると染み込んでもいなかった。
それでも、検察側にはルミノール反応という強い証拠があった。
実験当時、斜面にはたくさんの落ち葉が積もっていた。吉田は、試しに血液をまかずに、落ち葉の上にルミノール検査薬だけをまいた。すると、血液がないにもかかわらず、徐々に落ち葉が光り始めたのだ。
吉田さん「明らかに、ルミノール液をまいた範囲全体がそれなりの強さの蛍光を発している、ということに気付きました」
取材スタッフ「血をまいていないのに…?」
吉田さん「(血を)まいていないのにもかかわらず、その辺りの落ち葉が浮かび上がってきている。蛍光を発してるということに気付きました」
落ち葉には、酸化鉄という成分が含まれていてルミノール検査薬がそれに反応して光ることが分かった。
一審で岩瀬教授が「本当に血液ならば」と留保をつけていたことは重要だったのだ。
さらに、弁護団が撮影した落ち葉だけのルミノール反応の写真は、法廷に提出された証拠写真と光り方が似通っていた。
吉田さん「警察が撮影したものと自分たちが落ち葉にまいたものと比べて、どっちがどっちなのか区別はできなかった。ほぼ同じでした。提出されている証拠というのは、言葉悪いですが、実際の血ではないものを血であるかのように見せかけているっていうことが、瞬時に分かりました」
そもそも、現場には11か所にしか血痕はなく、広範囲にルミノール反応が出るのは不自然だと考えていた吉田。警察が提出した写真にも強い疑念を示した。
取材スタッフ「かなり強い証明に一審ではなっているようですけれど…」
吉田さん「はい。全く根拠はない。恐らく、実験をした警察官は分かっていると思うのですが。そういうものが、証拠として使われているということが分かりましたね」
吉田は、法廷で現場の血液量について証言を行い、一審判決の矛盾を立証できたと感じていた。しかし、法廷内では裁判長と検察官との間で、異例のやり取りが行われていた。
裁判長「検察官に確認しますが、殺害行為の日時、場所に関し訴因変更を請求する予定がありますか」
検察官「検討して速やかに回答します」
公判調書(概要)
2018年1月、検察官は、殺害現場と殺害時刻に関してそれまでの起訴内容を変更する手続きを行った。勝又を犯人としたまま、自白した殺害場所と時刻の縛りを取り払い、新たな内容を提示したのだ。
殺害現場は、『遺体発見現場近くの林道』だとして起訴されていたが、『栃木県内か茨城県内またはその周辺』と大幅に変更された。
殺害時刻も、『12月2日、午前4時頃』で起訴されていたものを拉致された『1日、午後2時38分頃から、2日、午前4時頃までの間』と、これも大きな幅を持たせた。
2018年8月、二審の判決の日がやって来た。判決は、再び無期懲役。裁判長は、吉田の主張を踏まえて、山林が殺害現場とは言えないとした。その上で、殺害現場に関しては、勝又が虚偽の自白をした疑いがあると指摘。一方で裁判長は、殺害したという自白そのものは、信用できると判断したのだ。
吉田は、科学的に証明した事実が裁判で反故(ほご)にされ、結局は、殺害したという自白が重んじられたと考えている。
吉田さん「裁判という場が、事実認定の場であるということをほとんど無視した非常にひどい、日本の裁判って、外国の人から見たら、中世並みとか暗黒裁判って言われるんですけども、まさにそうだなというふうに思いました」
取材スタッフ「今市事件という裁判の場で、科学鑑定あるいは法医学者っていうのはどういう扱いを受けたっていうふうに思われますか?」
吉田さん「全く無視されたと思っています」
2020年、最高裁で勝又の無期懲役が確定。しかし、勝又は無実を訴え、弁護団が再審請求を準備している。
<告白4 小林雅彦 日本を飛び出した法医学者>
21年前、日本の法医学に見切りをつけ、アメリカに飛び出した男がいる。ハワイ・ホノルルの法医学者、小林雅彦。アメリカ各地で研さんを積んだ、全米でも屈指の法医学者だ。
ホノルル監察医事務所 所長/小林雅彦さん「ハワイはですね、実は、新婚旅行で来たんですよ。でも実際に住むとは思ってなかったんですけど。ちょうど(監察医の)空きがあったんですよね。それで決めました。決めましたというか応募して」
犯罪大国、アメリカ。1940年代から犯罪の見逃しやえん罪の防止を求める声が高まり、死因の究明に特化した公的機関が整備されていった。小林が所長を務めるホノルル監察医事務所もその一つ。市の予算で運営される独立機関だ。人口100万人のオアフ島全体を管轄し、年間3,500体に上る異状死体を取りしきっている。
小林は、東大法医学教室で吉田や岩瀬と同じ教室にいた。33歳の時、アメリカ行きを決断したのだ。
事務所には、法医学や生物学などを学んだ捜査官と呼ばれる専門職11人を常駐させ、24時間体制で事件発生に備えている。
小林直属の捜査官は、強制力のある捜査権を持ち、死因の究明に必要な情報を集めることができる。
取材スタッフ「警察という職務とはちょっと違う…?」
小林さん「そうですね。警察の人は、(殺人の場合は)どちらかというと犯人逮捕を主に考えることが多いんですけど、うちの捜査官は、メディカル・エグザミナー(監察医)に必要な情報を集めてくると。だから、犯人は誰だっていいんですよね、実際のところ。うちとしてはですね、自殺か、他殺か、そういうのを決めるのが私たちの仕事なので。それに必要な情報を(捜査官は)集めてきてくれる」
事件現場で発見された遺体が、監察医事務所に運ばれてきた。異状死体の管理を法医学チームが行うのだ。また、ホノルルでは、解剖するかどうかも法医学者が決める権限を持つ。警察から独立しているのだ。これが、世界のすう勢となってきている。
取材中、殺人事件が発生したと情報が入り、現場に急行した。事件は、ホノルルの閑静な住宅街で起きた。家族4人を殺害し、犯人の父親が自殺するという痛ましい事件だった。
監察医事務所の捜査官が車で到着した。規制線をくぐり、殺人現場に向かう。
法医学チームが現場に立ち会うことは、日本ではありえないことだ。
遺体の捜査は、小林と捜査官が警察より優先して行う。殺害現場や遺体の状況を細かく観察し、写真に収める。
取材スタッフ「警察が自分ところで見たいって手を出すことっていうのはどうなんでしょうか?」
小林さん「それはできないです。警察は、もちろん現場にある状態のご遺体を見ることはできる。けれども、それ以上のことはできないんですね。ご遺体動かすこともできないです。うちの捜査官が行くまでは、遺体を動かしてはいけないと。死因を決めるのは、あくまで私たちであって警察ではないっていうのは、かなりはっきりした事実だと思います」
しかも、小林たちは死因の特定のみを行う。それ以上は、求められても答える義務がないという。
取材スタッフ「例えば、どれが凶器なのか日本の法医学者は特定しますが、そういった凶器を特定するみたいなことはしますか?」
小林さん「今までしたことはないですね。頼まれたこともないです。大体、どういう凶器かぐらいは聞かれます。もちろん。ナイフとして矛盾はないかとか、それぐらいなら言えるんですけれども。例えば、このナイフはダメで(凶器ではない)このナイフはいい(凶器だ)とか、それはちょっと(特定が)難しくなってくるんですよね」
取材スタッフ「日本では、(例えば)死亡推定時刻、そのようなことはどうなんですか?」
小林さん「そうですね…。死亡推定時刻については、こちら(アメリカ)では科学的な根拠が薄いこというのが私の答えになりますね」
アメリカでは、裁判において法医学者の置かれた立場が日本とは異なるため、小林は頻繁に裁判への出廷を求められる。去年も、被害者の解剖を担当した殺人事件で検察側の証人として法廷に立った。
事件は、オアフ島の西部にある海岸で起きた。遺体は、波打ち際にあり、最初は溺死と思われた。しかし、捜査官が調べると首に刺し傷が見つかったのだ。
小林さん「簡単に言いますと、刺し傷が2つ。首と膝にあったんですね。やはり溺死を示唆する所見ももちろんあるもんですから」
取材スタッフ「結果として、先生の死因は?」
小林さん「死因の中には両方(刺し傷と溺死)を組み入れました。死因の種類は、他殺ということになりました」
警察は、女性を巡るトラブルが原因で被害者を殺害したとして、二十歳の男を逮捕した。その裁判の前に、小林のもとに被告の弁護士から電話がかかってきたという。弁護士は、死因について鑑定書以上の内容を事細かに聞いてきたので、小林は、聞かれたことに全て答えた。
この事件に関わる法医学者は、検察側の小林のみ。ホノルルでは、検察側の証人が弁護側に情報提供することが推奨されているのだ。
裁判では、弁護士は小林から得た情報をもとに死因から刺し傷を排除しようと質問をぶつけてきた。死因が溺死だけになれば、事故死の可能性を訴えることができるからだ。
小林さん「私も検察側の証人とは言っても、検察の言うことに全て「イエス」を言う人では全くないわけですよね。どちらかといえば中立で、弁護側から意見を求められれば、裁判の前でもお話しをして、全て情報をあげます」
ホノルルの捜査機関では、法医学者の存在をどう考えているのか。殺人専門のスコット・ベル検事に聞いた。
ホノルル検察局 検事/スコット・ベルさん「監察医は検察側でも被告側でもありません。中立的で、客観的な専門家として見られます。そこが、日本とアメリカのシステムの違いなのかもしれません。監察医は、検察のために働くわけでも、私のために働くわけでもない。小林医師は完全に独立してます。小林医師と警察は協力し合うのですが、警察が小林医師に何をすべきか指示したり、小林医師が警察に何をすべきか指示することはなく、むしろ協力し合うのです」
取材スタッフ「上下はないということですか?」
スコット・ベルさん「上下はありません。平等です」
日本を飛び出して21年。ホノルルでは、解剖の決定権を持ち、遺体の管理も自らできる。小林は、今の仕事にやりがいを感じているという。
取材スタッフ「日本に戻りたいお気持ちはありませんか?」
小林さん「それは今のところはないです」
取材スタッフ「理由というのは何でしょうか?」
小林さん「そうですね、こちらでは自分の好きな捜査ができる。与えられた情報だけでやってるわけではなくて、自分から進んでいろんな情報を集めることができる。それは、非常に恵まれていると思うんですね」
取材スタッフ「日本に戻るとそれが損なわれる可能性がある?」
小林さん「そうですね。そう思います」
<エンディング>
去年12月、岩瀬に難題が降りかかってきた。
千葉大学法医学 准教授/猪口剛さん「昨日ですね、県警の一課の〇〇さんが、私と話したいと来られました。解剖が今1週間、2週間待ちの状態になっていると。来年度以降、東京の方で別の大学と契約することも今、視野に入れていますということをおっしゃっていました…」
岩瀬さん「非常に残念な話です。前からうちの解剖を増やしたいということで、我々も頑張ってきて…」
猪口さん「お互い口には出さなかったけども、安くて早いところに持ってきますよ、ということを宣言されたなというふうに僕は思いました」
岩瀬さん「早けりゃいいってわけでもないしね…。結果的には、どんどん我々のレベルも落ちていくしみたいなね…」
もし、解剖数が減らされれば、死因の研究や後進の育成も滞ってしまう。警察からの課題には悩んだ末、解剖を一部効率化して受け入れを増やすことにした。
日本では、毎年9,000人が医師となるが、法医学者を目指すのは僅か数人だけだ。
岩瀬さん「何だこの国って思ってますよね。だから寝れなくなっちゃったんでしょうけど。真っ暗になっちゃったんですよね。将来が。本当に…」
取材スタッフ「私たちの社会どうなっちゃいますか?」
岩瀬さん「えん罪が増えたなって思う日が、来るかもしれないですね」
取材スタッフ「えん罪に結びつく?」
岩瀬さん「えん罪に結びつくし、犯罪見逃しにも結びつくし。ますますそういうのが悪化するんじゃないですかね。まあ、自分のこととして思える人がほとんどいないんですよね…」
雨の中、岩瀬は今日も歩く。