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ローマ字文の1音節のことば

田丸式のローマ字は、ドイツ語みたいに名詞を大文字でかきはじめる。でも、これにはいろいろむずかしいことがあって、訓令式でもヘボン式でもそういうことはしない。このことに関連して、服部四郎「分ち書きについて」(『言語学の方法』岩波書店)には、1音節の単語のなかには大文字ではじめたほうがいいものもあるなんてことがかいてある。

   kabe no e ni
   ôkina wa o egaita
などと書くと,「絵」「輪」という単語が助詞の「へ」「は」と同じ形となり,この字形を見ると,つい使用頻度の高い助詞の方を連想して,多少まごついたり,物足りなく感じたりする.
これらを
   kabe no E ni
   ôkina Wa o egaita
と書くと,読み易く感ぜられる.そこで私は或種の助詞と同じ形となる所の
   E(絵,柄,餌),Ga(蛾),Ka(蚊),Mo(藻),
   Na(名,菜),Ni(荷),No(野),O(尾,緒),
   To(戸),Wa(輪),Ya(矢)
など少数の名詞だけの大文字始めを提案したいのである.そのほかにも
   ne,sa,yo,ze
などの間投助詞があるが,文の末尾に用いられるのが普通であり,途中に間投的に用いられる時には,その後にコンマなどの句読点が用いられるのが普通であるから
   ne(値,根,音),sa(差),yo(世),
   ze(是,たとえば ze ga hi demo)
などの名詞は大文字始めにする必要を感じない.

「絵」「輪」「尾」は助詞の「へ」「は」「を」とおんなじにはならないじゃないかっておもうひともいるかもしれないけど、訓令式でもヘボン式でも(もちろん服部四郎の新日本式でも)助詞の「へ」「は」「を」は e、wa、o ってかく。ローマ字文はローマ字入力とはちがう。こういうローマ字のつづりについて、この論文にはこうかいてある。

助詞の「を」を o と書くことは,この字母が非常に目立つ字母である点でも極めて適当であるが,(e と見誤る心配はないと言ってよい),wo と書くと,子供たちはほかの場合の o をも wo と書き誤ったりして(たとえば kao,ao,……などを時々 kawo,awo と書いたりする)混乱を来すことが報ぜられている(林長男氏).ローマ字を用いる以上,助詞の「を」だけを wo とする必要は全然ないのである.現代かなづかいで助詞にだけ「を」の仮名を用いるのは,有力な社会習慣に譲歩したからに過ぎない.

「へ」「は」についてもおんなじことがいえるだろう。

で、はなしをもどして、この論文の「追記」にも、大文字はじめについてふれてるとこがある。

佐伯氏より,「名」というような短い単語はその代りとなるべき namae という単語が発達してきている.ローマ字文では,このような長い単語を用いるべきで,一音節名詞を大文字始めにして保護を加えるような事をせずに,すべて小文字書きにしてそれらがほろびるようにしむけるのが正しい道だというような意見も述べられた.
 私も,できるだけ話し言葉を反映させて,
   o   sippo, himo
   e   esa
   na  namae, nappa
   no  nohara
のように,長い形のできているものは,その方を用いた方がよいという意見を持っている.しかし「わ」(輪),「え」(絵)などのように,身代りの単語のないものは,話し言葉に用いられてもまぎれない単語であるからであって,これらの単語をローマ字文で用いないわけには行かない.また「菜の花」を nappa no hana と言いかえる事ができないように,1音節語を使う必要のある場合もある.私はやはり,上に示した少数の単語の大文字始めを認める方が適当ではないかと思う.

この引用で「一音節」と「1音節」っていうふたつのかきかたがでてくるけど、これは原文のとおり。で、「輪」にはかわりの単語がないってかいてあるけど、このころ(1949年)って「輪っか」っていうことばはつかわれてなかったのかな。

それにしても、大文字をつかってわかりやすくするっていうやりかたのほかに、アクセント記号をつかうって手もあるとおもう。たとえばイタリア語で、接続詞の e と動詞の è をアクセント記号で区別したり、現代ギリシャ語で、定冠詞の η と接続詞の ή を区別するのにやっぱりアクセント記号をつかってたりするみたいに、1音節の単語にアクセント記号をつかうようにしてもいいんじゃないかな。名詞にアクセント記号をつけて、助動詞にはつけないっていうふうにすれば、大文字をつかわなくてもわかりやすくなるだろう。

記号はなるべくつかわないほうがいいってかんがえるひともいるだろうけど、もともと訓令式だってヤマガタ(^)をつかってるし、ラテン文字(ローマ字)をつかってる言語でアクセント記号をつかってるのはたくさんある。言語の数でいえば、つかってないほうがすくないだろう。

アクセント記号をつけることにすると、アクセントのちがいのこともかんがえないといけない。1音節の単語のアクセントは、アクセント核があるのと ないのの ふたつにわけられる。ないほうはいわゆる平板型だ。日本語の単語にアクセント記号をつけるには、アクセント核がある拍の母音字に鋭アクセント(´)をつければよくて、平板型にはつけなくていいようなもんなんだけど、1音節の名詞を助詞と区別するためには、平板型のほうにもつけなきゃいけないから、平板型の1音節の名詞には重アクセント(`)をつければいいとおもう。

このやりかたで服部四郎があげてた名詞にアクセント記号をつけると、こうなる。
   é(絵、餌)、è(柄)、gà(蛾)、kà(蚊)、mò(藻)、
   ná(菜)、nà(名)、ní(荷)、nó(野)、ó(尾、緒)、
   tò(戸)、wá(輪)、yá(矢)
大文字はじめだけだと「菜」も「名」もおんなじ Na になっちゃうけど、アクセント記号をつかうなら「菜」と「名」の区別もかきわけられていいんじゃないかな。

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2009.01.04 kakikomi

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