ウクライナ侵攻を受け活動 演じる中で感じた生きる意味と続ける意味

マハール有仁州
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 ロシアによるウクライナ侵攻を受けて結成した演劇ユニットが3日、広島で被爆した父と娘の心の交流を描いた井上ひさしさんの戯曲「父と暮(くら)せば」=KM=の朗読劇千葉県習志野市内で上演した。反戦や平和の尊さを共有するため活動を始めたが、原作から生きる意味を教えられたという。

 「あんときの広島では死ぬるんが自然で、生きのこるんが不自然なことやったんじゃ」

 「こよな別れが末代まで二度とあっちゃいけん、あんまりむごすぎるけえのう」

 習志野市内の教会。LED照明に照らされた男女が表情豊かに朗読する。翌日に本番を控え、リハーサルにも熱が入る。

 原爆投下から3年後の広島を舞台に、映画化・舞台化されてきた戯曲の朗読劇。生き残った罪悪感にさいなまれる23歳の女性を、時に涙を流して演じる娘役の桜井由利子さん(63)と、娘の前に現れた死んだはずの父を緩急をつけて演じる父役の岩渕健二さん(63)のやりとりに引き込まれる。

 会場後方で様子を見守るのは、習志野市の鈎(まがり)典子さん(59)、裕之さん(57)夫妻。かつて広島で暮らした典子さんが、演者の「広島ことば」を監修し、指導すべき点をノートに書き留める。隣では、普段は電気技師として働く裕之さんが、音響と照明を担当する。

 4人は関西大学演劇研究部「学園座」の出身で、2023年結成の演劇ユニット「芝居屋ゆいまの」のメンバーだ。

 桜井さんは連日の報道でウクライナ侵攻の悲惨さを目にし、10年以上前に芝居や映画で見た「父と暮せば」を思い出した。平和な日常を破壊されても生きようとするウクライナの人々と、原爆で父を失っても生きることを決意した娘の姿が重なった。

 仕事で演劇を続けていた岩渕さんが偶然にも「父と暮せば」を上演していたことから、同じ演劇研究部だった鈎さん夫妻を誘ってユニットを結成。栃木県京都府で朗読劇を重ね、今月3日の習志野市での上演も盛況だった。

 戦争をなくしたい。観客と思いを共有するため活動を始めたが、自分たちにも思わぬ学びがあった。

 岩渕さんは10年ほど前に肺がんが発覚。命を落とす可能性もあった中、新薬を案内され、渋々応じた検査から、3%とされる薬の適合者と判明した。

 服用を始めてから、群馬県で漫談をした時、高齢女性から声をかけられた。「がんになった息子は薬がなくて生きられませんでした」。薬の適合者だった自分が命を取り留めたのには「何か意味があるのかもしれない」と感じた。

 答えは、演じる中で見つかった。死者への負い目から、自分は生きていてはならないと思っていた娘は最後、亡くなった人の分まで生きることを選んだ。岩渕さんは「自分は薬が適合しなかった97%の人たちの思いも背負っている」と感じた。「人間は結局生きることを選ぶ。そんな普遍性がこの作品には込められていると思う」

 戦争の悲惨さを訴えるため活動を始めた桜井さんは、大きな政治の力で動く戦争を前に、ささやかな演劇活動の無力さを覚えるが、それでも続けなければならないと感じている。「作品があった世界となかった世界では、何かが違っていたと思うから」

 4人の青春の残り香が続く限り、依頼があればどんな場所にでも駆けつけて公演をするつもりだ。むごい別れがない世界に、ほんの少しでも近づくのなら。(マハール有仁州)

     ◇

 〈父と暮せば〉 作家・劇作家の井上ひさしさんの戯曲。原爆投下から3年後の広島で、娘・福吉美津江の前に、原爆で亡くなったはずの父・竹造が「恋の応援団長」として現れる物語。生き残ったことへの負い目から、恋心を抱く青年と幸せになることをためらう娘と、娘を励ます父とのやりとりが描かれている。

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