法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』

 ひとりのジャーナリストが鬼太郎の謎をさぐろうとしていた。なぜ彼は人間を守ろうとするのか。その起源は昭和31年にさかのぼる。血液銀行につとめている戦場帰りの水木は、謎の血液製剤の利益をもとめて、哭倉村という村へ行くこととなる。そこで血液製剤を製造している社長一族が村の中心となっているようだが……


 2023年11月に公開され、異例のロングランヒットとなったアニメ映画。TVアニメ6期の流れをくんで、妖怪漫画のオリジンエピソードに原作者の戦場体験をプロフィールをかさねあわせたアニメオリジナルストーリーでつくられた。

 監督はTVアニメ5期の劇場版*1も担当した古賀豪。ひとりでコンテを担当し、雑多な要素をよりあつめたストーリーと乱高下するアニメーションに統一感をもたらしている。


 まず小道具として煙草が印象的。煙が充満する屋内からして、時代性をよく表現している。特に列車で子供がせきこんでいる横で主人公の水木が煙草に火をつけかけつづけるところが、小道具で緊張感を生んでいる。『閃光のハサウェイ』で飲み物に口をつけかけつづける主人公ハサウェイのようだ*2。そうして小道具そのものも尺をとって印象づけられ、成人男子の距離感の変化を象徴する定番の演出に活用されていく。
 次に村で起きる連続殺人事件だが、緻密な謎解きミステリは、映画で展開するには推理がわかりづらく、それでいて長々として間延びしやすい。そこで妖怪という超常の存在を導入することでハウダニット……どのようにやったかを省略し、水木が超常を感じられるようになることでフーダニット……誰がやったかは一目で解明され、人の心の理由にわけいるホワイダニット……なぜやったかに注力できる。同じ東映の『モノノ怪』で成功した手法だ。

 そして村社会の階級構造が軍隊の階級構造とかさねあわされ、相互にからみあう。悲惨で外道な村社会をとおして大日本帝国を描くことで反戦反軍的な作品になると同時に、戦争という史実が村社会の因業が生みだした事件の現実感を補強する。欲望にとりつかれた女性の姿を自分だけ生きのころうとする男性の姿にオーバーラップさせることで「因習村」にくみこまれがちなミソジニーも相対化できた。
 幽霊族という少数民族を搾取することで成功した村。やはりこれは植民地を搾取した大日本帝国の相似形だろう。村人も被害者ではなく、外部の日本人を拉致して搾取するため働いているあたりが徹底している。大日本帝国が史実の戦争でおこなった搾取や攻撃の対象こそ直接的には描いていないものの、風刺的な比喩としては成立している。
 しかも戦中の非道が戦後に連続する基本構造だけでなく、日清日露の「快進撃」も戦後の「復興」も幽霊族という異民族の搾取で成立していたと明言された。戦中戦後の連続性を描いた作品とは噂に聞いていたが、ここまで批判の射程が長い作品だとは思わなかったし*3、さすがにこれで愛国的な消費がされるのは制作者の責任ではないだろう。


 しかし映像面は、先述のように監督がひとりでコンテを切りながら、作画に由来する出来不出来がはげしい。良いところとして、トンネルをぬけてから俯瞰でひろがる水田を風がわたる冒頭は、やはり森久司原画らしい。ゆらゆらした動きの人体と服のしわ、ランダムにそよぐ稲の波が心地よい。
 中盤のゲゲ郎と裏鬼道衆たちの戦いも手描きアニメならではの素晴らしいアクション作画が楽しめた。殺陣やカメラワークも見事で、机や椅子を配置することで屋上でも間延びせず、さらに狙撃や建物に逃げこむ展開でアクションの舞台を立体的に拡張する。このパートだけでも作画アニメとしての満足感をつくりだしている。
 しかしクライマックスは、さまざまなシチュエーションの戦闘が連続しながらコンテの要求に作画がこたえきれてなく、あまりテンションがあがらない。暴走した狂骨によって人々が肉塊となっていくゾンビ映画のごときシチュエーションはアイデアたっぷりで良かったし、最後の地下空間の巨大な狂骨と髪をのばしたゲゲ郎の奥行きと巨大感あるコンテは良かったが、ここで凄腕のアニメーターを呼んで腕をふるってもらえれば全体としても満足感が出ただろうことが惜しい。
 志田直俊っぽいカットがクライマックスに少しあったし、実際にクレジットされているが、過去にはボリュームある長いカットを担当してきた志田直俊らしからぬ短さで、よほど制作状況が逼迫していたのではないかと想像する。
 事実としてエンディングでクレジットされる作画監督関係スタッフが近年の水準でも多すぎる。それでいてキャラクターデザインがTVアニメ6期の延長くらいの簡素さで、微妙な表情を作画しきれていないところが弱い。モブはきちんと動かしていて不自然な止め絵も見あたらないものの、このキャラクターデザインと作画体制では、繊細な作画が必要な顔面クローズアップをコンテで多用するべきではなかったと思う。

*1:2019年のアニメ限定ホラー映画ベストテンの9位に私選した。どちらかといえばTVアニメ5期へ言及するためではあったが。 ホラー映画ベストテン〜アニメ限定〜 - 法華狼の日記

*2:

*3:とはいえ直後に公開された『窓ぎわのトットちゃん』も、太平洋戦争が日中戦争から連続していることを少しずつ実感させていく構造だった。自国の被害のみ印象づけようとしてきた日本社会への問題提起がアニメ映画で同時多発的におこなわれたことが印象深い。 『窓ぎわのトットちゃん』 - 法華狼の日記