弥助描いた日大准教授の著書「発想に飛躍、検証不能な逸話も」歴史学者・呉座氏に聞く(下)

オンラインで取材に応じる呉座勇一氏(画面、高橋寛次撮影)
オンラインで取材に応じる呉座勇一氏(画面、高橋寛次撮影)

仏ゲーム会社、ユービーアイ(UBI)ソフトが11月に発売する、日本の戦国時代を舞台にしたゲーム『アサシン クリード シャドウズ』で、主人公を黒人の「弥助」に設定し、屈強な侍としたことにSNSなどで反発の声が上がった。弥助は織田信長に仕えた実在の人物だが、史料に乏しく、侍だったかどうかも定かでない。日大准教授のトーマス・ロックリー氏が、弥助の海外への周知に大きな役割を果たしたとされる。ユーチューブで大河ドラマの考察なども行っている歴史学者の呉座勇一氏に、今回の問題について聞いた。

「全て肯定」では研究できず

ーーロックリー氏が書いたり、話したりした弥助の活躍の中に、〝誇張〟が含まれているのでは、とSNSで指摘されました

「ロックリーさんが国内外でさまざまな発信をしているということは聞いていますが、それを全て把握しているわけではないので、決めつけはできません。ただ、『信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍』(平成29年)という著書を読んだ限りでは、研究する対象、この場合は弥助と、冷静な距離感を保っているとは言い難いと感じました」

「歴史学の研究者というのは、研究する対象と一定の距離感を持つ必要があって、信長を研究していて『信長すごい』ではやはりダメで、信長の限界というものもあったんじゃないか、という引いた目で見る必要があるわけです。坂本龍馬だってそうですね。龍馬の限界や問題点というものも見て研究しないといけない。思い入れが強くなりすぎ、研究対象と一体化して、『全てを肯定していこう』という感じになってしまうと、歴史学の研究にはならなくなってしまいます。この著書を読むと、その距離感を取れていないという印象を持ちました」

「また、発想の飛躍があり、関係ない史料も弥助のことになっている部分があります。弥助が信長の首と刀を本能寺から持ち出したという逸話は『織田家の末裔(まつえい)を称する家に伝えられた』と書かれていますが、具体的に誰が言っていたかを記さなければ、他の研究者が検証できない。この伝承は私も聞いたことがありませんでした」

ゲーム『アサシン クリード シャドウズ』のイメージ画像。主人公は、侍として描かれる黒人の「弥助」と架空の女忍者「奈緒江」だ(ユービーアイソフト提供)
ゲーム『アサシン クリード シャドウズ』のイメージ画像。主人公は、侍として描かれる黒人の「弥助」と架空の女忍者「奈緒江」だ(ユービーアイソフト提供)

ーー『信長と弥助』には、「地元の名士のあいだでは、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ」というくだりがあり、日本で黒人奴隷がはやっていたというように読めることから、SNSなどで批判されました

「これに関してはおそらく、九州のキリシタン大名の一部が黒人を召し抱えていたということが、分かりにくい書かれ方をしているのだと思います。日本をおとしめようとする悪意は感じられない。この本全体の文脈からいうと、日本人は黒人を差別するのではなく、むしろ好印象を持って、競って自分の手元に置こうとしたという趣旨であり、黒人奴隷をこき使っていた、という話ではないと思います」

間違った歴史認識の修正は国主導で

ーー今回の問題では、SNSなどで歴史学者がもっと発信して、間違った歴史認識をただすべきだという意見も見られました

「歴史学者も〝炎上〟したくないので、そういう話題に発言したがらない。腰が引けます。でも、そういう形でも歴史に皆さんが興味を持ってくれることは、歴史学の研究成果を一般の人に伝えるチャンスでもあり、積極的に発信した方がよいと思う。ただ、個人が手弁当でやることには限界もあります。日本に関する間違った歴史認識が国際的に広がり、それを是正するなら、国家主導にならざるを得ない。政府が歴史学者の協力を得て行う必要があると思います。こう述べると『国家の対外プロパガンダに加担しろと言うのか』という反発があるでしょうが、歴史的事実を正確に伝えるのであれば、変な遠慮は不要ではないでしょうか」

「歴史は小説より奇なり」

ーー歴史を題材とした創作について、「もっとこうした方がよいのでは」と思うことはありますか

「作り手に関しては、歴史学の研究成果を学ぶといいと思います。私の印象では、作る側は歴史のことを調べるとその分、枠にはまり、自由な発想で物語を作れないと考え、調べて学ぶということを敬遠しているように思える。でも、例えば大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』(令和2年)で、染谷将太さんが演じた信長は斬新でした」

「信長は一般的には革命児とされ、古いものを壊して新しいものを創るというイメージが強いのですが、このドラマでは天皇や将軍という伝統的な権威を非常に尊重する。学界の最近の研究により、信長像がそういう方向に進んでいることを反映していたんです。このように、調べることで新しい発想に導かれるということがあると思います。作り手は自分で創造した方がおもしろいと思っているようですが、『歴史は小説より奇なり』といえるくらいに、実際の歴史はおもしろいものです。縛られないようにすることで逆に、昔からの固定概念に縛られていると感じます」

「本能寺跡」の石碑。志半ばで倒れた織田信長の人物像も、研究成果によって変遷しているという=京都市中京区
「本能寺跡」の石碑。志半ばで倒れた織田信長の人物像も、研究成果によって変遷しているという=京都市中京区

「また、読者や視聴者、ゲームを遊ぶ人のような受け取り手も、継続的に日本史に興味を持っていただきたいと思います。今回のように炎上したときだけではなく。受け取り手が常に歴史に興味を持っていれば、こういう設定のゲーム(弥助を主人公の1人にした『シャドウズ』)にはならなかったのではないか、と感じます。一般の受け取り手の歴史に関する知識・見識のレベルが上がれば、歴史を題材としたフィクションのレベルも上がり、これまで以上にすばらしい作品が生まれると思います」(聞き手 高橋寛次)

ござ・ゆういち 昭和55年、東京生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程から同研究科研究員などを経て、現在、国際日本文化研究センター助教。博士(文学)。専門は日本中世史。著書に『戦争の日本中世史』(新潮選書・角川財団学芸賞受賞)、『陰謀の日本中世史』(角川新書)、『戦国武将、虚像と実像』(角川新書)、『武士とは何か』(新潮選書)など。『応仁の乱』(中公新書)は48万部超えのベストセラーになった。江戸東京博物館学芸員の春木晶子さんとともにユーチューブ番組「春木で呉座います。」を配信中。

弥助問題「本人は芸人のような立場」「日本人の不満は当然」 歴史学者・呉座氏に聞く(上)

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