法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ゲーム『アサシンクリード シャドウズ』が日本を舞台に外国出身の黒人男性を主人公にした差別性は、漫画『ゴールデンカムイ』が北海道を舞台に和人男性を主人公にしたくらいに差別的な可能性はあるが……

 もともとゲーム発売前ということもあり騒動はくすぶりつつもおさまってきたと思っていたところに、産経新聞のインタビューに呉座勇一氏*1がこたえていた。
弥助問題「本人は芸人のような立場」「日本人の不満は当然」 歴史学者・呉座氏に聞く(上) - 産経ニュース
 記事がタイトルから「弥助問題」という構図をつくっていることも気になるが、呉座氏自身の見解も前編は気になるところがいくつかあったので*2、以前から思っていたこととあわせて少し書いておく。

実在の人物を使っているわけですから、それだったら弥助という、実際どんな人物だったかもよくわからない黒人を無理やり主人公にするのではなく、それこそ宮本武蔵とか、有名な剣豪・侍を主人公にするのが自然でしょう。侍だったかも分からない弥助を『侍の代表』みたいな感じにしてしまうと、日本の侍文化から、何かを奪っているという形になってしまう。だから『文化の盗用』と指摘され、日本人や海外の一部の人が違和感や不満を持つというのは、当然出てくるリアクションなのかな、と思います。

 弥助が侍の代表格とされているという情報がどこにあるだろうか。現時点ではあくまで戦士という設定に位置づけられている予告があるだけで*3、狭義の侍だという説明がされているわけでもない。
 アサシン教団とテンプル騎士団が過去から現代にわたって超常的なアイテムを争奪するシリーズにおいて、どうすれば主人公がその時代における代表格や典型例と解釈できるだろうか。実写映画でも主人公の立場はかなり複雑だ。
『アサシン クリード』 - 法華狼の日記

現代のメキシコで育った幼少期に母を殺した父から逃がされ、やがて殺人犯となった男カラムは、米国で死刑執行されたはずが無機質な巨大建築物のなかでめざめる。それは現在のテンプル騎士団がカラムたちのもつアサシンの遺伝子にのこる記憶を利用して歴史を探求する施設だった……

 たとえばシリーズのひとつを日本で漫画化した『アサシン クリード チャイナ』を読めば、見るからに主人公はその時代の代表格的な存在ではないとわかる。ちなみに現代パートは日本人女性が主人公だ。

 むしろ時代劇などで、その時代の平均的で代表的な人物が主人公になることがどれくらいあるだろう。現代人が共感できる過去の人物は、むしろその時代においては特異なことが珍しくないのではないだろうか。
『火垂るの墓』誰の犯した罪と罰。 - 法華狼の日記

過去の時代を描く時、当時の平均的な人物を主人公にしても、必ずしも現代の観客に感情移入をうながせるわけではない。
たとえば、アメリカ大陸の西部開拓時代を描いた西部劇で、野蛮な「インディアン」を退治してまわるガンマンを主人公にして、現代の観客はためらわず感情移入できるだろうか。迫害される先住民によりそったり、協力や支援をおこなったりするような、当時としては珍しい人物が主人公でないと感情移入しにくいだろう。


 しかも提示している代案を見ると、呉座氏はゲームについて誤解をしているらしい。インタビュアーの産経記者、高橋寛次氏も訂正や補足をしていない。

仮に弥助を登場させるとしても(主人公に)日本人の侍もいて、弥助もいる、という形にすべきだったのではないでしょうか

 そもそも『アサシンクリード シャドウズ』の主人公は、黒人男性の弥助と日本の女忍者のふたりと発表されている*4。これは騒動後の追加情報ではなく、初報の時点で明らかにされている。
日本舞台の「アサクリ」こと『アサシン クリード シャドウズ』のトレーラーがお披露目

伊賀者である忍のアサシン「奈緒江」と、織田信長に仕えていた侍「弥助」というダブル主人公となっており、詳細は不明だが「どちらを選ぶかはプレイヤー次第」となっており、選択が重要になってくるようだ。

 公表されているパッケージ画像においても弥助は前面に出ていないし、タイトルにもなっているアサシンの立場は日本の女忍者がひきうけている。

 実際の内容は遊んでみなければわからないが、おそらく異邦人と現地人がそれぞれの属する集団における特異な存在として協力することになるパターンだろう。
 そうだとすれば、その構図は日本の退役軍人がアイヌの少女とコンビをくむことになる『ゴールデンカムイ』に近い。ほぼ第三の主人公となる白石由竹のように、実在人物をモデルにしたキャラクターも多数登場する。

 そこから社会的な強者の男性が社会的な弱者の女性とつごうのいい関係をむすぶようになれば、たしかに差別構造を前提とした『ポカホンタス』のような物語になりかねない。
 そうでなくても、マジョリティな男性がマイノリティの女性に助けられつつ庇護する構図は、軽重のちがいはあれど植民地主義的な問題をかかえているといえるかもしれない。
 しかし少なくとも呉座氏が考えている構図とは問題がことなる。『アサシンクリード シャドウズ』が現地人も主人公にしていることは確実なのだから。


 また、呉座氏は対照的な作品としてドラマ『SHOGUN 将軍』をあげる。その設定がいわゆる白人酋長物に近しいことも指摘している。

ウィリアム・アダムス(三浦按針)をモデルにした英国人が、日本に漂着して主人公に船の動かし方や大砲の使い方とかを教えるわけです。これだけだと、進んだ文明を持つ白人が、愚かな有色人種にものを教えるということになってしまうが、そうではない。この英国人は、最初は戸惑ったり反発したりしますが次第に日本の侍の誇り高い生き方に感銘を受け、理解して、敬意を払うというプロセスが描かれています。一方的な関係ではなく、相互理解の話になっています。

 しかし説明された範囲では、それこそ典型的な白人酋長物と批判されがちだった『ラストサムライ』と大差ない。

 一方、『アサシンクリード シャドウズ』の弥助が判明している史実にそったキャラクターであるなら、異邦人として現地人へ一方的に優越する展開は考えづらい。
 呉座氏が指摘するように「悪い言い方をすると見せ物」という差別的な待遇であったとしても、奴隷という立場から解放して一定の立場をあたえたことは事実だろう。
 ゲームのなかでは弥助視点で戦国時代を批判するような物語を展開していくかもしれないが、現時点の情報から考えると、それは伊賀忍者奈緒江視点からおこないそうに思える。

www.youtube.com

*1:はてなアカウントはid:ygoza

*2:トーマス・ロックリー氏を論じた後編は同じ歴史家ということもあってか慎重で、どちらかといえばインターネットに流れている誤解をとく方向になっている。 弥助描いた日大准教授の著書「発想に飛躍、検証不能な逸話も」歴史学者・呉座氏に聞く(下) - 産経ニュース

*3:日常的に豪奢な鎧を着ているような開発中のプレイ画面も公開されているが、アサシンも独特の服装で日常をすごしているので、弥助だけが考証がおかしいというわけではない。さすがに多少の違和感はあるが、山がちな地形や植生などを見ると、外国のゲーム会社にしてはかなり日本の風景の再現に努力している感触はある。予告では畳が正方形で疑問視されていたが、こちらは9分半くらいから長方形の畳が確認できる。- YouTube

*4:はてなブックマークを見ると、はっきり指摘しているのは「個人的には弥助が主人公の一人であることは別に問題はなくて(女忍者もいるし)、弥助を「自分たちの視点(=アジア人は永久に異物)」発言と文化考証の雑さが問題と認識。/義経ジンギスカン説は在蒙古邦人の定番炎上ネタよ」とコメントしたid:aquatofana氏くらいしかいない。そのaquatofana氏のコメントも「アジア人は永久に異物」という、先述したように中国人主人公もいるシリーズに対して無理のある読解を採用しているが。[B! 歴史] 弥助問題「本人は芸人のような立場」「日本人の不満は当然」 歴史学者・呉座氏に聞く(上)