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「……理解出来ないわぁ」

「またそれですか?」

「あはは、でも確かに私も分かんないかなぁ」


 学園祭を来週に控えた週末、今あたしの部屋には凛と雅が遊びに来ていた。本当ならカズと一緒に過ごしたかったんだけど、彼は彼で空たちと遊びに出掛けている。


『偶にはこっちにも和人を貸せよ。お前ばっかズルいわ』


 なんてことを蓮に言われてしまったのだ。

 あたしとしてはその言葉に妙な対抗心を抱いたものの、蓮は雅やあたしたちを含め空や洋介と言った同性の幼馴染のこともとても大切にしている。だからこそ仲良くなったカズのことも同じように考えているんだろう。

 クラス全員が認めるイケメンでありながら雅馬鹿のクセして友人のことは誰よりも大切にしている蓮のことを知っているから……あぁでも、やっぱりあたしからカズを引き離したことはムカつくからアイツ地獄に落ちないかな。


「……おっといけないいけない。幼馴染に地獄に落ちろだなんてダメだぞ柚希」

「……何を思ったんですか」

「蓮君のことでしょ? 気持ちは分かるけどねぇ」


 凛はともかくとして、雅があたしに苦言を呈さないのは珍しくもない。雅は蓮のことが本当に大好きだけど、案外彼のおふざけに一番付き合っているのも雅だ。同調してあたしたちを困らせることも多いから怒る気はサラサラないんだろう。

 まあそんなこんなでカズとの予定が空いてしまい、男子全員が揃って遊びに出掛けたのであたしの部屋に集合したというのが今日の経緯だ。


「乃愛ちゃんは部屋でしたか?」

「うん。友達が来るんだって」


 乃愛も自室に居るけれど、どうやら中学の友達が遊びに来るらしい。別に出会ったら挨拶をする程度かなぁ、話すこともないし別にいっか。


「ねえ柚希ちゃん、本当に演技の方は大丈夫?」


 あたしのベッドに寝転がりながら人形劇の台本を読んでいる雅がそう言った。


「大丈夫よ。というかアンタ自分の恰好を少しは気にしなさいってば」

「そうですよ雅。下着が丸見えです」


 ベッドに寝転がっているのはまだいい、でもスカートを穿いてるのだからそんな風に足をバタバタさせると下着が丸見えだ。黒のレース……なんだあたしと気が合うわね……というのは置いておいて、流石に無防備すぎるだろうと思っての言葉だったのだが雅には気にした様子は一切ない。


「だってこの部屋には柚希ちゃんと凛ちゃんしか居ないじゃん。ならいくら見られても恥ずかしくないし? 何なら下着穿いてなくても恥ずかしくないよ」

「そこは恥ずかしく思いなさい」


 それだけあたしたちを受け入れてくれている証だとは思うのだが、流石にそれは恥ずかしさを感じろと言っておく。夏休みに雅の別荘に行った時もそうだし、誰かの家に泊って一緒にお風呂に入る時もそうだが基本的に体を隠すようなことはしない。あたしも別に体の隅々を彼女たちに見られて恥ずかしいとは思わないが、こういう部分での慎みは持った方がいいと思うんだけどそこんところどうかな?


「……はぁ。全く雅ったら」


 凛が疲れたように溜息を吐いた。そんな凛に苦笑しつつ、あたしは雅から台本を受け取って言葉を続けた。


「結構形にはなってきたわよ? 正直全くこのヒロインの気持ちに共感は出来ないけど演じるだけなら及第点はもらってるし」

「なるほどねぇ。和人君もそうなの?」

「えぇ。カズもほぼバッチリって感じ」


 練習を始めて数日なのに西川さんが満足するくらいには形になってきた。あたしもカズの台詞に心を揺さぶられることも少なくなってきたし……あぁでも、いまだにただの友達発言は心に来るモノがある。あれが自分に向けられたモノではないと分かっているのに、それがカズの声だからこそ心に刺さる。

 ……そして、それに淡々と諦めたように台詞を口にするあたし自身の声にもどうしようもないモヤモヤが募るのだ。


『直前になって物語を変えても良いわよ? 一応どんなことにも対応出来るようにはしているから。それこそ本番で自分がこうしたいと思った方向にシフトするのも全然いいわ』

『それはそれでどうなのよ』

『別にいいじゃない。それに、台本と違う方が感情が乗るんじゃない? それもまた良い化学反応になりそうだし』


 あの心底ワクワクしていた表情に殺意……までは行かないけれどちょっとムカついたのは本当だ。傍に居た優紀に瀬川君も笑ってたし、何ならカズも難しそうだけど分かったって頷いてたし。


「……あたしが思うハッピーエンドかぁ」


 もしも……もしもあたしがキッカだとしてリツキがカズなら……ううん、こんな例えは無駄ってやつだ。そもそもあたしはキッカのように諦めが悪くないし、カズは絶対にあんなことを言ったりはしないしなぁ。

 雅から台本を受け取ったあたしは少し台詞を読んでみることにした。


「リツキ君は私のこと、どう思っていますか?」


 その次に続く言葉は決まっている。

 ただの友達だよ、そう返されることは分かっている。もしもあたしなら……その言葉を聞いたあたしはなんて答えるだろう。


「……あたしは好き、あなたが好き……どうしようもないほどに好き」


 ……ふふ。

 これじゃあキッカじゃなくてあたしだなぁ。台本を閉じてそんな台詞を口にしたあたしを見て二人は目を丸くしていた。どうしたのかと首を傾げていると凛がパチパチと手を叩いた。


「……なんというか、柚希の想いがダイレクトに伝わってきた気がしました」

「まあ完全にあたしだからねこれは」


 それもそうですねと凛は笑った。

 私が置いた台本を再度手に取った雅がこんなことを口にした。


「私たちがこの人たちの友人だとしたら、たぶんお節介焼きまくるんだろうなって思うよ。なんか見てられないもん」

「でしょうね。あり得ないですがこれが柚希と和人君なら……えっと、私もしかしたら和人君を殴ってるかもしれません」

「は?」

「例えですよ例え!」


 カズはそんなことしないもん! そんな気持ちを込めてつい凛を睨んでしまった。

 一旦人形劇に関することはこの辺にして、あたしはこの煮え切らない関係に文句を言いたくなるのなら凛も大概でしょうと言葉を返した。


「アンタが空の興味を引こうとして他の男と付き合おうとしたこと忘れてないわよあたしは」

「あぁあったねぇ。ねえ凛ちゃん、もうあれは終わったことだけど頭大丈夫?」

「っ……ほんっとうにごめんなさい!! 私が馬鹿でしたああああああああ!!」


 まああれは今となったら大分昔のことだし凛もそこまで頭が回らなかっただけのことなのであまり責めても仕方ない。空の鈍感さ加減は凄まじかったが、それ以上に空回っていたのが凛だったから。


「あの時の柚希ちゃん凄かったもんね」

「そうですね……あの時のは痛かったですよ」

「……やりすぎたわよね」

「いえいえ、おかげで目が覚めましたから」


 空の気を引くために他人と付き合うフリをする、そんな今時負けヒロインの典型的行為をしようとした凛の頬を思いっきり叩いたのだ。何言ってんだこいつはと、今まで積み上げた友情が一発で粉々になるのも恐れずにあたしは叩いた。


「あの時の私は本当に馬鹿だったと思います。二人にこういうことは相談できなくてあの人にしたのが間違いだったんですよね」

「あの人?」

「初耳だね」


 凛は誰に相談……いや、この言い方はたぶん悩みを聞かれて流れで話を聞いてもらった感じかもしれない。一体誰が凛にそんな阿保みたいな入れ知恵をしたのか、それは凛の口から語られた。


「荒木さんなんです。あの時は今みたいじゃなくて普通のクラスメイトでしたから」


 荒木……荒木杏奈、その名前はあたしにとって忘れられるものじゃない。

 黙り込んだあたしと雅を見て首を傾げる凛だけど、あたしは隣で無表情になった雅にこんなことを言うのだった。


「どうする?」

「あいつ抹殺しようよ」


 流石にそれはやめておきなさい。

 相変わらずあたしたち幼馴染のことになると過激になる雅を思わず抱きしめ、落ち着かせるように頭をナデナデすることにしよう。


「……はぁ。柚希ちゃんほんとおっぱい大きいね」

「うるさいわよ。って揉むんじゃない」

「Fでしたっけ? はっ、本当に世の中理不尽です」


 だから好きにこうなったんじゃないってば!

 ……まあでも、カズが好きって言ってくれたし本当によく育ってくれた。あたしの魅力の一つとして立派に成長してくれたこの胸には本当に感謝している。


「……………」


 今日微妙にホックがキツかったのは……凛には黙っておこう。


「カズ……何してるのかなぁ」

「空君……」

「蓮君……」


 ほんと、あたしたち三人は似ているなぁって改めて思うのだった。

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