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家賃保証会社の社員が、滞納した家賃の督促のために顧客宅を訪問。延滞客から暴行を受けて警察を呼んだ…。そんなニュースを目にしたことがある。

こんな風にニュースにならなくても、「延滞客の◯◯さんって、以前、不動産会社の社員を監禁したことがあるらしい」──なんて話は、家賃保証会社で働いていればそれなりに耳にする。

私は元・家賃保証会社の管理(回収)担当者。十数年間働いて今年、辞めた。もっとも、いま現在はまったく無関係な仕事なのかといえば、そうでもないのだけど。

その前はやはり十数年、消費者金融で働いていた。その二十数年間で私が「被害者」として警察を呼んだことは1度だけである。

今回はその出来事を含む、厄介な延滞客のエピソードを紹介する。家賃保証会社の管理(回収)担当者の不愉快な日常だ。

いずれ家賃保証会社は叩かれる?

そもそも、私は警察を「呼ばれた回数」の方が多い。

断っておくが、私は督促で強い言葉は使わない。所詮は会社員。自分のカネを失うわけでもないのに、延滞客に対して居丈高な態度を取る同業者を──仕事を始めて数年の若い人も多いが──私は軽蔑している。

そんな私ですら警察を呼ばれたことがあるのだ。いずれ家賃保証会社の管理(回収)担当者が、世間様から大々的に叩かれる日が来るのかもしれない。例えば強引な取り立てや追い出し行為によって。以前勤めていた消費者金融のように。

可能性は十分にある。

私が原案提供しているコミックエッセイ『出ていくか、払うか 家賃保証会社の憂鬱(著者:鶴屋なこみん)』の第13話には、ある家賃保証会社が登場する。

彼らは、妻が出産を控えている延滞客に対し、数万円の督促のために分娩室にまで行く。ドアにカギを取り付け部屋から締め出すロックアウトも平然と行うし、不在の延滞客を待つために勝手に部屋に入りさえする。令和の時代にだ。

そんなことをやっている会社が今、この瞬間の日本に普通に存在している。

非が確かに管理(回収)サイドにあるのであれば、叩かれるのは仕方ないのだと思う。だけど、もしも家賃保証会社の管理(回収)担当者が総叩きにあったとき、ほんの少しの時間でいいから思い出してほしいのが本稿。私の実体験だ。

CASE1:導火線が短すぎる男

ある建築関係の会社の社長がいる。40代前半の男性である。従業員数は5人くらい。

法人名義で契約している事務所の家賃を、いつも延滞していた。1~2カ月分延滞して、解消。そんなサイクルを5年以上繰り返している。

地方紙に彼の記事が掲載された。「小さな会社だけど地元で頑張っている社長さん特集」みたいなやつだ。

「大変だけど、お客様の要望に応えることこそが自分の生きがいです」──そんなことを語っていた。

彼に督促の電話を掛ける際には注意が必要だ。彼が一方的に指定した、本来の支払日とは何の関係もない「毎月◯日」以前に電話を掛けると激怒する。

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18時を越えて電話をしても怒鳴り出し、管理(回収)担当者を彼の会社へ呼びつける。

「いちいち電話してくんな!」──電話と同じことを叫ぶんだから呼び出す必要があるのかよ? そう疑問に思うセリフの後に「俺の時間を使ったんだ、損害賠償を請求する」とのこと。現在も存在する会社である。

CASE2:傍若無人な屁理屈を言う経営者

私は単なる会社員だから、会社規模の大小に関わらず経営者は凄いと思う。私みたいな木っ端会社員には想像もできない苦労もあるのだろう。立派である。

だが人格まで立派かといえば、当然にそうではない。

延滞する状況で心に余裕がないからか、もともとそうなのか知らないが、横暴だったり、言葉尻を捉えてやたらと激昂したり、そういう人間も多い。

それくらい気が強くないと経営者なんてやってられないのかもしれないが、ひたすらに迷惑で面倒だ。

会社名義で借りている戸建て。50代半ばの男性である代表者の自宅兼事務所だ。賃料18万円。従業員はいない。延滞は1カ月分。

実態がよくわからない仕事の筆頭であるコンサルティング業。WEBサイトには「お客様と寄り添って」なんて言葉が綴られている。

支払いを約束した日に入金が無い。だから翌朝に電話をした──「昨日お支払いはお済みでしょうか?」

「オマエ、本当に払ってないって確認したんか?」

ずいぶんな言い方だ。昨日支払いは確認できていない。

「もう1度確認しろや」

たぶん今朝がたか昨夜かに入金したのだろう。データ処理の問題で、話の途中で入金が確認できた。

支払いが確認できたことを伝える。客商売の礼儀として謝罪も加える。電話する前にはデータ処理ができてなかった。話の途中で処理がなされ支払いが確認できたと正直に説明する。

「オマエはそういう言い訳するんやな? だったら俺も言い訳して払わんようにするわ」

本当に、面倒くさい。これまでに何度、支払いの約束を履行しなかったのか、覚えてないのか?

結局、カネがなければ人間はキレやすくなるということなのだろう。滞納額が増えるにつれて、ああだこうだの傍若無人な屁理屈は加速していった。

CASE3:鉄製扉を蹴撃する女性

コンビニの駐車場に停めた社有車の中で食事をしていると、スマホが鳴った。その月に連絡の取れなかった延滞客からだ。30代前半の女性。収入は生活保護費のみのはずだ。延滞は現在、1カ月分だけ。

精神的に弱っていて電話に出られず、SMS(SNSではない、念のため)も返信できなかったと彼女は言った。以前からうつ病であることを主張している。

延滞発生判明時に送付している通知は「郵便を受け取るのが苦手で」見ていないという。ポストを見るのに得意とか苦手とか、あるの?

保護費は残しているが、精神的に弱っていて外に出られない──さほど遠くもなかったので集金の約束をした。

ところどころ色の剥げている空色の外壁。古びた4階建マンションの402号室のドアから、ゆっくりと彼女が通路に出てきた。数秒見えた三和土と靴箱に並び積み重なっていたのはたくさんの靴。30足は確実に越えていた。

黒い大きなマスク。腰まで伸びた黒髪。良く言えばスターのプライベート。悪く言えば亡霊か。全く顔が見えない。黒いワンピースの上からでもわかる細い身体はデッサン人形を連想させた。

お金を受け取り、領収書を渡す。すぐに次の家賃が発生する。保護費支給日に支払えるのか尋ねた。彼女が絶叫した──「通路で話さないで!」

いまさら?

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彼女は常に延滞している。2カ月分溜まったこともある。住宅扶助を支給されているのに。複数回に分けて延滞を解消してもらったことは何度もある。

その際にはそれなりに無理のない支払いの提案を私はしている。そんな経緯など全く忘れた瞳が私を睨んでいた。

「じゃあ、次の支給日に支払いはお願いしますね」

今まで保護費支給日に支払ってきたことなんて、ほぼないのだけど……。胸中で付け加えて、背を向ける。

ドアが閉まる音が聞こえた。3歩歩く。空気が揺れる大音量に驚いて振り向いた。

彼女が室内から、鉄製の玄関ドアを全力で蹴飛ばしたのだ。誰もいない通路が残響で歪んだような気がした。

声にせず、呟く──「どうかしてる」

次で本稿を締めよう。1度だけ警察を呼んだことがあると前述した。そのときの話だ。