新型コロナの「第11波」が到来。それ以前から波の予兆はあるのに、大手メディアは感染が拡大してから報じ、医療体制はひっ迫......を繰り返している。そこから抜け出すためにやるべきこととは? 新型コロナの「第11波」が到来。それ以前から波の予兆はあるのに、大手メディアは感染が拡大してから報じ、医療体制はひっ迫......を繰り返している。そこから抜け出すためにやるべきこととは?

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第57話

新型コロナの「第11波」が押し寄せている。大手メディアは、7月12日頃からようやく感染拡大について報じているが、その兆候はすでに6月半ばから見られていた。新型コロナの波が来るたびに同じことを繰り返さないために何をすべきか? 現在流行している変異株の最新状況とともに、G2P-Japanの佐藤佳氏が解説する。

* * *

■「第11波」到来と、その原因となる株

新型コロナの流行拡大と大手既成メディアの動向を見ていて、慌ててコラムの筆をとることにした。

少しおさらいをすると、今年の始め、「第10波」の原因となったのがJN.1株(28話)。春先には流行が落ち着いたものの、ここのところ、流行がふたたび拡大している。

現在は、JN.1株の子孫株たちがわらわら出てきて、それらが増え始めている状況にある。具体的には、KP.2株やLB.1株、KP.3株などが世界中で増えてきている。ちなみにわれわれG2P-Japanは、JN.1株の子孫株であるKP.2.3株LB.1株のウイルス学的性状をすでに明らかにし、それぞれ論文として報告している。これらに加えて、来月オリンピックが開催されるフランスなどでは、やはりJN.1株の子孫株であるKP.3.1.1株の流行が急拡大していて、われわれも現在、この株の詳しい研究に着手している。

■「第11波」のキーとなると思われる変異「S31del」

まず、現状の流行は、JN.1株(2023年の終わりから24年始めにかけての「第10波」をもたらした。28話参照)や、XBB.1.5株(2022年の終わりから23年始めにかけての「第8波」をもたらした。3話参照)のように、単独の主流株によって引き起こされているわけではない。上述のように、さまざまなJN.1の子孫株たちが群雄割拠している状況にある。そういう意味において現在は、BA.5株による2022年夏の「第7波」以降、XBB.1.5株が出現するまでの、2022年下半期の状況に似ているかもしれない。

群雄割拠する「第11波」の変異株の中で、現在私たちが注視しているのは、「S31del」というスパイクタンパク質の変異である。この変異を持っているのが、KP.2.3株やLB.1株、KP.3.1.1株などだ。私たちの実験結果によれば、この変異は、ウイルスの感染力を増大させ、かつ、中和抗体から逃れる力を高めるように働くようである。

■ワクチンで感染予防はできるのか?

そしてとにかく重要なのは、現在流行中の変異株には、過去の株に感染して獲得した中和抗体や、ワクチンを打つことによって獲得した中和抗体は、基本的に効かないだろう、という事実である。少なくとも、細胞やシャーレを使った私たちの実験の中では、これらの中和抗体の効果は確認できていない。つまり、「もう感染したことがあるから」とか、「もうワクチンを打ってるから」ということを理由に、「だからもう自分は感染しない!」と考えるのは盲信に近く、きわめて危険である。今はそういうフェーズに入っている、ということを理解しておくべきである。

2020年末に開発された新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの出来があまりに良すぎたために、「ワクチンを打てば感染を防げる!」という認識が一気に広がった。しかしこれは、ワクチンのそもそもの目的ではない。

ワクチンとはそもそも、「感染を予防するため」に打つものではなく、「感染後の症状を緩和するため」に打つものである。現在流行中の変異株の感染を予防するのが難しい以上、「感染を予防する」ためには、新型コロナが流行を始めたばかりの頃のことを思い返し、それと同じような感染対策をするしかない。つまり、マスクをする、三密を避ける、手洗いうがいを励行する、などである。

そして、「(ワクチンを打てば)症状が軽くなるなら、別にもう気にしなくていいでしょ」というわけでもない。

2021年末にオミクロン株が出現したときのこと(17話)を思い出してほしい。私たちの実験研究でも、オミクロン株(BA.1株)の病原性は、たしかに従来株や、2021年夏に「第5波」として大流行したデルタ株よりも低かった。「それならもう社会問題にはならないのでは?」とも思ったが、さにあらず。伝播力を劇的に向上させたオミクロン株は、デルタ株をはるかにしのぐ感染者を生み出した。重症化してしまう人の数が多少減っても、感染者の数は指数関数的に増える。感染者が倍々に増えれば、重症化してしまう人の数も倍々になってしまうのである。そうなるとどうなっただろうか?

――そう、医療逼迫である。それと似たようなことが、現在の日本でも起き始めている。

■大手既成メディアの仕事

7月12日。官房長官からようやく、現在の流行状況について言及がなされた。これを合図とするようにして、大手既成メディアも、ようやく新型コロナの流行拡大を懸念する報道を始めた。

感染症法5類への移行によって、新型コロナウイルスの新規感染者数の全数把握はなくなった。夕方17時のニュースで、その日の感染者数を手書きのフリップで速報していたのも、はるか昔のことのように感じられる今日この頃である。しかし、定点観測に基づいた感染者数の捕捉は続いている。独自にデータを収集してSNSで発信している人もいるし、東京都(※1)やモデルナ(※2)は、定点観測の結果を随時発信し続けている。これらの情報を基に、「流行が増加傾向にある」ということは、Xなどでは6月半ばからすでに警鐘が鳴らされていた。

一旦流行拡大のフェーズに入れば、それがどんどん増加の一途を辿ることは、これまでの4年間の経験から明らかである。

繰り返すが、今回は「第11波」である。
①流行拡大フェーズに入る
②(医療逼迫を含めた危険な兆候が見えて初めて)大手既成メディアがそれを報じる
③しばらくして流行が収まる
④そして、①~③の一連の出来事をきれいさっぱり忘れる
このようなことを4年以上繰り返してきたわけであるが、波の回数が増えるにつれて、②のタイミングがどんどん遅れている。あるいは、②が明示されなかった波もある。昨年5月の感染症法5類への移行後、この「②の遅れ」は顕著である。

――いつまでこのようなことを繰り返すのだろうか? そして感染症はなぜ、喉元を過ぎると、まるで何事もなかったかのようにきれいさっぱり忘れ去られてしまうのだろうか?

■(私が思う・期待する)大手既成メディアの仕事

ここで私が言っているのは、「5類から2類に戻せ」とか「緊急事態宣言を出せ」とか、「飲食店に自粛をさせろ」というようなことではない。そういうことではなくて、人々が現在の流行状況を手軽に知ることができるシステムを、なぜ作ることができないのだろうか? ということである。

毎朝テレビで天気予報が報じられるように、現在の流行状況のようなものを、天気予報のように淡々と伝えるようなシステムは作れないのだろうか? そのようなシステムがあれば、それを見た市民が、「流行拡大フェーズなら、電車でマスクをしよう」とか、「流行も収まってきたみたいだし、マスクを外して生活しよう」など、各自の判断で感染対策に活かすことができる。

なぜそのような情報発信ができないのだろうか? もっと早く警鐘を鳴らすことができるなら、そしてそれを知ることができて、それぞれの判断で感染対策ができるのであれば、それが流行拡大の歯止めとなるのではないだろうか?

――3年前、2021年の初夏、東京オリンピックが始まる前のこと。インドでは1日に何十万人という人たちがデルタ株に感染し、埋葬もままならない地獄絵図となっていた。そして本邦においても、救急車を呼んでもその到着が間に合わず、自宅で亡くなってしまう人が多数いた。大手既成メディアは、それらの様子を連日報じていた。

■私が思う、これからの感染症に対するあり方

新型コロナパンデミックの中で、「インフォデミック」という造語が市民権を得た。誤った情報が拡散されることを意味する言葉だ。それを防ぐためには、科学に基づいた正しい情報を市民に正しく伝えること、つまり「『サイエンスコミュニケーション』が重要である」ということが謳われるようになった。

――しかし、実態はどうだろうか。平時には流行の実情を伝えず、有事のときにのみ大本営発表のようにそれを伝える、というのが、正しいサイエンスコミュニケーションのあり方だろうか? 私はそうは思わない。科学的に正しい情報を、市民にわかりやすい形で伝えること。そしてその情報をもって、市民それぞれが、それぞれに対応を考えてそれを実行すること。それこそが正しいサイエンスコミュニケーションであり、新型コロナパンデミックを「教訓」とした、感染症にレジリエントな、ポストコロナの社会ではないだろうか。

今年の元日、能登半島を大きな地震と津波が襲った。某テレビ局のアナウンサーは、「東日本大震災を思い出してください!」と絶叫した。そして多くの市民が、地震発生後のかなり早い段階で避難を始めていたと報じられている(※3)。東日本大震災の記憶が、「教訓」として市民の記憶に刻まれていたからだ。

このように、震災や津波などの場合には、過去の経験を「教訓」として未来に活かすことができている。震災や津波でできているのだ。感染症でできないはずがない。

新型コロナウイルスは、世界から消え去ってなどいない。しかし、今回の流行が収まったあとには、おそらくこの「第11波」の記憶も、一連の出来事も、きれいさっぱり忘れ去られてしまうのだろう。

――それをいったいいつまで続けるつもりなのだろうか? この辺で一度、パンデミックの教訓やサイエンスコミュニケーションのあり方について、大手既成メディアは改めて考え直してみるべきではないだろうか。

(※1)https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/corona_portal/info/monitoring.html 
(※2)https://moderna-epi-report.jp 
(※3)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCA0418E0U4A300C2000000/ 

★不定期連載『「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常』記事一覧★

佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
公式X【@SystemsVirology】

佐藤 佳の記事一覧