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僕とジョルノ(5)

「病人だからって容赦しません」

義理の母の介護に疲れた女の人が、私は不良おばさんになるのだと息巻く。ジョルノは黙って話を聞く。女の人は愚痴を吐く。病人だからって容赦しません。料理も掃除も車の運転も全部私がやっているのに、車に乗せたら「この道は狭いから嫌だ嫌だ」とか言うんですよ。私は思わずごめんなさいとか言っちゃうのですが、なんで私がごめんなさいって言わなくちゃならないのって思うと腹が立って腹が立って、ある日突然「知るかボケー!」って爆発したんです。

「小学生の時、男子と女子で決闘しました」

五対五で戦うことになって、私は女子軍のボスになりました。男子軍のボスは、当時私が好きだった男の子で、だけど負けるわけにはいかないから好きな男の子の腕を捻じ上げて「参ったか」って聞いたんです。なかなか降参しないから、もっと強く腕を捻じ上げました。すると、男の子は泣いてしまったんです。その時に強く思ったんです。私が本気を出したら、みんないなくなってしまう。周りに怒りを覚えることもあるけれど、それ以上に、自分自身を責めてしまう。それが私の原風景になっているのです。

「ガキ大将を蹴り上げたこともあります」

小さい時に、病気になって入院したことがあります。小児病棟だから、たくさんのこどもたちがパジャマで生活をしていたのですが、そこにガキ大将がいました。病院だから逃げ場がなくて、ある日、私に泣きついてきた女の子がいました。私は「わかった」と言って、ガキ大将を呼び出して、腹に膝を入れました。それがちょっと強過ぎたみたいで、ガキ大将の男の子は、ぶるぶる震えて動けなくなって、いつまでもいつまでもその場に突っ立ったままでいました。この時も「私が本気を出したら、みんないなくなってしまう」と思いました。病院のいじめはなくなりましたが、私は私を責め続けました。

「悲しみが強過ぎて、合気道四段まで取ってしまいました」

私を愛してくれない旦那と結婚をしてしまったために、悲しみが強過ぎて、合気道に通うようになりました。合気道の先生だけは、私を叱ってくれます。叱ってもらえると「私のためにエネルギーを使ってくれている!」と嬉しくなって、私は合気道にのめり込み、四段まで取ってしまいました。見た目や料理の腕前を褒められるより、合気道を褒められる方が嬉しいです。私は弱っちい人間なのですが、弱っちい人間なりに生きづらさを抱えながら必死に生きています。何度も何度も崩壊して、号泣して、それでもなんとか踏ん張って生きているのに「強いですね」とか言われると張り倒したくなります。

「私の心は内部複雑骨折しています」

娘が病気で入院した時、旦那から「仕事が忙しいからあとは頼む」と言われました。私は「任せろ」と言って、病院に寝泊まりして娘を必死に看病しました。ある日、忘れ物に気づいて家に戻ったら、忙しいはずの旦那が家にいて、テーブルの上に大量のエロビデオが積まれてあるのを目にしました。お前は娘よりエロビデオの方が大事なのかと思ったらハラワタが煮え繰り返って、気がついた時には目に見えるものの全部が破壊されていました。私には何もない。何度そう思ったかわからないけれど、昇る朝日を目にした瞬間「朝日を綺麗だと思う心はある」と思ったら泣けて泣けて仕方なくなって、私は大丈夫だと思いました。女の人は話し続ける。僕とジョルノは、間合いを取るために離れる。

「妻といる時が世界で一番苦しいです」

会社の社長をやっている男の人が、ジョルノと一緒に酒を飲む。まわりはみんな自分より立場が下の人間だから、ジョルノさん、僕に手厳しいことを言ってくださいと言って笑う。ジョルノは黙って酒を飲む。男の人は「自分で言うのも変ですが、金も地位もあると結構モテます」と言う。だけど、モテることに疲れたらしい。

「私の夢は野垂れ死にです」

一人でいる時間が一番落ち着く、一人になりたくて仕方ない。男の人は「女を癒せる男がいないから、誰もがあなたに会いたがる」と言う。ジョルノは黙って酒を飲む。イノベーションと口では言うけど、未知を恐れてリスクを拒む。言う方も言われる方もめちゃくちゃになって、正気を失う。ジョルノさん、あなたは変な人だと思うけど、僕には一番まともに見える。男の人は、酔っ払いながら楽しそうに話す。ジョルノは、否定も肯定もしない。黙って酒を飲む。

「みんな、好きに生きたらいいんですよ」

酔いがまわって、男の人の呂律が怪しくなる。男の人は「みんな」という言葉をよく使う。学校でも、よく、みんなと言われる。みんなと仲良くしなさい。みんなもそうしているでしょ。みんなのことを考えなさい。みんなの中に、僕はいない。みんなって、誰のことなのだろう。

「みんなって、あなたのことではないですか」

ジョルノが言う。男の人は「参ったな。ありがとうございます。これからも応援しています」と言う。怒られたくなくて、立派な人間になりたくて、偉くなるために頑張る。だけど、偉くなった人たちは、怒ってもらうことで、嬉しそうにしている。なんだか、大人は大変そうだ。

「三大欲求満たしてばっかりだね」

パン屋さんに並びながら、レイチェルが言う。レイチェルとジョルノは、恋人とも違う、家族とも違う、兄弟とも違うし、幼馴染とも違う。二人の間柄に名前はなくて、強いて言えば親友なのかなと思う。親友だから、遠慮もないし、ストレスもない。名前がないから、楽そうだ。

「親友じゃない。大親友だよ」

大親友って、いいなと思う。僕には大親友がいるだろうか。友達はいる。だけど、ジョルノとレイチェルみたいな関係とは違う。友達同士には、どうしたって馴れ合いが生まれる。楽しいから一緒にいるのか、仲間はずれにされるのが怖いから一緒にいるのか、時折、わからなくなる。ジョルノとレイチェルは「共依存だね」とか言いながら、楽しそうに笑う。病気でも、楽しく病めたら、幸せなのかもしれないと思う。

「なんにも成長できないよ」

いい大人になるのに、なんにも成長できないとレイチェルは言う。ジョルノは笑う。レイチェルは「でも!」と言う。そして「前よりは食器洗いをすぐできるようになったよ。寝る前には全部食器を洗えるようになったんだ」と言う。言った後に、レイチェルは恥じる。そしてまた「なんにも成長できないよ」と言う。ジョルノは、愛しさのかたまりを見るかのように笑う。

「なんにも続いた試しがない」

なにをやっても三日坊主で、そんな自分が嫌になるよとレイチェルは言う。ジョルノは笑う。笑うジョルノは優しそうで、僕は「こんな風にしか生きることができなかった、愚かさと愛しさと物悲しさ」を感じる。みんなもがきながらも、幸せに手を伸ばしている。ジョルノはジョルノを続けている。レイチェルはレイチェルを続けている。僕は僕を続けているのだろうか。

「こんなに話せる人がいるんだね」

レイチェルは、時折、しみじみとそんなことを言う。レイチェルにとって、会話は疲れるもので、どうにかこうにか自分をちゃんと見せなければならない、苦行のような時間だった。だけど、ジョルノに会ってから「会話って、こんなに楽しいものだったんだ」と気づいたらしい。レイチェルは、自分のことを社会不適合者だと言う。ジョルノはそんなレイチェルのことが好きで、レイチェルは、そんなジョルノといる時だけは、素の自分になることができるらしい。

「美味しい」

パンを齧りながら街を歩く。ジョルノとレイチェルは、一つのパンを二人で分ける。同じものを二つ買うのではなくて、一つのものを二人で分ける方が美味しくなるのだと言う。パンの汚れがついた手を、公園の水道で洗う。水が冷たいと言って、声を上げて笑う。ベンチに座る。空を見つめる。風を感じる。こどもたちの声が聞こえてくる。僕たちはどんどん透明になる。

(続)

バッチ来い人類!うおおおおお〜!

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