第3話 悲しい戦い(※主人公、一人称)

 そうだ。彼等の敵は、俺じゃない。妖狐だ。人間の世界に攻め込んだ獣、狐の姿をした妖である。そいつが俺達の故郷を焼き、人々を殺し、今の場所に追いやった。本来あるべき姿を奪った。人間同士の争いが起きたかも知れないけど。今の段階で人が戦うべき相手は、どう考えても妖狐だった。「それなのに?」

 

 どうして、戦う? 俺と同じ人間が、俺に刃を向けるんだ? 本来なら妖狐に向けるべきそれを。彼等は武士の鎧を着て、武士の刀を使い、武士の生を生きていた。俺は、そんな彼等に腹が立った。力に逃げた彼等に、「それを最上」と思う彼等に。心の底から「許さない」と思ってしまった。


 俺は目の前の少女に体当たりすると、相手の武器を弾き飛ばして、その顔に鋒を向けた。「これ以上やるなら殺す」と言う意思表示である。「命は、一つだ。無駄にしない方が良い」

 

 そう言ったが、やはりダメ。「カッ」となっている相手には、馬耳東風だった。俺の言葉はおろか、想良様の言葉すら聞かない。それぞれが自分の武器を構えて、俺に向かってくるだけだった。


 俺はその様子に苛立ったが、先程倒した少女の一人が「痛い、痛い!」と叫んでいたので、一応の殺気は残していたものの、相手の命は奪わない、手足の動きだけを封じる戦法に切り替えた。「遅い」

 

 そう言ってからすぐ、相手の足を封じた。自分の刀を回すように。いつもの遠心力を使って、相手の左足に打撃を加えた。俺はそれで敵の一人が倒れると、続いて残りの面々にも攻撃を仕掛けた。


 相手の動きを躱し、その鳩尾に刀を入れる作業。

 槍先の動きを見切って、その両手に打撃を入れる作業。

 横から飛びこんできた敵の腹に蹴りを一発、前から襲ってきた敵の腹にも蹴りを入れ、後ろから襲ってきた敵にも肘鉄を入れた。

 

 俺はそれらの光景をしばらく見て、自分の前にまた向きなおった。俺の前には、彼女達の頭が立っている。頭は今の光景に怯んだのか、俺が彼女に剣を向けると、それに「くっ」と怯えていた。


 俺は、その様子に目を細めた。剣の腕は良いし、戦いの発想も良いが、こう言う場面には慣れてないらしい。俺が相手の目を睨むと、それに「ひっ!」と怯んでいた。

 

 俺は自分の刀を降ろして、相手の前に歩み寄った。これ以上の戦いは、無意味である。「失せろ」

 

 そしてまた、「目障りだ」と続けた。説得が聞かない相手に説得は無意味。武士の威圧に従って、「追っ払った方が良い」と思った。


 俺は鞘の中に刀を戻して、相手の仲間達を見渡した。相手の仲間達はまだ、俺の攻撃に「痛い、痛い」と唸っている。「俺の気分が変わらない内に。この場所からさっさと消えるんだ!」


 相手は「それ」に怒ったが、やがて「分かった」とうなずいた。「勝負に勝てない」と分かれば、ここに残る理由もない。想良様の声を無視して、仲間と共に逃げ去ってしまった。相手は俺の方を何度か見て、自分の正面にまた向きなおった。


 俺は、その背中を見送った。国の治安を考えれば、彼らを討つのが正解だろう。今は俺が追っ払ったが、これが原因で悪い事が起きるかも知れない。平和に暮らしている町や、人が少ない農村などを襲って、その金品を奪うかも知れなかった。俺は自分の甘さ、特に偽善の部分に「ダメだな」と怒った。「この弱さを改めないと」


 想良様も、それに「うん」と微笑んだ。俺のように苦しんでいるわけではないが、それでも思うところがあるのだろう。荷物の前に歩み寄って、そこに俺達の馬を導いた。今度は、すぐに逃げられるように。「休もう。アイツらがまた、戻ってくるかも知れないし。これからの事を考えても、今は体を休めよう?」


 俺も、その考えにうなずいた。敵の動きが分からない以上、下手に動くのは命取りである。休める時には、休んだ方が良い。俺は彼女の前を陣取って、彼女に「守ります」と言った。「貴女がちゃんと寝られるまで。周りの様子を見ています」


 想良様は、その言葉に驚いた。驚いて、(どう言うわけか)赤くなった。俺の声を無視する程に「う、うううっ」と俯いてしまったのである。彼女は俺の服を摘まんで、その背中に顔を付けた。俺の汗で濡れている、背中に。「何かあったら、起こしてね?」


 それに「もちろん」と応えた。彼女の命が掛かっている。敵の気配を感じたら、すぐに起こさなければならない。俺は彼女の頭を撫でつつも、真剣な顔で周りの様子を見つづけた。そうしている中で聞えた、声。「スースー」と言う寝息。周りの様子に怯えていた彼女だが、自身の眠気にはやはり敵わなかったらしい。彼女が俺の背中にのし掛かると、その従者たる式神も「スッ」と消えてしまった。


 俺は、その様子に「ホッ」とした。彼女が普通の少女に戻れた事に。「陰陽庁の長官」とは言え、彼女はまだ十五。慣れない野宿は、想像以上に辛い筈だ。そこに野武士達も現われて。御上の命令でなければ、今すぐにでも国へ帰っている筈である。


 俺はそんな彼女の運命を嘆いたが、「今は耐えるしかない」と思いなおして、敷物の上に彼女を寝かせると、彼女の体に掛け物を敷いて、その前にゆっくりと座った。そこから辺りの様子を窺うためである。「異常はないな、今のところ。勝てない相手にまた、『挑んでくる』とは思えないが」

 

 それでも、気は抜けない。「もう襲わない」と見せ掛けて、ここにまた戻ってくる可能性もある。夜討や奇襲が得意な連中なら、そう動いても不思議ではなかった。こちらが眠りに落ちたところで、その背後から奇襲を仕掛けるかも知れない。俺は想良様の寝息に心を癒しながらも、一方では周りの様子に注意を払いつづけた。

 

 ……周りの様子に変かが見られたのは、それから数時間後の事だった。茂みの奥から感じる気配、今にも飛び出しそうな殺気。それが夜風に乗って、俺の髪を揺らしたのである。俺は今の場所から立ち上がって、腰の刀に手を伸ばした。「来るから来い」

 

 お前等がどんなに来ようが、この刀で懲らしめてやる。俺には、やらなきゃならない事があるのだ。野武士の妨害程度で、諦めるわけには行かない。俺は自分の右手に殺気を込めて、茂みの中をじっと見つづけた。


 茂みの中から出て来たのは、猪だった。恐らくは自分の餌を探している、猪。農村ではその被害が出ている、猪である。猪は地面の匂いを嗅いでいたが、俺がそれを見ている事に気づくと、俺の顔をしばらく見て、今の場所からすぐに逃げ出してしまった。「くぅいいいい!」

 

 俺は、その光景に微笑んだ。人々から「害獣」と言われている猪も、今は平和の象徴だったから。猪の姿が見えなくなった後も、穏やかな気持ちで茂みの中を見つづけた。俺は腰の刀から手を退けて、目の前の茂みから視線を逸らしたが……。


 それが俺の、つまりは油断だったらしい。俺としてはそんな意識はなかったが、自分の頬を掠めた夜風に「うん?」と驚いた瞬間、自分の周りに殺気を感じてしまった。

 俺は腰の刀にまた手を伸ばして、自分の周りを見渡した。俺の周りには、怪しい光。恐らくは「狼の目」と思われる光が、いくつも輝いていた。俺は「それ」に苦笑して、想良様に「起きて下さい!」と言った。「狼です。寝ていたら食われてしまう」


 想良様は、その声に飛び起きた。「グッスリ眠っている」と思ったが、気持ちの奥はやはり眠れなかったらしい。俺の声を聞いて、自分の前に式神を呼び出した。彼女は俺と自分の馬を守るようにして、目の前の敵に向きなおった。「今度は、動物?」


 はぁ……。そう呆れる想良様に俺も「アハハッ」と苦笑した。人間の武士も厄介だが、野生の動物も厄介である。特に狼のような野獣は、平時の時でも厄介だった。想良様は陰鬱な顔で、自分の式神に「守って」と命じた。俺も腰の鞘から剣を抜いて、目の前の狼達に鋒を向けた。


 俺達は、野武士から始まる戦いの連続に「やれやれ」と思った。「仕方ありません。これは、旅行じゃない。国の中が乱れている以上、こう言う事も起こり得ます。朝廷の力にガッカリしているのは、彼等だけじゃありません」

 

想良様も、それに溜め息をついた。彼女は憂鬱な顔で、自分の式神を動かした。「

 

 そう言われて、「ハッ」とした。同年代の少女に「君付け」されるのは、初めてである。「さっさと終わらせよう?」


 俺も、その言葉にうなずいた。それが示す言葉以上に。俺は真剣な顔で、自分の剣を握った。「そうですね。悲しい戦いは、俺も耐えられない」

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