第6話 新しい仲間(※主人公、一人称)

 まだ、やるのか? そう思った俺だが、まあ良い。満たされるまで、戦ってやる。それで彼女の気持ちが救われるなら、「最後までやってやろう」と思った。俺は地面の上に彼女を立たせて、彼女の前に刀を向けた。「君の意思に付き合う」と言う意思表示を。「さて、再開だ」

 

 彼女も、それにうなずいた。体の方はボロボロだったが、その戦意は消えていない。フラつく足取りの中でも、俺の刀を見、顔を見、そして、自分の刀を見ていた。彼女は真剣な顔で、俺の顔に向きなおった。「行くぞ?」

 

 それに「ああ」とうなずいた。互いに何も言わなかったが、「これが最後の一撃」と思ったのだろう。俺も「全力で行く」と思ったし、彼女も「本気でやる」と思ったようだった。


 俺は地面の上を蹴って、彼女の方に飛び出した。自分の体躯を活かした突進術。通常の突きよりも強い、渾身の一撃である。俺は内部の永遠羅様に頼んで、鋒の殺傷力を下げた。これがもし当たっても、軽い打撲しか受けないように。「くっ!」

 

 彼女は、それに怯んだ。攻撃の時宜も同じ。地面の上を蹴る瞬間も同じで、攻撃が当たる瞬間も同じだったが……。攻撃の威力が違う事には、流石に「ヤバイ」と思ったようである。彼女は自分の武器が砕かれ、それから木の幹に叩き付けられても、悔しげな顔で俺の事を見ていた。「まだ、だ!」

 

 そう叫ぶが、もう限界らしい。目の焦点が合っていないし、その手からも刀が落ちてしまっていた。彼女は地面の刀を拾おうとするも、俺にそれを弾かれたせいで、最後の戦意をすっかり失ってしまった。「もう、終わり」


 じゃない! そう叫んだ彼女は、必死。俺の言葉を無視して、地面の上に立ち上がった。彼女は今にも泣きそうな顔で、俺の顔を睨みはじめた。「まだ、死んでない! 私はもっと、戦える! この命が尽きるまで! 私は、自分の剣を」

 

 それなら。俺はそう言って、相手の言葉を制した。相手がそれで、「キョトン」としても。「妖と戦えば、良い。そこまで戦うなら、君が恨む相手と戦えば良いんだ! 俺を倒しても、自分の運命は変わらない。自分の過去も変わらないし、この世界も! 君は君の、本当に戦うべき相手と戦うべきだ!」

 

 彼女は、その声に押し黙った。興奮はまだ覚めていないようだが、俺が言わんとする事は分かったらしい。今までのような激昂を忘れて、地面の上に目を落としはじめた。彼女は「混乱」と「不安」の中で、両手の拳を握りはじめた。自分でも分からない感情、恐らくは狂気の感情を覚える中で。「私には」

 

 できない。そう、言い切った。そんなのは、誰にも分からないのに。自分で自分の可能性を言い切ってしまった。彼女は年相応に泣き、喚き、そして、怒った。「お前に勝てない私がどうして、妖に勝てるの? たった一人の将軍に勝てない私が?」

 

 俺は、その声を無視した。意味は分かっても、それを聞き入れなかった。妖と戦うのに「勝てる、勝てない」は、関係ない。命の保証は別にしても、問題は「それをやりたいかどうか?」だった。現実に甘えては、倒せる物も倒せない。俺は彼女の前に跪いて、その目をじっと見はじめた。涙で潤んでいる、彼女の目を。


「名前は?」


棚木たなき菫」


 即答。何も迷いもなく、自分の名前を伝えた。


「良い名前だね? 家は?」


「武官、郡司様の護衛を任されていた。私は、その一人娘」


 俺は、その返事にうなずいた。「道理で強い」と思ったから。剣を習った者でなければ、あんな動きはできない。ましてや、野武士を続ける事など。彼女は武官の嫡子として、剣の修行を受けたらしかった。


 俺は「それ」を考えた上で、彼女の性格、態度、思考を考えた。元が真面目な人間なら、こうなっても不思議ではない。彼女は俺が考えるよりもずっと、純粋で真っ直ぐな人間である。そんな人間には、下手な搦め手は無意味だった。


「菫殿」


「なに?」


?」


「はっ?」


 そう驚いたのは、彼女だけではない。それを聞いていた想良様も、だった。俺の提案を聞いて、「信じられない」と言う様子。二人は俺の事をしばらく見ていたが、やがて「どうして?」と怒りはじめた。「彼女を連れて行くの?」


 想良様は不機嫌な顔で、俺の前に詰め寄った。別におかしな事は言ってない(つもり)だが、今の提案がどうも不服らしい。俺の服を摘まみ、自分の顔を赤らめ、愚図ったような顔で、俺の顔をじっと睨んでいた。


 彼女は(どうして怒るのかは不明だが)嫌々な態度で、俺の服を掴みつづけた。「御上の許しもなしに? あたしは」

 

 そこから先は、何を言っているのか分からなかった。俺への文句であるのは、間違いないけれど。俺に「ブツブツ」と呟く顔は、御上が「プクッ」となった時と同じだった。


 俺は彼女の顔に顔を傾げたが、菫殿の様子も気になったので、彼女の方に視線を戻した。彼女も彼女で、想良様と同じような顔を浮かべている。今の提案が、相当に不服らしい。


 だが……。「将軍の権限を使います。将軍には、兵を募られる権利がある。この旅で出会った人を引っ張れる権利も。彼女は、この旅に必要な人間です」



 想良様は、それに怯んだ。菫殿も、同じように驚いた。二人は互いの顔をしばらく見ていたが、想良様が菫殿の顔から視線を逸らすと、気まずそうな顔で今の沈黙を破った。


「私は、罪人だ……です。郡司様の命を破った。文字通りの謀反人でしかない」


「それでも!」


 そう言って、彼女の手を握った。それに赤くなった彼女を無視して。俺は彼女の手を握り、その目を見つめて、彼女に自分の思いをぶつけた。「君は、貴女は、必要です。自分の生き方に迷っているなら! 貴女は貴女が思う以上に気高い、素晴らしい人です!」


 だから、一緒に来て欲しい。貴女のような人こそ、討伐軍に必要なのだから。自分の名誉しか考えない人に国の未来は託せない。俺は彼女の手を握る中で、彼女にその思いをぶつけつづけた。「お願いします」


 彼女は「それ」に戸惑ったが、やがて「う、うん」とうなずいた。少しの躊躇いは見られたが、彼女も武士。妖狐の討伐については、俺と同じ気持ちだった。「強い者に下れば良い」と言う気持ちも、その経験(と思われる)から来る挫折でしかない。


 。最初の自分も、そして、目標も。彼女はたぶん、その魔力に負けただけなのだ。だからこそ、それに「抗おう」としたのだろう。今までの衝突を通して、その気持ちを変えたに違いない。


 彼女は真剣な顔で、俺の前に跪いた。「公方様のご厚意は、大変嬉しいのですが。わたくしには、大事な仲間がおります故。わたくし一人の判断では、朝廷の軍に参る」

 

 事は、できない。そう言い掛けた瞬間に聞えてきた声、「あたし達は大丈夫」と言う賞賛。それが不意に聞えてきたのである。菫殿もその声に驚いて、声の方に振り向いた。声の方には少女達が、彼女の仲間達が立っている。「みんな?」

 

 少女達は、その声に微笑んだ。戦いに夢中で気付かなかったが、俺達が戦っている間にやって来たらしい。「ごめん」と笑う顔からは、菫殿を案じる気持ちが感じられた。


 少女達は菫殿の前に駆け寄り、俺の方にも「公方様」と跪いて、俺や想良様にも「私達も、官軍に入れて下さい!」と言った。「私達は、武士ではありませんが。妖狐を倒したい気持ちは、本物の武士に負けません。だから!」

 

 お願いします! そう言って、菫殿の顔に目をやった。菫殿の不安が消えるように。彼女達は最高の敬意で、菫殿の気持ちを重んじた。「一緒に討ち果たしましょう、我等が敵の妖狐を!」

 

 俺は、その言葉にうなずいた。うなずいて、菫殿の顔に目をやった。彼女の返事をしっかりと聞けるように。俺は真剣な顔で、彼女の目を見つめた。「菫殿は?」



 そう訊かれた菫殿が笑ったのは決して、偶然ではないだろう。髪の乱れも直していたし、表情の方もどこか笑っていた。彼女は「ニコッ」と笑って、俺にまた跪いた。「我が命、御上と公方様に捧げます。妖狐を共に討ち果たしましょう!」

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