第2話 野武士達(※主人公、一人称)

 矢は、なかなか止まらなかった。一つの攻撃が止んでも、また次の矢が飛んでくる。まるで矢の雨でも降っているかのように。夜の闇を切って、結界の外側に当たりつづけていた。俺は結界の中に籠もる中で、矢の軌道をじっと見つづけた。


「まっすぐに飛んでくる。この結界が無ければ、脳天に突きささるぞ! 次の一発も、俺の首元を狙っているし。想良様の顔に目をやったら、首の頸動脈に突きささってしまう」


 参ったな。これでは防戦一方、攻めるにも攻められない。攻撃の間隔は何となく分かってきたが、想良様の事を考えると、そう簡単に「結界を解いて」とは言えなかった。俺は矢の動きを追って、それが止むのを待った。だが、「え?」


 突然の閃光。今までに見た事のない光。光は俺達の視界を奪って、その警戒心も解いてしまった。俺達は瞼の残光に苦しんで、敵の気配を感じてもなお、結界の中で目を瞑りつづけた。「想良様! 結界は決して、解かないように」


 想良様も、その声に従った。自分の視界が奪われた以上、下手な動きは命取りになる。結界の外からも金属音が聞えてきたし、「ここは、籠城をつづけるしかない」と思った。想良様は俺の手を握って、残光が消えるのを待ちつづけた。「う、ううう」


 そう言って、目を開けたらしい。俺も彼女に倣って、自分の両目を開けた。俺達は各々の武器を構えた状態で、周りの状況を見た。周りの状況は一言で言うと、最悪。甲冑姿の武士達が、俺達の周りを取り囲んでいる。俺達と同じように構えて、腰の鞘に手を付けていた。


 俺達は、その光景に息を飲んだ。想良様の結界はまだ生きていたが、こんなに近づかれたら身動きが取れない。この結界を解いたら最後、俺の反射神経を超えて、奴らの剣が襲ってくる。想良様も「それ」を察しているのか、今の結界こそ解かないものの、半分諦めたような顔で、俺の横顔を眺めていた。「万事休す、かな?」


 俺も、それに苦笑した。こうなったらもう、お手上げ。相手の要求を飲むしかない。想良様の事を考えても、「ここは、素直に引くしかない」と思った。俺は地面の上に刀を置いて、相手の顔を煽いだ。相手の顔は(鎧で隠れているが)、今の態度に喜んでいる。「下る前に一つ。俺は風流人、朝廷より妖狐討伐の命を受けた征夷大将軍だ」


 野武士達は、その言葉に響めいた。勅命など無縁に思える彼等だが、その名前には来る物があるらしい。それまでは俺に敵意を向けていた野武士達が、「頭」と思われる武士に目をやって、その指示を「どうしますか?」と訊きはじめた。


 彼等は「不安」と「恐怖」、そして、期待のような物を込めて、頭の答えをじっと待ちつづけた。「将軍をやるのは、流石に不味いんじゃ?」

 

 頭は、それを無視した。真偽不明の話を信じるわけがない。部下の一人に命じて、俺達の荷物を調べさせた。相手は荷物の中から証明書を見つけだすと、部下が持ってきた蝋燭の明かりを使って、証明書の中を読みはじめた。「なるほど」

 

 そう呟いた声は、何度聞いても女性だった。二十歳よりも若い女子の声。俺や想良様とそんなに離れていない、声である。相手は部下の一人に証明書を返すと、俺の前にそれを投げて、俺や想良様の顔を睨んだ。「勅書の写しは、重罪だぞ?」


 俺は、それにうなずいた。確かにそう。朝廷の公文書を写すのは、とんでもない重罪である。鞭打ち拷問で済まされる問題ではない。俺も将軍として勅書を渡さなければ、問答無用に首を落とされているだろう。それだけ大事な書類だった。


 俺は真剣な顔で、相手の目を見返した。「この書類に偽りはない」と。「公を無視するのは、重罪だ。君の気持ちは別にして、将軍を討つのは重罪である。ましてや、御上から勅令を……。君は、御上の命に背くのか?」

 

 相手は、その言葉に止まった。俺の正体が何であれ、それに戸惑いを覚えたらしい。周りの仲間もそれに怯えたし、相手自身も「どうしよう?」と考えていた。相手は俺の頬に鋒を向けて、その前にゆっくりとしゃがんだ。「これが嘘なら、お前の首をはねる」

 

 俺も、それに微笑んだ。上等である。今の会話だけで俺を信じるなら、今の時代を生きていけない。それも、野武士の頭を務めるような奴なら。「それくらいでなければ」と思った。


 俺は彼女の武器を退けて、相手の目を見た。相手の目は見えないが、その奥には光る物がある。「金は、やるよ。それで、君の気が済むなら。朝廷の勅書はやれないけど、それ以外の物ならできるだけ渡す」

 

 想良様にも、「良いですね?」と言った。彼等の狙いが「利益」なら、それを満たしてやれば良い。旅のお金が寂しくなるが、「それでも義務を重んじるべき」と思った。


 俺は彼等の欲を満たすと、今度は想良様に断って、朝廷向けの書類を書いて頂いた。彼等が職に困っているのなら、「朝廷より官職を授けて欲しい」と頼んだのである。「金に困っているなら、働けば良い。野武士の仕事には、刑罰が絡んでくるが。朝廷の官軍になれば、堂々と働ける。都の検非違使に捕まる心配もない」

 

 相手はまた、俺の言葉に固まった。今度も自分の利益について、考えているらしい。相手はしばらく考えると、厳かな雰囲気で仲間達の顔を見渡した。仲間達の顔は、彼(または、彼女)の反応を待っている。


「どうする?」


 その答えは、「無視する」だった。頭は俺の顔を殴って、上から俺の顔を見下ろした。「コイツの正体が何であれ、バレなきゃ問題ない。私達は、国を捨てたからな。国の将軍がどう言おうと、その指示に従うつもりはない」


 だから、殺す。欲しい物を欲しいだけ貰い、国の勅書も焼き払う。それでお尋ね者になろうが、自分達には関係ない。そんな事を言って、周りの仲間達に「殺せ」と命じた。そいつは俺の顔をまた蹴って、その耳元に「さようなら、将軍」と囁いた。「時代はもう、妖狐の時代なんだ」


 俺は、それに立ち上がった。コイツも賀口と同じ、妖狐の信奉者だったから。国を守る将軍としても、「こんな相手に負けられるか」と思った。俺は自分の刀を握ると、それで相手の剣を飛ばし、相手が地面の上に倒れたところで、その首筋に刀を入れようとしたが……。


 相手も、それに黙っていない。俺が自分の刀を振り上げた瞬間、その殺気をすぐに感じたのか、地面の上を転がって、刀の刃を躱した。地面の上から立ち上がって、自分の刀を構える相手。その仲間達も揃って、俺の方に武器を向けている。


 俺が彼等全員に殺気を飛ばしても、その視線をじっと見つづけていた。相手は自分の刀、あるいは、槍を構えて、俺の方に攻撃を仕掛けた。「死ね!」

 

 そう叫ぶ声もまた、女性。それも、十代の女である。残りの面々から察せられた声も、その頭と同じくらい。十代後半の声だった。


 彼等……ではないか、彼女達は野武士の格好ではあるものの、その正体は町娘や村娘らしく、上手い槍捌きの中にも幼さが、太刀筋の中にも儚さが感じられた。「偉い奴にあたし等の気持ちは、分かんないよ!」

 

 想良様は真剣な顔で、その声に震え上がった。同性の殺気は、異性の俺よりも分かるらしい。通常なら「やれ」と動かす式神にも、それに抗う指示を出せなかった。彼女は「助けて」の声で、俺の裾を掴んだ。「殺される! こんなところで死にたくない!」

 

 俺は、その言葉にうなずいた。うなずいて、彼女の手に触れた。「大丈夫です。俺が何とかします」と。その手を放す事で、彼女に自分の意思を伝えたのである。俺は自分の刀を構えて、彼女達の攻撃に抗った。「お前の敵は、俺じゃない。お前等が怖がっている妖狐だ!」

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