強制連行説否定の研究公表も…定着した誤解なお解けず

朝日慰安婦報道取り消し10年

朝日新聞が、戦時中に韓国で女性を慰安婦にするため強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言を虚偽だと認め、関連記事を取り消して5日で10年となる。この間、慰安婦の強制連行説を否定する研究が韓国や米国で発表され、韓国ではタブーだった元慰安婦支援団体への批判が公に提起されるようになった。一方で、最近もイタリアで慰安婦像の設置が承認されるなど、慰安婦を巡る誤解が広がる状況は続く。この10年間の慰安婦問題を巡る内外の動きを振り返り、課題を検証した。

「新たな慰安婦の物語」作られた

2019年7月、慰安婦問題をはじめ日韓の歴史問題について学術的に究明した論文集『反日種族主義』が韓国で刊行された。反日色が強かった当時の文在寅(ムン・ジェイン)政権の高官らが批判したが、それゆえ注目を浴びた同書は社会現象を起こし、ベストセラーとなった。

「民間の公娼制が軍事的に動員・編成されたものに過ぎません」

編著者の李栄薫(イ・ヨンフン)氏(元ソウル大教授、李承晩学堂校長)は慰安婦についてこう説き起こし、強制連行説の根拠が吉田氏の噓と、問題点の多い元慰安婦の証言であったことを指摘した。工場などで勤労する女子挺身隊との混同という「もう一つの噓」にも論及し、慰安婦問題は「最初からとんでもない誤解と無知から爆発した」と強調した。

慰安婦が20万人もいたとの説も、李氏は「全く根拠のない荒唐無稽な説」と喝破し、性奴隷説も否定して「性奴隷説を主張する運動家と研究者たちの無知と偏見」を指摘した。

同書に論文を寄せた朱益鍾(チュ・イクチョン)氏(経済学博士、李承晩学堂理事)はその後、研究を発展させ、『日本軍慰安婦 インサイドアウト』(日本語版は『反日種族主義「慰安婦問題」最終結論』)を出版した。

朱氏は、韓国で1991年まで慰安婦に関する報道がほとんどなかったことを明らかにし、「慰安婦がいかなる存在だったのか知っていた同時代の人たちは、慰安婦を日本による植民地支配の被害者とはみなさなかった」と指摘。実態を知る人の大多数がいなくなった後に、強制連行説や性奴隷説、慰安婦虐殺説などの「新たな慰安婦の物語」が作られ始めたと論じた。

米研究者が「性奴隷」否定の論文

前後して米国ではハーバード大のラムザイヤー教授が、慰安婦は「性奴隷」ではなく、前借金と労働期間をセットにした年季奉公契約を慰安所側と結んでいたことを実証的に示す論文を発表した。

強制連行説や性奴隷説が定着し、異論がタブーとなってきた韓国、そして慰安婦問題の当事国でない米国の研究者がこうした議論をするようになったのは、この10年間の新たな動きだ。

だが、李氏ら韓国の研究者とラムザイヤー氏は、強制連行説や性奴隷説を前提とした研究者やメディアから感情的な批判や個人攻撃を受ける憂き目にあった。

ラムザイヤー氏は、自身を批判した米国の研究者2人に対し、虚偽である「吉田の主張」を「額面通りに受け取っているとしか思われない」と反論。産経新聞の取材に対し、この2人を含め、攻撃を仕掛けてきた研究者らが、吉田氏の証言が虚偽だったことに触れないことを指摘し「(吉田証言が捏造(ねつぞう)だったことを)知らないのか、知ってるが意図的に言わないのかは分からない」と話した。

このことは朝日が記事を取り消しても、吉田氏の噓が慰安婦を巡る海外での認識に影響していることを物語る。

「韓国の元慰安婦支援団体を率いてきた尹美香(ユン・ミヒャン)は、親北朝鮮、北朝鮮従属の立場で慰安婦を利用して、反国家活動、反韓国の活動をしている」

東京・永田町で今年7月に開かれた慰安婦問題を巡る国際シンポジウム。韓国の元慰安婦支援団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連=旧韓国挺身隊問題対策協議会)」の政治運動を批判し、正義連が設置した慰安婦像の撤去を求めている朱玉順(チュ・オクスン)氏が訴えた。

朱氏が名指しで批判した尹氏は正義連の前理事長。朱氏は、慰安婦運動を長年率いてきた尹氏の狙いは日韓関係の「破壊」にあるとし、慰安婦問題と別に「尹美香問題」があると提起した。

正義連の前身の挺対協は、1992年1月から毎週水曜にソウルの日本大使館前で日本政府への抗議集会(水曜集会)を開催。国連や米議会も利用した反日運動を広げ、国内外で慰安婦問題の拡散化を図ってきた。

その影響力は韓国の対日政策を左右するほど増大し、尹氏は国会議員にまでなった。韓国では元慰安婦と一体となった正義連への批判もタブーだった。だが、元慰安婦と正義連の内紛をきっかけにタブーは破られた。

2020年5月7月、韓国・大邱で記者会見した元慰安婦の李容洙(イ・ヨンス)氏は、正義連が集めた寄付金が「被害者」に渡らず、使途不明になっていると訴え、「30年にわたり、だまされるだけだまされ、利用されるだけ利用された」(朝鮮日報)と正義連を批判した。

この告発をきっかけに、尹氏による正義連への寄付金横領疑惑が発覚し、正義連と北朝鮮との癒着が、知られるようになった。尹氏は同団体への寄付金を横領した罪などに問われ、1、2審で有罪判決を受けた(検察が上告)。

正義連の水曜集会は今も続いているが、近年は、朱玉順氏が代表を務める韓国の保守系団体「オンマ(母さん)部隊」などが正義連を上回る規模で、正義連を批判するデモを展開している。これも韓国世論の変化の表れの一つだ。

だが、正義連がソウルの日本大使館前に設置した慰安婦像は、韓国政府が15年12月の日韓合意で「適切に解決されるよう努力する」と約束した後もそのままだ。

イタリアにも慰安婦像

今年6月には正義連の提案でイタリア西部サルデーニャ島のスティンティーノ市の公有地に慰安婦像が、「大勢の女性を拉致して性奴隷にするなど、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)に匹敵する犯罪」と明記した碑文とともに設置された。朝日が捏造証言をした吉田氏の記事を取り消しても、世界に広まった「作り話」を訂正するのは容易でないという現実がある。(原川貴郎)

吉田氏の虚偽証言、初掲載は昭和57年

西岡力・麗澤大特任教授「真実追求する勢力の活動が強まり変化」

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