第4話 情報屋

 駐車場から愛車のセダン、トヨトミ自動車製の四輪駆動八モーターの化け物・ワイアットスカイズで国道に出ると、夏の日差しが窓ガラス越しに差し込んできた。日焼け止めは塗ってあるが、刺すようなヒリヒリする太陽光独特の痛みまでは完全に防げない。窓ガラスにもUVカットは仕込んであるが、どれほどの足しになるだろうか。

 助手席に座る琴音は周りの目が気になるのか、やたらとキョロキョロしていた。


「逆に怪しまれる。堂々としてろ。援交パパ活だと思われたらたまったもんじゃない」

「スミマセン……って、それは私に魅力がないってことですか?」

「十代に欲情するアラサー男をどう思うよ」

「ちょっとやばいかもって身構えます」

「世間はもっとえげつなく嫌ってくるんだよ。それに依頼人に恋愛感情なんて抱くか」

「なら、キョロキョロしててもよくないですか?」

「俺のプライドを労われよ」

「パパ活、ねえ。困窮してますけど、体売る気はないですね」


 本人の意思とは関係なく傍目にはそう見えるんだろうな、と朔夜はため息をついた。

 自分自身、女に困るほどザンネンな容姿ではないと思っているが、性格に難ありであるという自覚は少しある。そうした理由で女ができない・長続きしない男はごまんといるのだ。そういうのが金で異性や、異性装をした同性を買うことは男女ともにあることだ。

 世の中どうなっちまったんだ、と思いながら朔夜は車を走らせ、桜花町の中町通りに向かう。目的地はそこにあるマンションだ。桜花駅からも見える鉄筋コンクリート製で、地上十五階建て。しかし目的の相手であるイリスが住んでいるのは、地上階層ではなく地下だ。


「イリスさん……? という方はどういった人なんですか?」

「変人。お前と同じ妖怪で、元はエルトゥーラにいたらしい」

「エルトゥーラ……というと、最近戦乱が平定されたという……」

「ネペンテス統一戦争だな。第二王女の後ろ盾を得て国家統一の正当性を持ったネペンテスとかいう独立部隊が、王国を牛耳ったんだっけか。

 あの国は機械技術に特化した超技術国家で……まあ、元々は魔導師の国だったんだが、『浄嵐』で焼かれてから路線を変えたんだろうな」


 浄嵐じょうらん。約二五〇年前に起こった、世界を巻き込む天変地異を総称してそう呼ぶ。

 人心の荒廃、世相の混乱、道徳の欠如に呆れ返った神が引き起こした浄化の大嵐だ。

 創世の三女神が、お互いを混合して生み出した龍神。二柱のそれは国によって呼び名が違うが、この国ではアマツタツヒコと呼ばれる龍神が、人類に怒り呆れ果て浄嵐を引き起こしたとされる。


「イリスは浄嵐前を知る生き字引。ガーゴイルの妖怪だ。今や世捨て人で、アンダーネット越しのコミュニケーションとゲーム、アニメに耽溺してる」

「典型的なヒキオタニートってことですか」

「ニートではないかな。情報屋、株と為替でありえんほどの黒出しをしてるらしいからな」


 以前聞いた話ではネペンテス戦争にも投資していたらしく、今後使いきれない利益を出したらしい。羨ましいことだ。

 ハンドルを右に切って、駐車場に入る。イリスが三つ借りている、客用の駐車場だ。不良がここを溜まり場にしたり、かってに停めたりすると、「制裁」が降るため、確実に用がある者しか停めない。

 朔夜は車を停めると、シートベルトを外して降りた。

 相変わらず暑い。七月半ばで気温は三十三度。イカれてる。くそったれ。

 だめだ、暑いとイライラする。朔夜はミントタブレットを取り出して一粒齧り、その爽快感のある味わいで怒りを洗い流す。


「エレベーターはこっちですよね?」

「階段じゃないと降りられん。もともと居住用のスペースじゃなくて、避難ごうだからな」

「そんなところに暮らしてるんですか」

「浄嵐の恐怖だろうな。あれを経験してるやつらは大体表舞台に出るのを嫌ったり、地上での暮らしに恐怖を覚えるらしい」


 朔夜はそう言って、エレベーターホールの脇にある避難壕と書いてある扉を開けた。施錠はされていない。ここだけなのだろうが、朔夜としてはいざ逃げ込むときに鍵を持った奴がいつまでも現れなければ、避難壕の意味がないので、開けておくのがいいだろうと思っている。無論、非合法な連中の溜まり場になるという意見もあるだろうが、ならば警備を置けばいいだけだ。コストがどうのこうと言っているから、何でもかんでも後手に回る。


 階段を降りていく。九十九折りのそれを降っていくと、避難壕が見えた。

 最奥部に「ゼロ号室」と書いてある部屋があった。朔夜は耐爆・対術仕様のその扉の脇にあるドアホンを鳴らす。


「誰だ。私は今ミラスラグナ強化個体のTA準備中だ」

「知るか、仕事の話だ。俺だ、空閑朔夜が来ると、柏崎星羅から聞いてるはずだ」

「ああ。今開ける」


 甲高い電子音と、圧搾空気が抜ける音がしてドアが開いた。朔夜と琴音は、ガーゴイルの巣に足を踏み入れる。

 すると、そこにあったのはごく普通の玄関。靴を脱いでかまちを越えると、自動でドアが閉まり、施錠される。右手にはバスルームと洗面所、進んだところにトイレ。

 その先のドアを開けると、本来襖で遮られている八・五畳の部屋が一繋がりになっていた。

 右奥の部屋には無数のモニターとゲーミングチェア。冷却ファンがぐるぐる回り、雪女だか氷柱女だかの用意したという溶けない氷が熱を吸収している。おかげでクーラーなしでもひんやりと涼しい。

 今入ってきた部屋には生活感のあるもので、テーブルと椅子。左側は寝室になっていた。


「乙女の部屋をジロジロ見るとは感心しないな、空閑朔夜」


 自称七〇万したというオーダーメイドのゲーミングチェアがくるりと回転し、身長一五〇センチ程度の女が不遜な顔でこちらを見上げた。

 白銀の髪、石のように灰色の肌に、赤い目。

 イリス・スカイハート。年齢約四〇〇歳。


「よう。遊びに来てやったぜ、引きこもり」

「黙れ。地上はひとが住める世界ではない。地下——アンダーネットこそ私の生存領域だ。エルトゥーラの、同じ浄嵐経験世代の科学者が技術供与してくれそうでな。じき私は電子生命体になるかもしれんぞ」

「またわけのわからんことを」

「あっちでは生体サーバー化して電子生命体になるのは、珍しくはあってもない話ではないそうだぞ。リリア・アーチボルトと言ったかな……まあ、いい避難先だ」

「ここで踏ん張れないやつはどこに逃げたって、逃げ続けるんだよ」朔夜は「唾棄すべき理想論だ、逃げなんて」そう吐き捨てた。「……で、仕事の話だ」

「ああ。箱だろ。持ち出されている様子はない」

「わかるんですか!?」


 琴音が声を上擦らせて聞いた。


「近隣の監視カメラをハッキング……いや、この場合はクラッキングかな。……まあ、制御を奪って確認した。死んだ回路を遠隔で繋ぎ直して、近隣の変電施設の制御も奪って、無線送電で電気を流してと面倒極まりないが——」

「お前なら朝飯前なんだろ。で?」

「ふん。女の話を遮る男はモテないぞ」

「うるせえ」

「……何はともあれ、燦月市間宮町の廃アパートに人が出入りしている様子はない。しかしなぜこんなところに隠したんだ」


 イリスの疑問は最もだった。


「逃げている最中に見つけた場所で、一番いいと思ったんです。私には縁もゆかりもないから、相手もここを探すことはないだろうと思って……」

「ふうん?」


 若干、疑いの目をイリスは向けていた。

 朔夜も、それは思っている。

 なんというか……誘導されている気がするのだ。

 しかし、彼女が見せたあの懇願は、死に対する恐怖は本物だった。

 裏にどんな事情があれど、彼女が何かのっぴきならない状況にあるのは確かだ。


 喉元に、死を擬せられる恐怖は朔夜もよく知っている。

 あんな思いはしたくないし、させたくない。もししているのなら、助けてやりたい。


「それは俺の目を信用してくれ」朔夜はそう言って、イリスを納得させた。

「お前の目は節穴だと思っているんだがな。……まあいい。現状敵は動いていないが、油断はするな。姫宮堂の私兵隊『銀隊』が、今朝の怪火事件にかこつけて出動した記録がある」

「まさかあの事件をでっちあげたんじゃないだろうな。兵隊動かす口実のために」


 琴音が「そんな……」と息を呑んだ。


「何はともあれ、星羅には便宜を図ってもらっているし、サポートはしてやろう。そうだ、片手間でいいが冷蔵庫からエナジードリンクを持ってきてくれ」

「自分でいけ」

「虚弱体質なんだ。椅子から立ち上がると足の骨が砕ける」

「俺より何倍も頑丈なガーゴイルが何言ってやがる」

「私がとってきます」

「頼む」


 イリスは、琴音がいなくなった隙に視線で「一癖あるぞ」と忠告してきた。朔夜は肩をすくめるに留めておくのだった。

 何はともあれ、次は箱の回収だ。

 ——姫宮堂の私兵隊、その銀隊というのが気になるが……。まあ、初めから一筋縄で行くとは思っていなかった。

 朔夜はなるようになる、と考え直し、大きく息を吐いた。

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