僕とジョルノ(4)
「自分のタイミングと一致させるんだよ」
大学四年生の女の子が、僕とジョルノの前に立つ。女の子は言う。就職活動をやらなくちゃならないのに、やる気が起こらない。自分でいろいろ決めなくちゃならないのに、遊びに誘われると、断れなくてそっちに行ってしまう。楽しいのだけれど、楽しくない。ジョルノは言う。自分のタイミングと一致させるんだよ。早過ぎても遅過ぎてもダメで、自分とガッチシ一致した時に、スムーズな流れに乗ることができる。
「聞く力を養うのだ」
ジョルノに言わせると、自分がやりたいことをやるよりも、神様が自分にやらせようとしていることに、耳を傾ける力を養うことが大事らしい。ジョルノが言うことは、時折、意味がわからなくてちんぷんかんぷんになる。だけど、僕は、ちんぷんかんぷんになることが嫌いではない。きっと、ちんぷんかんぷんという言葉の中に「パ行」がたくさん入っているからなのだと思う。そんな風に思う時、あ、僕はジョルノに毒されてしまっているのかもしれないと思う。
「自分なんてどうでもいいんだよ」
ジョルノに言わせると、聞き手が不足をしているらしい。人も、神様も、同じことで頭を抱えている。誰も話を聞いてくれないから、人も、神様も、拗ねてしまって話す気をなくしてしまう。ジョルノは「自分の心が何も話してくれなくなったら、もう、終わりだろう?」と言う。女の子は「わかります!」と言う。男の人よりも、女の人の方が、感覚的に優れているのかもしれない。僕にはあまりよくわからないことでも、女の人には、何かが伝わっているらしい。
「考えないほど、うまく行くんだよ」
ジョルノは言う。信じられないと思うけどな。考えないほど、うまく行く。考えるほどうまく行かないんだよ。女の子は「わかります!」と言う。僕は「わかりません」と思う。だけど、口を挟むと怒られるから、黙って二人を見る。ジョルノが「とっておきの魔法を教えてやる」と言って、不思議な動きをする。スワイショウと言うらしい。信じられないと思うけどな。スワイショウをやるといいことが起こる。スワイショウをやらないからうまく行かないんだよ。
「エッチなお店には行かないのですか?」
気がつくと、僕たちはホテル街を歩いていた。周りにはエッチなお店がたくさんある。ジョルノは、質問には答えないで「そう言うお店に興味はあるのかい?」と聞く。女の子は「あります!」と元気よく答える。知らない世界に、興味津々なのだと言う。ジョルノは「働いてみたらいいじゃないか」と言う。女の子は「はじめてがまだなので、はじめてを経験したら爆発します!」と言う。僕には、ジョルノが、悪い影響を与えているように見える。だけど、女の子は、なんだかとても楽しそうに見える。いい子になるより、悪い子になる方が、楽しくなるのかもしれない。女の子は、元気よく宣言する。
「はじめての後に爆発します!」
☆
「三十九歳になるのに大人になれないよ〜!」
ジョルノに会った女の人が、こどもみたいにわんわん泣く。大きな声を出して、鼻水を垂らして、見境なく泣き喚く。泣きっぷりのよさに、僕は感銘を受ける。ジョルノは「コーヒー好きですか?」と聞く。女の人はこくりと頷く。僕たちは、誰もいない公園にいる。鳥が鳴いて、花が咲いて、青い空にはお天道さまが輝いている。ジョルノが豆を挽く。あたり一面にいい匂いが立ち込めて、女の人の泣き声がおさまる。
「はい、どうぞ」
ジョルノがコーヒーを差し出す。女の人は、黙って受け取る。一口飲んだあとに「美味しい」と言う。僕は思う。女の人は、どれだけ泣いたあとでも、美味しそうにごはんを食べる。どれだけ泣いたあとでも、美味しそうに飲み物を飲む。男の人より、女の人が長生きをするのは、こういうところに原因があるのかもしれない。
「三十九歳になるのに、大人になれません」
女の人は、落ち着いた声で、同じ言葉を繰り返す。ジョルノは「そうですか」と言う。女の人は「そうなんです。三十九歳になるのに、これっぽっちも大人になれないのです」と言う。言い方が面白くて、ジョルノは噴き出す。噴き出したジョルノを見て、女の人はなんだかちょっと嬉しそうになる。そして「面白いですか?」と確認する。ジョルノは「面白いよ」と言う。女の人は「面白いって言ってもらえることが、私は一番嬉しいです」と言って、元気になる。
「何を話したかったのか忘れました」
ジョルノに会ったらいろいろなことを話したかったのに、ジョルノを目の前にしたら考えていたことが全部吹き飛んで、頭の中が真っ白になって、三十九歳になるのに大人になれない悲しみが噴き出して、人前でこんなに泣くことはないのに、思い切り泣いてしまいましたと女の人は言う。泣いて、スッキリして、嵐のあとみたいに、女の人はさっぱりとした顔をしている。
「こいつを絶対に笑わせてやるって思うと、命が燃えますよね」
女の人は、そんなことをジョルノに言う。ジョルノは「わかるよ」と頷く。女の人の言葉に共感しているのではなくて、生き物として面白いから笑っているように見える。女の人は「三十九歳になるのに、大人になれない」と言った。だけど、本当は、大人になんかなりたくないのだと思う。いつまでも、こどものままでいたいのだと思う。ジョルノの前で楽しそうにしている女の人は、いろいろなことから解放されて、こどもみたいに生き生きとしている。一体、何が、僕たちからこどもらしさを奪うのだろう。
☆
「美しい野生動物みたいだろ?」
ジョルノは自分を褒める。僕は「すごいなあ」と思う。学校では、自分を褒めることは恥ずかしいことだと教わる。自分を低く見せて、自分はまだまだ未熟ですと言うことで、はじめてまわりの大人たちも「ものわかりのいい子だ」と安心してくれる。もしもジョルノみたいなこどもがいたら、まわりの大人たち全員集まって、一斉に矯正しようとすると思う。矯正できなければ、病院に送られると思う。ジョルノは、どうして、ジョルノのままでいられたのだろう。
「勝手じゃない人間が一人でもいるのか?」
僕は、僕を真面目だと思う。少なくとも、ジョルノよりは。悪いと言われたことはやらないようにしているし、良いと言われたことはやるようにしている。ジョルノは「怒られるからやらないとか、褒められるからやるとか、俺はそういう人間が一番嫌いなんだよ」と言う。僕は驚く。そう言う人間になるように頑張ってきたのに、そう言う人間が一番嫌いだと言われると、焦る。どうしたらいいのか、わからなくなる。
「自分で自分を褒めてみろ」
ジョルノに言われて僕は戸惑う。僕の優れているところはなんだろう。ジョルノは「優れているところなんて聞いてねえよ」と言う。僕は戸惑う。優れているから、褒めることができるのではないだろうか。ジョルノは「優れているところじゃなくて、好きなところを聞いているんだよ」と言う。僕は勉強ができる。だけど、そんな自分が好きかと言うと、よくわからない。勉強ができると褒められる。褒められると嬉しい。だけど、この嬉しさは、喜びというよりは安心に近い。ここにいてもいいのだと思える。
「そんなもの、いていいに決まってるだろ」
僕は戸惑う。安心の裏側にある、不安を指摘された気持ちになって、僕は、わからなくなる。勉強ができたら、ここにいてもいい。じゃあ、勉強ができなくなったら、僕はここにいてはいけないということになるのだろうか。学校の先生を見ていると、そんな気持ちにさせられる。だけど、ジョルノを見ていると、それとは違った気持ちになる。ジョルノは、何かと比べて、自分を褒めたり貶したりしない。あらゆる自分を「可愛らしいじゃねえか」と肯定して、好意的に認めている。自分を許して、愛している。
「比べる限り、負け続ける」
なんでもいいから褒めるんだよ。おめめが可愛い。あんよが可愛い。元気で可愛い。落ち込んでて可愛い。背が高くて可愛い。背が低くて可愛い。痩せてて可愛い。太ってて可愛い。可愛い可愛い言ってたら、全部可愛くなるんだよ。ジョルノが言っていることはめちゃくちゃで、まったく論理的じゃないと思う。だけど、論理的な僕には元気がなくて、論理的ではないジョルノには元気がある。論理って、なんだろう。
「計算ばっかしてんじゃねえよ」
ジョルノの言葉にはっとなる。隠していた自分があらわになる。いい子でいたいと思うのは、いい子でいた方が、自分に都合がいいからだ。人に優しくするのは、優しい人だと思われたいからだ。誰かのためなんて全部嘘で、全部、自分のためだ。それを「誰かのため」と思っていた自分の嘘が、ジョルノの言葉であばかれる。ジョルノは笑う。何も言わない。だけど、その笑顔は「地獄で遊ぼう」と言っているように見える。僕は震える。夢が叶うことは、嬉しいことだと思っていた。だけど、夢が叶うことは、世界で一番、おそろしいことなんだ。おそろしいということは、やりたいということなんだ。
(続)
バッチ来い人類!うおおおおお〜!
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